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出向起業で「医療データの国境をなくす」日揮を飛び出した理由とは?

出向起業で「医療データの国境をなくす」日揮を飛び出した理由とは?

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世界での競争力を失い、変革を求められている日本の大企業。社内には新規事業の立ち上げ経験者が少なく、立ち上げに携わる機会も少ない。加えて、優秀なイノベーション人材ほど会社を飛び出して起業してしまう。

そのような現状を変えるために、一部の大企業から注目を集め始めているのが「出向起業」。会社を辞めずに外部から資金調達し、資本が独立したスタートアップを起業する仕組みです。起業家はリスクを抑えてチャレンジができ、大企業はイノベーション人材の育成を促進できます。

経済産業省も「出向起業等創出支援事業」というプロジェクトを立ち上げ、本格的に出向起業の後押しを始めました。そうしたプロジェクトなどを活用しながら、大企業を飛び出した起業家のリアルを追う新シリーズが「Second Launchers」

第一弾では同プロジェクトに採択された1社であり、海外駐在員向けに自己採血キットを活用したヘルスケアサービスを提供する株式会社SaveExpats代表の岩田竜馬氏にインタビュー。エネルギープラントなどを建設しているエンジニアリング会社、日揮グローバル株式会社出身です。

自身が海外に長く駐在していた経験から、現地で健康を維持し続ける難しさを感じており、そこから事業の着想を得たと言います。今回は岩田氏がどのような経緯で出向起業に至ったのか、どのようなビジョンを描いているのか話を聞きました。

駐在員時代に感じた健康問題が事業の起点に

まずは岩田さんが出向起業した経緯を聞かせてください。

岩田氏 : 日揮グループはここ数年、様々なアクセラレータープログラムやオープンイノベーションプログラムに参画していて、新規事業の立ち上げに積極的でした。私が起業する2年前に、経産省・JETROが主催している「始動」というイノベーター育成プログラムで採択された先輩もいまして。

そのような背景もあり、DXの部署に異動したばかりの私に、上司から「岩田も始動に応募してみないか」と声をかけてもらったのがそもそものきっかけです。それまで起業や新規事業など考えたこともありませんでしたが、プログラムに応募するために短期間で必死に事業案を絞り出しました。


なぜDXの部署に異動したのでしょうか?

岩田氏 : 日揮グループのデジタル化を進めるためです。日揮は海外でプロジェクトを進める時に、欧米等他国の企業とJVを作ることが多く、何度も現地で担当者として携わっていました。数年前の当時、現地協力会社のエンジニア達から「欧米他社に比べて日揮のデジタル化がいまいちだという愚痴を聞き、自分自身でも現地業務の中で痛感していました。

これは深刻な課題だと考え、社内のデジタル化を促進するためにDXの部署に異動したのです。

DXを進める傍ら、アクセラレーターにも参加することになったのですね。「始動」では、どのようなことをしていたのかも教えてください。

岩田氏 : 4ヶ月に渡って怒涛のように事業のブラッシュアップと様々な業界で日本をリードされているメンター陣からのメンタリングを受けていました。最初に応募したのは駐在員の歯の健康に関するサービスです。もちろん海外にも歯医者はあるのですが、日本のような質の医院ばかりではなく、不安を感じながら治療を受けることも少なくありません。

また、日本と海外では診療方針や保険のシステムが異なり、医師が患者に営業をかけてくることも日常茶飯事。「この治療法がいいですよ」と言われても、それが本当に必要なのか営業なのか判断がつかないのです。

そのような中で、虫歯や歯周病を適切に処置しないでいると、仕事ができないほどの痛みに悪化することもあって。そのような課題から、駐在員の歯の健康を維持するためのサービスに挑戦していたのです。

そこから、どのように事業をブラッシュアップしていったのでしょうか?

岩田氏 : 大勢の駐在員やご家族の方々にヒアリングをしていく中で「問題は歯だけじゃない。全身の健康を維持しないといけない」という思いが強くなりました。私自身も、駐在員時代に現地の医療環境について愚痴をこぼしていたのを思い出し、途端に課題が明確になっていったんです。

歯から全身の健康に焦点を広げたころ、メンターとして参加していた投資家から「このアイディアを本気で実現する気があるなら投資したい」と提案されて。

その言葉でスイッチが入り、さらに本気で事業化を目指そうと思うようになりました。

それで出向起業を決意したんですね。

岩田氏 : はい。日揮グループの既存事業とは離れた領域であり、法規制の変化も激しい分野。大企業の中で、新規事業として立ち上げるには相当ハードルの高い案だと感じていました。ただ、このままアイデアで終えたくないという強い思いがあり、個人的な活動として検討を継続していたところ、出向起業というスキームを知り、会社との調整を始めました。当時は日中会社で働いた後に、終業してからの時間や休日を充てて準備を進めていました。0歳と1歳の子供を育てながらだったので、家族には相当な負担をかけていたと思います。

家族も応援してくれたのですか?

岩田氏 : 実は「本当にこのまま起業して大丈夫か」と決めかねていた時期もありました。社会に必要としている人が沢山いる事業ですが、日揮の一社員として働く場合と比べ妻に子育ての負荷が集中してしまいます。その旨を話したところ、妻から「挑戦を諦める姿を子供たちに見せるな」と熱く背中を押してもらったのです。

その言葉で吹っ切れたからこそ、起業を決意できました。

人命にも関わる「海外で病院に行きづらい」問題

SaveExpatsの事業内容について教えてください。

岩田氏 : 私たちが提供しているのは、駐在員向けの指先自己採血キット郵送検査です。海外から自分の血液検体を採って送れば、管理されたラボでの検査により迅速に結果を通知し、必要があれば母国の医師・保健師とオンライン相談も可能です。

そのため、ターゲットは海外に社員を駐在させている法人となります。


いくら日本と医療制度が異なるとは言え、海外にも病院があり検査は受けられると思います。それでも日本に血液を送ってまで検査する必要があるのでしょうか。

岩田氏 : たしかに海外でも検査は可能ですが、日本の検査値基準と異なる場合が多く、日本では結果が正常範囲外の「所見あり」であっても、現地国の基準では正常値範囲内で「所見なし」と判断されてしまうことすらあります。加えて、国が違えば分析方法・単位や検査機器・試薬が異なり、日本の健康診断数値結果からの変化を正しく把握しづらいのです。

また、駐在員自身はある程度の語学力があり言語の壁は低い一方で、病気や症状・体調の機微など専門用語まで分かるとは限りません。帯同する家族はなおさらです。デリケートな内容だからこそ、母国語かつ同じ文化の日本人医師・保健師と相談できた方が安心ですよね。


海外にも日本人の医師がいると思いますが、それでも安心して診察は受けられないものなのでしょうか。

岩田氏 : 都市部であれば、現地在住日本人の医師に診てもらうことも可能ですが、全ての症状に対応できるわけではありません。専門外であれば、別の先生を紹介してもらうことになり、結局現地の先生に診てもらうことになります。翻訳サービスもありますが、訳する人によって質が異なります。そもそも各国毎に診療方針やカルチャーが異なるため、例え内容が翻訳で伝わったとしても日本国内のような安心感のある医療者とのやり取りは難しいです。自分のことなら我慢もできますが、帯同する家族には不安を感じさせたくないですよね。

加えて、駐在員の半数以上は先進国の都市部に駐在している訳ではありません。製造業や建設業などは、新興国かつ都市から離れたエリアに駐在するケースも多く、先進国水準の医療機関へのアクセスが難しいことも珍しくありません。多少体調に不安を感じていても、業務の忙しさやアクセスの面倒さ、病院での長い待ち時間などが億劫で放置してしまう方も多いのです。日本国内では法律で必須となっている年に1度の定期健診も海外駐在期間中は適用外で、駐在員が健診未受診であっても企業へ罰則は無いため、強制力が弱く1年以上検査を受けていない方も、一定数存在してしまいます。

放置することで病状も深刻化しそうですね。

岩田氏 : 20代の健康な方ならまだしも、年を重ねると小さな異変が命取りになることもあって。私が知っている方でも、駐在中に命を落とした方がいますが、頻度高く検査を行い適切なフォローアップを続けていれば事前にリスクを下げられる可能性はあったはずです。2020年の厚生省発表では日本の企業健診では何らかの所見がある割合が60%を越えています。日本と比べて不健康な生活となるリスクを負う駐在員達の多くが「有所見」の状態で赴任をしている一方で、日本国内のようなきめ細かい支援を受けられていないという現実があります。

大企業各社で海外売上比率を高めてゆく傾向がある一方で、その成長を支える肝となっている駐在員の健康支援に対して、十分な投資が行われているかという問題もあります。

課題を明確にする「インタビュー」の極意

今回は出向起業という形になりますが、事業を考える時も日揮とのシナジーを前提に考えたのでしょうか。

岩田氏 : たしかに出向起業ですから、日揮グループの長期ビジョンとシナジーを生み出す展開を狙っています。しかし、事業を考える際に日揮のリソースだけを前提に考えると、発想が広がりません。最初の取っ掛かりは本業から見つけましたが、その後はひたすら課題を掘り下げていきました。

具体的に言えば、インタビューです。ターゲットとなる人々がどんな課題を抱えているのか、どんなサービスならその課題を適切に解決し得るのか、とにかく話しを聞きにいくことが大事で、これまでリファラルやSNSなどを駆使して100名以上の方に話を聞いてきました。

インタビューをする上で大事にしていることを教えてください。

岩田氏 : 冒頭で自分たちのサービスについて話さないことです。「こんなことをやりたいんだけど、お話を聞かせてくれませんか」と話してしまうと、相手もサービスやプロダクトを意識してしまうため、その人自身の日々の行動や判断といった事実について深堀ができません。自分たちのサービスを具体的に話すのは、一通り話を聞いて相手から「どんなサービスを作ろうとしているの」と聞かれてからです。

そして、何より大事なのは数をこなすこと。私も最初はうまく話を聞き出せず、失敗ばかりでした。それでもインタビュー数が50人を超えたあたりからコツを掴んできて、聞きたいことが聞ける打率が上がってきたように思います。

インタビューした相手全員から都合よく参考になる話が聞ける訳ではなく、感覚としては10人に1人。つまり50人に話を聞けば、ようやく5人分の核心に触れるようなインサイトを得られるということです。

インタビューは営業も兼ねているのでしょうか?

岩田氏 : 結果的にポテンシャルカスタマーになってくれることはあり得ますが、営業が目的ではありません。2022年下旬に採択されたシリコンバレー現地のトップアクセラレーターのAlchemist accleratorプログラムにおいて、インタビューについて「初期の仮説は絶対に間違っている。大事なのは早く間違いに気づき高速で仮説をアップデートし続けること」と教わりました。そのため、営業ではなく学ばせてもらう姿勢でインタビューに臨んでいます。

ただし、一度インタビューした方には、フェーズを変えてインタビューさせてもらうようお願いしています。最初は課題と解決策の仮説を検証したら、今度は解決策に支払う金額の仮説を検証するといったように。何度も話を聞きながらサービスをブラッシュアップしていけば、長期的に見てカスタマーになっていただくこともあり得ると思います。


駐在員向け事業の先にある、世界を繋げる医療サービス

現在の事業フェーズについて聞かせてください。

岩田氏 : 現在は仮説検証フェーズです。私たちの取組みに価値を感じ、使ってみたいというお声を数社からいただきまして、現在トライアル導入を遂行し、ユーザーフィードバックを元にサービスの修正改善を回しています。

トライアル利用の企業の方々に、如何に継続利用してもらえるかが、次の段階の仮説検証ですね。


今後はどのようなビジョンを描いているのでしょうか。

岩田氏 : 国を跨いで個人が母国での健康医療情報を任意に持ち運べて、他の国で医療・ヘルスケアサービスを受けたい時にその情報を特定の相手にだけ提示できる仕組みを仮説検証/実装することです。その初期段階として、今の駐在員向け健康支援サービスの事業に取り組んでいます。

もう一つは、中低所得国で経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスへアクセスできるようにするユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)への貢献です。たとえば私が一時期駐在していたインドネシアでは、首都ジャカルタにおいて富裕層や大企業社員のための私立病院が存在し高い水準の医療を提供しています。

その一方で、都市部から少し離れると非常に混雑している公立病院ばかり。経済発展に伴い感染症よりも生活習慣病患者・死者が多くなり、もともとパンク寸前の医療提供側リソースに更に負担がかかり、医療逼迫状態になっているのです。こうした地域では医者は忙しくて自分の研究もできません。

私たちが提供している郵送検査とデータ化の仕組みを、日本人だけでなく世界中に届けることで、こうした課題も解決していきたいです。

海外で検体を採取して、現地や近隣国のラボ拠点で検査するということですね。

岩田氏 : そうです。検査・分析・データ化は現地の医療リソースに負担をかけずに行い、病院は治療に専念する。そのような仕組みを作ることで、世界中の方々に健康を守るための質の高い基礎的保健医療サービスが行き届くようにしたいと思っています。

海外各地の状況が分かれば、現地でどのような病気が流行っているのか把握でき、駐在員の対策にも使えます。また、国を超えて自身の健康医療データを持ち運べれば、海外に行っても母国のデータを使って医療・ヘルスケアサービスを受けられるようになります。

たとえばヨーロッパでは、EU加盟国同士で医療データを共有が従来から実現していますが、日本ではそのような仕組みがまさに整備される段階ですが、前提は日本国内での利用です。

もしも事業が成功した場合、どのようなExitを考えているのでしょうか?

岩田氏 : Exit基準は継続して話し合っています。それが出向起業制度のいいところだと思っていて、新規事業なら「3年で黒字化できなかったら撤退」などの縛りがありますよね。しかし、縛りをつけたらスタートアップとしての戦い方が限定されてしまいます。

経済産業省のご担当者からのアドバイスを元に社内での調整を進めました。今後もSaveExpatsの事業の状況をみながら、様々な選択肢を視野にいれて話し合っていきたいと思っています。

何より、私が会社を辞めずに起業したのは日揮が好きだからです。しかし、今のままでは明るい未来を明確に描けず、それを変えるための力も自分には足りません。この先、私達の世代が40歳、50歳になったときにも輝く集団であってほしい。そのために今は、外に出て起業し、スタートアップ経営の経験を積みコネクションを作り、短期間で力をつけて恩返しをしていきたいと考えています。どんな選択をしようとも将来の日揮が進む先へプラスになればと思っています。

最後に、どんな人に出向起業を勧めたいかメッセージをください。

岩田氏 : 大企業の新規事業担当者の中には、自分達が動いて考えて生み出した事業計画が社内で適切に評価・支援されず表に出すこともままならず、心が折れそうになっている方もいると思います。ユーザーに評価されるなら、それをもとにブラッシュアップできますが、ユーザーでもない社内関係者に評価されても、何を目指しているのかすら分からなくなってきます。そのうち新規事業を諦めてしまう大企業の担当者を何人も見てきました。

そのような状況では最高のパフォーマンスは発揮できません。もしも社内の枠組み・評価の内側で思うように事業を作れないのなら、出向起業という選択肢も1つあると思います。本当に自分の事業案が通用するのかどうか、起業して実際のマーケットで試したい方におすすめです。

(取材・文:鈴木光平、撮影:齊木恵太)

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