トップの戦略 OKI社長・鎌上氏 「社会の大丈夫をつくっていく。全員参加型のイノベーション」
2017年からイノベーション・マネジメントシステム構築に取り組み、組織一体となってイノベーション創出に積極的に取り組んできた沖電気工業株式会社(OKI)。イノベーション・マネジメントシステム(IMS)に関する国際規格ISO 56002を先取りしたIMS “Yume Pro”を導入し、全社的な取り組みとして推進している。
2020年10月に発表した「中期経営計画2022」では、『社会の大丈夫をつくっていく。』をキーメッセージとして、OKIの強みであるモノづくりとAIエッジ技術を融合して社会課題ソリューションの提案型企業への転換を図ることを明言。また、イノベーション組織も拡大し、共創も積極的に推進するという。
このようなイノベーション活動は、“スーパースター”のような一部社員による属人的なケースだったり、トップが熱量高く推進しても現場社員へと浸透しないケースだったりと、次第に尻すぼみになってしまうことも少なくない。
しかしながらOKIは代表取締役社長の鎌上信也氏がイノベーション創出の旗振りを続け、全社的にイノベーション体質へと変革しつつある。――そこで今回は鎌上氏に、イノベーションを積極的に推進するに至った背景や、中期経営計画に込めた想い、そして今後のビジョンについて伺った。
▲沖電気工業株式会社 代表取締役社長執行役員 鎌上信也氏
1981年、沖電気工業株式会社 入社。2011年に執行役員、2012年に常務執行役員を経て、2016年から現職。
※本記事内の鎌上氏の役職は取材時のもの。2022年4月付で会長執行役員 最高経営責任者(CEO)に就任。
「お客様の要望を確実にこなす」だけでは、持続的な成長は不可能
――貴社は、鎌上社長の旗振りのもと、組織一体となってイノベーション創出に積極的に取り組んでいらっしゃる印象があります。こうした戦略をとるに至った背景について聞かせていただけますでしょうか。
鎌上氏 : 当社は1881年創業で、約140年の歴史があります。ありがたいことにお客様に恵まれ、様々なところでATMやネットワーク機器などのOKI製品が稼働しています。ただそれは、あくまでお客様からのご要望がまずあって、そこに対して技術力をベースにして確実にお応えしてきたからこその結果です。
今、不透明・不確実な状況下で、お客様自身も何をすべきか見えにくくなってきています。その中では、「要求を確実にこなす」今までのスタイルだけでは、お客様に価値を提供し続けることはできなくなるでしょう。我々自身が発信や提案をしていかなければ、持続的な成長はできないと考えています。
もちろん、過去をさかのぼると、OKI独自の商品や事業が皆無なわけではありません。しかしそれは、一握りの“スーパースター”が牽引することで成り立っていました。では、そういう人がいなくなるとどうなるか、想像に難くないと思います。
これまではお客様に恵まれて一緒に成長することで約140年の歴史を築くことができましたが、その時代は既に終わりました。これからはお客様ご自身が変革を求める時代ですから、私たちも従来のままでは生き残ることはできないでしょう。そこで、しっかりと仕組みという形でイノベーションを定着させていく必要があると考えたのです。
――そうした想いに至ったのは、鎌上社長の過去のご経験に基づいていたりもするのでしょうか。
鎌上氏 : 私は、開発に始まり、商品企画、事業企画の部門を長年経験してきました。上司に恵まれ、OKIでは数少ない「自分たちで企画して商品を出す」という経験をし続ける環境にいたことが大きいと思います。1990年までは、銀行ATMをはじめとするハードウエアの需要が伸びていたのですが、1990年代の半ばに差し掛かり飽和状態となったころから、業態変更を検討していました。そこで活路を見出したのが、コンビニATMです。
OKIでは先んじて小型のATM開発を行っていたことから、いち早くコンビニATMを世に出すことができました。それから2000年代に入り、ハードウエア事業全体が落ち込む時期がありました。その時に国内から海外に目を向け、中国ATMに進出、足かけ5年くらいで大きく花開いたのです。
先ほどお話しした“スーパースター”である上司のもとで仕事ができたこと。そしてその時に、色々な会社の人たちとお付き合いをして、毎日議論をしたことは、いい経験だったと思います。色々な人の視点を知った上で改めて自社の足元を見ると、お客様のご要望に応えることは得意なのですが、マーケティングや商品開発という視点があまりありませんでした。その中で、コンサルタントを入れながら、商品企画プロセスのひな型を自分たちで創ったりもしていました。
イノベーションを流行り言葉で終わらせないために
――なるほど。“スーパースター”のもとで新しい商品を市場に送り出す経験をしたことから、イノベーションを生み出す仕組みの必要性を感じられたのですね。
鎌上氏 : そうですね。ただ、OKIはもともと流行り言葉は好きな会社です。マーケティングといった言葉も、過去に何度も取り入れようと、新しい組織の箱を作ったことがあります。しかし結局はその場限りで、なかなか機能として定着せず、自然消滅という流れを繰り返していました。ですから、今回のイノベーションの取り組みも、現場には当初「またいつもの流行り言葉か」と、冷めた目で捉えられていたと思います。
――現在、徐々にイノベーション創出の意識が浸透してきたと思いますが、最初はそんな空気だったのですね。そうならないために、どのような工夫をされたのでしょうか。
鎌上氏 : 熱しやすく冷めやすい。それは、経営層が旗揚げしても、すぐに現場に任せてしまうことが問題だと考えました。現場で成果が出ないと、「あの人はダメだ」と見られるようになり、やがて誰もやらなくなる。その繰り返しだったのです。その根底には、「現業をやっていれば食っていける」という危機感のなさも根強くあったと思います。
そこで、今回はそうならないように、旗揚げの前に定着させるための最適な進め方を検討することから取り掛かりました。2017年に社長直属チームとしてイノベーション推進プロジェクトチームを立ち上げ、まず2カ月でOKIのイノベーション・マネジメントシステム“Yume Pro”の企画を練りました。そして次の4カ月で立ち上げ準備を行い、本格的にスタートしたのです。過去の様々な失敗経験もありましたので、かなり議論を重ねました。
中期経営計画のキーメッセージに込めた、OKIの存在価値
――イノベーション活動をスタートして3年、先日発表された「中期経営計画2022」では、『社会の大丈夫をつくっていく。』というキーメッセージがあります。こちらはどのような経緯で決定されたのでしょうか。
鎌上氏 : 中期経営計画は当初、2020年5月に発表する予定でした。世の中の流れやOKIの強みを議論し、「社会課題を解決していく企業」を目指す姿に据えましたが、発表まであと数カ月に迫った段階で、新型コロナウイルス感染が拡大していったのです。
社会の仕組みがあっという間に変わる中、改めてOKIの存在価値を見つめ直す必要があると考えました。そして本当に社会に必要とされる姿とは何かを徹底して議論した結果、行き着いたのが『社会の大丈夫をつくっていく。』というキーメッセージです。
実はこのメッセージは、コロナ禍の前から1つの案として出ていました。しかしその当時の私の評価は60点くらいで、少し物足りないと思っていたのです。それが、コロナ禍に陥り、世の中のあちこちで「大丈夫?」という言葉が飛び交うようになったことから、このメッセージこそ、我々の中計のメインストリームにぴったりだと考えるようになりました。
――以前の中期経営計画では、「稼ぐ力」という言葉が入っていました。それと比べると、柔らかい表現ですね。メッセージとして分かりやすさも感じます。
鎌上氏 : 社内・社外両面に対して、OKIの向かう方向性を分かりやすく示す必要があるということは、中期経営計画の検討を始めた時から考えていました。「社会の大丈夫をつくっていく。」という言葉はとても分かりやすく、これを柱に置くと、自分たちがすべきこと、作るべきものが見えやすいのではないかと思います。
――「中期経営計画2022」では成長戦略の1つに、『イノベーションの取り組み』が掲げられています。実際に2020年の4月より、イノベーション推進の部署が140名を超える大所帯となったと聞きました。この背景には、どのような想いがあるのでしょうか。
鎌上氏 : OKIの価値は、技術をベースにモノづくり・コトづくりを行うところにあります。ですからイノベーションは、単純にアイデアレベルで行うのではなく、ある程度技術の裏付けや、先を見越した研究開発と一体となって推進しなければなりません。そのためには、イノベーションの組織の中に研究開発部門を組み込んでいく必要があります。単に人数を増やしたということではなく、目標を一緒に見据えるために、研究開発部門をイノベーション組織と一体にするという意図があります。
これまで研究開発部門は、それ単体として存在していました。しかし研究開発というものは、目的も目標も納期もない世界で進めるものではなく、決まったターゲットを見据えて行なうことも必要です。我々が目指す研究開発は、イノベーションのための目標を定めて進めるものです。その時に、ただまっしぐらに走るのではなく、設定したゴールが本当に正しいのか、定期的にチェックをしながら進める必要があります。その機能を、イノベーション推進センターに組み込むという体系にしました。
イノベーションとは、「昨日と違う今日の実現」
――組織全体にイノベーションを生み出すプロセスを落とし込んでいくにあたり、トップとして重要とされているポイントは何でしょうか?
鎌上氏 : OKIのイノベーションは、全員参加型のイノベーションだということです。イノベーションというものは革新的な側面ももちろんありますが、私が定義するのは「昨日と違う今日の実現」だと思っています。
先ほどお話しした通り、一部の限られた人だけが行うものではなく、すべての人たちが昨日と違う今日を実現して成長することが重要です。その意識を持たなければ、「誰かがやるものだ」という意識になってしまうでしょう。そうではなく、自分もイノベーションに参画しているという実感を持つようにするには、全員ができるようなフォーマットをつくらなければなりません。特別な人だけの世界ではなく、社内の共通言語としてのひな型です。
ただ、ひな形を作ればすぐにできるかというと、そうではありませんよね。ひな型からスタートして、中身の充実やブラッシュアップを繰り返しながら、内容を高めていくことは必要です。そのプロセスとして、イノベーション・マネジメントシステム(IMS)“Yume Pro”を位置付けています。
――イノベーションの取り組みをする中で、AIエッジロボットなど、世の中にOKIのイノベーションから生まれるプロダクトも発表していらっしゃいます。その手応えはどう感じていますか。
鎌上氏 : 「手応えがあります」というのが模範解答でしょう。しかし、私は手応えや大成功のような、ホームランは期待していません。ファーストスモールサクセスと言っているのですが、まず実績を出すこと、そしてイノベーション活動をみんなが認知することが大切だと考えています。
最初からホームランを狙うと、結局大振りするだけになってしまうでしょう。それよりも、コツコツと出塁して、繋いで得点に結びつけることが、最終的に勝ちにつながるのだと思います。OKIグループの行動指針のひとつに「勝ちにこだわる」がありますが、その意味は「あきらめない」「ダメだったら、それを補い成功に結び付ける」ということ。そこに基本があるのではないかと思います。その意味では、AIエッジロボットは素晴らしい商品企画ですが、まだ成功・失敗を判定する時期ではないと思います。
▲人手不足の解消を実現するサービスロボット「AIエッジロボット」。フライングビュー機能を搭載し、複数の自律ロボットを同時に遠隔監視できる。
――市場に出て、それが評価されるまでは、成否を判定するべきではないということですか。
鎌上氏 : 市場の眼というものは、どうしても売上や販売台数といったところを成功の基準に据えがちです。しかし私は、イノベーションのプロセスをしっかりと歩んだ結果、やるべきことができたか、うまくいったかどうかが成否の判断基準だと考えています。それを拡大していけば、売上に結びついていくでしょう。OKIのマネジメントシステム“Yume Pro“を完全に定着させていくためにも、まず成功事例を作ることから積み重ねていきたいと考えています。
強みを活かして、社会課題の解決に貢献していく
――ニューノーマル時代に向けて描かれている、貴社のビジョンについてお聞かせください。
鎌上氏 : OKIは、通信・金融・公共・防衛といったお客様の業種による縦割りの組織で、それぞれの領域で技術を磨いていました。しかし、各業種の規模は段々縮小しています。そこで、2016年以降は各領域に散らばっていた技術をまとめ、総合的な技術としてお客様に課題解決の提案をしています。
ただ、技術だけではお客様の課題解決はできません。そこに頭脳を入れていく必要があります。その頭脳こそが、AIだと我々は考えています。エッジ領域にAIを実装するAIエッジ技術と、OKIの強みであるモノづくりの技術を融合して、社会課題解決に向けた提案を行っていきます。
また、ニューノーマルという点では、「無人化・非接触・非対面」といった社会ニーズへの対応も進めています。コロナ禍以前は、労働人口の減少といった観点から「省人化」のニーズが高まっていました。しかしコロナ禍においては、省人化ではなく無人化が求められています。それに伴い、社会インフラを支えるOKIが貢献すべき課題も変化しています。
現在のATMはあくまで銀行員の業務の一部を肩代わりする省人化の機器ですが、これからもし行員が非接触・非対面となった時、ATMは省人化ではなく無人化の機器として捉えられるでしょう。このように我々も発想を変えていく必要があるのです。一例として、タッチパネルに触れることなく操作ができる「ハイジニック タッチパネル」を搭載したATMの実証実験が始まっています。そうした形で、ニューノーマル時代の中でも社会に貢献する事業や商品を生み出していきたいと考えています。
▲新型コロナウイルス感染拡大防止への取り組みの一環として、ATMなどでの実証実験がスタートしている「ハイジニック タッチパネル」。
――最後に、共創パートナー企業に向けたメッセージをお願いします。
鎌上氏 : 今の世の中は、サイバーの世界に偏りがちです。しかし、クラウドの世界だけですべてがカバーできるわけではありません。自分たちに身近なエッジ領域が、実は軽視されているのではないかと思います。
OKIはAIエッジとモノづくりで、その領域に挑み、自社の特長を活かした形で社会課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。しかしそれは、我々だけで実現できることではありません。様々な業種・業態の外部パートナー企業と共創することで解決していきたいと考えています。
取材後記
イノベーション活動にいち早く取り組み、組織の拡大や社員への浸透なども順調に進んでいるOKI。しかしその背景には、流行りものに飛びついては自然消滅させてきた過去の失敗経験、そして「現業を続けていれば安泰」という意識を変えねばという、鎌上氏の強烈な危機感があった。トップとしての視点だけではなく、鎌上氏個人の経験から見たOKIへの想いがうかがい知れる、貴重なインタビューだった。
中期経営計画も発表し、「社会の大丈夫をつくっていく。」を掲げてさらに変革を続けていくOKI。イノベーション組織も拡大し、外部共創にも一層活発に取り組んでいく。興味があれば、ぜひコンタクトを取って欲しい。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:加藤武俊)