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出向起業制度の公募開始――一度は辞職を決意した若手官僚が、大企業社員の起業を支援する理由

出向起業制度の公募開始――一度は辞職を決意した若手官僚が、大企業社員の起業を支援する理由

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「既存事業とのシナジーや規模を求められるため新規事業が育たない」、「スピード感のある意思決定が難しい」。大企業からイノベーションは生まれにくいと言われる中、これまで市場に無かった新たな価値をどのように創出するのか。大企業はさまざまな手法を模索している。――その一手として今注目を集めているのが、「出向起業」という制度だ。

出向起業とは、昨年度から公募が開始された経済産業省(以下、経産省)が主導する事業。大企業の社員が自ら起業したスタートアップに出向し、新規事業開発を行うことを、補助金交付により支援しているという。 

大企業の社員にとっては、所属組織を辞職することなく起業に挑戦できるほか、VCからの資金調達や個人資産の投下を通じて、資本が独立したスタートアップを起業することにより、出向元の大企業から独立した意思決定権を持つことができるなど、数々のメリットが得られる。

昨年度は1次公募、2次公募合わせて9社が採択された。名だたる大企業の社員が起業し、自ら起業したスタートアップへの出向を通じて、ITやスポーツ、ヘルスケア、エンターテイメント等、幅広い領域の新規事業開発を推進している。そして、2021年4月、令和3年度の公募がスタートした(※詳細は「大企業等人材による新規事業創造促進事業」を参照)

今回、TOMORUBAでは、出向起業支援の発案者である経済産業省 経済産業政策局 産業人材課の奥山恵太氏にインタビューを敢行。出向起業支援が立ち上げられた経緯や事業のメリット、さらに採択企業の成功事例についてお伺いした。

「実は、私自身、経産省を辞職して、起業をしようと考えたことがありました…」。そう語る奥山氏が、出向起業支援を打ち出した理由とは?「大企業を辞めずに起業できる事業」の誕生秘話に迫った。


■経済産業省 経済産業政策局 産業人材課 課長補佐 奥山恵太氏

1986年生まれ。2010年経済産業省入省後、主に化学産業の規制緩和・国家衛星開発プロジェクトのマネジメント業務に従事。米国留学中に、米国投資ファンドでの投資銘柄財務モデリング・バリューアップ業務や、小型電池製造スタートアップでの経営支援業務を実行。2018年帰国の後、内閣府での宇宙スタートアップ支援業務を経て、「出向起業」補助制度を自ら企画し、大企業等社員による資本独立性のあるスタートアップの起業を後押し(現職)。大企業内での出向等の意思決定に係る調整にも、幅広に参画中。東京大学卒。カリフォルニア大学サンディエゴ校MBA。

自らの起業の失敗をきっかけに、出向起業を発案

――出向起業支援は、奥山さんがご自身で発案された事業だとお伺いしています。まずは、発案に至る経緯について教えてください。

奥山氏 : 出向起業支援を発案した経緯には、私自身の経験が大きく関わっています。私は2010年に経産省に入省し、いくつかの業務に従事した後、米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校に留学しました。留学時は、MBAを取得するとともに、現地のものづくりスタートアップと投資ファンドでインターン生として働き、経営支援の実務等を経験。その後、帰国し、経産省の業務に戻ったのですが、実はその頃には「経産省を辞めて、スタートアップを起業したい」と思うようになっていました。米国での経験を、民間の世界で活かしたいと考えていたのです。

事業の構想は既にありました。宇宙の環境問題解決に貢献する新規の人工衛星部品を開発する事業です。当時、私は内閣府の宇宙スタートアップ支援業務に従事していたのですが、そこで知り合った宇宙機器メーカーのエンジニアとの出会いがきっかけでした。

そのエンジニアは、衛星の設計・開発に深い知見を持つ技術者であり、ご所属の宇宙機器メーカーではエース級の人材でした。また、イノベーティブな発想の持ち主で、新たな技術や新規事業を発案する意欲も持ち合わせていました。しかし、一方で、なかなか自らの事業案がご所属企業内で受け入れられず、葛藤することも多かったようです。先ほどお話しした新規性のある人工衛星部品も、この方の企画・提案によるものですが、社内で企画書が通らず、事業化に歯止めがかかっていました。

――近年、宇宙関連事業は注目を集めていますが、社内ではストップの声がかかってしまったと。

奥山氏 : そうですね。宇宙の環境問題は、国際政治等の外生的な要因もあり、新たに市場が形成されつつある分野でした。また、エンジニアの方自身の、新しい製品を作りたいという意欲が強く、「外部資金調達ができれば、ぜひ一緒に開発したい」との申し出を受けておりました。

これらを踏まえ、資金が確保でき次第当方が起業するという前提の下で、当方が業務外で事業計画・ピッチデッキを作成。複数の投資家を回って、資金調達の相談を始めました。同時並行で創業チームを形成する必要がありましたが、熟考の結果、私自身、何の実績もないスタートアップに、扶養家族のいる大企業のエンジニアを迎え入れることにためらいがあり、出向という形で協力を仰ぐ方針で調整を始めたのです。

もちろん、出向には出向元企業の承諾が必要ですから、当該エンジニアご所属の宇宙機器メーカーにお願いに上がりました。幹部の皆様は、私の提案を真摯に受け止めて、数ヶ月の間、真剣に出向を検討してくださいました。――しかし、結果的には、出向の了解は得られませんでした。

理由は様々です。例えば、「既存事業とのシナジーが見出せない」点や「不確実性が高すぎる」点。そのほかにも「推定事業規模が、大企業の一部門の売上高規模と比べて、小さすぎる」といった理由もありました。結果的に、出向を通じたチームアップを断念せざるを得ず、資金調達は実現できず、私の起業への挑戦は(始まる前に)失敗に終わりました。

ただ、この経験を通じて、世の中には「優れた技術や事業案を持っているのに、ポテンシャルを発揮できていない人材」が数多くいることを知りました。日本には、彼らや彼女らが、扶養家族がいる等の理由で辞職起業に踏み切れなくても、もっと幅広に起業できる環境が必要だ――そのように痛感したのです。そのために私ができることは「大企業を辞めずに起業する方を支援する事業」を作ることでした。

そこで、これまでの経緯をすべて経産省内に共有した上で、出向起業を支援する政策案を企画。その後、令和元年度補正予算で予算確保が実現し、2020年4月に出向起業の支援制度がスタートすることとなりました。


新規事業創出の加速や戦略的シナジーの創出など、大企業にもメリットが大きい

――なるほど。出向起業制度は、奥山さんご自身の失敗が原体験なのですね。しかし、奥山さんの体験談にもあった通り、エース級人材を出向させるのには、数々のリスクが伴います。大企業側にとって、出向起業を利用するメリットは何でしょうか。

奥山氏 : 大企業が出向起業を利用するメリットは、大まかに5点です。

①経営人材、幹部人材の育成

②新規事業創出の加速

③戦略的シナジーの創出

④採用シーン等におけるレピュテーションの向上

⑤新規事業コンテスト等社内プログラムのモチベーション向上

まず、①経営人材、幹部人材の育成ですが、出向した人材はスタートアップを立ち上げて、経営のすべてを切り盛りするため、経営人材や幹部人材として圧倒的な成長を遂げることができます。既存事業を100%子会社で運営する場合と異なり、今回の支援対象は、新規性のある市場を創出するスタートアップの起業を前提としているため、成功率は限定的であることを想定しています。出向起業を「実戦を通じた人材育成の場」だと考えれば、大企業側にも、十分にメリットがあるのではないでしょうか。


▲これまでに計9社を採択。大企業で活躍する社員たちが出向起業制度を活用している。

②新事業創出の加速は、スタートアップが成功した場合の大企業側のメリットです。具体的には、出向元の大企業が、出向者(起業家)と協議の上でスタートアップの優先買収交渉権をあらかじめ保有している場合には、スタートアップの事業価値が急増した場合に、追加資金提供等と引き換えに、スタートアップの関連会社等のスピンインを実現できる可能性があります。

つまり、出向起業は、成功するかどうかを大企業側で判断できない新規事業案を、まずは外部の資金で試してみて成功した場合にはスピンインを検討できるという、「大きなダウンサイドがない新規事業の作り方」として構成することもできます。

③戦略的シナジーの創出は、出向起業スタートアップでの飛び地的な新規事業の育成を通じて、既存事業ではアクセスしにくい顧客層を開拓することで、将来的にクロスセルを狙えるというメリットを想定しています。

④レピュテーションの向上は、出向起業を利用することで、新規事業創出に積極的なイメージを、社外に発信できるというメリットです。実際に、出向起業は、すでに複数の新聞記事・テレビ番組等で取り上げられています。最近では、学生の間でも起業への人気が高まっていますし、社内キャリアパスの一つとして出向起業を設けているという事実は、採用シーンなどにおけるアピールポイントになるはずです。

最後に、⑤社内新規事業プログラムのモチベーション向上ですが、これは多くの大企業が取り組んでいる、社内新規事業コンテストや社内ベンチャー公募制度等への参加意欲向上を想定しています。近頃、社内プログラムへの応募モチベーション低下に悩む大企業は少なくありません。

実際に、創設後1年目や2年目には多数の社員からの応募が集まっていたプログラムでも、出口が100%子会社化や既存事業部への吸収程度しか存在せず、入賞した事業案をなかなか事業化できないため、次第に社内からの応募数が減少しているという相談を、頻繁に受けております。そこで、出向起業を利用し、社内プログラムの出口として据えることで、新規事業創出への前向きな雰囲気を醸成し、社内プログラムへの参加意欲を高めることも可能になります。

出向起業により、イノベーティブな事業が生まれ始めている

――出向起業は2020年の1次公募で5社、2次公募で4社と、現在まで、9社が採択されています。成果を残している事業があれば、教えてください。

奥山氏 : それぞれの事業で一定の成果は上がっているのですが、強いて一つ挙げるとすれば、某日用品メーカーから出向起業した田中和貴氏の株式会社休日ハックです。

株式会社休日ハックが展開する「休日ハック!」は、ユーザーに「未知の体験」を提供するプラットフォームです。事前に具体的な内容を知らせず、日時・場所だけを指定してユーザーを誘導し、サプライズ的にパイロット体験や酵素風呂体験といったエンターテイメントコンテンツを提供することで、ユーザー自身では思いつかない体験を提供しています。

2020年10月にサービスをリリースした時点では、想定するユーザー数は500名程度で設定していたと聞いておりましたが、とあるユーザーの方がSNS上に投稿した体験漫画が話題になり、ユーザー数が急拡大しました。結果として、2020年末にはユーザー数は1万人を突破し、逆にオペレーションに苦心する程の盛況ぶりと聞いております。


▲「出向起業等創出支援事業」〜起業家紹介ページより

また、事業の成果はもちろんですが、休日ハック!の運営を通じて、田中氏が経営者然とした雰囲気を醸し出すようになった点も、大きな成果だと感じています。――大企業内の社員としては経験できない意思決定や裁量権を通じて、間違いなく経営人材として成長している様子が感じられます。そのほか、先ほど挙げた「新事業創出の加速」や「戦略的シナジーの創出」といったメリットも、今後の拡大の状況によっては十分に見込めますし、休日ハック!には非常に期待しています。

――実際に成果を残す事業者も出始めているわけですね。今後の公募の予定はあるのでしょうか。

奥山氏 : 今年度は、4月16日に1次公募を開始し、5月31日に締め切ります。2次公募は8月頃に実施予定です。ただし、出向起業補助金は、応募時点で既に法人登記を済ませ、出向契約等を締結していることが原則的な要件ですので、応募の前に所属企業で出向等の承諾を得ておく必要があります。ご所属の企業の幹部様方への制度のご説明等もお手伝いしていますので、応募をご検討されている方は、できるだけ早めに私にご相談ください。

――では、最後に、奥山さんが出向起業を通じて、どのような世界観を実現したいかお聞かせください。

奥山氏 : 米国では、起業に失敗しても大企業に戻れることがしばしばありますが、日本ではそうしたケースは少ないと感じています。大企業の社員が起業に踏み出しにくい理由は、ここにあります。

「大企業を辞めて、起業する」か「大企業に残って、悶々とする」。この二択が迫られる現状は変えるべきで、そのためにも出向起業という制度が必要だと考えています。そして、数年後には第三の選択肢として、出向起業が広く定着し、多くの大企業社員が、大企業内では発揮できていなかったポテンシャルを、スタートアップとして発揮していける社会を作っていきたいですね。



取材後記

「実は、昨年度、採択した企業は9社に留まりましたが、私のところに補助金申請の事前相談に来られた方は100名を超えていました。まだ、初年度の事業で、知名度が低い時期に、これだけの数の方が集まるのかと驚きました」――奥山氏は事前に想像していた以上に、出向起業が求められていることを知ったという。さらに、奥山氏は「ということは、出向起業は、知名度の低さを割り戻せば、日本全国でいえば少なくとも数千人に潜在的なニーズがあるはずです」と続け、さらなる認知度向上や事業の訴求に取り組んでいきたいと語った。

出向起業の立ち上げは、奥山氏の個人的な経験が発端となっている。裏を返せば、奥山氏が行動を起こさなければ、日本全国で悶々としている数千人の大企業社員のキャリアに、より一層、深い影が差していたことになる。たった一人の行動は、ときとして、数多の人々の未来を変える力を持つ。

起業には不安が伴う。出向起業についても同様だろう。しかし、行動を起こすことで、今は思い描くこともできないイノベーティブな事業を創り上げることができる。出向起業を検討している方には、ぜひ「行動」をお勧めしたい。

(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:齊木恵太)

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