過熱する「スリープテック」最前線 イーロン・マスクも支持する「AI搭載マットレスカバー」に韓国Z世代に人気の「睡眠補助アプリ」も
睡眠(Sleep)と技術(Technology)を組み合わせた「スリープテック」が急成長している。2027年の国内スリープテック市場規模は、160億円を見込む(出典:矢野経済研究所)。世界では2025年の市場規模が293億米ドル(約4兆6,600億円)となり、2034年まで年平均成長率(CAGR)18.5%で成長すると予測されている(出典:Global Market Insights)。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第76弾は、「スリープテック」の動向に着目。イーロン・マスク氏も愛用するという約45万円の「AI搭載マットレスカバー」や、韓国のZ世代が支持する「睡眠音響アプリ」など、スタートアップを中心に注目企業のアプローチを紹介する。
サムネイル写真提供:Eight Sleep
“スクリーンレス”の「ウェアラブルデバイス」
2012年に米国で創業した「WHOOP(フープ)」は、睡眠やコンディションをサポートするウェアラブルデバイス「WHOOP」を販売する。睡眠、疲労、ストレス、心臓の健康状態を24時間365日モニタリングし、パーソナライズされたコーチングと組み合わせることで、効果を発揮するという。
睡眠においては、徐波睡眠(最も深いノンレム睡眠)、レム睡眠、浅い睡眠、覚醒という4つの睡眠段階を高い精度で計測。睡眠スコアの算出やその日の身体の回復度(リカバリースコア)に基づいた最適な睡眠スケジュールや最高の睡眠に導くための個別アドバイスを提示する。
▲スクリーンレスの設計で、健康管理に集中できるという(出典:WHOOPの公式ホームページ)
特徴は、気を散らさず健康管理に集中できる「スクリーンレス」設計と本体とセットになった「3つのサブスクリプションプラン」だ。同社のホームページでは、認定中古品のハードウェアとサブスクを組み合わせた「ONE」が24,999円、新品のハードウェアとより詳細な追跡ができる「PEAK」が39,999円、新品のハードウェアと最高レベルの追跡ができる「LIFE」が59,999円で提供されている。いずれもハードウェアは無料扱いで、1年間のサブスクの価格となる。
同社によれば、サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウド氏をはじめ、数々のプロスポーツ選手が愛用しているそうだ。
韓国のZ世代が支持する「睡眠補助アプリ」
2021年に韓国で創業した「Munice(ムニース)」は、科学的根拠に基づき、利用者ごとに最適化された脳波音のアプローチで、より良い睡眠を届けるアプリ「Renight(リナイト)」を展開している。月額900円、年額9,000円のサブスクモデルだ。
同社では、特定の脳波を誘発し、リラックスや集中、睡眠の質向上に働きかけるとされる「モノラル・ビート」を活用。リナイトを使用して就寝することで、深い睡眠の脳波が約18%増加、深い睡眠の割合が約56%上昇、さらに疲労感が57%減少したという(ムニース調べ)。
▲体調に合わせてパーソナライズされた「モノラルビート」を提供する(出典:Renightの公式アプリストア)
累計ダウンロード数は200万にのぼり、韓国ではタイパ良く睡眠を取りたいZ世代を中心に人気を得ているという。韓国のWebマガジン・KOREA WAVEに掲載されたクォン・ソヒョン代表のインタビューによれば、同社では個別化のためのデータセットを100万件以上保有しており、睡眠傾向やパターンなどを総合した週間睡眠レポートも提供するという。
実際にリナイトを試してみると、起床時間をセットした後、「今日の気分」や「就寝2時間以内の活動」「体の状態」などを細かく選択できる仕様になっていた。これらを全て選ぶと、その日の自身にマッチしたモノラルビートが流れる。日によっては、音を聞く前に瞑想やストレッチを促すアナウンスが流れることも。
筆者の場合は、雑音のように異質に感じられてしまい入眠できなかったが、口コミを見ると「効果があった」という声が多数見られた。
音と光で快眠をサポートする「目覚まし時計」
米国在住の夫婦によって、2014年に創業された「Hatch(ハッチ)」。子どもの世話による夜ふかしに悩んでいた妻と不眠症に苦しんでいた夫が、その課題解決を模索するなかで、人間の概日リズム(サーカディアンリズム)に合わせた光と音のプログラミング技術に行き着いたという。概日リズムとは、約24時間周期で繰り返される、生物の体内時計による基本的な生命リズムを指す。
同社では、この考え方を取り入れた新生児〜幼児向けと大人向けの「高機能目覚まし時計」を扱う。就寝前に使える眩しくない読書灯に睡眠を促すホワイトノイズ、日の出のように徐々に明るくなる光目覚まし機能などが含まれる。ホワイトノイズとは、幅広い周波数の音がほぼ均等に含まれたノイズ(雑音)の一種だ。
▲同社の製品開発は、「新生児〜幼児向け」から始まった(Hatch提供、以下同)
▲写真は大人向けの「Restore」
本体と無料アプリだけでも基本機能は利用できるが、月額4.99ドル(約800円)または年間49.99ドル(約8,000円)のサブスクリプション「Hatch+」を利用すると、毎晩追加されるコンテンツ(専門家が制作したオーディオブック、睡眠用ポッドキャスト、サウンドバス、瞑想など)を全て利用できるようになる。
本体は、子ども向けの「Hatch Baby」が79.99ドル(約13,000円)、大人向けの「Restore 3」が169.99ドル(約27,000円)となる。口コミは賛否両論あるものの、「穏やかな光や鳥の鳴き声など心地よい音で目覚めが良くなった」という声が多く見られた。
イーロン・マスクも支持する「AI搭載マットレスカバー」
2014年に米国で創業した「Eight Sleep(エイトスリープ)」は、ベッド全体を自動操作するシステム「Pod」を提供する。
基本製品は、電源を供給する「ハブ」と「マットレスカバー」の2つ。カバーは左右で異なる温度調節が可能で、最低55℃まで冷え、最高110℃まで加熱される。マットレス内に水が入ったチューブを搭載し、それをハブにつなげて送電することで温度調整を実現しているのだという。
▲マットレスカバーにハブをつなげて、冷却や加熱を左右それぞれで実現するという(Eight Sleep提供、以下同)
加えて、睡眠の質や睡眠時間、いびきなどを測定できるほか、音を立てずに自然に目覚められる「振動・温度警報」も搭載されている。最新製品の「Pod5」の価格は、1年間の標準サブスクプラン付きで2,898ドル〜(約46万円〜)となる。
▲オプションで付けられる「ベース」は、いびきを検知してマットレスを自動で上げ下げする
オプションでは、いびきを検知して自動でマットレスの上昇・下降を行う「ベース」(1,899ドル)、水力発電を利用した「ブランケット」、温度調整機能を備える「枕カバー」(共に999ドル)も用意。これらを全て購入すると100万円を超える。そして、継続利用する場合は、年間約3〜6万円の利用料を支払い続ける必要がある。
同社の臨床試験によれば、Podを利用することで短時間での寝付きや深い睡眠の増加、夜間の覚醒回数の減少、いびきの軽減といった効果が実証されているという。アスリートや起業家などから好評で、マーク・ザッカーバーグ氏やイーロン・マスク氏もSNSでエイトスリープを支持するコメントを発信していた。
2026年3月には、5,000万ドルの資金調達により評価額が15億ドルに達し、ユニコーンに仲間入りした。今後、さらなる注目度の高まりが予想される。
マーク・ザッカーバーグも愛用する「スマートリング」
2013年にフィンランドで創業された「Oura Health(オーラヘルス)」は、指から身体情報を取得・分析することで睡眠改善やコンディションアップに役立つスマートリング「Oura Ring(オーラリング)」を販売する。
▲最新製品は「オーラリング 4」となる(Oura Health提供、以下同)
手首よりも毛細血管が密集する指先に装着することで高精度のバイタルデータが取得でき、かつジュエリーのように日常使いしやすい点が好まれている。ハードウェアは約5〜7万円で、全ての機能を利用するには別途の利用料がかかる。日本在住者の場合は、月額999円、または年額11,800円となる。
始めるハードルは高いものの、睡眠を含めた総合的な健康状態を把握できるとあり、オーラリングの人気はますます高まっている。NBAなどのトップスポーツリーグや多数の大学、研究機関と提携して論文を発表するなど「科学的に裏付けられたデバイス」であるという信頼性、さらに戦略的M&Aやアップデートを通じて、急速に利便性を高めているためだ。
▲オーラでは、睡眠・運動・ストレス・更年期や避妊など広範囲で健康をサポート
例えば、FDA(米国食品医薬品局)の認可を受けた避妊・妊活アプリ「Natural Cycles」と連携して、更年期や避妊といった女性向けの健康管理機能を追加したり、代謝・血糖値トラッキングに強みを持つ「Veri」を買収して、食事を通じた体調管理も行えるようにした。現状は使用可能な国が限定されているが、ユーザーが増えれば世界的な展開も考えられる。
オーラヘルスのプレスリリースによれば、同社の企業価値は約110億ドルに達し、累計販売数は550万台を越えた。会員数は過去2年で4倍以上に増加し、有料会員数は数ヵ月以内に500万人を超える見込みだという。さらに、2026年5月には米国の証券取引委員会(SEC)に対し、新規株式公開(IPO)の機密申請を行ったことも発表した。
同社の調査によれば、利用者の86%がオーラリングの使用から30日間以内に睡眠の質が改善されたという。起業家やスポーツ選手などからの支持も厚く、マーク・ザッカーバーグ氏は、「エイトスリープのPodとオーラリングを利用して睡眠が改善した」とSNSに投稿していた。
呼吸音の解析で「睡眠時無呼吸症候群」のリスクを予測
2020年に韓国で創業した「Asleep(エイ・スリープ)」は、「呼吸」を用いた睡眠解析技術を強みとする。スマートフォンで取得した呼吸音の分析により睡眠時間や睡眠の質を正確に測定できるため、ウェアラブルデバイスは不要なのだという。2024年には、韓国MFDS(食品医薬品安全処)において、睡眠時無呼吸症候群の診断補助アプリとして医療機器承認を取得した。
▲同社が日本向けに提供する「睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスク予測が可能なSASスクリーニングアプリ」(出典:リアライズ・イノベーションズのプレスリリース、以下同)
同社では、経済的な不安がなく誰もが自宅でのPSG検査(終夜睡眠ポリグラフ検査)を受けることができ、良質な睡眠が取れるようにすることを目指している。PSG検査とは、睡眠中の脳波、呼吸、心電図などを一晩中記録して、睡眠の質や睡眠障害を客観的に評価する精密検査を指す。
大手との提携実績も多い。例えば、暖房システム大手「キョンドンNAVIEN」では、「NAVIEN睡眠マット」に同社の睡眠技術を適用。ユーザーの睡眠パターンや睡眠段階を分析し、マットの温度を自動調整して快眠に導くという。
また、サムスン電子のタブレット製品「Galaxy Tab」に内蔵アプリとして搭載されているほか、サムスン生命保険のアプリ「The Health」でも睡眠分析サービスを実装している。
▲日本では、宿泊施設向けの高精度睡眠解析タブレット「SleepHub」も提供
海外展開としては、2023年からソフトバンクグループの子会社であるリアライズ・イノベーションズと業務提携して、日本での展開を開始した。2024年には、睡眠時無呼吸症候群(SAS)のリスク予測が可能なSASスクリーニングアプリをリリース。2026年1月には、高精度睡眠解析タブレット「SleepHub」の提供を開始した。SleepHubは、高精度睡眠解析やスマートアラーム、 睡眠状況に応じた睡眠促進音声の再生・停止、IoT連携などの機能があり、国内のホテル・宿泊施設向けに導入実績があるという。
編集後記
睡眠の課題は世界共通であり、スリープテック市場の盛況はうなづける。なかでも、共にユニコーンの「エイトスリープ」と「オーラヘルス」は注目度が高い。ただ、高額製品&サブスクモデルゆえ、富裕層や健康意識の高いスポーツ選手、ビジネスパーソンなどに利用者層が限定されてしまうことや、大手企業の参入でシェアを奪われる可能性がある点は課題かもしれない。実際、大手ではサムスンが「ギャラクシーリング」を展開している。また、国内ではスタートアップのソクサイが販売する「ソクサイリング」も、オーラリングより低価格&サブスクではない買い切りモデルで人気を得ている。
(取材・文:小林香織)