創業4年でアジア9ヵ国進出。シンガポール発、マウスピース矯正の「Zenyum」CEOが明かす急成長のワケ
2021年11月、シンガポール発のデンタルテック企業「Zenyum」(ゼニュム)が日本に進出した。2018年の創業から、わずか4年で世界9ヵ国に進出、2020〜2022年はグローバルで売上400%の成長を達成。これまでに総額5,600万ドル(約70億円)の資金調達を実施した。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第38弾では、快進撃を続けるZenyumを取り上げる。
無数のプレーヤーが誕生し、加熱するマウスピース矯正市場で、どのようにグローバル展開を叶えてきたのか。2022年12月に来日した創業者、兼グローバルCEOのJulian Artope(ジュリアン・アルトぺ)氏にたずねた。
サムネイル写真撮影:小林 香織
低価格だが、質も追求したビジネスモデル
▲マウスピース矯正は、毎日20時間マウスピースを装着して歯を動かす手法。低コストで目立ちづらく、利用者は右肩上がりだ。
Zenyumは、ドイツ人起業家のジュリアン氏がグローバルビジネススクール「INSEAD」(インシアード)シンガポールキャンパスに在学中に考案し、2018年にシンガポールで創業した。従来のワイヤー矯正と様変わりした最先端のマウスピース矯正を知り、「これなら世界的に展開できる」と魅了されたという。
日本でマウスピース矯正を提供する多くの企業は、全国の歯科クリニックと提携して、クリニック経由で自社サービスを提供するビジネスモデルを採用している。歯科医師でなければ医療行為ができない厳格なルールがあるためだ。そういったルールが存在しない国もあるが、安全性や信頼性の観点から、Zenyumではすべての国で歯科クリニックと連携したビジネスモデルを採用している。
▲Zenyumのビジネスモデル。歯科クリニックと二人三脚で治療する
▲上下最大20本の歯を動かす「ゼニュムクリア」の実例。計21枚のマウスピース、7ヵ月で治療が完了
ひとつ特徴的だと感じたのは、入り口のハードルが低いこと。多くの競合が来店による検診や精密検査をうながすところ、同社はオンライン上での写真登録のみで矯正治療の可否を判断できる。「矯正可能」と判断されれば、精密検査・型取りのための来店が必要だが、自宅にいながらチェックできるのはアドバンテージかもしれない。
全国の歯科クリニックは各々に治療方針も技術力も異なるが、クオリティに差が生まれないよう、治療計画のベースはZenyumの歯科矯正医チームが作成する。それを基に医師とディスカッションを重ねて、治療の精度を高めているそうだ。
集客、治療計画の作成、専用アプリでのユーザーとのコミュニケーション、3Dプリンターによるマウスピースの作成などはZenyumがおこない、マウスピースの受け渡し、医療的な処置、ユーザーとの対面コミュニケーションはクリニックがおこなう。
日本市場における治療価格は上下の最大20本を矯正する「ゼニュムクリア」が324,500円(税込)、すべての歯を矯正する「ゼニュムクリアプラス」が575,000円、あるいは660,000円(マウスピースの数により変動、税込)。これに加えて、2〜3万円の精密検査代が発生する(歯科クリニックごとに異なる)。業界最安値の価格帯だ。来院は平均2〜4回、治療期間は平均約6ヶ月間となる。
売上げより「顧客満足度」の向上に焦点
筆者は、以前に国内のマウスピース矯正企業への取材経験があり、その際に一通りの競合を調査した。マウスピース矯正ユーザーでもあり、現在5週目に入ったところだ。メディア・ユーザーいずれの視点においても、マウスピース矯正各社のビジネスモデルや価格帯は酷似していて違いがわかりづらい。
広告やホームページでうたわれているメリットも、「低価格」「来院回数が少ない」「目立たない」と、ほぼ同じ。では、どのように競合と差別化しているかというと、「顧客満足度へのコミットだ」とジュリアン氏。
▲2022年12月に来日したジュリアン氏。シンガポール市場で注目されている起業家のひとりだ(筆者撮影)
「日本同様にサービスの水準が高いシンガポールで誕生した当社は、高いクオリティを求めるユーザーと向き合い、プロダクトマーケットフィットを進めてきました。日本との違いは、人口約550万人と小国であること。どのようにして新たなテクノロジーが浸透し、どんなオペレーションが最適なのか。プロセスを細かく区切ってNPS(顧客満足度)を測定し、スコアが下がる原因を分析・改善して、スコアアップを突き詰めてきました」(ジュリアン氏)
ジュリアン氏が自社のDNAとしてあげたのが、「discipline」だ。「規律」や「修行」を意味する英単語で、一つひとつの課題を愚直に改善していった結果、「質を磨き上げる文化」が根付いたという。
▲過去4年間で、日本を含め9ヵ国に展開。資金調達も順調だ
「結果的に売上が急伸しているのは、NPSの向上にひたむきに取り組んだ結果であり、そこにマジックのようなものはない。グローバルで見れば当社のNPSは競合他社の約3倍ほど高く、それが次のユーザーを呼び込むため、結果的にマーケティングコストが下がります」(ジュリアン氏)
ベンチャーキャピタルからの信頼も獲得する。LVMHと戦略的提携関係にある投資ファンド「L Catterton」や、世界最大規模のベンチャーキャピタル「Sequoia Capital」などから総額5,600万ドル(約70億円)を調達。
テクノロジーを駆使して顧客の生活を劇的に変えるサービスである、市場の拡大が予想される、世界へ打って出るポテンシャルがある、先進的な体験を求める若年層にリーチできるといった点が評価された。同社のユーザー層は20〜30代の女性が約70%を占めており、結婚を機に治療を始める人が目立つそうだ。
満を持しての日本展開。その意気込みは
創業から約3年半が経過した2021年11月、日本に進出した。アジアで急成長している注目プレイヤーであり、国内のデンタルテック企業にとって脅威であることは間違いない。国内では2005年頃にマウスピース矯正が始まり、2019年頃から参入企業が急増、ややカオス状態に見える。
ジュリアン氏いわく、マウスピース矯正のテクノロジー自体は、それほど難しいものではない。だからこそプレイヤーが拡大しているのだが、オペレーションの精度を上げ、ユーザーが納得する結果を出すのは容易ではない。シンガポールでも初期は多くの競合がいたが、いつの間にか淘汰されていたという。
「緻密なサービスを求める日本での拡大は、一筋縄ではいかないでしょう。ですが、当社にはシンガポールをはじめアジア各国で培ったノウハウと実績がある。世界的にも大きな経済圏である日本での事業拡大は、長い時間をかけてでもやる価値があると思っています」(ジュリアン氏)
日本進出にあたり創立されたZenyum Japan(ゼニュム ジャパン)でトップを担うのは、コンサルタントや経営企画での実績を持つ伊藤 祐(いとう たすく)氏だ。「マウスピース矯正を”当たり前のもの”として根付かせていきたい」と伊藤氏は、意気込みを語る。
▲ゼニュム ジャパンの代表取締役社長、兼CEOを務める伊藤氏(写真左、筆者撮影)
「マウスピース矯正は、ワイヤー矯正の『価格が高い』『痛みが強い』『通院が大変』『見た目が気になる』といったネガティブ要素を一気に解決できる。にもかかわらず、日本の矯正利用者のうちマウスピース矯正の割合は約5%と言われています。
ただ安いだけではなく、動かせる歯の範囲も非常に大きい。正確な情報を届けることができれば一気に広がるポテンシャルを秘めているなと。サービスのさらなる質の向上は継続しますが、正しい認知を広げ国内に根付かせることをゴールに据えています。
現在、1年4ヵ月ほど代表取締役社長を務めていますが、大きな裁量を持って事業を進めるすばらしい機会を得られていると感じます」(伊藤氏)
シェア拡大を狙うZenyumの「次の一手」
ジュリアン氏の説明では、マウスピース矯正はアジアでは10~15%の人しか利用していないが、アメリカでは60%以上を越え、主流になっている。アメリカより5年ほど遅れてアジアにその波が到来するだろうと同社は予想する。
アジア全域での市場拡大を見据え、2020年に電動歯ブラシ「ゼニュムソニック」、2021年にオーラルケアプロダクト「ゼニュムフレッシュ」をローンチ。日本での展開は未定だが、発売済のアジア各国では好評を得ているという。
▲部屋に置いても違和感がないデンタルケアの概念を覆したデザイン、リーズナブルな価格帯が好評とのこと
「コンビニやスーパーマーケットにも当社の製品があり、誰もが手に取れるような環境をつくっていきたい。マウスピース矯正だけでは、それは絶対に実現できません。そのために電動歯ブラシやオーラルケア製品を開発しました。ブランドや製品の認知を広げることで、マウスピース矯正のユーザーも増やしていきたい」(ジュリアン氏)
アジア各国で磨き上げたサービスと実績を武器に、日本市場に進出したZenyum。2023年1月現在、東京、神奈川、千葉、群馬、大阪、兵庫、鹿児島に提供エリアを拡大している。
日本では、世界の患者数が1320万人を超える最大手の「インビザライン」をはじめ、患者数が国内10万人を突破した「キレイライン」や通わないマウスピース矯正で特許を持つ「Oh my teeth」など、すでに一定の実績を持つ競合が多数存在する。そんな国内マウスピース矯正市場で、Zenyumがどんな旋風を起こすのか。注目したい。
写真提供:Zenyum
編集後記
ゼニュムのプロダクトではないが、マウスピース矯正の一利用者として「体験価値の高さ」は日々感じる。純粋に結果が非常に楽しみだ。一方、課題はユーザー次第で結果がいかようにも変わるところだろうか。提供側は「20時間以上の装着」を日々うながし、歯の状態を定期的に確認するものの、ダイエット同様ユーザー側の努力や習慣化が求められる。今後、各社がどんな差別化を図り発展していくのか、期待値が高い市場だ。
(取材・文:小林香織)