埼玉発・15の共創プロジェクトが集結!渋沢MIXオープンイノベーションプログラム「Canvas」デモデイレポート【#1】――丸文、BHQ、リンテックが取り組んだ共創事業とは
埼玉県が主導し、イノベーション創出拠点「渋沢MIX」を起点に展開されるオープンイノベーションプログラム『Canvas』。埼玉県内企業と全国の企業をマッチングし、新規事業創出や企業の課題解決に向けた共創プロジェクトを組成するとともに、事業化に向けた伴走支援を行う取り組みだ。参加企業が持つ技術やアセット、ネットワークを掛け合わせながら、新たな価値創出を目指す。埼玉発のイノベーション創出に向けた実践的なプログラムとして展開されている。
その成果を発表するデモデイ「渋沢MIXオープンイノベーションプログラム『Canvas DEMODAY 2025』」が、2026年3月6日・7日の2日間にわたり、さいたまスーパーアリーナ TOIROで開催された。プログラムを通じて組成されたプロジェクトの担当者が登壇し、実証の成果や今後の事業展開についてピッチを実施。共創による事業創出の可能性を発信する場となった。
また、当日は大野埼玉県知事も来場し、展示ブースを熱心に視察。プロジェクトの成果に直接触れ、挑戦者たちの熱意に対し、強い期待とエールを寄せた。
TOMORUBAでは、今回発表された全15プロジェクトを、全5回の記事に分けて紹介する。本記事はその第一弾として、丸文×フレンドリーテック、BHQ×MetaGate、リンテック×FeelSensingの3プロジェクトをピックアップ。――各チームがどのような背景から共創に取り組み、どのような価値創出を目指しているのか。デモデイで披露されたピッチの内容とともに、その取り組みをレポートする。
埼玉をフィールドに15件の共創プロジェクトが同時始動、多様なプレイヤーが挑む企業・社会課題の解決
今年度の渋沢MIXオープンイノベーションプログラム『Canvas』は、「大企業テーマ提示型(4プロジェクト)」と「中小企業プロジェクト提案型(11プロジェクト)」の2コースに分かれ、15件もの野心的な共創プロジェクトが動き出した。
組成されたプロジェクトチームには、1件あたり最大500万円の支援金が用意されているほか、プロジェクトの実現に向けた各種支援も受けられる。また成果発表の場では、以下の3名がコメンテーターとして登壇。専門的な知見から各ピッチに対してフィードバックを送り、社会実装への具体的なイメージを膨らませた。
<コメンテーター(3名)>
▲藤田健司 氏(三井住友海上火災保険株式会社 ビジネスデザイン部 部長/三井住友海上キャピタル株式会社 投資開発パートナー)
▲佐藤雅康 氏(埼玉県 産業労働部 産業支援課 渋沢MIX担当 主幹)
▲伊藤達彰 氏(株式会社eiicon 執行役員 地域イノベーション 推進本部 本部長)
――それでは早速、数か月にわたる共創の成果が披露された各プロジェクトのピッチの模様を順に紹介していこう。
【丸文株式会社(ホスト企業) × 株式会社フレンドリーテック(パートナー企業)】
発表タイトル 『AIコミュニケーションロボと対話型AI技術による新たなサービスの創出』
▲左:丸文株式会社 樋口氏、右:株式会社会社フレンドリーテック 角田氏 野口氏
最初に登壇したのは、1844年創業の商社でハイテク商品の輸入を手がける丸文と音声AI開発などに強みを持つフレンドリーテックだ。両社は、コミュニケーションロボットを介護現場に導入するプロジェクトを発表。着目した課題は、介護現場の深刻な人手不足である。
2040年には埼玉県だけで約4.6万人、全国で約60万人の介護スタッフが不足すると予測されている。特に夜勤や早朝は、職員1名で多数の入居者に対応せざるを得ず、現場はまさに「てんてこ舞い」の状況だという。オペレーションの非効率と、誤嚥などのリスクに対する不安から精神的ストレスも大きく、高い離職率が業界全体の喫緊の課題となっている。
この課題に対し、両社は丸文の持つロボットとフレンドリーテックのAI技術を組み合わせて、コミュニケーションロボットを開発した。従来のロボットは会話の円滑さに難があったが、フレンドリーテックの音声AI技術を組み込むことで、あたかも人間のような自然で温かみのある対話を可能にしている。このロボットを介護現場に導入し、職員の負担軽減に取り組む。
▲壇上では、登壇者とロボットが実際に言葉を交わすデモンストレーションが行われ、そのスムーズなやり取りに会場は驚きに包まれた。
プログラム期間中は、高齢者を対象に実証実験を行い、利用者の一人は3日間で合計6時間もロボットと会話を楽しんだという。発表内では、高齢者がロボットと対話する様子が動画で紹介され、ロボットが高齢者の心に寄り添っていることを印象づけた。このほか、計6回の展示会に出展したほか、埼玉県の協力を得て県内4社の実証実験パートナー企業とも出会うことができたそうだ。
今後は、会話機能のブラッシュアップに加え、服薬リマインドといった機能開発も行う。そして、介護現場への普及とそれ以外の現場への横展開を狙う。さらに詳細はまだ非公開だが、素晴らしい技術の導入も計画しており、「来年、この場で新しい技術を発表したい」との強い意欲が示された。
【BHQ株式会社(ホスト企業) × MetaGate株式会社(パートナー企業)】
発表タイトル 『脳の健康×SNS共創プロジェクト~日本発“脳の健康文化”を発信~』
▲左:MetaGate株式会社 荒井氏、右:BHQ株式会社・京都大学 山川氏
BHQ株式会社の創業者で、京都大学の特命教授も務める山川氏が開発した「BHQ」という指標は、脳がどの程度萎縮しているかを客観的に測る物差しだ。山川氏によると、脳の萎縮は20歳頃から始まっており、全世代にとって他人事ではない。一方で、適切なケアによって脳の状態は改善するという。
同社はすでにパナソニックと共同で、表情から脳の萎縮を予測する装置も開発。さらに、脳を改善するためのガイドラインも作成済みだという。ただ、この取り組みの認知拡大には課題があったと話す。
そこで今回のプログラムでは、SNSマーケティング事業を展開するMetaGateとともに、同社サービスの認知拡大に取り組んだ。具体的には、SNSアカウントを作成し、親しみやすいショート動画の投稿やチャットボットを用いた動線設計を整備。一般ユーザーが手軽に触れられる形を構築した。
期間中の成果として、SNSの閲覧数は数万ビューに達し、35歳以上の健康意識の高い層を中心にアプローチができたという。こうした取り組みから、MetaGateの荒井氏は「研究分野などの専門的な内容であっても、SNSやデジタルツールを組み合わせることで、社会啓発やユーザーの行動変容が可能だ」との手応えを得られたという。
▲作成したショート動画には山川氏自身が出演。脳の健康改善に関する内容を、誰にでも分かりやすい言葉で発信している。
この取り組みをさらに一段進めて、製品評価にも取り組んでいるという。脳の健康を向上させるツールとして、人気キャラクターの耳(カチューシャ)を活用しているが、その耳のデザインと脳の状況の相性なども調査しているそうだ。今後は埼玉県内の企業とも連携し、脳の健康に良い多様なプロダクト(食品など)を共同開発して、脳科学の知見とともにSNSで発信していく構想も示した。
【リンテック株式会社(ホスト企業) × 株式会社FeelSensing(パートナー企業)】
発表タイトル 『胸に貼るだけ!クイック血圧測定ソリューションの開発』
▲左:株式会社FeelSensing 蔭山氏、右:リンテック株式会社 田村氏
続いて登壇したのは、ラベルや半導体製造用のテープなど粘着技術を持つリンテックと、埼玉大学発のスタートアップで音を拾うセンサー技術を持つFeelSensingだ。今回のプログラムでは、両社の強みを融合させ、衣服の上からでも心音を捉えて血圧を推定できるソリューションの開発に挑んでいる。
解決を目指す課題は、介護現場での慢性的な人手不足。中でも着目したのが、日々のバイタルチェックである。高齢者向けデイサービス等の施設では、朝の血圧測定時に利用者が集中し、測定待ちの「渋滞」が発生している。従来の腕帯(カフ)を用いる血圧計では、姿勢の固定や衣服の着脱が必要で、1人あたり60秒以上の時間を要していた。
そこで開発したのが今回のプロダクトである。衣服の上からテープを貼るだけで、非常に高精細な心音を捉えることができる。実証実験ではリンテック社員の協力を得て、FeelSensingのプロトタイプを用いたデータ収集を実施。心音から血圧を推定する独自のアルゴリズムを構築した。
その結果、心音による推定値と、従来の血圧計による実測値の間に強い相関関係が確認され、衣服の上から短時間かつ高精度に測定できることが確認できた。FeelSensing・蔭山氏は「服の上から10秒で血圧を測定することは十分に可能だ」と、この取り組みの手応えを口にした。
▲衣服にセンサーをテープで貼って心音を可視化し、血圧を推定する測定方法を開発。従来の血圧計よりも測定時間を短縮できるという。
今後は、デバイスの改良を進め、将来的にはウェアラブルデバイスへと進化させていきたい考えだ。さらに、心音以外の嚥下音・呼吸音などのバイタルサイン取得への応用も視野に入れていると展望も示された。
取材後記
今回のデモデイで特筆すべきは、どのプロジェクトも絵空事ではなく「実装のイメージ」が鮮明に浮かぶものばかりだった点だ。壇上でのスムーズな対話で実力を見せつけたコミュニケーションロボット、SNSを通じて世界に拡散される脳健康に良いプロダクト群、そして服の上からでも約10秒で測れる血圧測定。埼玉県というフィールドで産声を上げたこれらの事業が、今後どのように社会へ溶け込んでいくのか。全15プロジェクトが描き出す未来の景色を、続く連載でも余すことなくお届けしたい。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)