インセンティブで繊維廃棄物の回収量が5倍に! フィンランドで進む「繊維リサイクル」
EUでは、2025年1月以降、繊維製品の廃棄物の分別回収を加盟国に義務付けるとしている。フィンランドでは、それよりも早い2023年1月から分別回収を実施している。
フィンランドのなかでも環境対策において先進的な都市・ラハティでは、市内に設置した6つの繊維廃棄物の回収ボックスを使って、ある実験を試みた。繊維廃棄物の持込と引き換えに少額のギフト券を配布したところ、それ以前に比べて回収量が5倍に増えたという。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第46弾では、ラハティが実施した繊維廃棄物リサイクルの取り組み、及びフィンランドで国際的に活躍する繊維スタートアップ2社の事業を紹介する。
※サムネイル写真:ラハティ市のプレスリリースより
6ヵ所の回収ボックスの平均回収量が5倍に
欧州グリーン首都賞2021を受賞したラハティでは、2050年までに廃棄物ゼロの都市になるという公式目標を設定している。家庭ごみの99%以上をリサイクルしており、世界初のカーボンニュートラルなアイスホッケーチーム「Lahti Pelicans(ラハティ・ペリカンズ)」が存在するなど、欧州の環境先進都市として先頭を走っている印象だ。
そんななか、同市が行ったのが冒頭で紹介した繊維廃棄物の回収ボックスを使用した実験。2023年1月以降、フィンランドでは、すべての国民が利用できる繊維廃棄物用の回収ボックスを作ることを都市や地方自治体に義務付けている。回収された繊維廃棄物は再生繊維として再利用される。
▲ラハティに設置されている繊維廃棄物の回収ボックス(ラハティ市のプレスリリースより)
ラハティでは、市内の6ヵ所に回収ボックスを設けている。今回の実験では、この回収ボックスに繊維廃棄物を持ち込んだ住民に、地元で使えるカフェのコーヒー券やプールのパスを配布するインセンティブ制度を取り入れた。
6月の数週間にわたって実験が行われた結果、1ヵ所の回収ボックスあたりの回収量の平均が1週間で約350kgとなり、それ以前の5倍に増えていたという。ラハティのプレスリリースには、「実験は大成功であり、同様のインセンティブ制度を全国的に取り入れることで、リサイクル率を大きく押し上げる可能性がある」と見解が示されている。
インセンティブ制度には予算がかかるため、各自治体の財政状況に左右される施策ではあるが、手間をかけてでも古着をリサイクルをしようという動機づけにはなるようだ。
ラハティでは、廃棄された繊維の新しく創造的な用途を見つけるための全国的なデザインコンペティションを実験と同時に立ち上げている。循環経済の分野におけるイノベーションと起業家精神を促進したい意図もある。
綿のような手触りの再生繊維を開発「Infinited Fiber」
2016年に創業した「Infinited Fiber Company(インフィニテッド・ファイバー・カンパニー。以後、インフィニテッド・ファイバー)」は、繊維廃棄物やダンボールなどの紙ゴミ、稲や麦のかすを分解・再生して、コットンのような手触りの新しい繊維「Infinna(インフィナ)」をつくる特許技術を持つ。
▲ふわふわとした手触りのインフィナ(筆者撮影)
原料になる衣類はセルロースを多く含む綿が中心。繊維廃棄物からセルロースだけを分離し、尿素で活性化させて粉末に。それを溶かして液体にする。この原液を多数の小さい穴から押し出して糸状にする湿式紡糸(しっしきぼうし)という方法を用いて、新たな繊維が生まれる。
筆者は以前にインフィニテッド・ファイバー社を訪れ、インフィナやインフィナからつくられた洋服を目にしたことがある。手触りも含め、筆者のような素人には一般的な綿との違いはわからず、そのクオリティの高さに驚いた。
▲インフィナを使用してつくられた洋服は、一般的な洋服と見分けがつかなかった(筆者撮影)
「パタゴニア」「H&Mグループ」「Tommy Hilfiger」「adidas」などグローバルで人気の多数のブランドとの取引実績があり、複数年にわたる契約を締結している企業も少なくない。国際的にも注目度が高まっている企業だ。
▲科学的なアプローチでサスティナブルファッションを目指す「PANGAIA」からはインフィナ100%のTシャツが発売された(インフィニテッド・ファイバーのプレスリリースより)
世界中から科学者、技術者、デザイナーが集結し、サスティナブルなファッションの未来を目指すブランド「PANGAIA(パンゲア)」では、2022年4月に100%インフィナでつくられた世界初の製品を発表。価格は95ドル(約13,000円)となる。
▲「Tommy Hilfiger」のTシャツは、インフィナとリサイクル コットンを50%ずつ使用している(インフィニテッド・ファイバーのプレスリリースより)
「Tommy Hilfiger」とのコラボレーションでは、2022年8月、ヨーロッパでTシャツを発売した。ブランドを象徴するレッド、ホワイト、ネイビーブルーの3色展開だ。
2022年6月には、同社初となる商業規模のインフィナ生産工場をフィンランド最北のラップランド地域のケミ市に建設する予定を発表。計画投資規模は約4億ユーロ(約621億円)にのぼる。この工場は2025年にフル稼働する予定だという。十分な生産体制が整えば、さらに規模が大きなプロジェクトに発展する可能性もあるだろう。
サスティナブルなセルロース繊維を開発「Spinnova」
2014年に創業した「Spinnova(以下、スピノバ)」もまた繊維にまつわる独自技術を持ち、グローバルで存在感を見せている。
同社が原料とするのは木材パルプや農業廃棄物の小麦や大麦、わら、皮革廃棄物など。現在の主な原料は木材パルプで、持続可能性に配慮された認定木材のみを使用している。
これらの素材に含まれるセルロースから繊維を生成するのだが、その際、溶解性のある有害な化学物質を使用せず、廃棄物はゼロとなる。水の使用量もほぼゼロ、CO2の排出も最小限に抑えられるという。また、100%のリサイクルが可能だ。
同社はホームページ上で、「このようなサスティナブルな方法でセルロースから繊維を製造できる世界で唯一の企業」だとうたっている。現在の主な原料は木材パルプだが、「使用済みのコットンの利用も検討する」としており、インフィニテッド・ファイバーと同様に綿製の繊維廃棄物から新たな繊維をつくることも技術的には可能のようだ。
同社の技術によってつくられる繊維は、麻や綿に近いナチュラルな手触りだという。そうそうたるブランドとのコラボレーション実績を見ると、素材のクオリティの高さがうかがえる。
▲デンマーク発のアパレルブランド「JACK & JONES」では、スピノバ繊維を使ったメンズパンツを発売(スピノバのプレスリリースより)
ヨーロッパや北米などで展開するデンマークのアパレル企業「BESTSELLER」の人気ブランド「JACK & JONES」とは、2020年9月に長期的なコラボレーションを発表。2022年10月にスピノバの繊維を使用したメンズパンツを発売した。同製品はスピノバの繊維を20%、BCIコットン(※)を20%、オーガニックコットンを60%使用している。
※BCIコットン……BCIは綿花栽培における環境負荷軽減とともに、綿花生産者の持続可能な生産にも取り組むプログラムで、その認証を受けたものを「BCIコットン」と呼ぶ。
▲フィンランドを代表する人気ブランド「Marimekko」とのコラボも実現(スピノバのプレスリリースより)
日本でもファンが多い「Marimekko」とは2017年から協力関係にあり、2022年8月に初の製品を発売した。ブランドを象徴するウニッコ(ケシの花)が印刷されたシャツ、パンツ、トートバッグのラインナップだ。約20%のスピノバ繊維とコットンでできており、コットンの約70%がオーガニックとなる。
その他、「adidas」「H&Mグループ」「The North Face」などの有名ブランドとの取引実績も持つ。
▲木質ベースのサスティナブルなスピノバの繊維(スピノバのプレスリリースより)
2023年5月のプレスリリースでは、世界最大のパルプ生産者 Suzanoと共に、スピノバを生産する初の商業規模の施設を正式にオープンしたと発表。スピノバ社とSuzanoの合弁会社であるWoodspinが運営するこの工場は、毎年1000トンの繊維を生産予定だ。さらに、2つ目の拠点計画も同時に発表しており、2023年中に100万トンを生産できる体制を整えたいという。
両社とも生産体制の強化を掲げており、今後のアパレル業界において欠かせない存在になるかもしれない。EU全域で繊維廃棄物の分別回収が始まるタイミングで、さらに注目度が高まりそうだ。
編集後記
筆者は北欧に滞在していた2020年頃からサスティナブルなファッションに興味を持ち、関連の取材を重ねている。国内では、微生物発酵プロセスによりつくられるタンパク質素材「Brewed Protein™(ブリュード・プロテイン™)」を開発したSpiber社や、生地への後加工技術「COVEROSSR(カバロス)テクノロジー」を開発し、機能性が高くサスティナブルなファッションを目指すhap社を取材しており、非常に気になる存在だ。紹介したフィンランドの2社も引き続き注視したい。
(取材・文:小林香織)