大盛況の北欧テックイベント「TechBBQ2021」に潜入!8社の注目スタートアップを一挙紹介
2021年9月16日、17日に、デンマーク・コペンハーゲンでスタートアップイベント「TechBBQ2021」が開催された。 2020年は新型コロナによる影響でオンライン開催のみだったが、今回は現地とオンラインのハイブリッド開催となり、北欧を中心にスタートアップ、投資家、求職者、ジャーナリストなどが集結。会場は熱気に包まれていた。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第7弾では、同イベントの模様を前後編に分けてレポート。ーー約1年前からヘルシンキと東京の2拠点生活を送り、北欧のイノベーション事情を取材している筆者が、イベントで注目度が高かったユニークなスタートアップを紹介する。
煩雑な法務処理を自動化する「ComplyCloud」
イベントの目玉ともいえる「North Star Pitch Competition」で見事優勝を勝ち取ったのが、煩雑な法務処理をオンライン上で自動化するソフトウェアサービス「ComplyCloud」だ。2017年にデンマークで創業した同社は、GDPR(EU 一般データ保護規則)に乗っ取り法務処理を自動化、作業の効率化やコストダウンの実現をサポートする。
特定の質問に回答するだけでシステムが法的分析や評価を行い、契約書などのテキストを自動作成できるほか、いつでも法的な質問への回答が得られたり、新たなガイドラインが発行された際に内容を自動で更新したり、第三国へ移転する際の影響を評価したりできる。
▲高く評価された「ComplyCloud」の公式HPより
創業者のMartin Folke Vasehus氏は、IT専門の弁護士でもある。プランは全部で3つあり、GDPR関連の管理が可能な「Pro」が1,000クローネ(約17,000円)〜、GDPRとISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム<ISMS>に関する国際規格)の管理が可能な「Advanced」が2,000クローネ(約35,000円)〜、大規模な組織向けにカスタマイズされた「Enterprise」が5,000クローネ(86,000円)〜と導入しやすい価格帯で提供する。
3倍静かなコードレススマートミキサー「millo」
▲millo本体は299ユーロ(約38,500円)。フル充電で最大15杯のスムージーを作ることができるという
ハードウェア関連のスタートアップピッチで優勝したのは、2015年にリトアニアで創業したスタートアップ「millo」だ。同社のプロダクトは、シンプルで洗練されたデザインのコードレススマートミキサー「millo」で、特許を取得した磁気エンジンを使用。一般的なミキサーより3倍静かだという。ブルートゥースで本体に接続し、専用アプリをダウンロードすると、アプリからの操作もできる。また、アプリを通じて定期的に更新される機能を追加することも可能だ。
「Smoothie」「Pulse」「Silent mode」の3つのモードがあり、ブレンドのスピードをコントロールする機能も。スムージーをつくる際に重要となるブレンドパターンをアプリで記録できるのもスマート家電ならでは。別売りの土台を除くカップ一式(millo Smart Lid)を追加購入することもでき、これに個別のブレンドパターンを記憶させれば、土台に装着するだけでパーソナルなスムージーが完成する。
現状はオンライン販売がメインで、アメリカ、イギリス、ドイツ、スイスで売上が高いとのこと。コーヒーミル、ジューサー、離乳食用ミキサーなどの追加アクセサリーを開発中で、日本市場にも関心があり、製造、および販売パートナーを探しているそうだ。
特許取得済みの空気浄化システム「PurCity」
2017年にデンマークで創業した「PurCity」は、 「GapSパネル」と呼ばれる自社製品を使用して、新築・既存の建物内の空気を浄化する自浄式空気浄化システムを提供する。
▲「PurCity」のHPより。クリーンテックは日本でも需要が広がりそうだ
GapSパネルが炭素(CO2)を回収し、空気を浄化する効率的なシステムで、8㎡のGapSパネル1枚あたり、1棟につき15~20トンのCO2を回収することができ(691本の成木の炭素回収量に相当)、年間10~20%のエネルギー消費量の削減に貢献する。
このシステムには、顧客のニーズに応じた複数の異なるろ過層があり、バクテリア、新型コロナウイルス、その他の感染症など、特定の種類の汚染物質を除去できるという。現代の課題にマッチするシステムであり、住宅、オフィスビル、ホテル、病院、空港など、幅広い用途が考えられる。
同社は、戦略的パートナーにライセンスを付与してロイヤルティを得るほか、メインの制御ユニットや特定の材料を自社施設で製造する、ライセンスおよびコンサルティングのビジネスモデルの確立を検討しているそうだ。
驚きの格安旅行プランをAIが提案「Tryp」
旅行好きの筆者が心を奪われたのが、2019年にデンマークで誕生したばかりのトラベルテックスタートアップ「Tryp」だ。使い方はシンプルで、Web上で出発地、旅行したいエリアや都市、人数、日程を選ぶだけ。すると、わずか数十秒で最適&格安の旅行プラン(飛行機のルートとホテル)が複数提示されるのだ。
▲リーズナブル、かつ手間なく海外旅行をしたい人に最適なサービスだ
驚くのはその安さ。例えば、写真内の18日間のプランは、東京→リスボン(ポルトガル)→マドリード(スペイン)→サラゴサ(スペイン)→ローマ(イタリア)→東京のルートで、1人あたり約128,000円(2人で旅行した場合の飛行機代のみ)。ホテルの価格は別途となるが、評価が高くリーズナブルなホテルが自動でセレクトされ、こちらも非常にコストが抑えられる。参考までに、東京→イタリア→スペイン→東京(11日間)の2人旅行の場合、1人あたり約15万円の魅力的なプランが提示された。
提示される都市も観光地としての評価が高く、人々が訪れたいと思うような都市ばかり。検索の際、目的地の都市は1つしか選べず、検索条件は限られているものの、航空券とホテルをスマートに組み合わせ、思いがけない場所をもっとも低コストで訪れることができる。
▲「日本のメディアで紹介したい」と伝えたところ、快くミーティングを受けてくれたCEOのAndré氏(写真左)
旅を愛する6人のエンジニアが生み出したTrypは、上海で開催されたスタートアップコンテスト「internet +」で優勝したことをキッカケに事業を本格化。技術の基盤となるのはAIで、何百万ものオプションが独自のアルゴリズムによって評価され、最適な組み合わせを選び出しているそうだ。
彼らはブッキング・ドットコム、Travelport、KIWIと提携しており、Trypを通じてパートナー側が得た注文の一部として、パートナーから利益を得るビジネスモデルだ。現在、サイトアクセスは10万を超え、世界110ヵ国以上から数千人のユーザーが利用しているとのこと。言語は英語のみだが、日本円での検索もでき、CEOのAndré Rangel de Sousa氏は、「多くの日本人、特に若い人たちに、ヨーロッパに簡単に旅行できる体験を提供したい」と語った。
肉体労働による筋肉の痛みを可視化「PRECURE」
ヘルステック関連のスタートアップが目立つデンマーク。会場内で見つけたのが、身体活動による筋肉疲労や痛みを測定・分析し、アプリ上で可視化する「PRECURE」だ。理学療法士のSøren Würtz氏のほか、3名の創業者により2016年にデンマークで創業された。
▲ユーザーは専用のひじ用サポーターやベストを装着する
同社が開発したスマートウェアラブルテクノロジー・MLI®は、肉体労働を伴う建設業、解体業、引越し業者、運送業、ハウスクリーニング業などの企業に提供されており、従業員が体調不良やケガのリスクを減らし、より健康的な労働環境を提供するのに役立つという。
ユーザーが専用のひじ用サポーターやベストを着用して作業を実施すると、筋肉にかかった負荷を測定・分析してアプリと専用ダッシュボードに表示される。管理者は、そのデータを参考に従業員の負荷をコントロールできるそうだ。
ビジネスモデルは、「オールインクルーシブ」のサブスクリプションで、現状はBtoBビジネス限定となる。
患者の状態を遠隔監視するIoTデバイス「Kipuwex」
「TechBBQ」のマッチメイキングプラットフォームを介して興味を持ったのが、患者のさまざまなバイタルサインを遠隔で監視できるloTデバイスを開発した「Kipuwex」だった。
▲国際特許とISO13485認証を取得し、信頼性の高い「Kipuwex」
小型のデバイスを患者の胸に取り付けるだけで、「体温」「心電図」「心拍数」「痛み」など12の症状が専用アプリ、またはウェブに表示され、医者が遠隔で患者を監視できるのだ。同社のHPでは、新型コロナ患者のリモート監視にも活用できると言及されており、医師が感染するリスクを低減しながら、患者の異変に迅速に気づけるのは大きなメリットではないかと感じた。
フィンランドのオウル大学と共同で2017年に開発された「Kipuwex」は、PCT(国際特許)とISO13485認証(医療機器産業に特化した品質マネジメントシステムに関する国際規格)を取得しており、グローバル展開への意気込みを見せている。
認知症をデジタル診断するアプリ「Geras Solutions」
▲Geras Solutions社が開発した認知症診断アプリ「Minnesmottagningen」のアップルストアページより
ライフサイエンスのスタートアップが競う「Life Science Battle of the Nordics」で優勝し、注目を浴びたのが、2015年にスウェーデンで創業したヘルステックスタートアップ「Geras Solutions」。同社が開発し、カロリンスカ大学病院で臨床試験が行われたアプリ「Minnesmottagningen」は、最新の研究に基づいた応答性、短期記憶、言語能力等のテストにより、ユーザーの記憶力を医学的に評価する。45~60分の調査により、アルツハイマー病などの初期の認知症に加え、疲労症候群やうつ病など、脳の機能に影響を与える病気をデジタル診断できるという。
簡単な初期診断は無料で提供されるが、その結果を専門家が分析し、文書による説明や適切なケアを受けるためのアドバイスを得るには、389SEK(約5,000円)の料金がかかるそうだ。病気を特定するには、病院やクリニックでの追加検査が必要となる。
自宅で心臓を測定する心電図モニター「MedBeat Sweden」
▲「MedBeat Sweden」は子どもでも使用できる自宅用の心電図モニターを開発。同社のHPより
同上のライフサイエンスのピッチで「Geras Solutions」に次いで評価された「MedBeat Sweden」は、自宅で心臓の健康状態を手軽に測定できる心電図モニターを提供する。創業者は医者の経歴を持つErik Rask氏で、2018年にスウェーデンで創業された。
通常、病院で使用される心電図モニターは、胸付近に電極を装着してモニターに心電図が映し出されるのが一般的だが、同社のソリューションでは、小さめの三角形のデバイスを胸に装着して、不整脈や心拍の乱れなど心臓からの信号を絶えず測定できるという。
同社のビジネスモデルはBtoBで、病院等の医療機関に心電図モニターを販売し、医者が患者に処方する形でユーザーに提供される。測定したデータは医者に転送され、医者からのフィードバックを得られるそうだ。絶えず測定できることに加え、AIが個別の心臓の機能を学習することで、測定値が著しく通常と異なる場合に素早く気づくことができ、結果的に心臓突然死や脳卒中の予防に役立つという。
盛り上がりを見せる北欧イノベーションに期待!
近年、スタートアップエコシステムがうまく機能し、成長可能性の高いスタートアップが多く生まれている北欧。過去数年の「TechBBQ」の歴史を知る関係者に聞いた話では、「クリーンテックが増えている印象」とのことだった。日本でも、大企業を中心に「持続可能なビジネスモデル」にシフトする動きが加速しており、この分野は特に盛り上がりそうだ。
12月1日・2日にヘルシンキで開催される世界最大級のスタートアップイベント「Slush」にも熱視線が注がれており、2日間参加できる「ATTENDEE」のチケットはすでにソールドアウトになっている。引き続き北欧のイノベーションに注目し、日本市場と親和性の高い情報を届けたい。
編集後記
筆者にとって、「TechBBQ」は初めて参加した国際的なスタートアップイベントだった。新型コロナの影響に関する懸念は残りつつも、会場にあふれる参加者の熱気がなつかしく、信頼を構築するには対面に勝る手段はないと感じた。また、偶然の出会いがそこかしこに転がっているのもオンサイトならでは。引き続き、国際的なスタートアップを追っていきたい。
※本記事の<後編>は、こちらからご覧ください。
(取材・文:小林香織)