仙台市を舞台に「ニューノーマルの最速実装」を目指す4つの共創プロジェクトの“その後”を公開!――「SENDAI X-TECH BUSINESS BUILD DEMODAY」
さまざまな産業×最先端テクノロジーによって、次々とイノベーションが生まれる都市を目指し、仙台市が取り組む「SENDAI X-TECH Innovation Project」。その一環として仙台市は、事業アイデアを社会に実装する共創プログラム「SENDAI X-TECH BUSINESS BUILD(ビジネスビルド)」を開催している。
今年度で3回目のプログラム型での開催となるが、今期のプログラムでは、コロナ禍で多大な影響を受けたエンターテインメント、スポーツ、飲食業界にフォーカスし、ニューノーマル時代の新たなビジネス創出に挑戦。「アフターコロナ最速実装都市」を掲げ、スピード感のある社会実装を目指している。
プログラム自体には、テクノロジーの実装先として、仙台を代表する3社(楽天野球団/ベガルタ仙台/ハミングバード・インターナショナル)が参画。この3社が抱える課題に対し、テクノロジーを有する企業がソリューションを提案する形だ。また、サポーター企業(藤崎百貨店/仙台うみの杜水族館/NTT東日本/セルバ事業所・泉中央駅前地区活性化協議会)もバックアップする。
1月15日・16日の2日間、ビジネスアイデアをブラッシュアップするオンラインイベント「BUSINESS BUILD DAYS」が開催され、全国から9社が参加。そのうち5社を採択し、4社が本格的なインキュベーションへと進むことになった。オンラインイベントから約2ヶ月を経て、現在の進捗はどうなっているのか――TOMORUBA編集部はオンラインデモデイを取材し、以下4つの共創プロジェクトの“その後”を追った。
(1)ニューノーマル時代の「エンターテインメント」(楽天野球団 × GATARI)
(2)ニューノーマル時代の「エンターテインメント」(楽天野球団 × toraru)
(3)ニューノーマル時代の「スポーツ」 (ベガルタ仙台 × スピードリンクジャパン)
(4)ニューノーマル時代の「飲食店」 (ハミングバード・インターナショナル × ミヤックス)
※関連記事:新時代のエンタメ・スポーツ・飲食における共創アイデアとは?仙台を舞台に実証実験に進む5社を採択!「SENDAI X-TECH BUSINESS BUILD」レポート
「声でつながるスタジアム!」― 楽天野球団 × GATARI
最初に紹介するのは、株式会社楽天野球団と株式会社GATARI(ガタリ)の共創プロジェクトだ。共創プロジェクトの発表に先立ち、楽天野球団の一ノ瀬氏と仙台市の加藤氏から、採択理由や本プロジェクトにかける期待について聞いた。
楽天野球団が、仙台市主催の共創プログラムに参加するのは、今年度で3回目となる。一ノ瀬氏は、今回はニューノーマルがプログラムの大きなテーマに据えられていることから、「オンラインで楽しめるコンテンツ」の可能性を探ったと話す。GATARIのソリューションは、自社でチャレンジできなかった分野であり、将来的にオンラインへと広げられる可能性があることから採択。GATARIのソリューションを用いて、スタジアム来場者に「新しい体験」を提供する準備を進めているという。
▲株式会社楽天野球団 プロモーション部 部長 一ノ瀬玲奈氏
仙台市の加藤氏は、GATARIの「リアルとバーチャルが混ざりあうスタジアム体験」という提案が、ニューノーマルという今年度のプログラムコンセプトにマッチしているとコメント。場所・言葉を選ばず日本中・世界中で、楽天イーグルスという仙台ならではのコンテンツが楽しめるようになる可能性を秘めており、都市ブランディングの観点でも有意義だと述べた。また、技術的な観点では、5GやARなどといった「先端テクノロジー」と、プロ野球という「身近なコンテンツ」を掛け合わせる(クロステックする)ことで、少し先にある未来が一気に現実味を帯びるのではないかと期待を込めた。
▲仙台市 経済局産業振興課 主事/東北大学情報知能システム(IIS)研究センター 特任助教 加藤廣康氏
●共創プロジェクト「声でつながるスタジアム!」
発表者:株式会社GATARI 代表 竹下俊一氏
GATARIは、デジタルとリアルの融け合うMixed Reality(MR)社会の実現を目指すスタートアップだ。デジタルな情報をリアルな空間に、配置・保存しておける技術を持つ。同社はこの技術を用いて、次の3つのステップでリアルとバーチャルが融け合う体験の実現を目指す。
現在、1stステップであるオフライン(リアル)体験のリッチ化に向けて、準備を進めているという。具体的には、全国の楽天イーグルスファンから応援ボイス(音声)を集める。選手からもメッセージなどの様々な音声を集め、スタジアムの中に配置する。スタジアム来場者は、現地でそれらの音声を聞くことができるという。これを常設ではなくイベントとして実施し、来場者にプレミアムな体験を提供する。
企画の背景には、コロナの影響で大きな声を出して応援できず、スタジアムの盛り上がりが抑制されている課題がある。一方で、GATARI・竹下氏は、実際に仙台へと足を運び、タクシー運転手やスタジアム周辺の清掃に取り組むボランティアの人たちに触れ、「球団と地元との強いつながりを感じた」と話す。こうした経験から、より地元とのつながりを意識した、今回の企画に着地したという。今後は、1stステップにおいて事業収益を得ながら、2ndステップの「オンライン体験」や、3rdステップの「オンラインとオフラインが相互に交流できる体験」へとつなげていきたい考えだ。
仙台市の街へと広げられる可能性について、竹下氏は次のように説明する。「スタジアムだけではなく観光地や美術館など、スポットスポットで連携をして空間の付加価値を高め、それを周遊するようなコンテンツへと仕上げていくことは近い未来だと思っている。さらに、仙台の被災地も見学したが、例えば震災の歴史や記憶をデジタル空間に残しておき、見たい時にだけ見るといったこともできる。そのような取り組みに発展させられると、よりインフラとして価値のあるものになる」と語った。
「プレミアム打撃練習見学会」―楽天野球団 × toraru
続いて紹介するのは、株式会社楽天野球団と株式会社toraru(トラル)の共創プロジェクトだ。
楽天野球団・一ノ瀬氏は、toraruの開発する遠隔代行サービス「GENCHI(ゲンチ)」について、今までになかったサービスなので、ニューノーマル時代において、楽天野球団でも活用できるのではないかと考え、期待を寄せて今回採択したとコメント。まだ解決できていない課題はあるものの、有料会員向けの限定イベントで、「GENCHI」を使った特別な体験を提供できないか、検討を進めている最中だという。
仙台市の照井氏は、「GENCHI」の遠隔で人と人をつなぐというソリューションが、まさしくニューノーマルだと評価。新たなスタジアム体験や、スタジアム外での新しいエンターテインメントの形を、両社で構築してほしいと伝えた。加えて将来的には、スタジアムに行きたくても行けない人へのサービスへと、発展していくことを期待しているとコメントした。
▲仙台市 経済局産業振興課 照井貴宏氏
●共創プロジェクト「プレミアム打撃練習見学会」
発表者:株式会社toraru 代表 西口潤氏
toraruが開発する「GENCHI」は、「現地に行きたくても行けない人」と「現地の人」をつなぎ、現地の人に自分の分身のように動いてもらうサービスだ。これを用いて、楽天イーグルスの有料会員を対象とした、スタジアム内でのプレミアム打撃練習見学会を企画しているという。
有料会員向け打撃練習見学会は、すでに定期的なイベントとして実施されているが、現状だとスタジアムのスタンドから選手の練習風景を見学するというものだ。そこに今回、新たに2つの仕掛けを加える。1つ目は、見学会参加者に別室へと移動してもらい、別室で液晶テレビとパソコンを通して、打撃練習の様子をよりリアルに感じてもらうもの。
2つ目は、遠隔で選手とハイタッチをしてもらうものだ。コロナ禍で接触ができない課題に対し、接触の疑似体験を提供することで、新たな交流の在り方を模索する。まずは、スタジアム内での遠隔体験から始めるが、将来的には、現地(スタジアム)に行かずに、家からでも現地の体験ができるサービスに仕上げたい考えだ。
仙台市の街へと発展させる可能性に関して、西口氏は「GENCHI」を通じてオンラインで現地を体験した人は、実際に足を運びたくなることが、過去のテストからも分かっていると説明。このことから、仙台市への集客効果を狙うことができると話す。最後に、「将来的には、仙台市に人を呼ぶことに取り組んでいきたい」と熱意を込めた。
「スポーツ観戦を通じた地域活性化」―ベガルタ仙台 × スピードリンクジャパン
3つ目は、株式会社ベガルタ仙台と、株式会社スピードリンクジャパンの共創プロジェクトだ。
ベガルタ仙台・磯田氏はコロナ禍がもたらした課題として、「スタジアム来場機会の減少」をあげる。コロナ前は、試合日以外にも選手やOB、マスコットキャラクターと直接触れ合えるイベントを多数開催してきた。
しかし現在、すべて中止に追い込まれているという。こうした中、テクノロジーを使ってサポーターと「新たな接点」を生み出したいとの考えから、今回の共創プログラムに初参加。音声とチャットの双方向でサポーターとつながることのできる「GayaR(ガヤール)」に興味を持ち、スピードリンクジャパンの採択に至ったと話す。
▲株式会社ベガルタ仙台 運営・事業本部 事業・営業部 営業課長 磯田敦氏
仙台市の照井氏は「GayaR」について、声が出せない状況の続くスタジアムにおいて、新しい観戦スタイルを創出できる可能性があるとコメント。サポーターに新たな観戦スタイルを提供することで、エンゲージメントを高め、ファンを1人でも多くスタジアムに呼び戻してほしいと伝えた。また本取り組みが、ベガルタ仙台のホームスタジアムがある泉中央地区の活性化、さらには仙台市全体へと波及することを期待していると述べた。
●共創プロジェクト「スポーツ観戦を通じた地域活性化」
発表者:株式会社スピードリンクジャパン 服部大樹氏
スピードリンクジャパンが展開する音声アプリ「GayaR」は、配信者が音声で試合の解説などを配信し、視聴者がチャット欄を通じてコメントを投稿できる「双方向性」が最大の特徴だ。使い方としては、たとえば試合前に選手の意気込みを配信したり、試合中にルールの解説を配信したり、試合後に選手の感想を配信したりすることができる。
今回は、スタジアム周辺地域の活性化にフォーカスし、「試合後」にGayaRを聴いてもらう企画をまとめあげた。具体的には、ベガルタ仙台のアンバサダーを務める元選手らが配信者となり、試合終了後に「オンライン反省会」をGayaR上で開催する。それを、試合を見終えたサポーターたちに、スタジアム周辺の商業施設で聴いてもらうことを狙う。サポーターは「声」ではなく「チャット」を通じて配信者(元選手)とコミュニケーションをとるため、コロナの感染リスクを抑えることができる。また、SELVAをはじめとした周辺商業施設の活性化にもつなげられる。
服部氏は、来シーズンには周辺商業施設との連携数を増やし、GayaRを通じて地域活性化を実現していきたいと意気込みを語った。
ベガルタ仙台・磯田氏は、「GayaR」を使うメリットについて、「映像でのライブ配信は作り込みに時間がかかるが、音声でのライブ配信は手軽にできる。主催者側から見ると、手軽さもポイントだ」とつけ加え、企画の具現化に向けて注力していく考えを示した。仙台市の照井氏は、仙台市で本取り組みを成功させ、これをモデルケースとして他地域へも広げてほしいと伝えた。
「また行きたい!活気溢れる街・仙台へ」―ハミングバード・インターナショナル × ミヤックス
最後に、株式会社ハミングバード・インターナショナルと、株式会社ミヤックスの共創プロジェクトを紹介する。
ハミングバード・インターナショナルの青木氏は、飲食業が労働集約型ビジネスであることから、年々働き手が減少している中で、「生産性の向上」が取り組むべき大きな課題だと話す。この課題は、コロナ禍でより顕著になったという。生産性向上のためには、力を注ぐべきポイントを明確化する必要があるが、これまで手をつけることができなかった。
今回はミヤックスとともに、ITやテクノロジーを活用し、この課題に挑む。具体的には、POSデータや新たに取得するデータの分析・活用を行い、施策の立案や従業員の配置の見直しにつなげる。これにより、生産性向上につなげたい考えだ。
▲株式会社ハミングバード・インターナショナル 代表取締役 青木聡志氏
仙台市の加藤氏は、仙台市は政令指定都市の中でも、特にサービス業の占める割合が高いことを共有。このことから、飲食店へのニューノーマルの実装は、仙台市としても取り組むべき大きなテーマだと話す。今回の共創によって、様々な業態の飲食店を展開する同社においてのニューノーマルを示すことができれば、地域の幅広い飲食店にとってもロールモデルになるはずだとし、このプロジェクトを起点に、仙台からニューノーマルの新たなムーブメントを創出したいと語った。
●共創プロジェクト「また行きたい!活気溢れる街・仙台へ」
発表者:株式会社 ミヤックス 取締役COO 高橋蔵人氏
ミヤックスは、「ソフトと人材」の両面から飲食店の経営支援策を提案。現状ハミングバード・インターナショナルでは、POSレジからデータの取得は行っているが、データの分析や施策化には着手できていないことから、その部分をミヤックスが支援するという。
具体的には、株式会社EBILABの提供する「TOUCH POINT BI」を用いて、POSデータ分析とAIによる来店予測を行う。「TOUCH POINT BI」は、様々な機能を有しているが、たとえば天候・気温・曜日などから来店数を予測したり、「Aを買う人はBも一緒に買う傾向がある」といった併売分析を行える。第一弾として、1店舗のPOSデータを「TOUCH POINT BI」に取り込み、現状分析を進めているという。
また、「EBILABアンケート」を用いて、来店客の声の分析も行う予定だ。複数店舗でアンケートを取得し、比較分析をしながらマーケットニーズをとらえる。分析においては、東北大学でデータ分析を専攻する学生も加わる。これにより、飲食業界の課題解決を行うとともに、IT人材の育成や若手の地元定着につなげたい考えだ。
今後のビジョンとして高橋氏は、本取り組みが地方にある飲食店のDXを進めるうえで、起爆剤となればいいとの考えを述べた。また、地方には共通の基盤があってもいいのではないかとの見方も示した。仙台市・加藤氏は、「AIを用いて需要予測を行うことで、廃棄ロス削減や人材の最適配置を実現できる。ミクロの観点で店舗経営の効率化という効果もあるが、マクロの観点ではSDGsへの貢献という側面もあり、今回の取り組みは社会的意義がある」と述べ、仙台市としても、引き続き支援していきたいと語った。
取材後記
ニューノーマル時代のビジネスを生み出す目的で進めてきた「SENDAI X-TECH BUSINESS BUILD」。今期のプログラムは終了するが、各共創プロジェクトはこれからが本番だとも言える。プログラムを通して芽生えたアイデアが、どのようにスタジアムや飲食店へと実装され、新しい生活様式に溶け込んでいくのか。本取り組みに、引き続き注目していきたい。
※4月13日公開の後編では、パートナー企業3社(楽天野球団/ベガルタ仙台/ハミングバード・インターナショナル)と仙台市の各担当者による、プログラム全体の振り返りをお届けする。
(編集:眞田幸剛、取材・文:林和歌子)