
【BAK成果発表会レポート#3】神奈川県を舞台に大企業×スタートアップの連携で挑む――第3弾のテーマは「観光、ヘルスケア・健康経営等」
神奈川県は、大企業とベンチャー企業が持つリソースや技術、アイデアを結びつけ、双方の強みを活かした新規事業やサービス、プロダクトの創出を目指す「ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)」を積極的に進めている。
そのBAKが提供するプログラムの一つが、支援金と伴走支援を通じて共創プロジェクトの成長をサポートする「BAK INCUBATION PROGRAM」だ。同プログラムの2024年度の成果発表会が、2月27日と28日の2日間にわたって開催された。会場は、京セラ株式会社の研究開発拠点「みなとみらいリサーチセンター」。登壇者や関係者が集まり、発表に耳を傾けるとともに、発表後のネットワーキングで活発に意見交換が行われた。

TOMORUBAは、「KANAGAWA INNOVATION DAYS Meetup Fes 2025」内で開催されたBAKの成果発表会を現地で取材。本記事では、2024年度のプログラムから誕生した17の共創プロジェクトを3回に分けて紹介する。第一弾の「脱炭素・環境・インフラ保全」、第二弾の「子ども・食」に続き、最後となる第三弾では、「観光、ヘルスケア・健康経営等」のテーマに取り組んだ6つのプロジェクトに焦点を当てる。
【イージーエックス × 箱根DMO】 旅程提案システム『はこタビ』を開発、収益化にも成功
■発表タイトル『AIでパーソナライズされた、混雑しない旅程提案』

両社が取り組む課題は、箱根の混雑緩和だ。交通渋滞が観光消費の機会損失や観光客の満足度低下を引き起こしており、車での来訪が約53%を占める箱根では、混雑改善を求める声も多い。
そこで、箱根DMO(箱根町観光協会)とイージーエックスは、AIでパーソナライズされた混雑しない旅程提案システム『はこタビ』を開発した。これは、旅の形態や移動手段、年代、日程、時間などを入力するだけで、箱根での旅程を自動生成するシステム。混雑を回避し箱根の周遊性向上を推進することを目的としている。
この共創プロジェクトは2024年10月に始動し、同月20日にはα版をリリース。ユーザーや事業者の声を反映しながら改良を重ね、12月には正式にリリースした。開始2カ月で2万人以上が利用し、広告出稿も決定。順調な滑り出しを見せている。

『はこタビ』の開発過程において、箱根DMOからは交通渋滞予測データや既存の観光客アンケートを提供。箱根エリアの事業者ともつなげた。また、プロジェクトの目的である混雑緩和に向け、ユーザーに混雑日を分かりやすく伝える工夫をしたほか、混雑スポットや時間帯への集中を抑える仕組みを取り入れた。今後は他地域や交通事業者への展開も進めていくという。
【VIE × JTB】 脳科学と地域資源を活用した「ニューロミュージック」によるウェルネスツーリズムの開発
■発表タイトル『ブレインテックで実現するウェルネスツーリズム』

VIEは、ニューロテクノロジーとエンターテインメントを通じて感性豊かな社会を目指すブレインテック企業で、イヤホン型脳波計やニューロミュージック、ヘルスケア・エンタメアプリの開発などを行っている。110年以上続く旅行会社であるJTBは、近年「ホスピタリティー産業で最もイノベーティブな会社」を目指しており、今回のプロジェクトでは、両社が協力し、ブレインテックを活用した新たな体験の創出による付加価値の向上に取り組んだ。
具体的な活動内容としては、JTBの協力のもと箱根と茅ヶ崎にあるホテルに体験ブースを設置。脳波の特定の帯域を増強・減衰するようにデザインされたニューロミュージックを制作し、ブースで聴いてもらった。ニューロミュージックには、その土地で採取した海の音や森林の音も盛り込んだという。38人の参加者(平均年齢32歳)からアンケートを取得したところ、サービス満足度は10点中7.9点。NPSスコア(顧客推奨度)も高かった。

今回の活動から、宿泊ニーズが多様化し施設形態が多極化する現在において、物理的な施工を伴わずに付加価値を生み出す手法として、ニューロミュージックは有効であることが確認できたと話す。そこで、今後は施設側のニーズ調査やプロダクトの磨き上げ、ビジネスモデル検証などを進め、販路を開拓していきたいと語った。
【Cranebio × 日本ゼトック】 自宅でもできる簡便・高感度な「歯周病菌検出キット」を開発
■発表タイトル『健口から始まる未病対策~簡便・高感度な歯周病菌検出キットの開発~』

Cranebioは、DNA Origami技術を応用しスマホで菌やウイルスを検出できる高精度・低コスト・デバイスレスのセルフ検査キットを開発している企業だ。一方、日本ゼトックはハミガキ剤や化粧品のODM生産を手掛けており、相模原市の工場では年間約1億2千万本のチューブ入りハミガキ剤を製造している。
この2社が取り組む課題は、歯周病だ。歯周病に罹患すると、歯の喪失だけでなく、糖尿病や脳梗塞のリスクが高まり、アルツハイマー型認知症のリスク因子になるとの論文もある。そこで、Cranebioのセルフチェック検査と日本ゼトックの高機能ハミガキ剤によるオーラルケアで、歯周病を予防する新たなモデルを考案した。

プログラム期間中は、「歯周病菌検査キット」を開発。唾液と試薬を混ぜて温めると、菌が存在すれば発光する。それを、暗い箱の中に置いてスマホで撮影をすると、数秒で歯周病リスクを数値化できる。この検査キットには、検査に必要なものがすべてセットされているため、自宅で簡単にできるという。今後、検査キットの量産体制を確立し、臨床試験を行い安全性と効果を実証する計画だ。その後、健康経営企業などと実証実験を経て、自治体など大規模な集団へと展開を目指す構想を示した。
【エグゼヴィータ × グリーンハウス】 生活習慣の自動記録で従業員の健康意識向上を実現
■発表タイトル『食生活習慣改善支援サービス』

ウェアラブルデバイスで行動を推定・可視化できるアプリを開発中のエグゼヴィータと、学校や施設での給食やケータリングサービス、飲食店などを運営するグリーンハウスは、従業員の健康管理をテーマに共創プロジェクトを立ち上げた。
企業の健康経営施策は採用や従業員満足度に効果があるとされる一方、従業員ニーズとのギャップが原因で十分に活用されていないことが多い。そこで今回は、行動推定AIを搭載したウェアラブルデバイス(腕時計)を使い、従業員の生活習慣を24時間自動で取得・記録し、生活習慣を可視化するアプリを開発。そのデータをもとに、グリーンハウスの栄養士が個別にアドバイスを提供するサービスを考えた。

プログラム期間中は、グリーンハウスの社員約50名に、ウェアラブルデバイスを装着してもらい約4週間の実験を行った。その結果、生活習慣改善を意識するようになった割合は約32%と、同機能の他アプリよりも高い水準となった。参加した30代男性からは「睡眠時間を意識するようになった」といった声も寄せられたそうだ。今後は、法人向けのほか個人向け市場へのアプローチも検討する。プロダクトのブラッシュアップを進め、2026年のローンチを目指すという。
【きゃりこん. com × セコム医療システム】 オンライン面談と結果の可視化で、医療・介護業界の職場環境改善へ
■発表タイトル『医療・介護業界に特化した「働きやすさ向上」プラットフォームの構築による持続可能な医療職場環境の実現』

きゃりこん.comは、オンライン面談を通じて働きやすさ向上や組織風土調査を行う『toHANAS』を提供している。一方、セコム医療システムは、セコムグループのメディカル事業を担当し、国内外で病院運営の支援を行っている。この両社で目指すのが、医療・介護業界の職場環境改善だ。
医療・介護業界では人材不足が深刻で、特に神奈川県は看護職員が不足し、離職率も全国で最高水準だ。それにも関わらず、離職原因が把握できておらず、職場環境改善に向けた対策が進んでいない。セコム医療システムの提携病院においても、職場の満足度向上に課題感があるという。
そこで今回、セコム医療システムが提携する病院の看護職400名を対象に、『toHANAS』を利用した面談員によるオンライン面談を実施。面談を通じて職員の声を聞き取り、組織風土チェックダッシュボードを作成した。職員の約99%が面談に参加し、約75%が「スッキリ」を実感。全22病棟で自己効力感の向上が確認されたそうだ。また、ハラスメント予防にもなるとの意見も出た。

今後は、セコム医療システムとの事業連携を強化し、より多くの医療機関への展開を目指す。神奈川県を医療・介護課題解決の先進地域にすべく、自治体や事業会社とも連携していきたいと語った。
【tayo × 三菱総合研究所】 研究者の知識に気軽にアクセスできる「産学連携型」技術調査サービスの開発
■発表タイトル『研究者の知識に気軽にアクセスできる「産学連携型」技術調査サービスの開発』

tayoは、博士人材を活用した総合サポート事業を展開しており、国内外の研究者との広範なネットワークを強みとしている。一方、三菱総合研究所は、官公庁や大企業向けにコンサルティングを提供するシンクタンクで、社会課題に関する調査研究にも取り組んでいる。両社は、研究者に業務をアウトソーシングするサービスの開発に共同で取り組んだ。

プログラム期間中、三菱総合研究所が進める社会課題リストの調査のうち、環境・エネルギー、防災・レジリエンス分野に関して、専門知識を持つtayoの登録研究者2名とtayo社員2名がリサーチを実施。この取り組みを通じて、三菱総合研究所からは「専門家に迅速にアクセスできた」「指示内容への理解度と対応の速さが素晴らしい」と高評価を受けた。しかし、マネジメントや段取りに関する課題も浮き彫りになった。
そこで、tayoはタレントマネジメントシステムの開発や、民間企業向きの研究者の選定プロセスの構築を進めていく予定だ。また、登録研究者を増やすため、学会でのデジタル名刺配布などの施策も行っている。両社は今後も博士人材の活用促進に向けた共創活動を展開し、社会課題の解決やディープテック支援に取り組む考えだ。
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すべての発表が終わると、各チームはブースを設け、来場者と意見交換を行った。来場者は事前に配られた付箋にコメントを書き、それを次々とブースのホワイトボードに貼っていった。ピッチ終了後も、活発なやり取りが続いた。


取材後記
BAKのこれまでの活動から生まれた75件のプロジェクトの中には、今もなお継続して形を変えながら成長を続けているものがいくつもある。今年度のプログラムからも、新たに17件の革新的なサービスやプロダクトが誕生し、すでにマネタイズに成功したチームもあった。社会課題に着目し、共創を通じて生まれたこれらの取り組みが、私たちの日常をどのように変えていくのか、そして、どれほど大きな社会的インパクトを生むのか。その未来への期待は大きく、今後の展開が楽しみだ。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)