
【第3弾】「渋沢MIX」発!埼玉県が牽引するOIプログラム『Canvas』を深掘り――「食」をテーマにしたホスト企業3社(Agnavi・さかなと・ミチ)が語る、プログラムを通して実現したい未来
明治期の資本主義勃興を支えた実業家・渋沢栄一。その出身地である埼玉県では、彼の名を冠したイノベーション創出拠点「渋沢MIX」を2025年7月、さいたま新都心駅前に開設した。
「渋沢MIX」は、「オープンイノベーションの創出・促進」「スタートアップの創出・成長支援」「イノベーションを担う人材の育成」のコンセプトを掲げ、県内外の多様な企業や人々の出会い・交流を促してイノベーションの創出を目指している。同施設による「オープンイノベーションの創出・促進」事業としてスタートしたのが、【渋沢MIXオープンイノベーションプログラム『Canvas』】だ。
本プログラムは、埼玉県内の中堅・中小企業・スタートアップ企業がホストとなる「中小企業プロジェクト提案型」(11社)と、全国区の大企業がホストとなる「大企業テーマ提示型」(4社)とに分かれ、それぞれ、各ホスト企業が設定した事業テーマに基づき、パートナー企業のエントリーを募っている。(※応募締切:2025年10月10日)
TOMORUBAでは、パートナー企業募集開始に先立ち、ホスト企業各社に取材を実施。全5回のシリーズ企画を掲載する。――第3弾となる本記事では、「食」を事業テーマに据えたホスト企業3社(Agnavi、さかなと、ミチ)にインタビューを実施。各社が本プログラムに参画した背景、課題意識や共創テーマ、求めるパートナー像について聞いた。
【Agnavi】 「日本酒で『飲む』を超える体験を異業種と共創 ―あわせる・つくる・つかう ― 」
日本全国150の酒蔵と連携し、180mL缶の日本酒ブランド『一合缶(R)』を展開する株式会社Agnavi。今回は、日本酒を“飲む”体験から“あわせる・つくる・つかう”体験へと広げるために、共創パートナーを募集する。

▲【左】株式会社Agnavi 代表取締役 玄成秀氏、【右】株式会社Agnavi 経営統括 広報 日置侑依子氏
――まずは、御社の事業について教えてください。
Agnavi・日置氏 : 弊社は日本全国150の酒蔵さまと連携し、180mL缶の日本酒ブランド「一合缶(R)」を展開しています。事業開始から4年経過し、現在取り扱いの総数が200種類を超え、ブランドも3つにまで広がりました。
主な特徴は、高品質で小ロット対応が可能な点と、“日本酒を缶で飲む”という新しいスタイルを取り入れることで、サプライチェーンの変革を目指している点です。積載効率を高めつつ品質も保持できることが缶の魅力ですが、缶への完全移行を目指しているわけではなく、瓶と缶の両方を選べる形にし、消費者の選択肢を広げていきたいと考えています。
また、提携している多くの酒蔵さまは中小企業であり、設備投資に十分な資金をかけづらいという課題を抱えています。そこで弊社では、缶への充填から販売・ブランディングまでを一括で担うことで、酒蔵さまの負担を軽減しています。加えて、鉄道会社さんとも連携し、流通の変革に取り組んでいます。

▲Agnaviが有する日本酒ブランド「一合缶(R)」。
――本プログラム『Canvas』に参加を決めた背景や理由は?
Agnavi・日置氏 : 私たちはこれまで、さまざまなお酒を充填・販売してきましたが、今後は「飲む」以外の魅力についても企業や消費者に訴求していきたいと考えています。しかしながら、その伝え方に難しさを感じているのも事実です。そこで、自社だけでなく、大企業や多様な知見を持つ企業との共創を通じて、その実現を目指したいと思い、『Canvas』に参加を決めました。
――御社は神奈川県に本社を置く企業ですが、埼玉県とどんな関わりをお持ちですか。
Agnavi・日置氏 : 埼玉県には弊社の充填工場があり、取引のある酒蔵さまも県内に約30蔵あります。包装をお願いしている会社も埼玉県で、気づけば自然と深いつながりが生まれていましたね。
――続いて、今回のプログラムで実現したいことをお聞かせください。
Agnavi・日置氏 : 「あわせる」「つくる」「つかう」の3つのテーマを設定しました。すべて日本酒に関係していますが、「飲む」以外の体験を提案し、より多くの人に日本酒を自由に楽しんでもらいたいという思いが背景にあります。また、海外進出も視野に入れているため、これまでとは異なる訴求の仕方が必要だと考え、これらのテーマを設定しました。
――「あわせる」「つくる」「つかう」の3つについて、具体的な共創のイメージを教えてください。
Agnavi・日置氏 : まず1つ目の「あわせる(Pairing)」についてです。ビールやワインは世界中で、その土地の食事に合うペアリング文化が発展していますが、日本酒はどうしても和食に限定されがちです。しかし、日本酒はアミノ酸が豊富で、多様な地域の食文化と相性が良い可能性があります。そこで、食品メーカーの知見や商品開発力をお借りして、チーズやチョコレートなど日本酒と食の新たなペアリングを検証したいと考えています。
2つ目の「つくる(Craft)」については、新しい層へのアプローチと市場の活性化を目的としています。時代とともに飲酒スタイルも変わってきているため、日本酒もそれに合わせていく必要があると思います。日本酒をベースに、カクテルや炭酸などを組み合わせることで、日本酒へのハードルを下げ、新たな魅力を発見していただけるような「クラフト酒」の開発に取り組みたいと考えています。
3つ目の「つかう(Use)」ですが、かつて日本酒はお祭りや納車式など、さまざまな場面で使われていました。しかし、時代が変わるにつれてそうした使い方は減ってきています。そこで、現代のライフスタイルに日本酒を溶け込ませていきたいと思っています。例えば、ファッションや香り、アートなどと掛け合わせ日本酒の新たな価値を再定義したり、酒蔵訪問体験などを通じて地域活性化につなげたり――そういった使い方を考えていきたいです。

――共創において、御社が提供できるリソース・アセットなどがあれば教えてください。
Agnavi・日置氏 : まず、150の酒蔵さまと協業しており、このつながりは大きな強みです。加えて、大学や百貨店との関係もあるため、そうしたネットワークも活用いただけます。また、小ロットで高品質な製品をご提供できますし、パッケージ設計やデザイン、ブランディングについても一緒に制作可能です。大企業とのオープンイノベーション経験も豊富にあるため、スムーズに進めていくことができると思います。
――最後に、応募を検討しているパートナー企業に向けてメッセージをお願いします。
Agnavi・日置氏 : 全く異なる業種の方々と共創することで、双方にとって新たな知見になればと思っています。“日本酒×異業種”の取り組みは、海外進出はもちろん国内展開においても大きな推進力になるはずです。まずは小さなことからでも構いませんので、ぜひご一緒できればと思います。
Agnavi・玄氏 : 日本酒は、米作りから始まり、地域の文化・風土と結びつきながら、多くの産業に支えられてきました。だからこそ、蔵元さまだけでは難しい取り組みを、私たちがハブとなって担うことで、日本酒業界全体を支えていきたいと考えています。今回は企業の皆さまに日本酒の価値を改めて考えていただき、日本酒業界の活性化につながるような取り組みの一つになればと思います。
【さかなと】 「『海なし県に海を』陸上養殖を基軸とした持続可能なコンテンツを生み出し、地域を沸かす」
海なし県である埼玉県で、海水魚であるサバの陸上養殖事業に取り組んでいる株式会社さかなと。陸上養殖はコスト高や安定した供給の難しさなど、継続的に事業を続けていくための課題が多く存在している。そこで今回の『Canvas』では、「海なし県に海を」というテーマのもと、持続可能な陸上養殖コンテンツを生み出す仕組みづくりを、パートナーと共に創り上げていく。

▲株式会社さかなと 代表取締役 鎌田奈津実氏
――御社の事業概要と特徴についてお聞かせください。
さかなと・鎌田氏 : 当社は海のない埼玉県で陸上養殖事業を行っています。海水魚を養殖する「閉鎖循環式陸上養殖」設備を設け、現在はサバの養殖に挑戦しているところです。閉鎖型は、水をろ過・循環させることで、外部から水を補給する量を最小限に抑えて資源を有効活用します。
もともとは「温泉道場」など温浴宿泊事業を中心に展開する株式会社ONDOホールディングスの新規事業として2021年に事業がスタートし、2024年に同社の100%子会社としてさかなとが設立されました。まだ活用はできていませんが、将来的には塩分を含む温泉の水を、海水として利用することも考えています。
――海なし県で養殖事業は非常にユニークな取り組みではないでしょうか。温泉と陸上養殖では、かなり距離のある「飛び地」の事業に思えます。なぜ陸上養殖に乗り出したのでしょうか。
さかなと・鎌田氏 : 温泉設備はろ過循環などを行いながら、水をきれいに保っています。その仕組みに陸上養殖の仕組みとの類似点が多々あり、これまで事業で培ってきた経験が活かせると考えました。
また、コロナ禍を経験し、いつ何が起こるかわからない事態に備えておくことの必要性を改めて深く理解しました。このために、敢えて本業から遠い距離にある事業に取り組んだという背景もあります。さらに、せっかく新たに事業を行うならSDGsへの貢献も視野に入れ、海を守ることに挑戦したのです。
陸上養殖は、水資源の持続的な利用を可能にし、環境負荷を軽減できるため「海を休ませる」効果を持ちます。もちろん、海がない埼玉県で陸上養殖を行うというインパクトにも着目しました。

――現在はサバの陸上養殖を行っているとのことですが、なぜサバを選んだのでしょうか。
さかなと・鎌田氏 : サバにはアニサキスなどの寄生虫が付く可能性があり、埼玉県内や山間部ではあまり生食はされません。アニサキスはオキアミというエビに似た外見を持つ甲殻類が最初の宿主です。サバは海の中でオキアミを捕食することで、アニサキスに寄生されることが多々あります。
つまり、オキアミがいない陸上養殖ではサバがアニサキスに寄生されることがなく、生食が可能になり、安全に生食できるという付加価値が生まれます。この「海なし県産の生食サバ」というワード自体が、強力な広告宣伝になると考えています。
――続いて、『Canvas』に参画した背景をご紹介いただければと思います。
さかなと・鎌田氏 : 陸上養殖事業を今後どのように展開させ収益化を図っていくかが課題となっています。陸上養殖は、20トン水槽2つで行っています。大量生産の規模ではないため、付加価値が重要になりますが、解決策がなかなか見出せません。当社にない視点や発想、技術を持つ企業と共創することで、これまでにない気づきを得られることを期待しています。
――今回の募集テーマをご提示ください。
さかなと・鎌田氏 : 「海なし県に海を」という大きなテーマのもとに、3つのテーマを掲げています。具体的には「陸上養殖場を活用したコンテンツとブランディング化の実現」、「持続可能な陸上養殖場整備に向けた仕組みの構築」、「温泉の海水転換を通じた持続可能な水資源と陸上養殖場整備の実現」です。
海洋資源のない埼玉県で陸上養殖のビジネスモデルを確立すると共に、水資源の循環やエネルギー効率などで環境への負荷を減らすことを目指します。同時に、海なし県産の魚をブランド化して体験イベント開催するなど地域の人が誇れるコンテンツづくりを行えればと考えています。
――サバの養殖については、既に実績をお持ちですか。
さかなと・鎌田氏 : はい。養殖は3年間行っており、これまでに2回出荷して、ONDOグループの運営する温浴施設「おふろcafé白寿の湯」で提供しました。
――どんな知見を持つ企業をパートナーに迎えたいとお考えでしょう。
さかなと・鎌田氏 : 広告宣伝、コンテンツ制作、ブランディングにノウハウを持つ企業と共創したいと考えています。サバの出荷は出来ていますが、コストがかさんでおり、生産性に課題があります。その点について、解決策を共に探っていければと思います。また、サバ以外の養殖、海洋環境について知見をお持ちの企業にもぜひご応募いただきたいです。

――御社が提供できるリソース・アセットはどんなものがありますか。
さかなと・鎌田氏 : 海水魚・淡水魚を一定期間、飼育できる閉鎖循環型陸上養殖設備や、2023年・2024年とサバの養殖・出荷をした実績、養殖の経験を持ち専任で従事できる人材の配置に加え、年間約20万人の来客のある「おふろcafé白寿の湯」との連携など、ONDOホールディングスが運営する埼玉県内7施設の温浴・宿泊施設との連携などが挙げられます。また、私自身が共創を推進するので、意思決定がスピーディーに行えます。
――最後に、応募企業へのメッセージをお願いします。
さかなと・鎌田氏 : 「海なし県に海を」は大きなロマンです。このロマンに共感いただき、面白がって一緒にチャレンジしていければと思います。その上で、埼玉県をリードする企業へと共に成長できれば嬉しいです。ぜひお力をお貸しください。
【ミチ】 「犬とのアクティブな暮らしに向けた、パフォーマンスも健康も支える新たなスポーツドッグフード開発」
犬と一緒に楽しむスポーツをテーマに、「イヌと何でも楽しむ委員会」として多様なイベントを企画・運営する、株式会社ミチ。固定ファンを持つアットホームな大会運営と、ゼロから事業を立ち上げるスピード感を強みに、新しい犬用スポーツフードの共創に挑む。

▲株式会社ミチ 代表取締役社長 中崎瞬氏
――はじめに、事業内容についてお聞かせください。
ミチ・中崎氏 : 当社は「イヌと何でも楽しむ委員会」という団体を運営しています。あえて少しユーモラスな団体名を名乗っているのですが、まさにその名の通り、犬と一緒にあらゆることを楽しみたいという思いを込めています。
具体的には、「犬と一緒にスポーツを楽しむ」ことを軸に、スポーツ大会の企画・運営や関連ペット用品・一部ペットフードの販売を行っています。犬と走る「カニクロス」や、マウンテンバイクで犬と競技をする「バイクジョアリング」、雪上で行う「スキージョアリング」など、日本ではまだ珍しい競技にも取り組んでおり、2024年12月から対外的な大会をスタートしました。
委員会のメインメンバーは10名弱で、それぞれに固定ファンがつき、「アットホームで居心地が良い」と評判です。主催者自身も選手として出場し、表彰台に上がることも多く、参加者から「いつかこの人たちに勝ちたい」と思ってもらえる空気を作っています。

▲犬と飼い主が一緒に走る新感覚のドッグスポーツ「カニクロス」。
――今回、『Canvas』に参加された背景についてお聞かせください。
ミチ・中崎氏 : 私はもともと埼玉県の戸田市出身で、埼玉県飯能市に移住して2年になります。飯能では既にいくつかのイベントを開催し、満員御礼の人気イベントもあります。そうした活動を通して、この地域や埼玉に対する愛着も強くなり、「もっと多くの人にこの地域の魅力を知ってもらいたい」と考えるようになりました。そんな埼玉愛が深まったタイミングで、このプログラムを知り、県内の企業や団体と共に新しい価値を生むチャンスだと感じて参加を決めました。
――今回掲げた共創テーマについて教えてください。
ミチ・中崎氏 : テーマは「アクティブな犬の健康を支えるスポーツフードの開発」です。犬とアクティブに生活するうえで、何よりも大切なのが犬の健康です。ただ、アクティブな犬の健康に特化した情報はまだ少なく、まとまっていないのが現状です。
たとえば、毎日10km走る犬と散歩しかしない犬では、必要な栄養や体づくりは異なります。筋肉量、関節の負担、骨の強さなど、運動量の多い犬に特化した栄養設計が必要です。しかし、「より速く、より強く」という視点のドッグフードはほとんど存在していません。
加えて、食品ロス削減にも貢献したいと考えています。地域の食品加工工場で出る端材や副産物、例えば捨てられる魚の頭や害獣駆除で発生した食材などをアップサイクルし、犬用フードとして生まれ変わらせるような取り組みを、ぜひしていきたいです。一般的なペットフードメーカーとは違う視点から、機能性とサステナビリティを両立させたいと思っています。

――今回のプログラムで、どのような企業と共創したいとお考えですか。
ミチ・中崎氏 : 地元の食材を活用し、フードロス削減に取り組んでいる食品メーカーを想定しています。できれば担当者の方が犬を飼っていらっしゃるとありがたいですね。犬を飼っていると、嗜好性や体調管理への理解が深まり、企画段階から齟齬が生じないと思っているからです。競技経験がなくても、「これを機に始めてみよう」という関心や愛情があれば十分です。
――提供できるリソースやアセットには、どのようなものがありますか。
ミチ・中崎氏 : まず、ゼロから事業を立ち上げるスピード感があります。当社はスタートアップとして、これまでに異業種のサービスやブランドも立ち上げ、成功と失敗を繰り返しながら事業化の判断を迅速に行ってきました。いわゆる「ゼロイチ」が得意です。そしてこのテーマは以前から手掛けたかった領域ですから、高い熱量でフルコミットできます。
また、既にスポーツ愛犬家の顧客基盤を持ち、9月以降は毎月ドッグスポーツの大会を開催予定です。そのためこのプログラムの共創で製品開発ができれば、即座にユーザーインタビューや実証実験が可能で、短期間で精度の高い検証もできます。さらに、EC運営やCRMの知見もあるため、販売フェーズまで一気通貫で行うことができます。
――大会の規模感についても教えてください。
ミチ・中崎氏 : 大会は埼玉県内に限らず、長野や福島などでも開催し、毎回100〜300組ほどが参加します。参加者はSNS発信も活発で、口コミによる拡散も期待できます。そして大会運営は単なるスポーツイベントではなく、犬と人が一体となって過ごすコミュニティづくりの場です。この場での製品サンプリングやフィードバックは非常に有効です。

▲スポーツ愛犬家が数多く参加する主催イベント。こうした場を活用し、サンプル配布やユーザーインタビューが可能だ。
――最後に、応募を検討している企業へのメッセージをお願いします。
ミチ・中崎氏 : 今回提示している募集テーマは、1年ほど前から温めてきた構想です。だからこそ熱量が高く、立ち止まることはありません。同じ熱意で取り組んでいただけるパートナーと出会い、犬と飼い主の暮らしをより豊かにする製品を一緒に作っていきたいと思います。
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今回の第3弾記事では、「食」を事業テーマに据えたホスト企業3社(Agnavi、さかなと、ミチ)にインタビューした模様をお届けした。――次回掲載する第4弾記事では、「ウェルビーイング」を事業テーマに据えたホスト企業3社(SAL、BHQ、エアデジタル)に話を聞く。
※【渋沢MIXオープンイノベーションプログラム『Canvas』】についての詳細や応募はこちらをご覧ください。