共創が進むプロジェクトが多く生まれる理由とは?――「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」立ち上げの1年をキーパーソン2名が振り返る
1949年の創業以来、最大手自動車部品メーカーとして、日本の自動車産業を支えてきたデンソー。現在、100年に1度とも呼ばれているモビリティ革命の中、同社も新たな社会価値創造に向けて、モビリティ分野に限らない幅広い事業シーズの探索を続けている。
その取り組みの一環として、2022年5月から「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」と題した1年間にわたるオープンイノベーションプロジェクトが実施されている。(2023/3/24が最終締切)同プロジェクトでは、「地域創生」と「QRコード×本人認証」の2つのテーマを設定し、業界・業種を問わない幅広い共創パートナーを募集。募集期間を通じて、100件以上の応募があり、現在複数のプロジェクトでPoCや事業化に向けた準備が進行中だ。
TOMORUBAでは過去3回にわたり、「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」に関与するさまざまな担当者へのインタビュー記事を掲載してきたが、今回は、事務局を担当するクラウドサービス開発部の古川和弥氏、李坤波氏にフォーカス。1年間を振り返っての総括やオープンイノベーションを成功裏に進めるための事務局の役割、また、今後の展望などについて伺った。
※「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」関連記事
●【OIプロジェクト始動!】執行幹部・成迫氏に聞く。数多のイノベーションを生み出し続けてきたデンソーが見据える先とは?
●顔情報をQRコード化する「顔認証SQRC」――SIer/startupとの共創で本人認証が必要な領域・業界への導入拡大(教育・物流・イベント・医療…)を目指す
多数の成果が生まれた「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」立ち上げの1年間を振り返って
――まずは、改めて本プロジェクトの実施背景や目的について教えていただけますでしょうか。
李氏 : いま、自動車業界は“100年に1度”ともいわれる大変革期を迎えています。いわゆるCASEと呼ばれる各分野での動きが日々進展しています。そのような状況において、これまで自動車部品の製造を主力事業としてきた私たちも、モビリティ分野のみならず非モビリティ分野においても、新たな価値創造に挑まなければなりません。
そのための事業機会発掘から本格的事業化までを、広範囲でかつ迅速におこなうためには、やはりオープンイノベーション的な取り組みが欠かせないという認識があったということです。
▲株式会社デンソー クラウドサービス開発部 ビジネスイノベーション室 李坤波氏
――広範囲に事業機会を発掘したいという中で、今回のプロジェクトでテーマとして掲げられた2つ、「地域創生」と「QRコード×本人認証」は、どのように決められたのでしょうか。
古川氏 : 実は、今回のプロジェクト実施以前から、いろいろなネットワークでの共創には取り組んできているのです。「ライフビジョン」では地域創生というテーマでいくつかの自治体との取り組み実績があります。もう1つの顔認証SQRCは、デンソーウェーブ社が持つQRコード技術を用いるものですが、やはり金融機関などとの共創の事例が進んでいます。
そういう意味で、デンソーとしては、この2テーマにおける社外との共創は、初めての取り組みというわけではないのです。しかし、両チームとも、より積極的にオープンイノベーションを進めたいという熱意が非常に高いチームなので、まずはそこから始めることにしたのです。
今回のようなプロジェクトの枠組みを使うことで、今まで思ってもいなかった新たな企業との出会いにより、化学反応的に新しい価値が生み出せるのではないかという期待がありました。
▲株式会社デンソー クラウドサービス開発部 ビジネスイノベーション室 ビジネス開発課長 古川和弥氏
――実際に、「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」に1年間取り組まれてきて、全体を通しての手応えはいかがでしたか。
李氏 : まず、現在全体で100件以上のご応募をいただきました。思っていた以上の反応がいただけたと感じています。スタートアップや中堅企業だけではなく、大企業からのアプローチも意外と多くありました。まったく接点がなかった業界の企業からの応募もあったりして、従来のやり方では広げられなかった共創の可能性が広げられたと感じています。
また、PoCや顧客への共同提案など、具体的なアウトプットを得られているプロジェクトもいくつかあります。共創相手となるパートナー企業が、デンソーが持つアセットや可能性をうまく活用し、引き出していただいているのではないでしょうか。その面でも、一定の成果は得られています。
古川氏 : 事務局の私たちとしては、チームから「ぜひ来年度も続けてほしい」という声が上がってきているのが、嬉しいところですね。
想定していない企業からの応募があったり、話を進めているうちに、テーマからは外れてきたものの「これはこれで面白いから、こういう方向で進めようか」と全然違った案件に発展するピボットがあったりと、先ほど「化学反応」といいましたが、まさにそういう展開が起こっているからかなと思っています。
【成果事例】共創開始から約7か月で3つの自治体を巻き込んだPoCが終了し、効果を測定中のライフビジョンでの共創
――具体的な成果事例として、ご紹介いただけるプロジェクトはあるでしょうか。
古川氏 : 前回の記事で、地域創生テーマのライフビジョンチームをご紹介いただきましたよね。そこでも少しだけ触れられていますが、ライフビジョンを通じた健康コンテンツ配信のプロジェクトがあります。これは、株式会社トラヴォスさんというスタートアップとの共創で進めています。
ライフビジョンは、タブレット端末やスマホを通じて、自治体や地域の情報などをプッシュ型で地域住民にお届けする地域情報配信システムです。2022年10月現在で、65の自治体様に導入いただいています。
特に、高齢者の方に必要な情報を届けられることを意識しており、デジタルに強くなくても簡単に使ってもらえるようにインターフェイスや操作性を工夫し、実際に導入自治体では、非常に多くの方に利用してもらっています。このライフビジョンで、トラヴォスさんが提供している健康体操コンテンツを配信するプロジェクトのPoCを、3つの自治体の協力を得ながら進めて、ちょうど終わったところです。
――それはどんなコンテンツで、どのような意図で配信されるのでしょうか。
古川氏 : 住民の高齢化率が高い地方の自治体では、高齢者のいわゆる「健康寿命」を延ばして元気に暮らしていただくことは、大きな課題となっています。それには、病気あるいは要介護の手前の段階である「フレイル」となることを防ぐのが重要です。
フレイル予防には運動も大切なので、ライフビジョンによって健康体操の動画コンテンツを配信して、これを観ながら高齢者に運動をしていただこうということです。その際にポイントとなるのが、トラヴォスさんが提供している健康体操コンテンツは、医師が監修している、きちんとした医学的根拠に基づいた内容であるという点です。
体操の動画というだけなら、YouTubeなどでいくらでも観られるわけですが、トラヴォスさん動画では、この医学的根拠の確かさがあり、商用サービスとしての実績もあるという部分が、自治体を巻き込む上で重要な点だったと思います。
▲3自治体とのPoCを通じて実際に配信された、健康体操の動画。
――3自治体とのPoCは2023年2月で終了されたということですが、どのようなスケジュール感で進み、どのような成果が得られたのでしょうか
李氏 : 昨年の8月くらいから、企画の内容を詰め始めて、12月から複数の自治体に提案を持ち込んでいます。そして興味を持っていただいた3つの自治体があり、2月にPoCを実施したというのが大まかなスケジュール感です。PoCの中で実際の利用状況などを調査していますので、いままさにそれを集計、分析して、実際に効果的に機能しているのかといった点を、今後検証していくことになります。
――自治体を巻き込んだPoCを広く展開するとなると、共創先を探す段階から、実際の進行までいろいろな面でハードルがあり、スピード感に欠けるのではないかというイメージがあるのですが、お聞きしていると、かなり順調に進んだ印象です。
古川氏 : そうですね。かなりスムーズに進んだと思っています。その理由の1つには、これまでにライフビジョン事業を展開してきた中で、自治体との関係性作りのノウハウがチームに蓄積されていたことがあるのではないでしょうか。多くの自治体と深い関係性が作れているところは、スピード感をもってPoCが進んだポイントになっているとは思います。
李氏 : 付け加えると、ライフビジョンチームは内製でサービス開発およびソフトウェア開発を行っています。当然、何かシステムに変更を加える必要がある場合などは、自分たちでスピーディーに取り組むことが可能です。これもスムーズにプロジェクトが進んだ理由の1つだと思います。
取り組みを継続することでネットワークによる価値創出の可能性が広がるオープンイノベーション
――今回のプロジェクトを成功裏に進めていくために、事務局の立場として意識していたことはありますか。
李氏 : できる、できない。で判断するのではなく、募集テーマとは少し合致しない場合や少し中長期の取り組みになりそうな場合でも、どうやったらできるかを一緒に作り上げていくというマインドと行動を心掛けながら、応募企業とはディスカッションの場をできるだけ多く持つように取り組んできました。また、私たちは現場のチームと応募企業との間に立つ立場ですので、両者のコミュニケーションがスムーズに進むように尽力しています。
例えば、応募企業から出された不明点や疑問などは、可能な限り打ち合わせの前にクリアにしておくとか、打ち合わせの場にはなるべく同席して、実際の進行状況を把握しておくといったことです。そして、もし障害になりそうな事項があれば、私たちに解決できるものであれば私たちが解決して、現場のチームと、応募企業の双方の負担を、なるべく減らすようサポートに努めています。
古川氏 : もう1つ、オープンイノベーションのプロジェクトを通じた新しい事業価値創造を図っていることの情報発信を、社外に対してはもちろん、社内に対しても意識的におこなってきました。
デンソーのような大きな組織で、オープンイノベーションを継続した取り組みとして実施していくには、担当チームだけではなく、全社的な理解や協力が不可欠だからです。例えば、プロジェクトの期が終了したあとには、その結果を社内で配信しています。プロジェクトのロゴ(下画像)も、複数の案を作成して社内投票を実施し、かなり多くの社員に投票してもらいました。社内での参加意欲を高めてもらおうと、いろいろ工夫しています。
――次年度以降、プロジェクトをどのように開催なさっていくのか、あるいは、今後のオープンイノベーションの取り組みへの展望などをお聞かせください。
李氏 : プロジェクト自体は来期も継続する予定です。ただ、来期は少しやり方を変えることも考えています。まだ検討中ですが、例えばテーマを変更する、あるいは追加することはあるかもしれません。また、1年を通じて同じテーマで募集するのではなく、期を少し短くして、期ごとにテーマを変えながら、短期集中型で繰り返し実施していくことも検討しています。
古川氏 : これは個人的な考えですが、オープンイノベーションへの取り組みは継続することが重要だと思っています。短期間では具体的な成果はそうそうたくさん生まれてきません。しかし、継続していけば、必ず新しい価値創出につながっていくと確信しています。
今回は、たくさんの応募企業に参加いただき、その技術や事業リソースを教えていただきました。プロジェクトで集まった情報を活用して、「この技術とこの技術を掛け合わせれば面白いものが作れそう」とか「この事業には、この企業が持っているノウハウが使えそう」といったネットワーキングによる価値創出の可能性も生まれるはずです。
プロジェクトを長く続ければ続けるほど、そのようなネットワークが広がっていくでしょう。今後も長期的な視点で継続していきたいと思います。
取材後記
今回の「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」からは、実際に事業化を目指す案件が多数生み出されている。その大きな理由の1つとして、今回お話を伺った古川氏、李氏をはじめ、同社の担当スタッフに、応募企業との共創によって一緒に新しい事業を作り上げていくというマインドと行動が徹底していることがあると感じられた。
今回の取材時には、まだ詳細を公開できないプロジェクトが多かったため具体的な名前を挙げられないことが残念だが、今後しかるべきタイミングで、続々と同社の新事業がリリースされていくはずだ。ぜひ今後の動き、また、来期以降も継続するものと思われる「DENSO OPEN INNOVATION PROJECT」に注目していただきたい。
(編集・取材:眞田幸剛、文:椎原よしき、撮影:古林洋平)