欧州の「減量スタートアップ」が1年で800%成長 “投薬”だけじゃない、肥満解消に導く各社の事業モデル
「肥満解消」を目的としたスタートアップが欧米で台頭している。スウェーデンの「Yazen」は、2022年に20万ユーロ(約3,500万円)だった収益が、24年に1,590万ユーロ(約28億2,200万円)に急拡大。CAGR(年平均成長率)は約800%を記録し、2025年に北欧とベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)地域で最も成長したスタートアップに選出された。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第69弾は、欧米で急激に勢いを増す「減量スタートアップ」に着目。好調の背景にある、“投薬”だけに頼らない事業モデルとはーー。
サムネイル写真:Unsplash Towfiqu barbhuiya
専門家による「個別プラン」で年平均20%の減量へ
2021年にスウェーデンで創業したYazen。創業時は、男性ホルモンと言われる「テストステロン」を用いて、肥満男性の減量を支援するスタートアップ「Vital-T」として事業を開始した。しかし、その6ヶ月後、「マンジャロ」「オゼンピック」「ウゴービ」といった最新の肥満症治療薬(GLP-1受容体作動薬)が米国で注目され、前例のないペースで減量を導いていることを知り、方針転換。「Yazen」としてリブランディングし、新サービスを開始した。
▲投薬と専門家のサポートを両立させて、減量を目指すという(Yazenの公式ホームページより)
GLP-1は「痩せるホルモン」とも呼ばれ、血糖値の急上昇や食欲を抑制する効果がある。GLP-1受容体作動薬を服用することで、こうした効果を得ることができ、空腹をガマンせずに減量できるとして人気を集めているのだ。
Yazenの強みは、肥満の課題を抱える人々に薬を処方するだけでなく、あらゆる面からサポートする体制を整えていること。効率的に減量し、健康的に体型を維持していくには「医療」と「ライフスタイルの変化」を組み合わせることが求められる。そこで、医師、心理士、栄養士、理学療法士などの専門家チームへのアクセスを容易にして、オーダーメイドの減量プランを提供している。
利用者に最も親密に関わるのは、YazenCoachと呼ばれる「パーソナルコーチ」だ。コーチは利用者の悩みに寄り添いながら、目標設定から成功のための道筋や障壁まで利用者と一緒に特定する。必要に応じて専門家につなげるなどして、目標達成まで伴走する役割を担う。
▲Yazenでは中年女性が主な顧客層で、減量効果は非常に大きいようだ(Yazenの公式ホームページより)
さらに、大手オンライン薬局と提携することで、競争力のある価格で薬を処方できることもメリットとなる。例えば、通常は薬代として月額50〜100ポンド(約1〜2万円)がかかるところ、オーダーメイドの減量プランと薬代の合計費用を月額125〜200ポンド(約25,000〜40,000万円)で提供。プラン開始前には健康診断を受ける必要があり、標準検査の費用は119ポンド(約24,000円)となる。
Yazenは、事業モデルを転換してから「収益が自動的に10倍になった」という。CAGRは791.62%に達し、欧州のビジネスメディア・Siftedによる、収益成長率に基づいた急成長スタートアップ企業100社の2025年ランキングで、1位を獲得した。
同社はスウェーデン、スペイン、ノルウェー、デンマーク、オランダで事業を展開しており、英国とドイツでパイロットテストを実施している。最も急成長している市場はオランダで、欧州全土への進出を見込んでいるそうだ。
主な利用者は、BMI34(約20~25kgの過体重)の50歳前後の女性で、全体の約75%が女性となる。2025年9月時点で42,000以上が利用登録し、350トン以上の減量に成功。この実績を武器に男性にもアプローチしたい考えだ。
米国市場も急拡大 「リバウンド防止」や「調合薬」で差別化
欧州よりひと足早く、最新の肥満治療薬によって減量市場が広がったのが米国だ。米国企業による市場分析によると、米国の医療機関で処方された「オゼンピック」「ウゴービ」などの肥満治療薬の処方量は、2020年初頭から22年末までの期間で300%に急増したという。
その背景に、これらの肥満治療薬を扱う減量スタートアップの増加がある。競合間の競争激化やGLP-1受容体作動薬の飛躍的な需要増による供給不足から、各社の差別化が進んでいる状況がうかがえる。
▲米国の「Calibrate」は投薬中止後のリバウンドの防止にも注力(Calibrateの公式ホームページより)
例えば、2019年に創業した「Calibrate」は、投薬だけに依存せず、生活習慣の変化により体重を維持する「リバウンド防止策」にも注力する。というのも、GLP-1受容体作動薬の服用中止後、多くの人がリバウンドするためだ。米国の研究では平均して12ヶ月以内に減量した体重の3分の2が戻ってしまったという。
同社の基本料金は月額199ドル(約3万円)と薬代の約25ドル(約4,000円、民間保険加入者が対象)で、パーソナルコーチング、科学に基づいた学習カリキュラム、保険などを提供する競合と類似したサービス内容だ。
多くの利用者は6〜9ヵ月で減量目標に到達し、その後は、健康的な生活習慣を身につけるための実践に移行する。約1年間をかけて、薬の中止後も体重維持を可能にする長期的な行動変容を目指している。
▲市販薬だけでなく、独自の「調合薬」も提供する米国の「Mochi Health」(Mochi Healthの公式ホームページより)
また、2022年に創業した「Mochi Health」は、個々の患者のニーズに合わせてカスタムメイドで調合される「調合薬」を処方している点が差別化と言える。
同社では、1ヵ月69ドル(約1万円)のメンバーシップと薬代(99〜199ドル目安、約15,000〜30,000円)の料金設定を基本とし、他社と類似したパーソナルコーチングなどを提供。処方される薬は、一般的なGLP-1受容体作動薬のほか、独自の「調合薬」も含まれる。
調合薬は、市販されていない特定用量の薬剤や臨床的に患者に適応する追加の有効成分が含まれている場合がある。これらの薬剤は、FDA(米国食品医薬品局)の承認を受けていないものの、州や連邦レベルの品質基準を満たしているという。
課題は「広告規制」や「薬の供給不足」か
参入しやすいビジネスモデルゆえ、「減量スタートアップ」は競合が増えているようだ。スウェーデン Yazenの創業者 兼CEOのFredrik Meurling氏は、「多くのスタートアップが同じ顧客を奪い合っているため、頂点に立つには、いかに効果的な宣伝をするかが重要だ。これはブランディングゲームだ」とメディアで語っている。
一方で、欧州では「広告規制」や「薬の供給不足」などの課題が見えてきている。欧州全土では、2023年にGLP-1受容体作動薬の不足により、糖尿病患者が薬を入手できない状況になったという。こうした背景から偽造薬も見つかり、WHOでは、2023年後半にブラジル、英国、米国で偽造オゼンピックが確認されたことを発表している。
▲急激な需要増に対して、供給不足や偽造薬の登場など課題は少なくない(Yazenの公式ニュースより)
薬不足の課題は米国でもある。2022〜23年はその傾向が顕著になり、患者のニーズに合わせて個別に調合する「コンパウンド薬」の市場が拡大した。2025年以降は、徐々に薬不足が解消しつつあるとして、類似の作用を持つ調合薬が製造停止になるなどの動きが出てきているという。
▲英国のテレビタレント、ジェマ・コリンズさんのプロモーション動画は、英国の規制当局によって禁止された(Yazenの公式ニュースより)
また、欧州では広告規制により、減量スタートアップの宣伝が難しくなっている状況も指摘される。中でも英国はその傾向が顕著で、英国広告基準局(ASA)が取り締まりを強化している。2025年初頭には、約224万人のInstagramフォロワーを持つ英国のテレビタレント、Gemma Collins(ジェマ・コリンズ)さんとYazenとのコラボレーションによるプロモーション動画が、英国の規制当局によって禁止された。ASAでは、処方箋が必要な減量薬の宣伝を違法としているためだ。
投資家も、「減量スタートアップは、規制当局によるインフルエンサーマーケティングへの監視強化に直面するだろう」と課題を指摘。YazenのMeurling氏も「今後2年間、790%(年平均成長率)の成長を維持することはできないだろう」と見通しを語っており、次の成長戦略としてBtoB領域にサービスを広げる考えを示した。従業員向けの肥満治療支援を企業向けに販売するようだ。
米製薬大手ファイザーは、「肥満治療薬スタートアップ」を買収
減量市場の最新の動きでは、2025年9月22日に米製薬大手ファイザーが、肥満治療薬スタートアップ「Metsera」を最大73億ドル(約1兆790億円)で買収すると発表。2022年に設立されたMetseraは、肥満治療の新薬を開発して注目を集める。
従来の肥満治療薬は週1回の注射が基本であるのに対し、同社が開発する新薬「MET-097i」は月1回の注射と利便性が高い。さらに、初期データでは消化器系の副作用がより少なく、強力な減量効果が得られることが示唆されている。同社の中期試験では、週28回の投与後に平均で最大14.1%の体重減少を示した。最高では26.5%の減少が見られたという。
JPモルガンのアナリストは、「MET-097iは、いずれ市場のシェアを奪うだろう」と話しており、期待値の高さがうかがえる。
編集後記
日本でも「ラクに痩せられる」として、「マンジャロ」や「オゼンピック」といったGLP-1受容体作動薬を勧めるSNS投稿が近年見られるようになった。投稿主は若年女性が大半で、肥満解消ではなく標準体型をよりスリムにするのが目的だと見受けられる。オンライン診療で気軽に入手でき、飲み薬なら1ヵ月5,000円台〜と比較的買いやすいため若年女性を中心に人気を得ているようだ。ただし、吐き気や下痢など副作用のリスクがあり、標準的な体型の人も容易に利用できる状況が一部で不安視されている。欧米の減量スタートアップは中年の男女をメインターゲット層にしているが、国内では、やや状況が異なっているのかもしれない。
(取材・文:小林香織)