『日本サービス大賞×オープンイノベーション』フォーラムレポート――第4回日本サービス大賞の受賞企業unerry、ダイキン工業、BABY JOBが、オープンイノベーションの裏側を明かす!
日本国内の革新的で優れたサービスを表彰する「日本サービス大賞」。2015年に創設され、内閣総理大臣賞をはじめ各大臣賞など、これまでに109事例が表彰されている。
同賞を主催する公益財団法人日本生産性本部 サービス産業生産性協議会(SPRING)は、フォーラム「日本サービス大賞 受賞事例に学ぶ!」をシリーズ化。さまざまなノウハウや知見を、新規事業の創出などを目指す企業に伝えている。去る8月2日には、オープンイノベーションをテーマにした特別企画『日本サービス大賞×オープンイノベーション Special』をオンラインで実施した。
本フォーラムのテーマとなっているオープンイノベーションとは、意図的に社外のプレイヤーと手と携えて、イノベーション創出を行う経営手法のこと。オープンイノベーションは従来のビジネスにおける"受発注"とは違い、共に目指したい価値創出="共創"に取り組むパートナー関係を構築することが特徴となっている。
今回、パネラーには第4回日本サービス大賞の受賞企業であるunerry 内山英俊氏、ダイキン工業 三谷太郎氏、BABY JOB 上野公嗣氏の3名を迎え、サービスの紹介をはじめ、大企業×スタートアップの共創がどのように進められたか、その実際や裏側が赤裸々に語られた。
なお、本フォーラムは事業・サービス紹介とトークセッションの2部構成となっており、トークセッションはパネラー3名と、コーディネーターであるeiiconの中村亜由子で進められた。以下に当日の様子をレポートする。
<パネラー>
●株式会社unerry 代表取締役社長CEO 内山 英俊 氏(第4回日本サービス大賞 総務大臣賞受賞)
●ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長 兼 CVC室長 三谷 太郎 氏(第4回日本サービス大賞 優秀賞受賞)
●BABY JOB株式会社 代表取締役社長 上野 公嗣 氏(第4回日本サービス大賞 優秀賞/審査員特別賞受賞)
<コーディネーター>
●株式会社eiicon 代表取締役社長 中村 亜由子(第4回日本サービス大賞 優秀賞受賞)
「第4回日本サービス大賞」を受賞した各社のサービスとは?
――フォーラムの前半は、第4回日本サービス大賞を受賞したパネラー各社のサービスが紹介された。どのような革新的なサービスを提供しているのか、パネラーたちが語った内容を紹介していく。
●【unerry】 リアルな社会をデータ化し、より心地よい生活体験を届ける
▲株式会社unerry 代表取締役社長CEO 内山 英俊 氏
当社は「リアルな社会をデータ化する」をテーマに2015年に設立しました。これまでに日本サービス大賞をはじめ複数の賞を受賞し、2022年には東証グロース市場に上場を果たしています。
IT化がこれほど進んだ現代においても、実に消費の9割以上はいまだリアル社会の中で行われています。このリアル社会をデータ化してAIで解析し、より心地よい生活体験を届けることを目指しています。当社ではこのことを「環境が賢くなる」との意味を込め、「『環境知能』を実現する」と述べています。
具体的には、スマホアプリなどを通じ、人流データなどリアルな生活者データを、個人情報が特定されないように配慮しながら取得・統合しています。提供しているサービスは、分析・広告・ソリューションの3つ。小売、外食、メーカー、卸、まちづくり、メディア、広告、金融など幅広い業界の200社以上に利用いただいています。データはユーザーの行動パターンなどの分析に活用され、売上向上などにつなげています。
実績として、例えば、ファミリーレストランの来店頻度が3.5倍になるなどの成果を出しています。このほか、当社ではさまざまなサービスを展開し、進化を遂げています。こうしたことが実現できているのは、オープンイノベーションによるところが非常に大きい。当社は国内外を代表する企業とパートナーシップを結び、サービスの開発はもちろん、顧客の開拓も共に行ってきました。おかげさまで、年平均成長率60%となっています。
●【ダイキン工業】 アフリカ・タンザニアでエアコンのサブスク事業をスタート
▲ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長 兼 CVC室長 三谷 太郎 氏
当社は総合空調メーカーとして事業を展開しています。特徴は空調機器と冷媒の両方を手がけていることで、世界でも非常に珍しい存在です。現在、170カ国以上にネットワークを広げ、売上比率は海外が85%となっています。これから世界での所得が上がっていくと予想されており、2050年までに空調の普及は3倍になるとも言われています。
一方、電力需要の逼迫など社会課題も生み出すため、対処していかねばなりません。当社では環境価値、社会価値、経済価値と表現し、持続可能な成長を中期経営計画で掲げています。2019年にはCVCを立ち上げ、既に国内外の20社以上に出資して、さまざまなオープンイノベーションの事例も生まれてきました。
このような中、東大発のスタートアップWASSHA株式会社とのオープンイノベーションに取り組んでおり、サービス大賞を受賞しました。WASSHAさんはタンザニアを中心に未電化地域に電気を届けるサービスを行っています。
正直なところ、最初はシナジー効果は薄いと感じていました。しかし、何かできることがあるのではないかと議論を進め、実際にタンザニアに足を運ぶなどした結果、エアコンのサブスクリプション事業が生まれました。
具体的にはエアコンを買ってもらうのではなく、使った分だけスマホで使用料をチャージするというものです。機器を買わずにすみ、かつ現地で使用されているエアコンに比べ電気代が半分に抑えることができるため、好評を博しています。現在はジョイントベンチャーを設立し、さらなるビジネスの創造を見据えています。
●【BABY JOB】 子育てを楽しめる社会の創造のため、保護者の「時間貧困」を解消する
▲BABY JOB株式会社 代表取締役社長 上野 公嗣 氏
私は2003年ユニ・チャーム株式会社に入社しました。その時、「お母さん」の活躍を目の当たりにし、その活躍を支援しようと2012年に起業しました。ところが当時、保育園が少なく、働きたくても働けないという背景がありました。保育園の設立に尽力しましたが、保育園があれば良いというものでないことがわかってきます。
保育園に通わせることにも一定の負担があり、特に正社員で共働きしている場合、お母さんは「時間貧困」に陥っていることなどが見えてきました。そこで、「子育てを楽しめる社会」を作るために、BABY JOBを設立。時間貧困を解決しようと取り組んでいます。
皮切りに始めたのは、今回サービス大賞を受賞した「手ぶら登園」です。具体的には、私の古巣であるユニ・チャームと協業し、おむつを必要な分だけ、保護者からの要望に合わせて保育園に届ける仕組みです。
これにより、お母さんはおむつに名前を書いて保育園に持っていかずにすむようになります。サービスの手数料はかからないので、保育園に負担はありません。瞬く間にサービスは広がると考えたのですが、実際にはおむつを持って登園することが課題だと保育園側が捉えていないこともわかってきました。スタートで予想外のつまずきはあったものの、現在は花王株式会社ともパートナーシップを結ぶなどし、サービスは広まっています。
子育て世帯の1時間を捻出すると、社会に3.5億円のインパクトを与えるとも言われており、当社はこれからも子育ての課題、時間貧困の課題と向き合う所存です。とはいえ、自分たちの力だけでは限界がありますので、さまざまな専門家の方や企業、自治体などと協力しながら、目標の実現を目指します。
――なお、コーディネーターを務める中村亜由子が代表を務める株式会社eiiconは、全国各地のさまざまな業界の法人(企業・大学・自治体など)が出会い、イノベーションや新規事業を共創するための日本最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA」を提供。また、伴走型の支援も手がけており、オープンイノベーションの啓発・普及・実践に貢献。そうした点が評価され、第4回日本サービス大賞の優秀賞を受賞している。
トークセッション――大企業×スタートアップの共創はどのように進められたか?
――フォーラムの後半は、eiicon 中村がコーディネートする形で、パネラー3名によるトークセッションが行われた。ここからはその様子をレポートしていく。
●大切なのは「共に」考え進むこと、人任せにしない姿勢
eiicon・中村 : お集まりいただいた皆さんは、主に「スタートアップ×大企業」のオープンイノベーションに取り組み、実績を残しています。最初にお聞きしたいのが、協業を行う時に大切にしていることや、重視すべきポイントです。まずは三谷さんに、大企業側の視点をお聞かせいただきたいと思います。
ダイキン工業・三谷氏 : 自分で言うのも少し変ですが、当社は大企業のわりにフレキシブルに動けているのではないかと感じています。今回のWASSHAさんとの協業も2019年6月に一緒にタンザニアに行って、翌2020年6月にはジョイントベンチャーを設立しています。このスピード感には自分でも驚いているくらいです。
何が良かったのかと振り返ってみると、新しいビジネスについて自分たちなりに仮説を立て、その上で実際に現地に足を運んだこと、現地で新たに課題を発見し、柔軟に起動修正できたことだと推測します。この時、自社だけでやろうとするのでもなく、スタートアップに丸投げするのでもなく、共にパートナーとして前に進んでいきました。
当社としては、スタートアップの方たちとこれから多くのビジネスを作りたいという思いがあります。根気も時間もかかることですが、持続的なパートナーシップを構築できていることが良い結果に結びついていると感じています。
eiicon・中村 : イノベーション創出を他人事とせず、自分事として捉えるのはとても需要なポイントですね。内山さんは複数の大企業と協業を進めています。オープンイノベーションはいつごろから取り組んできたのでしょうか。
unerry・内山氏 : 創業当初からです。現在までに10社以上と資本・業務提携をしています。大企業とパートナーシップを結ぶために、unerryを設立したと言っても良いほどです。
eiicon・中村 : オープンイノベーションを事業戦略に取り組んでいたのですね。それはなぜですか。
unerry・内山氏 : 事業上、リアル拠点にリーチする必要があるからです。自社単体では、全国のリアル拠点を網羅することは到底できません。全国にリアル拠点を持っているところはどこかと言えば、大企業です。
さらに、やはりこれまで重ねてきた実績と信用がありますので、大企業と提携しているから話を聞いてもらえる、サービスを見てもらえる、ということがあります。今でもオープンイノベーションは当社にとって非常に重要な戦略となっています。
eiicon・中村 : 上野さんは大企業とスタートアップ、両方の経験をお持ちです。オープンイノベーションを行う上で、注意すべきだと感じていることはあるでしょうか。
BABY JOB・上野氏 : レベニューシェアを言い始めると、うまくいかなくなるような気がします。ユニ・チャームさんは私の古巣ですが、それを差し引いても協業できているのは、「子育てを楽しくする」というビジョンを握れているからだと考えられます。
内山さんがおっしゃられていたように、スタートアップにとって、大企業の力は必要不可欠です。連携しているユニ・チャームさんと花王さんは業界で長年にわたり実績を重ね、ネットワークも知名度もあります。BABY JOBだけではこれほど多くの保育園に入り込むことはできなかったでしょう。今は自治体と連携もできていますが、それもユニ・チャームさんと花王さんの実績があってこそです。
●大企業の社内政治は、オープンイノベーションの大きな阻害要因
eiicon・中村 : ビジョンを共有することの大切さを改めて確認できます。続いて、協業につきものの「苦労話」に焦点を当てたいと思います。ぜひ率直な声を聞かせてください。
unerry・内山氏 : 社内政治に巻き込まれることが往々にしてあります。「そんなことは聞いていない」と言われることも少なくありません。窓口となるオープンイノベーション担当者は熱意に溢れる方が多いのですが、一方で、経営層もしくは事業部門から担当者に十分な権限委譲がされていない場合、結果的に事業推進に時間がかかってしまうことがあります。そうこうしているうちにオープンイノベーション担当者が変わったり、経営方針が変わったりして、下手をすればゼロリセットです。その場合、スタートアップのダメージは大きく、特に出資を受けていると、他の企業との協業が困難になるケースもあります。
eiicon・中村 : よく耳にすることです。この問題を解消するにはどうしたら良いとお考えですか。この機会に、ぜひ提言などをお願いします。
unerry・内山氏 : 僭越ですが、3つあります。1つめは、出資をする場合でも上下関係を作らないこと。2つめは、社内政治に出資先を巻き込まないこと。3つめは、イノベーション戦略の優先順位を上げることです。新規事業に失敗はつきものです。失敗を単なる失敗と見なさず、推進上の課題と捉えて粘り強く続けてもらえればとありがたいです。
ダイキン工業・三谷氏 : 今のお話は本当にその通りだと思います。ダイキンがCVCを設立し、投資を行うのは持続的なパートナーシップを結ぶためです。役員や決裁者を巻き込みながらオープンイノベーションを進めることの重要性を改めて感じました。
eiicon・中村 : 上野さんはこうした苦労や壁をどのように克服しましたか。
BABY JOB・上野氏 : 先ほどのレベニューシェアの話に通じることですが、役割分担ができていないと、不必要な衝突を生むことがあります。苦労や壁とは少し異なりますが、この点もオープンイノベーションを進める上で重要なことだと捉えています。
●社会課題をイノベーションで解決する
eiicon・中村 : 最後のテーマに移りたいと思います。社会課題とサービスイノベーションを取り上げます。これからのサービスのあり方、どのようにすれば革新的なサービスが作れるか、ぜひ皆さんのご意見をお聞かせください。
ダイキン工業・三谷氏 : 社会課題とイノベーションはセットになっていると考えられます。イノベーションを起こすのは社会課題を解決するためであり、この点を無視して新しいサービス、これからのビジネスを創造するのは難しいのではないでしょうか。そもそも共感を得ることも困難です。社会課題を解決するビジネスアイデアを創出することが、結果として大きな広がりを見せていくのだろうと推察されます。
例えば、ダイキン工業では、空調を高い技術で扱うことできる熟練工の高齢化や技術継承の課題を抱えています。海外を見ると、そもそも熟練工がいない地域も少なくありません。質の高いサービスを提供し続けるためのイノベーションが求められます。
BABY JOB・上野氏 : 課題を見つけるには、現場を見ること、知ることが欠かせません。子育てにもたくさんの課題があるはずですが、すべてが顕在化しているとは限らない。場合によっては課題とすら捉えられていないこともあります。実際、おむつに関しても、保育園側あるいは保護者側で、「みんながしていることだから」と課題とすら捉えられていなかったケースもありました。現場に入り眠っている課題を掘り起こすことはとても重要です。
unerry・内山氏 : 見えない課題は本当に多くあります。スタートアップとしては、大企業も社会もまだ課題として捉えていない潜在的な課題を見つけ、そこにリソースを集中投下するのも有効な戦い方です。当社もその戦略を取っています。
当社が扱う人流データは混雑の解決を導くことが可能ですが、数年前は混雑が課題とは捉えられていませんでした。しかし、コロナ禍に入って一気に混雑が課題となり、当社のデータは広く使われるようになりました。こうしたことは、どの分野でも起こり得るはずです。
eiicon・中村 : 締めくくりに、オープンイノベーションに取り組む方、協業を模索する方たちに向けて、メッセージをお願いします。
BABY JOB・上野氏 : 現状、日本は子どもに優しい国とは決して言えません。当社は、数々の課題を解決し、子育てを楽しめる社会を作ろうとしています。しかし、一社単体では限界があるのは事実です。ぜひ皆さまの力をお貸しください。ビジョンを共有し、一つでも二つでも課題を解決し、前に進んでいければと思っています。
ダイキン工業・三谷氏 : 当社にとってスタートアップとの出会いはとても重要です。まだまだ不慣れな点もありますが、スタートアップの方と共創することを、戦略上とても重視しています。共に社会課題の解決を目指していきましょう。
unerry・内山氏 : 社会には目に見えない課題が多くあります。リアルな社会をデータ化することで、まだ見たこともない新しい未来を創造できると確信しています。これからもオープンイノベーションで課題解決を目指すつもりですが、現状ではスタートアップは市場が見えておらず、大企業は自社に何が足りていないか気づいていないことも少なくありません。そうした時に、eiiconさんのようなビジネスプロデューサーやコーディネーターの存在はとてもありがたいものです。ぜひ全員で力を合わせ、新しいビジネス、社会、未来を創り上げましょう。
eiicon・中村 : 日本にはまだオープンイノベーションが定着しているとは言えません。一方で、日本は改善が得意な国です。改善を繰り返して技術力を磨き上げ、かつてはグローバルで大きなプレゼンスを発揮してきました。オープンイノベーションについても、一旦取り込むことができたら、改善を繰り返し、他のどこも真似のできないほどの質の高さを実現できるはずです。その意味で、日本はオープンイノベーションに適した国です。これからも全国への波及に尽力します。ぜひご期待ください。
取材後記
日本は課題先進国である。さまざまな課題が顕在化しており、潜在的なものも含めれば、数え切れないほどになるだろう。国の将来に暗澹とした気持ちになるかもしれないが、見方を変えればそれだけ新たなビジネスの種があるということだ。「スタートアップ×大手企業」によるオープンイノベーションで、スピーディーに事業創出をすることが求められている。もし国内で通用する革新的なサービスが生まれたのなら、それはグローバルにも展開できるはずだろう。結果として、日本はかつてのプレゼンスを取り戻せるのではないか。自国の課題を解決しながら、プレゼンスを発揮している未来を見てみたいと思う。
(編集:眞田幸剛、取材・文:中谷藤士)