(多分)日本一有名な企業を退職して、無計画に起業して、半年たった結果ww
こんにちは。
昨年の12月に、11年半勤めた吉本興業を退職しました。
そして、今年6月に起業をしました。それから半年間で感じたことを、noteにとどめておこうと思います。
辞めてしばらくは吉本興業のニュースが気になってしょうがなかったですし、1年たっても、吉本にいた頃のことはとてもリアルに思い出します。辞めた直後は、間違えて「よしもとの佐野です」と自己紹介してしまうこともありました(笑)。
やはり、業界最大の芸能事務所であり、テレビ・劇場を中心としたお笑いビジネスだけでなく、海外事業、地方創生、行政との取り組み、アートや映画、eスポーツと把握しきれないほどのビジネスを行えることは本当にすごいことだと思います。辞めた後だからこそそう強く思います。
一方で、吉本興業の社員という大きな看板を失った僕はなかなかうまくいきませんでした。
前回のblogでも書きましたが、創業してから3,4か月は1円も売上が立ちませんでした。
本当に苦しかったし、一人会社とはいえ、やはり会社の経営は僕には向いてないのかなと真剣に思いました。アルバイトをやろうかとも思ってました。
それでも、なんとか周りの人に支えられてきました。
僕は「営業」という仕事を、これまでまともにやってきていませんでした。だから、競合の多い動画制作というジャンルにおいて、箸にも棒にもかからなかったです。
少しよくなり始めたのは、障がい者の雇用促進を目的としたeスポーツ大会「ePARA 2019」のお手伝いを始めたころからです。僕は過去に、吉本の大阪本社で勤務時に、いくつかeスポーツイベントやゲーム実況イベントをやらせてもらったこともあります。
eスポーツのジャンルには可能性を感じていましたが、なかなか僕の実力不足で「見えない壁」とぶつかって苦しみました。なので、ずっとやり残した感覚はあり、今回11月24日に開催された「ePARA」に運営の一企業として参加できたのはとても感慨深かったです。
僕は、企業広報(営業活動)やSNS運用、キャスティングの一部をお手伝いしました。新しい団体でまだまだ人手不足だったのか、受け入れてくれた皆様には本当に感謝しています。
やはり仕事は人の縁だと思っています。
11月になんと6件の新規案件が決まりました(決まりそうも含む)。
「地道に」「必死に」営業活動を行ったわけではなく、すべて人の縁で決まっています。知人経由だったり、ビジネスマッチングサービスでお会いして気に入っていただいたりがほとんどです。
なかでも、今一番経済ニュースで取り上げられるA社様からお仕事の相談をいただいた時は本当に驚きましたし、中国のテック企業B社様のお手伝いもできそうです。そのほか、私の経歴や会社のビジョンなどに共感していただいた企業様と出会えたことは本当に感謝しています。
ほとんど実績がない僕にとって、吉本興業で得た経験や、日本一有名な会社に11年半勤務させていただいたことがとても大きいと思っています。
本当に、いつつぶれてもおかしくない状態から、来年は忙しくてまわらないのでは、という嬉しい悲鳴をあげている状況にまで来ました。
結論*人生なんとかなる!!人の縁を大事にする!!
もし、このnoteを見ていただいた方、ご興味を持っていただいた方、ぜひご連絡をお待ちしております。
佐野篤株式会社パンダビジョン
1977年、岡山県生まれ。2002年に早稲田大学政治経済学部卒業後、出版社の漫画編集者、医学誌やマネー誌、書籍の編集・ライティングを経て、2007年に吉本興業株式会社に入社。出版部門、広報・PR部門、新劇場部門、テレビ部門、デジタルコンテンツ部門などを経験。2018年12月に退職し、独立。
株式会社パンダビジョン
代表取締役