建築・建設業界は、ITの力で絶対変えられる――施工管理アプリ「&ANDPAD」を生んだオクト・稲田氏のレガシーへの挑戦
今、建築・建設業界は大きな課題に直面している。その起点にあるのが、少子高齢化による深刻な人材不足だ。建築・建設業界における就労人口の30%以上が「55歳以上」と高齢化が進む一方、若手人材の流入は少なく、2030年には約92万人が不足すると言われている。電話・FAXによる連絡やアナログな業務管理などが根付いていることもあり、労働生産性が低く、早急なデジタルトランスフォーメーションが迫られている業界の一つと言えるだろう。
こうした状況下、「建設テック」と呼ばれるITサービスが増えており、建築・建設業界が抱えるさまざまな課題に対してのソリューションを提供し始めている。今回、お話しをお伺いしたスタートアップはその中のひとつ。施工管理アプリ「&ANDPAD(アンドパッド)、以下ANDPAD」を開発・運営する株式会社オクトだ。――2016年に「ANDPAD」をリリースして以降、着実に導入企業を増やしており、現在は1600社以上のユーザーを抱える。それに加え、2019年3月には総額約20億円の資金調達も実施(一部セカンドクローズあり)。投資家からも大きな注目を集めているスタートアップと言えるだろう。
そんな同社を牽引するのは、リクルート出身の稲田武夫氏。建築・建設業界に関する知見がゼロの状態からこの世界に飛び込み、意志ある仲間とともに業界の課題に立ち向かっている。
彼らが、なぜ建設業界で勝負しようと考えたのか?未知の業界をどう開拓したのか?見据える未来とは?――「STARTUP STORY」の第4弾は、建設業界のテック化に挑む起業家の“リアル”を取材した。
株式会社オクト 代表取締役社長 稲田武夫氏
慶応義塾大学卒業後、2008年に株式会社リクルート(現・株式会社リクルートホールディングス)に新卒で入社。人事を経て、新規事業開発に携わる。在職中の2012年に株式会社オクトを創業。2014年にリクルートを退職し、オクトの事業に専念する。現在は、“建築・建設産業の「働く」を「幸せ」にする”をミッションに掲げ、建築施工現場のプロジェクト管理ツール「ANDPAD」を開発・運営。その使いやすさが好評を博し、数多くの現場に導入されている。
■約2カ月に1件のペースで起案、リクルートでの修業時代
――まず、起業までのストーリーについてお伺いしたいです。どのように起業への想いを固めていかれたのでしょうか。
稲田氏 : 2008年にリクルートに入社しましたが、当時から「いずれは起業したい」という漠然とした想いを抱いていました。僕が入社した頃は、フリーマガジンの「R25」がセンセーショナルに立ち上がった時期で、「自分もそういうことがしたい」と思ったんです。もうひとつ、もともと起業は僕にとって“自然なこと”でもありました。なぜかというと、大学や就活で出会った同世代に、起業を志す人が多かったからです。そういった周囲の人たちに触発されたという面もありますね。
――リクルートでは、新規事業開発にも携わっていらっしゃったそうですね。
稲田氏 : リクルートライフスタイルという会社で約3年間、新規事業開発に取り組んでいました。新規事業開発メンバーのミッションは、約2カ月に1回の頻度で役員に対して新規事業を提案することです。そして、半期にひとつは、5年後の営業利益が数億円になる事業をつくるという仕事でした。
具体的に何をやるかというと、例えば「ジム領域で何か新しい事業がつくれるかな?」と思ったら、オフィスに戻って日本中のジム運営会社に電話をしてヒアリング。手ごたえがありそうだったら、社内のエンジニアに「一緒にやらない?」と声をかけて起案します。そして、役員にプレゼンをするという流れです。
3年間で本当にたくさんの事業検討を経験しました。全然うまくいきませんでしたけど、決済システムやタクシー、旅行、アパレル、など、ライフスタイル領域であれば何でもやりましたね。数えきれないくらいの挑戦をしましたが、その中でうまく軌道に乗ったのは1つか2つでした。
――在職中の2012年にオクトをスタートし、2014年にリクルートを卒業されました。大手企業に在職しながら起業というのも珍しいですね。
稲田氏 : 当時のリクルートという会社が少し変わっていて、社員が会社を立ち上げることに対してむしろ好意的だったんです。そういうカルチャーでしたね。
2012年に自分の会社を立ち上げ、システムの受託開発などを手がけていたものの、「リクルートに入ったからには、納得のいく事業・ブランドを立ちあげるまでは続けよう」と考えていました。そんな中、アパレル関連のサービスで、ゼロから満足のいくレベルまで育てられた事業があって。自分の中で「やりきった感」が生まれたので、2014年にリクルートを卒業し、オクトに専念することにしたんです。
■あえて、まったく触れたことのない建築・建設業界へ
――その後、ライフスタイル領域での豊富な経験を持ちながらも、まったく未知の建築・建設業界に参入されました。日本の主要産業であるにも関わらず、職人さんの高齢化問題など課題は山積していて、参入のハードルは相当高かったと思います。なぜ、あえて未知の世界を選ばれたのでしょう。
稲田氏 : 理由は2つあります。ひとつは「インパクトのある、大きなことをやりたい」という想いでした。そう考えたときに、建設業界が日本で一番大きな課題を抱えていると思ったんです。
というのも、この業界は、日本で横並びに見た際、労働生産性がとても低い。なおかつ就業人口も減っています。2030年には、約92万人足りなくなるとの試算もあります。そんな危機的状況にありながらも、若手人材が流入していません。20代が10%しかいないんです。つまり、日本で最も労働生産性が低く、高齢化も進んでいる。ここをIT化するというのは必然なんですが、プレイヤーは少なかった。だから、「僕らがやろう」と。
もうひとつは、単純に「知らない業界が、自分の好奇心を満たせる世界で好きだった」という側面もあります。ライフスタイル領域ではあらゆることをしましたが、建築・建設・不動産は触れたことのない世界でした。僕自身、知らないところにこそ飛び込みたいタイプなんです。だから、この未知の世界に挑戦してみようと考えました。
――なるほど。まったく知らない世界を、どう開拓していかれたのですか。
稲田氏 : まず最初に、「みんなのリフォーム」というリフォーム・修理の口コミサイトをつくりました。自分たちと不動産・建築・建設の関連性がひとつもなかったので、何か接点を持ちたいとの考えからです。そこから1年ぐらいは、リフォーム会社のHPを制作したり、集客支援をしたり、システムの受託開発をしたりと、どんな仕事でも引き受けました。とにかくまずは、その世界を知ることが大事だと思ったので、最初の1年間については、収益を上げるよりも理解を深めることに重きを置きましたね。
そうこうしているうちに、お客様から色んな悩みが聞こえてくるようにもなりました。「顧客管理をどうしたらいい?」「営業管理が難しい」「職人が集められない」「育成の問題どうする?」などです。そういった声を聞いているうちに、必然的に僕らの中で意志が生まれてきました。その意志というのが、「現場監督を楽にするツールをつくりたい」というものでした。
■約1年半かけて完成させた、施工管理アプリ
――そこから、2016年3月のリリースに向けて、「ANDPAD」のプロダクト開発が始まるわけですね。しかしながら、稲田さんご自身は建設現場での経験がなく、現場のリアルな課題を感じることが難しかったと思います。そうした中で、施工管理アプリを完成させるのは難しかったのでは?
稲田氏 : はい、仰るとおりで大変でした。「ANDPAD」の完成までに約1年半かかりましたが、その間が一番大変な時期でしたね。ホント、よくつくりましたよね(笑) お客様に見せても「こんなの使えないよ」とか「必要性を感じない」と言われて、突き返されることも多かったんです。
――そこをどう乗りこえたのですか。
稲田氏 : アナロジーから生まれる、根拠のない自信があったんです。どういうことかというと、建設請負業とシステム開発請負業の構造って、完全に一致しているんですね。ですから、システム開発の請負業を経験してきた僕らは、ある程度、現場監督の悩みを推測することができたんです。
たとえばシステム開発の場合、エンジニアにはしっかり動いてほしいし、品質チェックは抜かりなくしなければならない。お客様の要望も聞きつつ、納期は厳守だし、一方でコストを下げろとも言われる…。つまり、「クオリティ・コスト・デリバリー」に悩むのが請負業なんです。そういう意味では、建設現場の責任者とまったく同じ悩みを、僕たちも経験してきたし、共感もできました。
かつ、ITの世界にはSlackやBacklogといった便利なツールがありますよね。建設業界にはそれがない。紙と電話でのやりとりが基本です。今、僕らがシステム開発をFAXでやれと言われると、正直きつい(笑)。だから、「この世界は絶対変えられる」という確信が持てたんです。「建設業界に特化したSlackやBacklogがあれば、絶対みんなハッピーになるはずだ」と。そう信じて突き進みましたね。
――レガシーな商習慣や業務スタイルが強く根付いている建築・建設業界の中で、「ANDPAD」はリリースから約3年で導入社数1600社突破と順調に成長されています。どういった特徴や魅力が、お客様の評価につながっているのでしょう。
稲田氏 : ユーザーインタビューはたくさん実施しています。その中で、機能として高い評価を得ているのが工程表です。建設業界独特の工程表があるんですが、それをクラウド化して提供しています。クラウド化することで、職人さんたちは、現場にいながらスマートフォンを使って完了報告ができる仕組みになっています。従来だと、紙で貼りだしたものを、何回も貼りかえるという方法が一般的でしたから、「便利になった、すごく使いやすい」という声をたくさんいただきますね。
僕らは確かに現場経験はなかったし、営業活動も当初は暗中模索で「とりあえず、飛び込みで営業してみよう」という感じでした。でも、プロダクト開発には知見があったし、ずっとそこに集中し続けてきました。ですから、使いやすさで選ばれたことはうれしかったし、自信にもなりました。
▲導入社数が1600社を超えた施工管理アプリ「ANDPAD」。現場チャット機能を搭載しており、電話・FAX・移動の工数も削減でき、生産性を高めることができる。
■ミッションに共感する仲間とともに、建設業界の課題に挑む
――最後に、今後のビジョンについて教えてください。
稲田氏 : 僕らは、“建築・建設産業の「働く」を「幸せ」にする”をミッションに掲げています。人手が不足する中、建設需要は増えています。昨今、施工不良の問題もよく耳にするようになりました。住宅にせよ、非住宅にせよ、建物の品質・安全が問われるようになってきています。ですから、「ANDPADを使っている現場は品質がいいよね」と言われるレベルにまでもっていきたいです。「ANDPAD」によって、現場監督や職人さんたち間のコミュニケーションがうまくいき、いいチームワークが生まれる。結果としていいモノがつくれるという状態を目指しています。
――働く人たちがハッピーになることで、建物の品質もあがっていくと。
稲田氏 : はい。ただ、品質を上げようとすると、現場の仕事って増えるんですよ。そこはすごくジレンマで。ですから、省力化できる部分は省力化したいです。たとえば、「ANDPAD」には毎日6万枚もの現場写真がアップされています。このデータを活用して、品質管理ができる仕組みも検討していきたいです。機械ができる部分は機械に任せて、人はよりクリエイティブな仕事に集中できる環境を整えていきたいですね。
それ以外では、今後、建設現場に外国人労働者が増えていきますから、翻訳のテクノロジーを活用して多言語化をしていくことや、来日前の外国人が、過去の施工事例を自国の言語で見て、勉強できるような仕組みもつくっていきたいと考えています。
建築・建設業界は知れば知るほど、まだまだできることがたくさんあると感じています。課題の山なんです。この課題の山を、同じビジョンを持った仲間と一緒に、ひとつずつITの力で解決していきたいですね。
■取材後記
まったく未知の領域にゼロから参入することは勇気のいることだ。しかし、稲田氏の場合、あえて課題が山積する建築・建設業界に飛び込み、業界への理解を深める中で、自分たちの意思や方向性を固めていった。そこに、共感する仲間が集まり、「ANDPAD」は成長を続けている。建築・建設業界は、確かに人材不足をはじめとした課題が山積み状態で、暗雲が立ち込めている。一方で、課題に立ち向かうプレイヤーが増えてきた現状を鑑みると、雲間から光は見え始めていると感じられる取材だった。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子、撮影:古林洋平)