
2034年、世界初の定常核融合炉の実現へ!ヘリカルフュージョンがオールジャパンで挑む次世代エネルギー戦略――「TOKYO SUTEAM」”協定事業者賞”特別インタビュー
東京都が主導するスタートアップ支援プログラム「TOKYO SUTEAM」。その集大成として3月11日にTokyo Innovation Baseで開催された「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2025」では、国内外の有力スタートアップが技術とビジョンをピッチ形式で発表。その中で注目を集めたのが、国立核融合科学研究所の技術を基盤に成長する日本発の核融合スタートアップ、株式会社Helical Fusion(以下、ヘリカルフュージョン)だ。同社は、DEMO DAYの海外展開スタートアップ部門において、6社の中から「協定事業者賞」に選ばれた。

▲「TOKYO SUTEAM」の協定事業者であるeiiconから、「協定事業者賞」が授与された。写真右が、ヘリカルフュージョン COO・久保氏。
世界が脱炭素化を加速させる中、次世代エネルギーとして核融合への期待が高まっている。ほぼ無尽蔵の燃料を持ち、CO₂を排出せず、原子力発電のような高レベル放射性廃棄物の心配もない核融合は「究極のクリーンエネルギー」とも言われる技術。しかし、実用化には技術開発の壁の克服と膨大な資金が必要であり、世界中のスタートアップがしのぎを削っているのが現状だ。
2020年代の技術実証完了、2034年の定常核融合炉実現を目指す同社は、グローバルでの競争を勝ち抜く戦略を描く。その挑戦の最前線にいるCOO・事業開発部門長の久保洋介氏に、「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2025」終了直後にインタビューを実施。市場環境や事業戦略、そして核融合の未来について聞いた。

▲株式会社Helical Fusion COO 事業開発部長 久保洋介氏
三井物産に入社して15年間、エネルギー資源開発や物流など同社のグローバルな事業投資や事業開発を主導。2023年にHelical Fusionに参画。京都大学法学部卒業。
核融合”先進国”から”後進国”へ。危機感を抱いた研究者たちの挑戦
――海外展開スタートアップ部門における「協定事業者賞」の獲得、おめでとうございます。まずは、御社の設立背景を聞かせてください。
久保氏 : ヘリカルフュージョンは、国立核融合科学研究所出身の研究者たちによって立ち上げられました。核融合の分野では、日本やヨーロッパが科学技術の面で世界をリードしてきた歴史があります。日本では、代表的なトカマク型・ヘリカル型・レーザー型の3つそれぞれを国が支援し、特にヘリカル型は日本生まれで、安定した発電に最適な技術として、世界最高水準の研究開発が進められていました。
しかし、2020年から2021年にかけて方針転換があり、ヘリカル型の商用炉開発は国立機関では行わないことになったのです。つまり、国立の研究所で長年にわたって核融合を研究してきた優秀な科学者たちが、実用化の道を断たれる状況に陥ったのです。研究を続けるには、学術研究の領域に戻るか、異なる方向にシフトせざるを得ない。――そんな中、「核融合技術を社会実装するには、民間企業で行うしかない」と強い思いを抱いた研究者たちが立ち上げたのがヘリカルフュージョンです。
――久保さんはどのような経緯でジョインしたのでしょうか?
久保氏 : 私は前職の三井物産でエネルギー領域を担当しており、石油やガスといった従来のエネルギー資源に携わっていました。しかし、脱炭素が求められる時代の中で「石油やガスに代わるエネルギー源は何か?」と考え、核融合にその可能性を感じていたのです。
特に2021年末から2022年にかけて、アメリカの核融合スタートアップが2,000~3,000億円規模の資金調達を成功させ、新たな実験装置を造るという動きがありました。それを見て「なぜ研究が進んでいる日本ではこうした資金調達や事業展開ができないのか」という疑問を強く持つようになったのです。
日本国内で核融合ビジネスをしっかりと展開できる体制を作りたいと、国内の核融合スタートアップを探している時に立ち上がったのがヘリカルフュージョンでした。
――研究が進んでいる日本が世界で後れを取っている背景を聞かせてください。
久保氏 : 最大の要因は資金調達です。エネルギー開発は、一般的に10~15年といった長期スパンのプロジェクトになり、膨大な資金が必要です。アメリカではビル・ゲイツやジョージ・ソロスのような投資家が積極的に核融合エネルギー事業に支援するのに対して、日本には大規模な投資ができる投資家はそう多くはありません。
一般的なVCが数年以内の短期的なリターンを求めるのに対し、エネルギービジネスはさらに長いスパンで考える必要があるため、おのずと資金調達のハードルが上がります。お金さえあれば何でも実現できるわけではありませんが、ハードウェア開発に多額の資金が必要となるため、資金調達の壁がそのまま事業の壁になってしまいます。
こうした状況を受け、日本政府も核融合産業の育成を推進する方針を打ち出し、2023年には初めて核融合、フュージョンエネルギーの国家戦略が策定されました。その支援の一環として、私たちも文部科学省から20億円の資金補助を受けて開発を加速させることができています。

無尽蔵のクリーンエネルギー。なぜ核融合が世界的に注目されているのか?
――グローバルで様々なエネルギー開発がなされているなか、核融合が注目されている背景を聞かせてください。
久保氏 : まず、「クリーンエネルギー」であり、その燃料がほぼ無尽蔵であるためです。そもそも核融合とは、太陽や星がエネルギーを生み出す仕組みを、地球上で再現しようという取り組みです。これから拡大していく電力の需要を賄いながらも、環境負荷をかけないという点で大きく注目を集めています。
また、原子力発電のような高レベル放射性廃棄物の発生リスクや暴走のリスクがなく、太陽光や風力と違って安定的なエネルギー供給が可能です。他のエネルギーと比べて様々なメリットがあるため、世界中で莫大な投資をしながら実用化に向けた研究が進んでいます。
――そのなかで御社には、どのような競合優位性があるのでしょうか。
久保氏 : 核融合の分野で世界トップクラスの実績を誇る「核融合科学研究所」の知見を受け継いでいる点です。特に私たちがユニークなのが「ヘリカル方式」の核融合炉を開発していること。現在、さまざまな核融合炉の方式が研究されていますが、なかでも研究実績が豊富で実現までの道のりが短いと見られているのが、「トカマク方式」と「ヘリカル方式」の2つです。「ヘリカル方式」は、特に安定して長時間稼働できる見通しが立っており、将来的には既存のベースロード電源(火力や原子力など)に取って代わる可能性が高いと考えています。今後、ヘリカル方式が今後核融合の主流となった場合、日本発の技術が世界をリードする可能性は十分にあるでしょう。
――具体的にどのような技術が重要なのかも気になります。
久保氏 : はい、私たちが開発したのが「曲げやすい超伝導ケーブル」です。ヘリカル方式の核融合炉では、エネルギーを生み出す「プラズマ」を安定させるため、まるでDNAのように螺旋状にねじれたコイルが必要になります。このコイルの性能を左右するのが、超伝導ケーブルです。ただ従来のケーブルは非常に硬く、複雑な形状に加工するのが難しいという課題がありました。
そこで当社は、核融合科学研究所とも連携してより柔軟に曲げたりねじったりできる超伝導ケーブルを開発し、製造の自由度を飛躍的に向上させました。複雑なコイル形状をより効率的に作れるようになり、核融合炉の設計においても大きな柔軟性を持たせることができます。「曲げやすい超伝電導ケーブル」の実現により、従来から指摘されてきた核融合炉の課題が克服され、商業化に向けて大きく前進させることができます。

▲ヘリカルフュージョンが開発する定常核融合炉のイメージ(画像出典:プレスリリース)
オールジャパンで挑む核融合開発──日本が持つ圧倒的アドバンテージとは?
――核融合を実現するために、何が必要なのか聞かせてください。
久保氏 : ものづくりの技術です。核融合発電を実現する理論は確立されているため、あとはそれを実現するための技術がボトルネックになっています。その解決のためにはオープンイノベーション戦略が欠かせません。
私たちだけでものづくりを完結することは不可能なため、様々な技術を持つ企業との連携が必要になるのです。核融合科学研究所が運営する実験装置を手掛けた日立製作所や東芝といった大手電機メーカーから、精密加工を得意とする町工場や中小企業まで、幅広いパートナーと協業を進めています。そして、そのような戦略がとれるのも日本で事業を進める優位性です。
――なるほど。しかし、海外の方がよりオープンイノベーションが盛んな印象を持ちますが、そうではないのでしょうか?
久保氏 : グローバルに見ると、海外の核融合スタートアップは「垂直統合型」の戦略を採ることが多く、あらゆる開発工程を自社内で抱え込む傾向があります。なぜなら、日本のように高度な技術を持っている企業が多くないからです。
どうしても自社で開発できない技術を、海外の企業に発注するケースも見られますが、それではパートナー企業のように開発を進めることができません。日本が持つ様々な技術を集結し「オールジャパン」で戦えるのが、私たちの最大の強みだと思います。
特に核融合は、幅広い技術が求められるため、「技術の総合格闘技」とも言われています。それらの技術を国内で賄えるのは、ものづくり大国ならではのアドバンテージと言えるでしょう。

――たとえば、どういった技術が求められるのでしょうか。ぜひ聞かせてください。
久保氏 : 大きな技術課題の一つが、極端な温度環境です。核融合反応を起こすためには、プラズマを1億度以上の超高温にする必要があります。一方で、そのプラズマを閉じ込めるための超伝導コイルは、マイナス250度という極低温環境で動作しなければなりません。このような極端に異なる温度帯が共存する装置を作ること自体が、これまでのエンジニアリングではほとんど例のない挑戦なのです。
加えて、核融合炉の開発には、AIやシミュレーション技術、電気・極低温技術、さらには高度な機械加工技術など、さまざまな分野の最先端技術を組み合わせる必要があります。そのような幅広い技術をパートナー企業と連携しながら開発し、最終的には統合していく必要があるのです。
――そのような特殊な技術を持つ企業をどのように探しているのですか?
久保氏 : 最近では非常に嬉しいことに、企業の方から「うちの技術を核融合に活かせませんか?」とアプローチをいただくケースが増えてきました。たとえば愛知県にある加工メーカーさんが、当社のYouTube動画を見てくださり、「うちの技術が役立つのでは?」と直接連絡をいただいたこともあります。
また、当社は核融合産業全体を推進するために「一般社団法人フュージョンエネルギー産業協議会(J-Fusion)」の設立に関わり、副会長を務めています。J-Fusionは、大手重工メーカーや電力会社、素材メーカー、精密加工企業、総合商社などが参加し、核融合を一つの産業として確立するための枠組みです。これらを活用しながら、核融合を「オールジャパン」で実現するための産業ネットワークを今後も構築していきたいと思います。

取材後記
取材を通して強く印象に残ったのは、核融合の実現がまさに「技術の総合格闘技」ともいえる挑戦であることだ。ハードウェアとソフトウェアの両面で高度な技術が求められ、オープンイノベーションなしで実現することは極めて困難だろう。ヘリカルフュージョンは今後、日本をはじめ、アジア、さらには世界をどのように巻き込みながら核融合を実現していくのか。そして本当に10年以内には定常核融合炉が実現するのか。同社が持つ可能性と、エネルギーの未来を変える挑戦に、今後も注目していきたい。
(編集:入福愛子・眞田幸剛、文:鈴木光平、撮影:古林洋平)