「青汁だけの会社でいいのか?」 創業55年のキューサイが挑む、事業進化の裏側に迫る
ブランドを定着させることは難しく、成功している企業はそう多くない。しかし定着すれば安泰かというと、今の時代はそうもいっていられない。過去に成功した強固なブランドイメージが、変化やイノベーションを阻む要因になったりもする。――福岡に本社を構えるキューサイも、そこに課題を感じていた。
90年代、「まず~い、もう一杯!」というインパクトあるCMで、青汁の市場は一気に拡大。しかし時代が変わり、商品構成や事業なども変わる中、ビジネスの実態とイメージに大きな乖離が生じていた。さらに、顧客の高齢化も進んでいる。
そこで、2017年に社長に就任した神戸氏は、リブランディングに着手することを決意。2019年10月には、ロゴ・コーポレートスローガンを「生きるを、しなやかに。」に刷新。既存事業の進化、新事業の創造を発表した。
キューサイのリブランディングは、どのように進んだのか。社員に対して変化の必要性をどう説いていったのか。そして今後の事業、外部共創の可能性は――。神戸氏にじっくり話を伺った。
■キューサイ株式会社 代表取締役社長 神戸聡氏
1992年4月広告会社入社。2002年8月化粧品会社入社後、マーケティングや経営企画などを経て、取締役販売推進部長兼マーケティング統括室長兼営業部担当役員に。2015年11月にキューサイへ入社し、2017年2月より現職。
事業の実態と、世の中のイメージとのギャップが課題だった
――神戸社長は広告会社や化粧品会社を経て、2015年にキューサイに入社されたと伺っています。その時に感じたキューサイの強み、そして課題について聞かせてください。
神戸氏 : ものづくりに対する真摯な姿勢は、入社前から感じていました。青汁の主原料であるケールは島根の自社グループ農場で農薬・化学肥料不使用で栽培し、畑のそばにある自社グループ工場で青汁を製造しています。そしてこれは入社後に知ったことなのですが、ケールを絞った後の残渣を近隣の酪農家さんに牛の飼料として提供し、それを食べた牛の糞を堆肥としてケールを栽培する、循環型農業を世に先駆けて行っているのです。
さらに、ケールには高い抗酸化力や、免疫力向上につながるナチュラルキラー細胞の活性化が期待できるのですが、このケールが持つパワーを、当社では徹底的に研究し、科学的な裏付けを取っています。
このような魅力、強みが多くあるにもかかわらず、世の中にはあまり知られていない、伝えきれていないことが課題でした。また、当社ではコラーゲン食品や、「コラリッチ」というスキンケア製品も製造・販売しています。しかし青汁と比較すると、これらの製品はキューサイの商品としての特徴や強みを打ち出せていないと感じていました。
――消費者の立場からすると、やはり「青汁」のインパクトが強く、農場・工場・研究機関も備え、環境に配慮した農業を行い、さらには健康食品や化粧品にも強みを持っていらっしゃることは、あまり世に知られていないと感じます。さらに、顧客が高齢化しているという印象も受けます。そうした問題から脱却するために、今回リブランディングに踏み切ったということでしょうか。
神戸氏 : そうですね。市場調査を行ってみると、「古くさい会社」「青汁だけの会社」というイメージが強いという結果が出ました。本当はしっかりと研究をし、科学的なエビデンスをもとにものづくりに取り組んでいますが、その実態が伝わっていない。
事業の実態と、世の中のイメージに大きな乖離があったのです。そこで、実態とブランドイメージとを合致させるために、2018年の11月頃からリブランディングに取りかかりました。
▲2019年10月に発表された新ロゴとコーポレートスローガン。
社員の多様性を活かしたリブランディングプロジェクト
――リブランディングは、どのように進めていったのでしょうか。
神戸氏 : 社員主導のプロジェクトを立ち上げました。リブランディングにあたり、私が主導してトップダウンで進める方法もあったと思います。しかし当時私は入社して4年目で、社長に就任して2年目でした。
先ほどお話ししたように、一つひとつの原料や商品に対してしっかりと研究を重ね、効果があるものを作る。それが、当社に脈々と流れる商品作りへのポリシーです。その根底には、人間の持っている可能性やパワーを信じるという、キューサイならではの文化があると思っています。こうした社員の中に培われているキューサイならではの良さ、言語化できていなくとも社員が実感しているキューサイの魅力を集め、ボトムアップで進めていくことが有効だと思いました。
そこで全社から挙手制でプロジェクトメンバーを募り、新卒社員から社歴の長いベテランまで多様な12名を選抜したのです。そして半年ほどを掛けて、キューサイが持つ「今までの価値」と、これからキューサイが世の中に提供していくべき「未来の価値」について議論を重ね、新たなキューサイ像を形作るプロジェクトを進めていきました。
――これまでのブランドを変えていくことに、前向きな想いを抱く方々ばかりではないかと思います。社員の方々から反対の声、後ろ向きの声は聞こえてきましたか?
神戸氏 : 実は、そういう声はあまり聞こえてきませんでした。私自身、2015年にキューサイに入社してから、時代に合わせた変化の必要性を折に触れて言い続けてきました。同じように「このままではいけない」「変わらなければ」という危機感は、多くの社員が抱いていたと思います。
しかし必要だと思ってはいるものの、なかなか行動が伴わないということが問題でした。また、リブランディングを「ただロゴを変えるだけ」と捉えている社員もいて、意図を伝える難しさも感じました。
――様々な部署から多様な人材が集ったということですが、プロジェクトをファシリテートしたのは経営企画部でしょうか。
神戸氏 : 広報です。なぜ経営企画ではなく広報なのかというと、ブランドイメージは、外部に発信していくものだからです。ただし、主役はあくまで社員です。広報はサポートという役割で、プロジェクトの進行を支援してきました。
――リブランディングは初めてという社員の方々ばかりでしょうから、困難もあったかと思います。プロジェクト推進にあたり、どのような壁がありましたか?
神戸氏 : 社員主体の議論を進めていってもらうために、私は毎回ミーティングに入ることは避けていました。しかし、プロジェクト発足から3カ月ほど経ち、ミーティングに出席したところ、「今までの価値」についての議論は十分進められていたのですが、「未来の価値」の創造が不十分だと感じました。
過去の良かったことばかりを「昔は良かったね」と話していているだけでは、何も変わりません。そこで、未来の価値の具現化についてもっと議論がすすむように軌道修正を行いました。
これが奏功したのかは分かりませんが、その後は未来の価値についても言語化されたり、ポストイットを使ってマッピング化したりして、右脳と左脳の両方を使った未来のキューサイ像が形作られていったと思います。
――社員主導のプロジェクトにしたことで、何か気付きや驚きはありましたか?
神戸氏 : 多様性を重視したメンバー構成で、ボトムアップで進めたからこそ、キューサイという会社の器が広がったと感じました。もちろん私が想定できたアイデアもありましたが、販路や顧客コミュニケーションのアイデアなど、特に若手社員が出したアイデアの中には、私が想定できない斬新なものが目立ちました。もしトップダウンで進めていたら、その結果は私という人間の器の範囲に収まるものになっていたと思います。
世の中から必要とされ続ける会社であるために必要なのは、しなやかさ。
――新スローガン「生きるを、しなやかに。」が決まったのは、いつ頃だったのですか。
神戸氏 : 2019年初夏の頃です。2018年の末にプロジェクトが発足し、月に1回のワークショップで社員が議論を進め、途中で経営陣とのすり合わせも行い、最終的にはデザイン会社に形にしてもらい、ロゴとスローガンを選定しました。
――スローガンにはどのような想いが込められているのでしょうか。
神戸氏 : 2017年2月に社長に就任し、4月に所信表明を行った時に、「今は混沌とした時代で、予測できない変化が起こる。だからこそ、変化に対応する知性や能力を備えることが大切だ」という話をしました。先が読めない中で、キューサイが生き残り、社会に必要とされ続けるためには、何が必要かということを考えました。
激動の時代を生き抜くには、鉄柱のような強靭さを持つことも1つの方法でしょう。しかし私たちに必要なのは、変化に反発して生き残ることではなく、竹のようにしなやかに対応していくことです。
――リブランディング後、社内の反応はいかがでしょうか。
神戸氏 : 「これまで神戸さんが話していたこと、ようやく腹落ちしました」という声があります。私がよく社員に問いかけていたのは、「キューサイは、青汁と健康食品だけの会社でいいのか」ということ。「人だけではなく地球の健康寿命を延ばし、次世代につないでいかないといけない」という大きなビジョンを語っていました。
しかし私の伝え方が良くなかったのか、「キューサイは環境企業になるのか?」と極端に受け止める社員もいたのです。それがリブランディングによって、ようやく伝わったのかなと思います。
――リブランディングは多くのメディアで取り上げられていますが、社外からはどのようなフィードバックがありましたか。
神戸氏 : 青汁事業をケール事業に変更し、商品名も「青汁」から「ザ・ケール」にリニューアルしたことについては、「思い切ったことをしたね」と言っていただけますね。「青汁」という世に知れ渡った名を、あえてケールに変えていく大胆さは評価していただけていると思います。
しかしまだ今は、やっとスタートを切れただけという感覚です。商品が切り替わるのは2020年の1月ですから(※本取材は2019年11月に実施)。「考えは言葉となり、言葉は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となり、人格は運命となる」という格言がありますが、現段階のキューサイはまだ「行動」を変えただけです。習慣を変え、中身を伴わせて、進化をしていかなければなりません。これからが本番です。
▲2019年10月には、新スキンケアブランド「Skinkalede(スキンケールド)」を立ち上げている。
社員の当事者意識を刺激するために、トップが行っていることとは。
――折に触れて社員に「変化の重要性」や「変化に対応する能力の大切さ」を伝えてこられたということですが、社員との接点に何か工夫をされているのでしょうか?
神戸氏 : 社長室の扉を開放し、何か相談などあればいつでも来てくださいというオープン・ザ・ドアの精神は、社員に伝え続けています。ただ、社員からはなかなか来てくれませんが…(笑)。そこで、全社員と何かしらの接点をつくるために、色々工夫をしています。
2018年は就業時間後、社員と懇親会を開いて話をする機会を設けていました。しかし当社は女性社員の比率も高く、子育て中の社員の参加が難しいということで、2019年からはランチタイムの開催にしています。「みんなの会議」と名付けて、事業所ごと、テーマごとにフラットに議論する場を運営しています。
――「みんなの会議」というのは良いネーミングですね。「社長との懇親会」とすると堅苦しい印象ですが、「みんなの会議」というと気軽に発言できそうです。
神戸氏 : そうですね。上下関係や一方通行な印象を取り払いたくて、このネーミングにしました。年初に行う経営方針発表会は、「みんなの大会議」。
社長から一方的に方針を伝えるだけではなく、社員の意見も取り入れながら、双方向型で運営していきたいと思っています。それに、「会議」というと社員の当事者意識も芽生えます。
――そうした社員の当事者意識の醸成にも気を配っていらっしゃるのですね。今回のリブランディングプロジェクトもそうでしたが、今後も社員参加型のプロジェクトを走らせていくのでしょうか。
神戸氏 : その予定です。今、働き方改革が進んでいますが、私はこれと能力向上はセットであるべきだと考えています。生産性を上げて省力化することだけではなく、そこで生み出された時間を使って能力開発を行うことこそが、本質的な働き方改革だと思います。そして能力開発のために、プロジェクトでの経験が有効だと考えています。
今回のリブランディングプロジェクトについては私からテーマを振りましたが、今後はプロジェクトのテーマも現場からのボトムアップで上がってくれば最高ですね。
オープンイノベーションも、今後さらに力を入れる
――最後に、今後の展望についても伺っていきたいです。
神戸氏 : 既存事業についてはお話しした通り、青汁事業からケール事業へ変更し、2020年1月から青汁製品を「ザ・ケール」に切り替えていきます。ケールのパワーを青汁としてだけではなく多様な方法で摂取できるよう、他の食品や化粧品といった商品展開を進めていきます。まずスキンケアブランド「スキンケールド」を立ち上げ、2019年10月に化粧水を発売しました。
また2020年1月から、新たに医薬品事業に進出します。そして、お客様との関わりについても変えていきます。キューサイはこれまで、新規開拓を重視していましたが、今後は既存顧客とのつながりも重視し、メンバーシッププログラムも2020年早々から刷新する予定です。
――オープンイノベーションの取り組みも進めていく予定はありますか。
神戸氏 : 実は2016年にCQベンチャーズというCVCを立ち上げ、オープンイノベーションの取り組みを実施しているんです。今の時代、自社だけで地道に進めていてもスピードが追い付かないこともあります。そのため社内の多様性を大切にすることはもちろん、外の知見も含めて多様な相手と共創することを重要視しています。
――共創相手として、どのようなところをイメージされているのでしょうか。
神戸氏 : 当社は、「人々が健康になること、健康寿命を延ばすこと、QOL(生活の質)を高めること」をキーワードに、事業を展開してきました。もちろん、そうした既存の路線においてもオープンイノベーションの可能性は広がっていると思います。
しかし、ここからもう一歩、「人以外」を対象にしたビジネス展開も考えられるでしょう。まずは人の身近な存在であるペット、そして最たるものとしては地球。そういう風に考えて対象を広げていくと、キューサイがオープンイノベーションを実現できるような、面白いテーマが出てくると思います。
取材後記
健康寿命の延伸やQOLの向上といったテーマでの事業展開、ケール畑で行われている環境保全型農業、研究所や工場での真摯なものづくりなど、面白い切り口がたくさんある企業だと感じた。また、これまで培ってきたキューサイらしさを否定することなく、むしろ強みをより高める方向に導いてきた神戸氏の手腕も、既存社員にリブランディングが好意的に受け入れられている背景にあるのではないだろうか。これからの展開が非常に楽しみだ。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)