テックリーダーは「倫理」と「責任」を持つべきだ。北欧カンファレンス「TechBBQ2021」での教訓
2021年9月16日、17日に、デンマーク・コペンハーゲンでスタートアップイベント「TechBBQ2021」が開催された。 2020年は新型コロナによる影響でオンライン開催のみだったが、今回は現地とオンラインのハイブリッド開催となり、北欧を中心にスタートアップ、投資家、求職者、ジャーナリストなどが集結。会場は熱気に包まれた。
約1年前からヘルシンキと東京の2拠点生活を送り、北欧のイノベーション事情を取材している筆者も、日本のジャーナリストとして本イベントに参加。時間が許す限り、ネットワーキングやプログラムに参加した。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第8弾では、同イベントのレポート後編として、一部プログラムの内容とイベント全体を通して得た「発見」や「教訓」を伝えたい。
※前編「大盛況の北欧テックイベント「TechBBQ2021」に潜入!8社の注目スタートアップを一挙紹介」はこちらから。
規制解除で「日常」を取り戻したデンマーク
▲ヨーロッパを中心に数千人が集結。デンマークは「アフターコロナ」の世界だった(撮影:小林 香織)
「TechBBQ2021」が開催されたデンマークでは、ワクチン接種率が向上し、重大な病気や死亡の発生率が低いことから、「新型コロナウイルスは、もはや社会にとって重大な脅威ではない」と保険当局が宣言。9月10日に、国内のすべての規制が解除された。これはEU内でも初の動きであり、話題を集めた。
コペンハーゲンの街中では、電車内も、レストランも、誰もマスクをしていない。本イベントの会場内もイスが密集して配置され、「ソーシャルディスタンス」という言葉は、もはや過去のものといった感じ。同じEUでも、しっかりマスクを付ける習慣ができており、制限も残るフィンランドと比較すると、違いは一目瞭然だった。
▲セッションに聞き入る参加者(撮影:コーリング優香)
世界中のさまざまな国から訪れた参加者も、デンマーク内の慣習に従ってマスクを外し、互いの距離を気にせずにコミュニケーションを取る姿が印象的だった。筆者も、最初こそ躊躇(ちゅうちょ)していたものの、騒がしい環境下でマスクを付けたままだと会話が聞こえづらいため、終始マスクを外してイベントやレストラン等で行われた交流会に参加した。
対面、かつマスクを付けない交流のおかげで、多少言葉や文化の壁があっても、表情やしぐさで相手の人となりを理解できたように思う。長い間、抑圧されていた人々のエネルギーが爆発したような熱気も感じられた。
ネットワーキングを支えた「Brella」の存在感
対面での交流が許された「TechBBQ2021」では、会場や交流会での出会いの機会は豊富に用意されていた。そして、それを支えていたのが、イベントプラットフォームの「Brella」だった。
「Brella」は、2016年にフィンランドで創業したスタートアップで、イベントプラットフォーム「Brella」を提供している。筆者は、今回のイベントで初めて「Brella」を活用したのだが、あまりの使いやすさに感動した。スケジュール管理、ネットワーキングのためのリサーチ、ミーティング設定、チャットやビデオでの交流など、イベントを満喫するために必要な機能がまるっと集約されているのだ。
▲イベントプラットフォーム「Brella」のWeb画面
上記画像のとおり、まずは自分のプロフィールを設定するのが最初のステップ。自分が何者で、どんな人に出会いたいかというイベント参加目的を伝える。さらに、「Sustainability」(サステナビリティ)や「HealthTech」(ヘルステック)など、自身に関連性のあるタグを選ぶと、同じタグを選んだ人をAIが紹介してくれる仕組みだ。
スケジュール管理も秀逸。本イベントでは、13のステージやブースが用意されており、あらゆるパネルディスカッション、スピーチ、セッション、ワークショップが細かくスケジューリングされている。それらの参加に加え、ネットワーキングしたい相手とのミーティングを組み込むと、スケジュール管理が複雑になるが、その課題を「Brella」が見事に解決してくれた。
▲イベントプラットフォーム「Brella」のアプリ画面。イベント中はスマホで必要な情報を確認できる
参加したいプログラムをマーキングすると、自動で自分だけのスケジュール(My Schedule)が作られ、空いている時間帯にミーティングが設定できる。ミーティング日時が確定すると、自動でMy Scheduleに追加されるうえに、Googleカレンダーとの連携も可能。
ミーティングはすべて15分刻みで設定されていて、“より多くの人と交流すること”が重視されている。また、右の画像のように自動でテーブルナンバーが割り当てられるため、約束時間に該当テーブル(ブース)の前に行くだけで、数千人がいる会場でも相手とスムーズに出会える。ユーザーの課題に寄り添った「かゆいところに手が届く」ようなサービスだと感じた。
▲会場内に10個ほど設置されていたブースでは、にぎやかな会場の音を遮り、静かに話すことができた(撮影:小林 香織)
「リモートファースト」のチーム構築のコツ
「TechBBQ2021」では、「変化をもたらすエコシステムの構築方法」「仕事の未来」「破壊的な技術が未来に与える影響」「テクノロジーが人の経験に与える影響」の4つの枠組みで各プログラムが行われた。そのなかでも、現代を象徴する「リモートワーク」をテーマにしたパネルディスカッションの内容を抜粋して、紹介したい。
▲キャンプをイメージした「キャンプファイヤーステージ」で開催されたセッション(撮影:小林 香織)
参加者は、契約書管理プラットフォームを提供するデンマーク企業「Contractbook」のCTO・Jarek Owczarek氏(写真中央)、デンマークのVC「yFounders」で北欧の投資を統括するSara Rywe氏(写真左)、デザインを劇的に簡易化するAI搭載ソフトウェアを提供する「Uizard」のCEO・Tony Beltramelli氏の3名。「リモートファースト」を掲げて組織を構築している3名が、その経験から得た学びを語った。
2017年の創業時からリモートで組織運営をしている「Uizard」では、4人の創業者の出身国が異なっており、チームの約50%は拠点があるコペンハーゲンに住んでいない。オフィスに出社するのは25%ほどのメンバーだけで、それ以外は各々が選んだ場所で仕事をするそうだ。CEOのTony氏のコメントで印象的だったのは、「採用に注力する」「チームが重なり合う瞬間を多くつくる」の2点だった。
「リモートワークでチームを機能させるには、その環境に適したメンバーを集めることをお勧めします。メンバーと深い信頼関係を築くために特別な努力を惜しまず、オープンで積極的な姿勢を持つ人材がベストでしょう。弊社では、面接でコミュニケーションにまつわる多面的な質問をして、相手の素質を見極めています。
もう一つ心を配っているのは、メンバーが互いを理解するために一緒に時間を過ごすこと。普段はリモートで働いていますが、チームごとにイベントを企画して、お酒を飲みながら水入らずの話をする時間を設けています。そのため、現状はあまり距離が遠い国ではなく、対面で会える距離に住む人を採用しています」(Tony氏)
▲合理的な働き方が目立つ北欧だが、メンバーの交流は重要視するようだ(撮影:小林 香織)
同じくリモートファーストで働くJarek氏は、課題がある場合はコーチングを採用すると話した。
「弊社では、入社面接の際に『Slack』だけでコミュニケーションをする面接があり、極力リモートワークの文化にフィットする人を選びます。ただ、人には浮き沈みがあり、リモートでうまく働けるときもあれば、オフィスの活気を求めるときもある。だから、時にオフィスを有効活用するのは問題ありませんが、オフィスに常駐することは推奨しません。
というのも、オフィスでは絶えずコミュニケーションが生まれるなど、効率的でない場合も多いので。そのため、在宅勤務にうまく対処できない人がいた場合は、コーチングを活用して、現在の課題と将来的な課題を認識してもらうように努めています」(Jarek氏)
オバマ財団CEOが強調した「倫理的なリーダーシップ」
▲熱を込めて語るDavid Simas氏(撮影:小林 香織)
数あるプログラムのなかでも、完成度が高く、熱量が伝わってきたのが、オバマ財団のCEOを務めるDavid Simas氏のスピーチだった。2007年から政治の世界に身を置くDavid氏は、ポルトガル系移民の両親を持ち、自身の生い立ちを絡めたストーリー性のある話を展開、聴衆を惹きつけていた。
David氏は、元アメリカ合衆国大統領のオバマ氏との会話を紹介しながら、今日のテクノロジーの課題に触れた。オバマ氏は大統領職を離れる2ヵ月半前の2016年10月、David氏を執務室に呼んで、こう言ったそうだ。
「もし私たちが、テクノロジー、政治、信仰、非営利の世界において、革新的で倫理的な価値観を持つ100万人のヤングリーダーを見つけ出すことができたら、そしてその人たちをこれまでにない方法で結びつけることができたら、どんな良い変化が生まれるだろうか」
David氏は、「大統領職を辞めた後でも、あなたは何でもやりたいことができます」とオバマ氏の背中を押したという。そして、こう続けた。
「現在、私たちは人種差別や所得格差、気候変動といった課題を解決に導く技術的・政策的ソリューションを持っている。しかし、人々を対立させるのではなく、互いに引き合わせることを核としたリーダーシップは欠けています。
テクノロジーによって、世界の情報を指先ひとつで見られるようになり、いつでも、誰とでもコミュニケーションを取れるようになりましたが、その結果、私たちは慣れ親しんだものに目を向け、自身の偏見や信念を強化するようになってしまった。
そこで目にするのが、テクノロジーを使ったツールによって、人々が敵対している光景。私たちオバマ財団やオバマ大統領夫妻にとって、このような信頼の失墜は、現代を象徴する課題です」
▲スピーチのテーマは「倫理的なテック・リーダーシップが求められる時代」だ(撮影:小林 香織)
この現状を見据え、人種差別、所得格差、気候変動といった世界規模の課題を解決に導くためには何が必要か。David氏は、「倫理感を持つテックリーダーの存在だ」と主張する。
「ツールそれ自体には、倫理も道徳もありません。デザイン、使い方、人々の間での広まり方、そこに倫理や道徳を構築する必要がある。ツールを開発するテックリーダーには、その責任が求められます。
では、どのように倫理感・道徳感を磨くかというと、自分自身が持つ偏見や思い込みを理解すること、他者に対する包括性を養うことです。まずは、自分が知っていることは本当に真実であるか、物事に対して深く理解できているかを日々確認して、自身の偏見に向き合ってみてください。
他者を理解するためには、コミュニティとの関わりが必要不可欠です。グローバルリーダーには、人種、性別、国籍だけでなく、根本的に自分と意見が合わない人も包括する感覚が必要です。反対意見を持つ人を罵倒して黙らせる、あるいは避けるのではなく、お互いに別の関わり方ができることを示すんです。
製品をデザインする際のユーザーヒアリングでも、深い顧客ニーズを理解することが重要です。例えば、彼らが持ち合わせる最悪の性質がそのサービスを使うと仮定したら、どうなるか。ロシアの作家・アレクサンドル・ソルジェニーツィンは、『善と悪を分ける線は、国や階級、政治の中心ではなく、人間一人ひとりの心の中心を通っている』と言いました。人間の核心は気質的なものより、状況に左右されるものです」
▲25分間のスピーチで素晴らしい人間性を感じさせたDavid氏(撮影:小林 香織)
最後に、David氏は自身の生い立ちに触れて、強いメッセージで締めくくった。
「ポルトガル系移民の両親を持つ私が、アメリカ合衆国大統領の執務室に立っていたのは奇跡的なことであり、私は決して、自分が誰であるか、誰を代表してそこに立っていたかを忘れません。
私が子どもの頃、工場で働いていた当時23歳の母は、事故で何本もの指を失いました。英語を一言も話せなかった移民の母は、肉体労働しか選択肢がなかったのです。しかし、私が目の当たりにしたのは、家族、友人、隣人、聖職者、同僚が毎晩両親を訪れ、彼らを励ます姿でした。私が政治の世界に足を踏み入れたのは、私たちのような人間に手を差し伸べてくれた人がいたからです。
私がうったえる倫理とは、善か悪か、道徳的か非道徳的かという基本的な考えではありません。自分の言動が他人にとって有益かどうかを、一瞬一瞬で選択することなのです。そして、あなたが素晴らしいアイディアを持っていても、それが誰にとっても良いものではないと認める謙虚さを持ってください」
▲瞑想用の部屋として会場内に設置された和室(撮影:コーリング優香)
▲温まるイス用のシートを開発しているデンマークの「StaySeat」(撮影:コーリング優香)
▲ボスが不在のティール組織で話題のデンマーク企業「abzu」のCasper Wilstrup氏。メンバー全員が同じシャツを着て、目立っていた(撮影:コーリング優香)
▲久々の大規模交流とあり、人々は生き生きして見えた(撮影:小林 香織)
編集後記
実は、筆者はオバマ財団CEOのDavid氏と同じホテルに宿泊していたのだが、エレベーターでたまたまお会いした際の、David氏の紳士的な対応に驚いた。エレベーターが到着すると、スッと右手を前に伸ばして先に乗るように促し、降りる際も同様に手を伸ばしてエスコートしてくれた。普段、北欧でこのようなシーンに遭遇することは少なく、「なんてエレガントなのだろう」と惚れ惚れした。きっと、David氏はあの瞬間、相手(筆者)にとって有益だと思える行動を選んだのだと思う。倫理的なリーダーシップは、こういった小さな行動の積み重ねで身に付いていくのかもしれない。
(取材・文:小林香織)