1. Tomorubaトップ
  2. ニュース
  3. “ものづくりのまち”愛知県刈谷市が挑む、VUCA時代の新規事業創出とは──オープンイノベーションを促進するイベント「KIP MEET2025」を現地レポート
“ものづくりのまち”愛知県刈谷市が挑む、VUCA時代の新規事業創出とは──オープンイノベーションを促進するイベント「KIP MEET2025」を現地レポート

“ものづくりのまち”愛知県刈谷市が挑む、VUCA時代の新規事業創出とは──オープンイノベーションを促進するイベント「KIP MEET2025」を現地レポート

  • 14205
  • 14199
  • 14196
3人がチェック!

自動車関連産業の一大集積地であり、“ものづくりのまち”として発展してきた歴史を持つ愛知県刈谷市。自動車産業が「100年に一度の変革期」を迎え、新規事業創出の必要性が高まるなか、同市では2023年度からイノベーションプログラムを開始した。2024年度は「刈谷イノベーションプログラム『ELEVATE』(エレベート)」と名称を改め、2024年8月から翌年3月まで一連のプログラムに取り組んでいる。

刈谷市は、市内中小企業のイノベーションの推進やスタートアップ企業との連携を促進する各プログラムの集大成となる成果報告を、2025年3月10日に産業振興センター小ホール(愛知県刈谷市)にて開催されたイベント「KIP MEET2025」において実施した。

刈谷市は、刈谷商工会議所、碧海信用金庫と共に、「刈谷イノベーション推進プラットフォーム(通称:KIP)」を設立し、イノベーション創出を後押ししている。刈谷イノベーションプログラム『ELEVATE』もその一環として実施している。

「KIP MEET」は、KIPの取り組みの一つである、市内中小企業が市内外の多様な主体と交流やネットワーキングにより繋がりを作り、刺激を得ることで、西三河地域を中心としたオープンイノベーションを推進する広域的なコミュニティ形成の取り組みを促進するイベントとして開催しており、会場には『ELEVATE』の取り組みに関心を寄せる愛知県内の企業が多数参加した。

TOMORUBAでは、4時間にわたって催された成果報告会を現地取材。本記事では、「新規事業に挑む6社によるセッション」と「KIP主催者によるパネルディスカッション」を中心に、写真とともにダイジェストでお届けする。磨き上げた自社技術と新たなアイデアをかけ合わせ、どのような新規事業が生まれているのか、注目してほしい。

【オープニング】 『ELEVATE』を主催する刈谷市の平野元章氏が登壇

イベントの冒頭、『ELEVATE』を主催した刈谷市の産業環境部 商工業振興監の平野元章氏が挨拶した。

▲刈谷市 産業環境部 商工業振興課 平野元章氏

平野氏は、本活動の意義を「大転換期を迎えている自動車産業において持続的に産業を発展させるには、オープンイノベーションや事業の付加価値向上が欠かせない」と説明。「ある企業の挑戦が他の企業にも波及していく循環を起こすエンジンとして、コミュニティづくりに注力し、イノベーションエコシステムを構築していきたい」と意欲を示した。参加者には、「コミュニティの一員となり、オープンイノベーションを推進してほしい」と呼びかけた。

【1】eiicon伊藤達彰氏のセミナー「中小企業におけるイノベーション推進の可能性」

続いて、eiiconの執行役員 兼東海支社長を務める伊藤達彰氏が登壇、「中小企業におけるイノベーション推進の可能性」をテーマにセミナーを実施した。

▲株式会社eiicon 執行役員/東海支社長 伊藤達彰氏

伊藤氏は、先行き不透明なVUCA(ブーカ)の時代における新規事業創出の必要性に触れたうえで、新規事業における課題は「情報・スキル・リソースの不足」だと指摘。これらの解決に役立つのが、まさにオープンイノベーションだと話す。自社の不足を補い、強みを強化して事業領域を拡げる手段だと、そのメリットを強調した。

【2】新規事業創出に挑戦する6社によるセッション

「KIP MEET2025」のメインとなるのが、『ELEVATE』に参画した6社によるセッションだ。2024年10月から約5ヵ月間にわたって新規事業創出に取り組んできた6社の成果報告に、会場からは熱い視線が送られた。

<登壇者>

・坂本啓輔氏(愛東運輸株式会社)

・櫻井伊織氏(株式会社サンポテック 名古屋営業所・所長)

・近藤 文則氏(株式会社タイガーサッシュ製作所 技術部)

・山下雄也氏(日進精機株式会社 営業部兼生産技術部)

・宮川大輝氏(B-time株式会社 代表取締役)

・澤田尚氏(有限会社平山鉄工所)

・柏木 淳氏(株式会社eiicon 地域戦略事業本部 東海支援事業部 Account Executive/Consultant)※モデレーター

【トークテーマ①|各社が取り組む新規事業の概要】

まずは、6社の事業内容と『ELEVATE』で取り組んだ新規事業の概要が紹介された。

●愛東運輸株式会社

1969年創業の運送会社で、約100台の輸送車を所有し、自動車部品の輸送をメインとする。近年は流通加工にも事業領域を拡大。県内に3ヵ所の加工所を持ち、部品の目次検査や梱包、ピッキングなども請け負う。同社が取り組む新規事業は、リアルタイムで仕事やモノの動きを把握できる「物流マップ」だ。「国内のどこで仕事やモノが活況に動いているかを知ることでマーケティングに役立てられるのではないか」という発想が起点となった。

▲愛東運輸株式会社 坂本啓輔氏

●株式会社サンポテック

1994年に創業し、主に建設工事を請け負う。大阪府東大阪市に本社を、営業所を刈谷市と東京・北区に構える。特に、硬質ウレタン吹付けによる建物の断熱工事を強みとしており、⾼レベルの断熱効果や結露防⽌、省エネルギー化を実現する。愛知県内の「中部国際空港 セントレア」や「ジブリパーク」などランドマークとなる主要な施設を多く手がけた実績を持つ。同社の新規事業は、職人の流出などの自社課題を踏まえ、職人の未来を作るための「新たな評価制度作り」とした。

▲株式会社サンポテック 名古屋営業所・所長 櫻井伊織氏

●株式会社タイガーサッシュ製作所

1955年に創業し、ドアサッシュやガラスガイドといった自動車部品の製造・販売を展開する。高品質な細長い金属部品をハイスピードで製造できるロールフォーミングと呼ばれる技術をコアとしている。同社では、「中小製造業向けの日報べースのクラウド生産モニターシステム」を新規事業として開発することに。これまで紙ベースだった日報を電子化することで、効率的な工場運営に役立てる目的だ。

▲株式会社タイガーサッシュ製作所 技術部 近藤文則氏

●日進精機株式会社

1953年に創業し、刈谷市内の3工場で自動車部品の精密切削加工、熱カシメ(熱と圧力を加えて接合する加工方法)など金属加工を提供する。自動車部品メーカーのクライアントが98%を占める同社では、「異業種のクライアント獲得」を新規事業と位置づけた。自社が持つ金属加工機、人材、資源をフル活用して取り組んでいる。

▲日進精機株式会社 営業部兼生産技術部 山下雄也氏

●B-time株式会社

2024年6月に創業し、SNSの運用代行とコンサルティング、企業向けのタイアップ企画や運営を展開する。自社でもフォロワーが10万人を超えるアカウントを運用している。「地元の企業と地元の人々をつなげる架け橋になること」をビジョンに掲げ、SNS運用未経験の地元企業をゼロから支援することを新規事業に掲げ、取り組んでいる。

▲B-time株式会社 代表取締役 宮川大輝氏

●有限会社平山鉄工所

1982年に創業し、配電盤・分電盤製作、各種溶接・製缶・鈑金を強みとする。従業員6名と少数ながら、大型の建物に電気を供給するための重要な装置を製作している。同社が取り組む新規事業は、鉄工所としての技術を活かした「焚き火台」の製作だ。山火事や地震が増加している昨今の状況を踏まえ、防災への活用も見込んでいる。

▲有限会社平山鉄工所 澤田尚氏

【トークテーマ②|新規事業に取り組むことにした背景】

続いては、各社が「新規事業に取り組むことにした背景」に迫る。愛東運輸では、以前から「先行き不透明の時代に新たな事業の柱がほしい」という課題感があり、新規事業に取り組むことに。ニーズを探ろうと製造メーカーを中心にヒアリングした結果、営業のリソースをどこに振り分けるかに困っている中小企業が多いことが判明。登壇した坂本氏は、「他にも活用可能性を探っている段階だが、物流マップを営業リソースを振り分ける際の指針の一つにしてほしい」と話した。

創業から1年未満のB-timeは「顧客獲得」が最大の課題であり、その解消に向けて新規事業に挑戦している。登壇した宮川氏は、「まずは刈谷市内の交流会に積極的に参加して、ネットワークを作っていった」と初期の取り組みに言及。「刈谷市在住だからこそ地域の魅力をよく知っている。企業の強みや社内の雰囲気を、SNSを通じて発信することで、自社のブランディングに有効活用してほしい」と思いを述べた。

平山鉄工所では、現在のクライアントがほぼ親会社の1社のみで、値段交渉等も難しい状態であることを課題として、新規事業に踏み出した。「焚き火台」の製作に取り組んでいるのは、亡くなった先代の社長が「キャンプ用品の製作」を熱望していたためだ。「製品の販売は未経験だが、先代の夢の実現に向けて試行錯誤しながら進めている」と登壇した澤田氏は現状を明かした。

日進精機もまた、自動車部品加工の業務割合が98%と依存度が高いことへの懸念が新規事業につながった。自社が持つリソースを活用して異業種の製品獲得を実現するため、まずは自社技術の棚卸しに着手、さらに異業種の人々との交流を積極的に図っていった。登壇した山下氏は、「外部の方の声から新規事業のヒントに気づくことも多く、自社技術の価値を再認識できる機会でもあった」と外部との交流におけるメリットに触れた。

【トークテーマ③|どのような自社課題がアイデア創出につながったのか】

中盤に差し掛かると、「どのような自社課題がアイデア創出につながったのか」という、より踏み込んだ内容に。

タイガーサッシュ製作所は、生産性向上を目的に、大手ITベンダーが提供する生産支援システムを導入した過去に言及。コストも時間もかけて導入を試みたが、自社で求められる機能がなかったり、使い方が複雑だったりして浸透しなかったという。

登壇した近藤氏は、「市場のシステムは基本的に大手企業向けに作られている。それらは多機能だが、中小企業には適していない。それならば、シンプルで低コストのシステムを開発すれば、中小企業のニーズを満たせるはずだと考えた」と説明。自社の失敗が、さまざまなものづくりの現場で役立つシステム開発というアイデア創出につながったという。

社員の大半が職人だというサンポテックでは、職人たちのエンゲージメントの低下、それによって起こる人材流出の課題を抱えていた。職人は環境によって求められる能力が異なり、現場での苦労も多い。しかし、生産性のみを相対的に評価する画一的な評価制度を採用しており、それが職人たちの不満につながっていた。

登壇した櫻井氏は、「一番大事なのは職人だ。彼らの努力が正当に評価される絶対評価の評価制度を作りたい。これまでは技術力や生産性の向上ばかりが評価の対象になっていたが、提案力や課題への対応力、後輩の指導力などトータルでスキルを伸ばす必要がある」と考えを述べた。

【3】KIPの意義や取り組みを紹介するパネルディスカッション

本イベントの後半では、KIPを主催する「刈谷市」「刈谷商工会議所」「碧海信用金庫」の担当者によるパネルディスカッションを実施。イノベーションを推進するKIPの意義や取り組みを発信する良い機会となったようだ。

<登壇者>

・長坂総士氏(刈谷市 商工業振興課)

・伊藤良太氏(刈谷商工会議所)

・増田圭亮氏(碧海信用金庫)

・寺田 圭孝(株式会社eiicon 地域戦略事業本部 東海支社 マネージャー)※モデレーター

【トークテーマ①|「KIPはなぜ設立されたのか?それぞれの設立の背景。」 】

KIPは、産業都市としての刈谷市の持続的な発展を目的に2024年8月に設立された。名古屋市にある日本最大級のスタートアップ支援拠点「STATION Ai」とも連携し、相互にイノベーションエコシステムの形成を推進している。

登壇した刈谷市の長坂氏は、「KIPは、各団体が持つネットワークやリソースを活用しながら、イノベーション推進に向けた連携協力や中小企業の課題の情報共有、スタートアップの個別相談会実施、コミュニティの運営などに取り組んでいる」と概要を伝えた。

続いて、話題は「設立の背景」に。長坂氏は、「以前から行政とのつながりが強く、地域に根ざした刈谷商工会議所と、スタートアップ支援を主体的に行っている碧海信用金庫がイノベーション推進の狙いに賛同してくれ、設立にいたった」と説明した。

▲刈谷市 商工業振興課 長坂総士氏

刈谷商工会議所は、地域の中小企業、小規模事業者を中心とする企業支援、地域振興、政策提言など通じ、地域の産業発展を支えることを目的に設立された団体だ。地域の幅広い企業にアプローチできる特徴があり、これまでにも人材支援、補助金活用などの個社支援、マッチングなどを実施してきた。

一方で、人手不足や原価高騰などの課題に加え、自動車産業の構造転換が進むなか、企業に深刻な影響が出ていると危機感を抱いていたという。登壇した伊藤氏は、「既存の支援の枠組みをより柔軟に広げる重要性を感じており、プラットフォームにおけるスタートアップとの共創連携に強く賛同した」と設立にいたった理由を明かした。

愛知県安城市に本店を構える碧海信用金庫は、県内に15ある信用金庫のうち預金量が2位、全国に250ある信用金庫のうち同14位の規模を誇る。以前から中小企業の補助金や採用支援などは推進してきたが、現在は「スタートアップ推進」に最も注力しており、STATION Aiに常駐して活動を展開している。関連情報の収集にあたり、スタートアップへの投資にも参画しているという。

登壇した増田氏は、「刈谷市と交流を深めたのが2023年の秋頃。メガバンクや地銀にはできない、信用金庫としてやるべきこととして、西三河エリアでのスタートアップエコシステムの形成を目指したいと方向性が固まったタイミングだった」と設立に至った背景を説明した。

▲左から刈谷市 商工業振興課 長坂総士氏、刈谷商工会議所 伊藤良太氏、碧海信用金庫 増田圭亮氏

【トークテーマ②|「各団体で取り組み始めていることは?」 】

現在は設立から約7ヵ月が経過したところだが、KIPはどんな取り組みを行ってきたのか。――その一つが『ELEVATE』であり、「こうしたイノベーション推進、スタートアップの連携促進プログラムを継続していきたい」と長坂氏は話した。プログラムの成果はFacebookグループを通じても発信している。

刈谷商工会議所でも、セミナーや会報誌を通じて情報発信に注力する。伊藤氏は、「スタートアップの製品・サービスの紹介やKIPの活動を中心に発信している。今後はセミナー開催のほか、双方向での意見交換ができるワークショップを通じて、より理解促進や連携のアクションにつながる企画を考えている」と計画にも言及した。

▲刈谷商工会議所 伊藤良太氏、碧海信用金庫 増田圭亮氏

碧海信用金庫が主に取り組むのは、「スタートアップ分野の機運情勢」と「スタートアップとのビジネスマッチング」の2点だ。2024年の年末以降、取引先に向けてSTATION Aiの見学、及びスタートアップのピッチを継続的に実施しているという。「スタートアップを知ってもらい、メンバーとの会話もできる機会を提供していきたい」と増田氏は意欲を見せた。

最後に、3名からのメッセージが伝えられた。「引き続き中小企業の方々の話を聞き、リアルな課題を把握しながら支援に努めたい。スタートアップとの連携も促進したい」(長坂氏)、「日々スタートアップのソリューションに触れ、期待が高まっている。KIPのような新しい支援スタイルを他の地域にも広げていきたい」(伊藤氏)、「スタートアップが持つソリューションへの確かなニーズを感じ始めている。スタートアップと地域企業との共創事例を作りたい」(増田氏)と参加者へ思いを届けた。

パネルディスカッションのラストには登壇者の記念撮影が行われた。さらに、参加者全員での交流会が実施され、「KIP MEET2025」は大盛り上がりのうちに幕を閉じた。

取材後記

“ものづくりのまち”ならではの課題や新規事業が印象的だった本イベント。高い技術力や実績を持つ企業であっても新規事業を成功させるのは容易ではない。その成功率を上げる手法の一つがオープンイノベーションであり、刈谷市のように地域一体となってイノベーションを推進しようとする環境もまた、新規事業を成功に導く原動力になるだろう。トークセッションに登壇した、新規事業創出に挑む6社の今後の展開にも注目していきたい。

(編集:入福愛子・眞田幸剛、文:小林香織、撮影:加藤武俊)

新規事業創出・オープンイノベーションを実践するならAUBA(アウバ)

AUBA

eiicon companyの保有する日本最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA(アウバ)」では、オープンイノベーション支援のプロフェッショナルが最適なプランをご提案します。

チェックする場合はログインしてください

コメント3件

  • 森川和義

    森川和義

    • システムジェーン株式会社
    0いいね
    チェックしました
  • 眞田幸剛

    眞田幸剛

    • eiicon company
    0いいね
    チェックしました