トップの視点 | コーセー社長・小林氏「自ら発信し、イノベーションの素地を創る」
オープンイノベーションを成功させるための要素の1つに、「経営トップによる発信・文化醸成」が挙げられる。しかし、難しさを感じている企業も多いのではないだろうか。「なかなかトップの理解を得られない」という声や、逆に「社員にトップの熱量が伝わらない」という悩みもよく聞こえてくる。実際に、オープンイノベーションや新規事業に取り組み、全社で推進している経営者たちは、どのようなことを考え、どんな工夫をしているのだろうか。「トップの視点」シリーズでは、そこを紐解いていく。
初回に登場いただくのは、株式会社コーセー 代表取締役社長 小林一俊氏。2007年の社長就任時、業績不振だった会社を改革し、現在の快進撃に導いた人物だ。コーセーではオープンイノベーションに積極的に取り組み、2018年に『コーセーとの共創におけるInnovation Program』をスタートさせている。
そして、この取り組みを率先して進めているのが、トップである小林氏なのだ。小林氏が抱くイノベーションへの想い、そして事業の未来図とは?――eiicon founder・中村亜由子<写真左>と、eiicon lab編集長・眞田幸剛<写真右>が聞き手となり、インタビューを実施した。
▲株式会社コーセー 代表取締役社長 小林一俊氏<写真中>
1962年生まれ。1986年慶應大卒業後、株式会社コーセーに入社。1995年常務取締役、2004年代表取締役副社長に就任。2007年より現職。
早くから感じていた、モノづくりへの危機感とオープンイノベーションの重要性
eiicon・眞田:貴社はオープンイノベーションを重要な経営戦略の一つと位置づけ、昨年策定された中長期ビジョン「VISION2026」のPhase I基本戦略においても、“外部リソースや技術と連携した独自の価値追求”を掲げていらっしゃいます。小林社長がオープンイノベーションの重要性を意識されたのはいつ頃からだったのでしょうか?
KOSE・小林氏:遡ると、社長に就任する前からでしょうか。化粧品業界に限らず、日本の製造業ではイノベーションが起きにくいと感じていましたね。バブル崩壊以降、日本の製造業に元気のない状況が長く続きました。日本の製造業は連続的な改善は得意ですが、非連続のイノベーションは不得意だからです。
この状況を打開するには、外部からの刺激が必要だと考えていました。外部と連携して新しい技術や発想を取り入れていかねば、当社に限らず日系企業から新しいものは出てこないだろうと感じていました。
eiicon・中村:かなり早い段階から着目されていらっしゃったのですね。小林社長は、就任された2007年から改革を進め、今日に至るまでの快進撃の礎を築いたイノベーターという印象があります。自社の経営に対しても、社長就任前から問題意識を持っていらっしゃったのでしょうか?
KOSE・小林氏:私が就任する前の2000年前後は、化粧品業界にとって大きなパラダイムシフトがありました。それまでは百貨店や化粧品専門店で、美容部員が対面で販売を行うカウンセリング販売が主流。当社も、じっくりと丁寧なモノづくりをして販売することへの誇りと強いこだわりがありました。
そして2000年前半からインターネットの発展により、お客様が多くの美容情報を手に入れることが可能となりました。美容雑誌も多数発刊され、お客様が自分で選択できるようになったのです。そしてドラッグストアが台頭し、セルフコスメが市場を席捲。化粧品市場はガラリと変わりました。
しかし当社は百貨店などで美容部員がお客様に対して行う“カウンセリング販売”への根強いこだわりがありました。そのために、“セルフ販売”という時代の潮流に少し乗り遅れてしまったのです。――こうした状況に、当時私は強い危機感を持っていました。
eiicon・中村:早い段階から外部に目を向け、客観的に会社を見ていらっしゃったのだと感じます。偏見かもしれませんが、一般的に「オーナー社長」というと自社を客観的な視点で見ることが難しいのではないかというイメージがあります。小林社長の客観性はどこから来るものなのでしょうか?
KOSE・小林氏:私は創業家の長男として、幼少期から後継者として見られていました。しかし10代の頃は、それに対して反発する気持ちも芽生えたのですよ。ちょっと斜に構えるというか、アンチ気質というか……(笑)。そういう気持ちもあり、客観的に見る視点が養われたのかもしれません。会社に入社する前から「こうした方がいいのに」と、父に対して生意気なこともよく言っていました。
eiicon・眞田:なるほど。小林社長が先陣を切ってオープンイノベーションを推進されているのも、こうした客観性をずっと以前から養われていたからなのですね。大企業ではよく、「オープンイノベーションの必要性を、トップに分かってもらえない」という嘆きも聞こえてきますが、貴社にはそれがない理由が分かった気がします。
KOSE・小林氏:これはよく言われますね。「普通の企業は新規事業担当役員や、部長クラスが担当していて、社長が自ら出てくることは珍しい」と。しかし、私にとっては当たり前のことです。「経営トップが新しいことの芽を潰す」とよく聞きますが、なんてもったいなく無駄なことだろうと思います。
守りの改革から攻めの改革へ。今日の快進撃の立役者
eiicon・中村:2007年に社長就任された時は、まずは立て直しから始められたのですね。
KOSE・小林氏:先ほど「快進撃」とおっしゃっていただきましたが、就任してからすぐに好調に転じたわけではなく、最初は苦労の連続でした。就任当初の4年くらいは「守りの改革」として、ブランドや商品の選択と集中、コストダウンによる最適化や体質強化を進めていきました。その後、攻めの改革に転じ、2014年頃から業績が上向きとなり、今に至ります。
eiicon・中村:就任翌年の2008年には、リーマンショックがありましたが、そこも乗り超えて。
KOSE・小林氏:これは幸運としか言いようがないのですが、リーマンショックよりも1年早く改革に着手していたことが奏功しました。これがもし時期が重なっていたら……と考えると恐ろしいですね。
eiicon・中村:化粧品市場の転換への対応も、そこから急ピッチに進めていったのでしょうか。
KOSE・小林氏:そうですね。カウンセリング販売のモノづくりとは異なり、セルフコスメは時代のトレンドや競合の状況に合わせたスピーディーなモノづくりが必要です。また、ドラッグストアを中心とした組織流通との営業交渉にも不慣れだったため、営業体制の再編や営業力の強化も同時に行いました。
ただ、昨今は百貨店などで丁寧なカウンセリングを受けたいという“デパコス回帰”の流れもあります。これは時代によって行ったり来たりするもの。だからこそ、どちらかではなく、両方できる体制を構築し、舵取りをしていくことが必要だと考えています。
eiicon・眞田:攻めの改革に転じてからは、クロスボーダーM&Aなども積極的に進めていらっしゃいますね。
KOSE・小林氏:そうですね。創業60周年頃までは、国内とアジア市場を中心に見ていましたが、最近はよりグローバル展開を捉えた戦略を推進しています。ひとつが、2014年に子会社化した米タルト社ですね。
タルト社は、当社が行ってきたモノづくりやマーケティング手法とは真逆ともいっていい、ファブレス企業であり、マス宣伝はやらず徹底的にネットを活用します。また、北米や中国などは、EC化やデジタル化、パーソナライズ提案などで一歩先を行っています。この変化への対応に遅れてはならないという危機感を持っています。もはや、我々だけでモノづくりをする時代ではない。だからこそ、オープンイノベーションを重要な戦略に据えています。
トップが自ら発信を行うことで、社内に「イノベーションの素地」を醸成
eiicon・眞田:老舗企業である貴社がオープンイノベーションに取り組むということは、非常に大きな決断であり、重大な転換点だと思います。社内から反対意見はありましたか?
KOSE・小林氏:ありませんでしたね。化粧品を作る上では、科学的な効果や成分といった左脳的な価値要求と、香りや色といった右脳的な感性も必要となります。また、外部サプライヤー、大学、調香師、デザイナーなど、様々なパートナーと共にモノづくりを行います。そういった意味で様々な要素を取り入れることに抵抗のない業界なのだと思います。一方で、当社は昔から“業界初”の商品を多く生み出してきました。業界内でも「今までにないモノづくりをしたいときには、コーセーに話を持っていこう」という風潮があると聞きます。
eiicon・眞田:小林社長自ら、社員の方々にイノベーションの重要性について発信することもあるのでしょうか?
KOSE・小林氏:折に触れて自分の考えをメッセージとして発信しています。「今までの延長線上でないモノづくり、売り方、事業」を進めていくことが必要だと、しつこいくらいに発信をしていますね。それが社員に浸透し、新しいことにチャレンジする風土が醸成されているのではないかと感じます。
eiicon・中村:社内提案制度をスタートさせたのも、小林社長の就任後ですか?
KOSE・小林氏:そうですね。2010年からスタートさせました。当初は将来の管理職を育成するための研修という意味合いが強かったのですが、2017年からは本格的に社外から新しい知見や視点、技術を取り入れる内容に変更しています。
eiicon・中村:業界として、外との混じり合いに寛容であることも作用しているとは思いますが、トップが自らその姿勢を示すこと、そして制度に組み込むことで社員に浸透させ、イノベーションの素地を築いていらっしゃったのですね。
KOSE・小林氏:もはや当社では普通のことですね(笑)。今回のイノベーションプログラムでも、担当した若手社員を中心に想い入れが非常に強いと感じます。「どっちがベンチャー企業か分からない」と言われるほどの一体感と熱量がありますよ。まさにイノベーションの素地を築いてきたからこそ、外部に頼りっきりにならす、やらされ感を持たず、一緒になって新しいものを生み出していく気運が高まっています。
eiicon・眞田:今回のイノベーションプログラムでは、4社のプレゼンテーションがあり、最終的にはMDR社の「きれいCAD構想」が採択されました。こうした取り組みによる社内の変化や手応えを感じていらっしゃいますか?
KOSE・小林氏:具体的にイノベーションプログラムを進める中で、明らかに変わりました。以前の社内提案制度の頃とは、意気込みや発想の柔軟性がまるで違います。過去の提案制度では、事業化というところまでのレベルに達していなかったのですが、今回は明らかに提案の質が上がりました。外部を巻き込んでいることから、選ばれたメンバーから、「必ず形にせねば」という気概を感じますね。
▲『コーセーとの共創におけるInnovation Program』で採択したのは、MDR社の「きれいCAD構想」だ。
イノベーション成功の秘訣は、好奇心を持ち、間口を広げること。
eiicon・眞田:改めて、オープンイノベーションを推進していく上で、実現したい貴社の未来構想を聞かせてください。
KOSE・小林氏:山ほどあって、私の中でも整理がつかないくらいです(笑)。先ほどお話しした「新しい提案は、まずコーセーに持っていく」という立ち位置であり続けるために、新規事業を形にしていかねばならないと思います。
また、当社はデジタル化やIoTにおいて、業界内でも周回遅れではないか危機感を抱いています。昨年度やっとデジタルマーケティング事業部ができたというレベルなので、ここはスピーディーに進めていかねばなりませんね。
eiicon・眞田:デジタル以外の領域で、気になる分野はありますか?
KOSE・小林氏:人工皮膚などの生命科学の分野は、やはり気になりますね。今年の3月、先端技術研究所が完成したのですが、このきっかけになったのはフランスのリヨンでした。2年前に研究のフランス分室を立ち上げる際に訪問したのですが、リヨンはいわゆる研究特区になっており、様々な研究機関が集積し、先進的な研究に取り組んでいるのです。大企業とスタートアップの協業も随所に見られ、多大なる刺激をうけました。「従来のモノづくりの延長線上では、新たな価値は創造できない」という焦りも芽生えた経験でしたね。
eiicon・中村:お話を伺ってきて、やはりトップコミットメントによるイノベーションの推進の重要性を感じました。自ら危機感を社員に発信し、提案制度を作ってイノベーションの風土を醸成していくことは先ほど伺いましたが、その他に、オープンイノベーションや新規事業を成功に導く秘訣はありますか?
KOSE・小林氏:好奇心を持ち、間口を広げて行くことだと感じています。同じ業界に携わっていると、外から新しい提案を持ってきていただいた時に、「それはもう以前からあるから」「こんなものは売れない」と、はなから否定的な見方をしたり、壁を作ったりしがちです。こうした“玄人目線だけ”での判断は実は危険だと思います。なぜなら化粧品業界では、ちょっとしたアイデアやひらめきが、大ヒットを生むことがよくあるからです。
たとえば、韓国で生まれたクッションファンデーションは、別に最先端のテクノロジーを結集して生み出されたものではありません。リキッドファンデーションをスポンジにしみこませるという、ちょっとした視点の転換から、まったく新しいファンデーションが生まれたのです。
オープンイノベーションだから、これまでにない画期的な技術を開発しなければならない、というのではなく、新しい視点や考えを、否定せず取り入れること。それが、未来の大ヒットを生み出す種になるのだと感じています。
編集後記
2018年からスタートアップとの共創プログラムをスタートさせているコーセー。これまでにeiiconでは、プログラムの中間報告会やDemoDayの模様をたびたび取材してきた。印象的だったのは、小林社長を筆頭に多くの経営陣が最前列でプレゼンに耳を傾け、審査を行っている姿だ。インタビュー最後に小林社長が話したように、経営陣自らが好奇心を持ち続けること、そして、トップが先頭に立ってイノベーションの重要性を発信し続けること。それらが新規事業やオープンイノベーションを成功させるための秘訣の一つと言えるだろう。
(構成:眞田幸剛、取材:中村亜由子・眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:古林洋平)