WAmazingが、“共創パートナー”として大企業から選ばれ続ける理由とは?
2016年7月の創業から間もない期間で、東急電鉄やJR東日本、JR西日本といった大企業との共創に取り組んできた実績を持ち、2019年5月28日、東急電鉄をリードとした資金調達完了を発表したWAmazing株式会社。訪日外国人旅行者向け観光プラットフォームサービスを提供する同社の代表・加藤史子氏は、新卒でリクルートに入社し、様々な新規事業に取り組んできたという経歴を持つ。
20年弱勤めたリクルートという大企業から転身し、スタートアップを立ち上げた背景、そして創業からわずか数年で大企業との共創を実現させたノウハウについて詳しく伺った。
■WAmazing株式会社 代表取締役社長/CEO 加藤史子(かとう ふみこ)氏
慶応義塾大学環境情報学部(SFC)卒業後、1998年に株式会社リクルートに入社。「じゃらんnet」や「ホットペッパーグルメ」などの新規事業立ち上げを担当し、観光による地域活性を目的とする「じゃらんリサーチセンター」に異動。「雪マジ!19」「Jマジ!」などのサービスを展開し、2016年6月にリクルートを退社。同年7月に「地方の観光産業を元気にしたい」という思いから、インバウンド旅行者向けサービスを提供するWAmazing株式会社を創業。
■長年勤めたリクルートを離れ、別の角度から観光産業に貢献するために独立起業
――まずは加藤さんのこれまでのキャリアについてお聞きし、WAmazing創業までのヒストリーを紐解いていきたいと思います。加藤さんは1998年にリクルートに新卒入社し、同社では主に新規事業を担当されていたとお聞きしました。具体的には、どのような事業を担当されていたのでしょうか。
加藤氏 : 入社した時は情報誌の商材が主役でしたが、2000年代からはビジネスがネットで成立する時代になったんですね。リクルートのさまざまな分野の事業が情報誌からネットになるという変革部分の事業開発を担当していました。
その後は、「じゃらんリサーチセンター」というセクションに異動し、観光による地域活性や日本の旅行市場を拡大し、業界・地域に貢献するというミッションを担っていたんです。その方向性が自分のやりたいこととも合致していました。さらにR&D的なセクションだったので、飽きることなく次々とインキュベーションできましたし、そこでの新規事業立ち上げはとても自分に合っていたんです。
一方で、国内人口が減少していくことが明白な中、自分が立ち上げる新規事業の力で市場自体を大きくしていくことは難しいのだろうな、というジレンマも抱え始めました。
いわゆる地域消費活性化に寄与する旅行というのは、2種類あり、1つが日本人による日本国内旅行、そしてもう1つが訪日外国人旅行です。国内旅行市場は実は20兆円ある巨大市場なんですけど、それを維持することが精一杯で、自分が立ち上げる新規事業の力で20兆円を30兆円にすることはできないだろうな、と感じたんです。それなら、当時まだ1兆円ほどの市場規模だったけれども、成長可能性のある訪日外国人向けのインバウンド事業を育てて、地域や日本全体の活性化ができればいいなと思い始めました。
――大企業において新規事業を担当する中で、苦労された点などがあれば教えてください。
加藤氏 : 明らかに売上インパクトが出ることが分かっている既存事業の改善と比較して、新規事業の未来は不確実です。その不確実なものに予算や人をつけてもらう為のシナリオや蓋然性の高い数字を作る作業でしょうか。もちろん、それは当たり前に、非常に大事な仕事だと分かっているのですが、私自身が苦手としていた、ということもあり、やればやるほど仕事のための仕事のように感じてしまい、もしかして自分が考える新規事業というのは大企業でやるべき新規事業では無いのではないか?と思うようになっていました。
ーー社内で新規事業を立ち上げるのではなく、外に出てスタートアップを立ち上げ、そこで事業をやった方がマッチすると思われたということですね
加藤氏 : そうですね。資金調達や人材の確保や資金調達は絶対に楽なことではないというのは分かっていました。でも、チャンスが無限大なんです(笑)。
――確かに、会社からの制約などが無いので、可能性は無限ですね。
加藤氏 : その分、当然ながらリスクや責任も大きいです。ただ、新規事業を作ってきた経験からいうと、新しいビジネスに一番重要なことは人材の獲得、いわゆるチーム作り。それと予算の確保、この2点なんです。よくスタートアップなら、この両方をオープンな環境から調達できる。転職市場で誰を採用しようと自由ですし。――それはすごくいいな、と思ったんです。
私は、職業人生はヒッチハイクの旅のようなものだと思っています。自分が目指したい世界、仕事を通して作りたい世界、登りたい山があって、会社という大きなバスと方向性が同じうちは一緒になって一生懸命、バスが前進するように働けばいい。
いつか、方向性がずれそうとなったらバスを降りて、同じ目的地に向かうバスに乗り換えてもいいし(大企業から大企業への転職)見つからなかったら自分1人でチャリンコを漕ぎ始めてもいい。(独立起業)
最初はチャリンコでも、そのうち仲間が増えてチームになって資金調達できて、となると、チャリンコに動力がつき始めて電動自転車からバイクくらいになって……となるかもしれません。仕事は社会に貢献するためにあるのだとすれば、どの形態の企業でそれを実現するかは手段の話、乗り物の違いでしかないと思います。
それに加えて、大学(慶応大SFC)の友人・知人たちに起業している人が多かったこともWAmazingを立ち上げる後押しになりましたし、リクルート時代にIVS(※)に参加したことも刺激になりました。IVSで出会う方々は、自分に自信があって、やりたいことを自分の力で実現している魅力的な方ばかりで。そういう人たちに憧れる気持ちもありましたね。
(※)IVS:Infinity Ventures Summit(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)は、主にインターネット業界のトップレベルの経営者・経営幹部が一堂に集まり、業界の展望や経営について語る、年2回の招待制オフサイト・カンファレンス
ーー話が少し戻りますが、インバウンド市場にフォーカスしようと思ったのは何故でしょうか。
加藤氏 : 国内の観光市場の維持も大事ですが、インバウンド市場の良いプレイヤーが日本発で出てこないと、日本の観光産業は良い方向に向かないな、と思ったことがその理由です。
それというのも、現状、日本国内では東京が最も人気のある観光地で、このままだと東京などの大都市や、知名度のある観光地に多くの人が集まり、ソーシャルの時代ですから、それによって知名度がさらにあがり、より人が集まるようになるという“勝ち組地域の固定化”と"観光の二極化"が進んでしまいます。勝ち組地域は、観光公害(オーバーツーリズム)の対策に苦労することになるでしょう。反対に、人の来ない地域はどんどん衰退していく。
前職のじゃらんリサーチセンター時代に日本の各所に出張し、観光資源の魅力としては、東京に負けてない地域もたくさん見てきました。それなら、これからさらに増える外国人旅行者とその旅行者の知らない地域を結びつけ、そこにきちんとマネタイズする仕組みを作れば、日本の観光産業が二極化ではなく、もっと良い方向に向かうのではないかと考えたんです。
■大企業にとってスタートアップはよそ者。企業のDNAを知り、同じ言語で話すこと
ーー加藤さんは2016年6月にリクルートを退社され、翌月にWAmazingを起業。その後、2017年度東急アクセラレートプログラムの最優秀賞を受賞し、昨日、東急電鉄をリードとした資金調達の完了も発表されました。さらに、2017 年の「JR 東日本スタートアッププログラム」採択企業の1社に選ばれ、2019年3月にはJR東日本、JR西日本との資本業務提携も発表しています。創業から数年で、これだけの成果を出せる秘訣があれば教えてください。
加藤氏 : 一つは、WAmazingの力ではなく、マーケット(市場)の大きさの力です。インバウンド市場は現在4.5兆円で、2030年の政府目標は15兆円。これに、日本国内の観光市場である20兆円が縮小せずにプラスされれば、トータルで35兆円の市場になります。自動車産業さえ抜かし、日本最大の産業となります。大企業にとっては、成功すればスケールを取れる産業の大きさが魅力になっているのです。大企業も常に新規事業を模索していますが、大企業ゆえに「将来的に大きくなる可能性のある事業」を探します。小さな事業では、大きな既存事業の衰退分をカバーできないからです。
そして二つ目は、観光市場に関連する産業がものすごく広いことがあげられます。例えば、旅行者が電車やバスなど交通機関で移動するのも観光消費になります(通勤・通学は交通産業)。さらに、インバウンドの方の飲食も観光消費としてカウントされるんですね。その地域の旅館が地元の食材を旅行者に供していれば、旅行者の飲食消費は、その土地の1次産業(農業、漁業)に大きく影響を与えるでしょう。そのほかにも、観光に医療がつながれば「海外の人が日本で人間ドッグを受ける」といった医療ツーリズムになりますし、観光と芸術が結びつけば「アートツーリズム」になります。観光産業は、さまざまな産業に接続することができるので裾野の広さが強みですね。
ーーアクセラレータープログラムに参加した際も、そのようなところにフォーカスしてWAmazingさんの事業のポテンシャルをPRしているのでしょうか?
加藤氏 : 企業によって変えていますね。この企業はどこに注力しているんだろうと考えるところからスタートして、カスタマイズします。
例えば、最優秀賞を受賞させていただいた東急アクセラレートプログラムの場合、どのようなところが東急さん自身の強みになっているかを知ることから始めました。――東急さんって「街づくり」の会社なんですよね。渋谷〜横浜などの沿線を開発し、マンションやオフィス、百貨店やスーパー、映画館も作って、沿線住民のLTV(Life Time Value)を最大化しています。そのLTVが全て東急さんの収益に結びつくエコシステムに強みがあるのだと知りました。
ーーなるほど。東急さんの事業モデル全体を深く知ることが大事ということですね。
加藤氏 : そうです。実は東急さんは、仙台空港や静岡空港の運営事業にも着手されています。このことから、「きっと東急さんは空港からやってくる人たちをマネタイズしたいんだ」と考え、“空から来る沿線住民”といったキーワードで空港から始まる街づくりをWAmazingから提案したんです。共創プランを考える際に重要なことは、企業の沿革やDNA、産業の歴史や組みたい企業の歴史を徹底的に学ぶことです。
ーー東急さんの場合であれば電鉄産業の歴史や、創業者の五島慶太さんについても学ぶということですか?
加藤氏 : そうですね。社員の方に「御社の歴史をよく知るために、おすすめの本などありますか」と聞いて教えてもらいました。もう絶版になっていましたが、その本を中古で取り寄せて読みました。創業者の想いや、企業の歴史や沿革を学ぶことで、その企業にはどんなDNAが根付いているかを知るんです。それで分かったのは、過去にグループ内で航空会社(JAS:日本エアシステム)を抱えるなど、昔から空港と縁の近い会社だったということなんですね。
また、日本の産業の歴史でいえば、たとえば「鉄は国家なり」という言葉に象徴されるように製鉄の時代から、その鉄を使った産業へと発展してきました。造船業や自動車産業、鉄道などです。その時代に、鉄道駅を中心として街が発展する時代の成功モデルを築いたのが東急さんでしたので、「陸」の次は「空」を見ているのかなと感じました。そうした大企業のもつ戦略ストーリーに合わせて共創アイデアを提案しました。
ーー会社のDNAを理解してストーリーを練っていくから、企業側に刺さりやすいということですね。
加藤氏 : そうかもしれませんね。日本の大企業の方は辞めていく方がほとんど居ません。つまり、基本的には新卒で入社して定年まで勤めるというスタイルなので、ロイヤリティが高くて愛社精神が強いんです。各社ごとの理念やDNAを踏まえてお話しすると、「よく分かっているね」と言っていただけるかと思います。
ーー会社に息づくDNAを知っていることで、仲間だと思ってもらえますよね。
加藤氏 : はい。仲間だと思ってもらうことがすごく大事です。オープンイノベーションとはいえ、大企業の人たちからするとスタートアップは「よそ者」なので、同じ言語で話せるか、共通のバックグラウンドを持っているかが重要だと思います。
■オープンイノベーションで、さらなるサービスの可能性を
ーー大企業とのオープンイノベーションなどに着手しながら、WAmazingさん自身はサービスをどのようにスケールさせていこうとお考えなのか。今後のビジョンをお聞かせください。
加藤氏 : たとえば移動で考えてみましょう。移動手段を提供する会社のメイン顧客は、通勤通学をする日本人ということになるので、毎日接点をもてたり、場合によっては沿線駅に居住していたりするので、コミュニケーションをしやすい相手です。しかし、インバウンドの観光客にとっては、移動するときも、初めて行く場所、初めて行くルートなことが多いので、情報提供やマーケティングがとても大事になってくるものの、接点がない。これから国内人口が減少し、訪日旅行者を含む交流人口が増える中で、今まで着手できていなかったインバウンド観光客とのコミュニケーションが必要になってきます。WAmazingはそのコミュニケーションを結ぶプラットフォームになっていきたいと思っています。
ーー今後組んでいきたい企業や展開していきたいサービスを教えてください。
加藤氏 : 観光産業ってアナログなので、リアルなタッチポイントをお持ちの事業者さんと組んでみると面白いんじゃないかと考えていますね。例えば、私たちはWAmazingのユーザー満足度向上のために、全国2万店舗を有するセブンイレブンさんとタイアップのキャンペーンを過去、数回、実施してきました。WAmazingアプリにて、セブンイレブンでお菓子や飲み物がもらえるクーポンを出すと、50%以上の引き換え率をたたき出したりします。
「今まさに日本を旅行している人たちにリーチできるWAmazing」と、「全国2万店舗のネットワークを持ち、旅行者の近くにあるセブンイレブン」の組み合わせによる結果です。
――このように「旅ナカ」の人たちへの接点を活かせる企業と一緒に何かできればと思います。
また、将来的には、ダイレクトセリングという時代の潮流にあわせて、インバウンド観光客の方たちに直接モノを売りたいとか、生の声を聞いて製品にフィードバックしていきたいとか、そういう日本メーカーさんらと協業できると面白いなと考えています。
■取材後記
日経産業新聞にコラムの連載を持っている加藤氏。そのコラムの中で、SF作家・星新一氏の「処刑」という作品に言及している回がある。「物事の本質は変わらない、規模と環境で見えにくくなっているだけ」という内容が印象的で、これは大企業とスタートアップにも通じることだと思ったそうだ。大企業でキャリアを積み、スタートアップの真っ只中にいる加藤氏。これからどのような本質を見据え、35兆円に迫る観光市場という大海原を航海していくのか。――今後の活躍から目が離せない。
(構成:眞田幸剛、取材・文:阿部仁美、撮影:古林洋平)