息を吐き1分以内に感染を判定。フィンランド発「無症状者用コロナスクリーニング」がEUのCE認証を取得
2022年1月14日、フィンランドの医療機器スタートアップ、Deep Sensing Algorithms Ltd (ディープ・センシング・アルゴリズム、以下:DSA)は、自社で開発した世界初(※)の超高速コロナウイルス検出技術が、EU全域の医療CE認定を取得したと発表した。
※世界初………Deep Sensing Algorithms Ltd 調べ
これは、コロナウイルスに感染した際に呼気に現れる代謝副産物を分析し、感染を判定する技術で、特徴は1分以内に結果が出ること、無症状者、あるいは発症前の感染者の判定が可能なことだ。現在、この技術を搭載したコロナウイルス検出デバイス「The DSA BreathPass™(DSA ブレスパス™)」は、複数国の販売代理店に提供が開始されている。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第15弾では、DSAの創業者、兼CEOのPekka Rissanen(ペッカ・リサネン)氏にインタビューを実施。製品特徴とビジネス戦略を聞いた。
▲画像:世界初の超高速コロナウイルス検出デバイスとして出荷を開始した「DSA ブレスパス™」
無症状患者向け、超高速スクリーニングデバイス
▲マウスピース(突起部分)に息を1回吐くことで感染を判定
DSA ブレスパス™は、コロナウイルスに感染後、その免疫反応から生み出される呼気中の代謝副産物をナノセンサーが検知・分析し、AI技術によって感染を判定するスクリーニングデバイスだ。デバイスの突起部分に息を吐くと、わずか45秒で代謝副産物を分析し、数秒後にその結果をスマートフォン上に表示する。トータル1分以内に感染が判定できるというわけだ。さらに、2分後には別の患者を検査できる。
代謝副産物は感染から数時間後には呼気に現れることから、感染初日から5日後程度までの無症状者、あるいは発症前の感染者を幅広く検査できる。PCR検査とは目的が異なり、発熱等の症状が出ている人は対象に含まれない。症状がない感染者をスクリーニングすることで、感染拡大を防ぐために開発された。
DSA ブレスパス™は、EU内のほとんどの地域で、医療トレーニングを受けた人でなければ扱えないため、一般には流通しない。基本的に医療従事者が利用することになるそうだ。ここからは、多くの人が気になるであろう主な質問とその回答をQ&A形式で紹介したい。
▲DSA ブレスパス™の構造。マウスピースとフィルターは消耗品となる
Q:診断結果の精度は?
A:EU当局により数値の確認が行われている状況で、明確な数字はまだ公表していない。ただし、家庭用として主に使用されている抗原検査よりも精度が高いと考えている。
Q:使用時の注意点は?
A:ニオイに敏感なデバイスであり、香水、飲酒、喫煙、アルコール消毒などにより結果への影響が考えられる。そのため、検査当日の香水の使用は避け、検査を受ける最低15分前からは飲酒、喫煙、アルコール消毒を避ける必要がある。(検査を実施する事業者/団体により、より厳しい規制となる可能性がある)
Q:子供や高齢者を含め、誰でも検査できるのか?
A:指示に従ってデバイスに息を吐き出すことができる人であれば、誰でも検査が可能。
Q:株が変異した場合も、検出が可能なのか?
A:オミクロン株を含めて過去に流行が確認された株については、臨床試験に含まれている。DSA ブレスパス™はウイルスを特定するのではなく、息に含まれる代謝副産物を検知・分析しているため、株が変異しても代謝副産物に変化がなければ、精度は変わらない。ただし、株の変異によって代謝副産物に変化が起きた場合は、アルゴリズムをアップデートする必要がある。それは手動によって行われ、アップデートすることで変異があっても検出が可能だと考えている。
Q:検査結果の証明書は提供されるのか?
A:検査を実施している事業者/団体から提供される。
EU全域のCE認証を取得、世界各国への販売へ
DSAは、事業経営の経験が豊富なペッカ・リサネン氏と元物理学教授のRisto Orava(リスト・オラヴァ)氏が、2020年6月に共同創業した。取締役会長を務めるリスト氏は、DSA ブレスパス™で利用されているナノセンサーにまつわる技術の研究において30年間の実績を持つ人物だ。2人はコロナ禍によって事業の一部がストップするなど、思いがけず自由な時間を手に入れたことで、急きょDSAを創業。
呼気にまつわる過去の研究結果とリスト氏が持つナノセンサーの知見、そしてペッカ氏の経営スキルをフル活用することで、コロナ禍で役立つデバイスを提供できると考えたからだ。当時、仕事を続けられなくなった優秀な人材が多くいたため、すぐに必要人員を集め、研究開発をスタート。その結果、世界に先駆けてDSA ブレスパス™を開発し、販売にこぎつけたという。
▲分析が終わると、検査結果は数秒でスマートフォンに表示される
2022年1月14日にEU全域の医療CE認定を取得すると、窓口がパンク状態になるほど世界各国から問い合わせや取材依頼が相次いだ。現状は、EU内のみならず、ラテンアメリカやニュージーランドなどでも販売がスタートしている。
「医療認証においては国ごとに扱いが異なり、アメリカでFDA(米国食品医薬品局)認証が求められるように、日本、韓国、中国、オーストラリア、カナダ、イギリスなどにも独自の規制があります。アフリカではWHOの認証に関連した要求が多くなります。一方で、グレーゾーンの国も多く、それぞれの当局とディスカッションしながら、できる限り広い地域で製品を提供できるよう努めています」(ペッカ氏)
コストにおいては、最終的には各国の代理店が価格を決めて、各事業者に提供することになるが、「一般的な抗原検査と比較して、十分に価格競争力があると考えている」とペッカ氏は話した。
なお、現在、関連技術の特許を出願中で、今後も自社の資産を強化していく方針だ。
日本では3月までに発売開始予定
日本での展開をたずねると、すでにInno BioScience(インノバイオサイエンス)社との販売代理契約を締結しており、近く東京と九州の2つの病院で評価試験を実施する予定とのこと。さらに、2月上旬には東京ビックサイトでの展示会に出展し、現地でのデモを行うそうだ。
インノバイオサイエンスの代表取締役、Chris Craney (クリス・クレイニー)氏は、以下のようにコメントを寄せた。
「日本では、無症状者の検査を目的にDSA ブレスパス™を販売する予定です。3月までには発売できる予定で、研究パートナーや病院関係者から非常に高い評価を得ています。ペッカ氏が開発した価値的な技術を、できる限り迅速に導入できるよう取り組みます」(クリス氏)
▲DSA ブレスパス™の操作説明。操作はスタートボタンと電源ボタンのみのシンプルな設計だ
ペッカ氏は、日本市場への期待についても触れた。
「短期的な期待としては、コロナ禍でDSA ブレスパス™を迅速に導入し、感染拡大を防ぐための支援ができることを証明できればと思います。日本とフィンランドは、時差、距離、文化の違いは小さくありませんが、私たちにとって日本市場は興味深く、戦略的に展開していきたい市場です。パートナーと共に、日本市場における事業拡大を目指します」(ペッカ氏)
日本市場において、どのような場所で利用されるかは定かではないが、クリス氏によれば、濃厚接触者や海外からの渡航者で無症状の場合に、隔離期間を大幅に短縮できる可能性が考えられるとのこと。また、日本から海外に渡航する場合に陰性証明を取得するための検査として利用できるようになれば、利用者のコストや待機時間を削減できるかもしれない。
ガンや肺炎、その他の病気を判明できる可能性も
DSAが研究する呼気とナノセンサーにまつわる技術は、将来的に、肺がん、大腸がん、肺炎などの病気の早期発見に活用できる可能性もあるそうだ。
ペッカ氏は、すでにいくつかの大学病院と、がん検査に関する将来の協業について、予備契約を結んでいることを明かした。2月頭には、33名のがん研究者が参加する大規模なセミナーを開催予定で、そこで呼気調査やデータの利用法について発表する予定とのこと。
2022年の夏前には研究を開始し、まずは1年半〜2年ほどかけて研究を実施する。その後、臨床試験を開始することになるだろうとペッカ氏は話した。
がんをはじめ、さまざまな病気の早期発見の重要性は繰り返し訴えられているものの、「検査が面倒」「検査が痛い」「費用が高い」などの理由により、検査を避ける人が少なくないといわれる。しかし、息を吐くだけで、素早く病気を早期発見できるようになれば、検査のハードルが大きく下がりそうだ。加えて、検査時のコストも削減できれば、なおさらだろう。
世界中から続々と押し寄せる反響を受けて、「今後の展開が楽しみだ」と語っていたペッカ氏。真っ先に認証を受けたEU内では、もっとも早くDSA ブレスパス™が浸透するはずであり、今後このデバイスが感染拡大防止にどこまで寄与するのか、期待が高まる。
写真提供:Deep Sensing Algorithms Ltd
編集後記
まず、人口約550万人の小国から世界初の技術が開発されたというのは、すばらしいと感じた。現在、社員は10名ほどで、研究開発はほとんど外部委託しているそうだ。海外在住の身としては、国外への渡航と日本への帰国の際に、DSA ブレスパス™を活用することで、渡航・帰国のハードルを下げてほしいと願うばかり。子どもの検査にも活躍するのではないだろうか。
(取材・文:小林香織)