日本百景「鳥海山」を中心とする雄大な自然体験のエンターテインメント化へー豊富な実証フィールドをもとに秋田県にかほ市がオープンイノベーションに挑む!
現在、参画企業を募集している秋田県主催の『AKITA TOURISM INNOVATION BUSINESS BUILD 2022』。スタートアップ等のデジタル技術を活用して地域の観光課題を解決し、「自立した稼ぐ観光エリア」の創出を目指す共創プロジェクトだ(※応募締切:2022年10月24日)。
プロジェクトには大館市、にかほ市、美郷町、湯沢市の4つの自治体が参画し、各市町が設定したテーマに沿って、共創が進められる。
今回、第五弾として、本記事では「にかほ市」にフォーカスする。同市は秋田県の南西部に位置し、南に鳥海山、西に日本海を臨む、自然に恵まれたエリアだ。湿原や伏流水などの観光スポット、トレッキング、登山など、四季折々の美しさを感じることができる。また、「ねむの丘」は東北最大級の道の駅であり、発信拠点としての役割が期待される。
今回は、にかほ市役所 商工観光部 観光課 観光振興班 主査 須田氏と、主事 佐藤氏に取材し、同市が抱える観光に関する課題や、テーマ設定の理由について深掘りした。さらに、担当者として感じるにかほ市の魅力についても語っていただいた。
【右】 にかほ市役所 商工観光部 観光課 観光振興班 主査 須田 拓也 氏
【左】 にかほ市役所 商工観光部 観光課 観光振興班 主事 佐藤 真尋 氏
山と海に囲まれ、自然と観光資源が豊富な「にかほ市」
――まずは『AKITA TOURISM INNOVATION BUSINESS BUILD 2022』への参画を決めた理由を教えてください。
須田氏 : 今、全国的に社会環境などが変化し、観光事業の形態も変わりつつあります。にかほ市も、人口減少や少子高齢化の影響を受け、観光客数は年々減少傾向にあります。
さらに、コロナ禍によって観光事業者は深刻な打撃を受けており、この先を考えて手を打たなければなりません。そのような状況の中で秋田県から観光DXの話しをいただき、事態を打開するきっかけになればと考えて参加を決めました。
――今回の募集テーマは「雄大な自然『鳥海山』の恵みを多くの人へ届ける自然体験のエンターテインメント化」ですが、このテーマを設定した背景についてお話しいただけますか。
須田氏 : 鳥海山と日本海に囲まれたにかほ市は、自然豊かな観光スポットがたくさんあります。しかし一つひとつ点在していることから、観光客がどのような動きで観光しているのか、把握が難しいという課題があります。
にかほ市観光開発株式会社とのタイアップのもと、その観光客の動きを把握しながら、東北最大級の道の駅 象潟(きさかた)「ねむの丘」を拠点に、周遊できるような仕掛けをしていきたいと考え、テーマを設定しました。
▲標高2236mの鳥海山。東北第2の高さの独立峰であり、海に面している日本では珍しい山だ。(画像出典:にかほ市観光案内HP)
――これまで、にかほ市が観光領域でデジタルを駆使して行った取り組みはありますか?
須田氏 : 昨年度、秋田県の取り組みの中でデジタル関連の企業を紹介していただき、ARで地域の歴史を体験する観光システムの開発を進め、今年4月にリリースしました。約2500年前の鳥海山の崩壊や、地震によって地形が変化する様子など、にかほ市の成り立ちを再現する事業として運用しています。
現在、鳥海山・飛鳥ジオパークにて、にかほ市の歴史を勉強するために活用されており、市内の小中学校の授業にも取り入れられています。
――鳥海山の他にも、にかほ市には多くの観光スポットが点在しているということですが、どのようなところなのでしょうか。
須田氏 : 元滝伏流水という湧き水の滝は、夏場になるとたくさんのお客様が涼みにいらっしゃいます。その景観の美しさから、写真撮影に訪れる方も多いですね。仁賀保高原には、キャンプ場やサイクリングロードがあります。さらに、仁賀保高原の「土田牧場」には、若者やファミリー層が多く訪れ、名物のソフトクリームを味わったり、動物とのふれあいを楽しんだりしていらっしゃいます。中島台獅子ヶ鼻湿原はトレッキングコースとして有名で、年配のお客様も多いです。
また、来年度には道の駅象潟「ねむの丘」エリアに、アウトドア用品メーカー「モンベル」と提携したアウトドアアクティビティ拠点施設のオープンを予定しています。そこではアウトドア用品レンタルやアクティビティの企画を行うなど、新たな観光拠点としてエリアを盛り上げていこうとしています。
県外のお客様は主に新潟、岩手、宮城などの方が多い印象ですが、はっきりとしたデータがあるわけではないため、そこも今回の事業で探りながら、新しい価値を創っていきたいと思います。
▲展望温泉や足湯施設もある「ねむの丘」。大型パーキングも完備し、多くのお客様が訪れる。
東北最大級の道の駅など、様々な実証の場を提供
――続いて、共創におけるリソースや観光資源の活用ポイントをお伺いしたいと思います。実際に県内外の企業と共創する上で、どのようなリソースを提供できるのでしょうか。
須田氏 : ひとつは、道の駅象潟「ねむの丘」との協力体制です。この道の駅は規模が大きく、6階建てで展望塔からの景観も楽しめます。夏場になれば広大な駐車場が満車になるほどのお客様がいらっしゃるスポットで、この道の駅の一角を貸し出していただける予定です。運営会社のにかほ市観光開発株式会社、そしてにかほ市観光協会とは密接な関係性にあるため、柔軟に協力をいただけます。
そして隣接する観光拠点センター「にかほっと」は私たちが管轄しているため、こちらを情報発信拠点などとして利用いただくことも可能です。また、冬場は寒さが厳しいことから、なかなか屋外の観光スポットにお客様が入ることはできないため、博物館や科学館など市が管理するミュージアムの協力をあおぐこともできます。
――ミュージアムとは、具体的にどのような施設があるのでしょうか。
須田氏 : TDK歴史みらい館や、白瀬南極探検隊記念館などがあります。特にTDK歴史みらい館は、昔懐かしいカセットテープから新しい機器まで様々な展示があり、老若男女に人気があります。また、ファミリー層向けのフェライト子ども科学館には、子ども向けのイベントや遊戯室などがあるため、季節や天候を問わず来館があります。
▲創業期より秋田県内に多くの生産拠点を構えるTDKの創業70周年記念事業として2005年に建設された「TDK歴史みらい館」(画像出典:TDK歴史みらい館HP)
――冬場になると、屋外の観光スポットを活用することは難しいと思いますが、たとえばキャンプ場やスキー、スノートレッキングなど、冬場のアクティビティを楽しめるところもあると思います。そういったところを実証実験の場として検討できるのでしょうか。
須田氏 : 巾山スキー場では、1月下旬から2月にかけて週末にスノートレッキングを企画しています。専門のガイドさんに協力していただき、だいたい半日くらいの時間設定で、林の中を歩きながら木の芽や動物などを探すコースです。そういった冬場のアクティビティの活用も、ケースによっては検討できるでしょう。
パートナー企業と共に新しい価値をつくり、観光客に発信・提供したい
――今回、共創相手としてイメージしている企業像、またどのような共創アイデアを実現したいと考えていらっしゃるのでしょうか。
須田氏 : 募集アイデア例としては三つの切り口があります。「日常と非日常の境界を越えた、恵み体験の魅力と賑わいづくり」「新たな観光スポット発見への演出と発信」「観光客一人ひとりとのコミュニケーションするデジタルソリューション」です。
具体的なイメージはまだ見えていないのですが、お客様の目線に立ってニーズに応えていきたいという想いがありますので、一緒に考えていける共創パートナーを求めています。
――観光客のニーズを把握するにあたり、須田さんと佐藤さんはどのようなところに課題を感じていますか。
須田氏 : にかほ市には、四季折々の自然や食文化など、様々な魅力があります。しかしそれをうまく発信できていません。お客様も、それを感じていらっしゃると思います。お土産品についても、たくさんの種類があるのですが、どのように選べばいいのか迷ってしまうという声もあります。
観光客一人ひとりが求めるニーズを捉え、そこに合わせた情報をうまく発信していくことは、今後の大きな課題です。そこで、県内外のパートナー企業と一緒に、新しい価値をつくり、それを観光客の方々に発信・提供していきたいと考えています。
佐藤氏 : 日頃から市役所に寄せられる観光地に対する問い合わせに対応していて気付いたのですが、パンフレットや地図などに、にかほ市の観光情報はあまり詳しく記載されていません。
若い方であれば、インターネットなどを駆使して調べることができると思いますが、年配の方の多くは紙媒体で入手できる情報が頼りです。そういう方々にも同じように情報を届けることができるよう、お客様が知りたい情報を分かりやすく発信していくことが課題だと思います。
▲にかほ市の特産のひとつが、いちじく。マルシェイベント「いちじくいち」が定期的に開催されており、「いちじくいちを」というキャラクターも展開されている。
地元にとっては身近で当たり前のことも、外から見れば特別。その体験をいかに演出するか
――改めて、お二人ににかほ市の魅力をぜひ伺いたいです。
須田氏 : 私は生まれも育ちもにかほ市で、素朴な日常が一番の魅力だと思います。たとえば、夕日をただ眺めるだけでもゆったりとした時間を過ごせますし、山を見るのも登るのも楽しく、心が落ち着く場所です。
これは、私たちにかほ市の人間にとっては日常ですが、外部の方からみると非日常ということになるでしょう。そうした、にかほ市ならではの時間の流れや空気を、ぜひ足を運んで体験していただきたいと思っています。
佐藤氏 : 私はよく自宅の近くの海辺を散歩するのですが、象潟海水浴場でみる夕日はとてもきれいです。県外の友人がこちらに来た時、海に沈んでいく夕日を見て感動していました。私にとっては日常の景色でも、太平洋側に住んでいる友人にとっては、心を動かされる魅力的な景色だと、初めて気が付きました。
――確かに、海側に沈む夕日というのは、日本海に面した土地ならではの景色ですね。「ねむの丘」からも見えますよね。
佐藤氏 : はい。とてもきれいに見えます。「ねむの丘」は海側が芝生広場になっており、その時間帯にはお客様がいらっしゃいます。また、道の駅の4階には海を一望できる温泉もありますので、夕暮れ時に合わせていらっしゃるお客様も多いですよ。
――最後に、今回のプログラムに応募を検討している企業にメッセージをお願いします。
須田氏 : にかほ市は、観光に力を入れていく中で、観光DXという新しい取り組みを進めることになりました。この取り組みに参画いただけるパートナー企業と共に、にかほ市の魅力を発信していきたいです。そして、多くの方ににかほ市の魅力を知っていただき、新規・リピーターのお客様に訪れていただきたいです。ぜひ、一緒にいいものを作っていきましょう。
佐藤氏 : 観光促進や誘客、情報発信など、行政の力だけでは実現できないことがたくさんあります。そこで、私たちが思い付けない様々な発想を持つ企業の皆様にご参加いただき、地域の方々も巻き込みながら、楽しめるプロジェクトにできたらいいなと思っています。ご応募お待ちしています!
取材後記
秋田県は2021年4月1日に「秋田県デジタル・トランスフォーメーション (DX)戦略本部」を設置し、秋田県 DX 推進計画に沿った施策運営を開始した。それに伴い、観光分野においても DX 推進が本格化している。『AKITA TOURISM INNOVATION BUSINESS BUILD 2022』は、デジタル技術の活用による観光地の新たな価値を創造することで、誘客促進と事業者の生産性向上を目指す事業だ。成功事例は県内他地域にも共有・展開されることが決まっている。 にかほ市にて成功事例を生み出すことができれば、その取り組みを全国の観光地へと展開していくことも可能なのだ。
にかほ市が擁する豊富な自然や観光資源を、どのように生かしていくのか。そして、観光エリアとして稼げる仕組みを創っていくのか。地方自治体が抱えるリアルな課題に接し、解決につなげていきたいという方は、ぜひ応募を検討して欲しい。
※『AKITA TOURISM INNOVATION BUSINESS BUILD 2022』の詳細はこちらをご覧ください。
(編集・取材:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)