
フランスを抜き“韓国”が米国向け化粧品輸出額のトップに。スタートアップが描く「K-ビューティー・ファッション」の成長戦略
2024年、韓国の対米化粧品輸出額は17億100万ドル(約2,300億円)となり、初めてフランスを抜き、米国市場で最大の化粧品輸出国となった(米国際貿易委員会<USITC>の公式データ参照)。革新的な技術による機能性重視のスキンケアやSNSによるバイラルマーケティングの強みが、他国を突き放しているようだ。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第68弾は、世界的に存在感を増す「K-ビューティー」「K-ファッション」に着目する。
2014年に米国進出し、「データ駆動型パーソナライズ」を武器に米国市場で規模を拡大するK-ビューティー企業の「MEMEBOX(ミミボックス)」、新進気鋭のブランドと協業し、コミュニティ主導のアプローチで2019年にユニコーンになったK-ファッション企業の「MUSINSA(ムシンサ)」を取り上げる。
サムネイル写真:光文社のプレスリリース
25年の輸出額は世界2位 世界で存在感を増す「K-ビューティー」
韓国国際貿易協会(Kita)によると、韓国の輸出総額は2024年に103億ドル(約1兆5,200億円)に達し、ドイツの90億8000万ドルを上回り、フランス、米国に次ぐ世界第3位の輸出国となった。フランスと米国の輸出額はそれぞれ6.3%と1.1%の成長を記録したのに対し、韓国の輸出額は20.3%増加した。
続く報道として、2025年6月30日には、シンガポールの新聞「The Straits Times」が「韓国の化粧品輸出額が世界第2位に上昇し、初めて米国を上回った」と伝えた。Kitaによると、韓国は2025年1月から4月までに36億1,000万ドル(約5,300億円)相当の化粧品を輸出し、米国の35億7,000万ドルを僅差で上回った。
ロイターの報道によれば、K-ビューティーが持つコストパフォーマンスの良さや洗練されたマーケティングが世界的な競争力となり、かつ音楽や映画などの「K-カルチャー」の成功から大きな恩恵を受けているという。

▲韓国化粧品は、コスパの良さやバイラルマーケティングなどにより世界中で支持を拡大している。写真は人気ブランド「TIRTIR」(左)と「Laka」(出典:JT社のプレスリリース)
韓国の人気ブランド「TIRTIR(ティルティル)」のCEO An Byung-Jun氏は、「K-ビューティーの道を切り拓いたのは、『PSY』や『BTS』といった著名アーティスト、『パラサイト』のようなヒット映画やドラマだ。米国市場では、K-カルチャーを通じて、すでに韓国への関心が高まっていた。そのうえで、K-ビューティーの品質の良さとロレアルやエスティローダーといった既存の高級ブランドよりも低価格であったことが受け入れられた要因のようだ」とロイターで語っている。
現在、韓国の人気化粧品ブランド各社や小売企業は、米国での実店舗販売を拡大するために協議や施策を進めているという。例えば、韓国最大級のヘルス&ビューティーストアを展開する「オリーブヤング」は、2026年春にロサンゼルスにアメリカ初の店舗を開業予定だ。
“データ駆動型”アプローチで米国市場を攻める「MBX」
続いて、主に米国市場で成長しているK-ビューティーのスタートアップ「MBX」の事業戦略を紹介したい。2012年に創業した同社は、韓国・ソウルのほか、米国・シリコンバレー、ロサンゼルスなど4ヵ国にオフィスを構える。「I'm Meme(アイムミミ)」や「Kaja Beauty(カジャビューティー)」など複数の人気化粧品ブランドを展開し、世界的に支持を集めている。

▲米国を中心に支持を得ているK-ビューティー企業「MBX」の人気ブランド(MBXの公式ホームページより)
韓国の報道によれば、同社の収益の90%は海外市場が占めており、その半分が北米市場だという。米国市場における急成長の背景には、「データ駆動型パーソナライズ」「米国市場に適応する商品開発」「戦略的なパートナーシップ」といった戦略がある。
MBXは、2012年にMemeboxとして創業。月額サブスクリプションで最新コスメを届けるキュレーション型ボックスから事業を開始し、2年で国内26万人の加入者を獲得するなど順調に拡大した。
2014年には米国市場に進出。韓国企業として初となるY Combinatorアクセラレータープログラムに参加し、資金調達を重ねて、自社ブランドの開発やeコマースへの事業シフトを進めていった。韓国人向けに作られた多くのK-ビューティー製品とは異なり、MBXは当初から多様性に富んだ米国市場に適応させることに注力してきたという。
戦略の一貫として、世界最大級のコングロマリット・LVMH傘下のSephora(セフォラ)とのパートナーシップを強化。2018年にはSephoraとの共同ブランド「Kaja」を発売し、米国での売上増に貢献している。

▲「Kaja」は米国市場で高い人気を集めるほか、日本でも発売されている(Kajaのブランドサイトより)
2019年には、ジョンソン・エンド・ジョンソン傘下のベンチャーキャピタルであるJJDCから資金調達を実施。ジョンソン・エンド・ジョンソンのグローバル事業における知見、専門性、研究開発技術とMBXの顧客インサイトノウハウを融合させて戦略を展開してきたこともまた、米国市場での規模拡大に役立ったはずだ。
同年11月には、ブランド名、及び社名をMBXに変更。米国市場での拡大を目指して、新たに経営陣を任命し、「データ駆動型パーソナライズ」の戦略を強調した。この年、米国ビジネス誌・Fast Companyによる「世界で最も革新的な企業ランキング」の美容部門9位にMBXがランクインしている。
同社では、創業時から蓄積した数百万人のデータを基盤に、商品レビュー、購買履歴、SNS行動データを分析して、消費者のニーズと未開拓市場を特定し、商品開発を行っている。例えば、米国消費者のライフスタイルに寄り添って誕生したブランド「I Dew Care」は、10ステップもの段階を踏むK-ビューティーのスキンケアとは異なり、ステップを簡素化しつつ高機能なスキンケア商品を提供。このアプローチが功を奏し、米国市場で人気を獲得した。

▲「I Dew Care」では、忙しくて洗髪できないときや運動後、旅行中などに髪のベタつきを抑える「ドライシャンプー」も人気だという(I Dew Careのブランドサイトより)
2025年現在も、「データ駆動型パーソナライズ」のアプローチを軸に、事業成長を続ける。2024年5月27日、同社はSamsung Securities(サムスン証券)をIPO主幹事として選定したことを正式発表。世界の美容業界における主要プレーヤーとしての地位確立に向けて、着々と歩を進めている。
ユニコーン「MUSINSA」は“コミュニティ主導”で文化のハブに
K-カルチャー、K-ビューティーの人気の高まりを受け、K-ファッションの注目度も世界的に高まり始めている。
2001年に設立され、2019年に韓国で10社目となるユニコーンとなった「MUSINSA」は、韓国の主要なファッションECサイトに成長。「コミュニティ主導のアプローチ」や「新進気鋭のデザイナーとのパートナーシップ」を武器に、グローバルでも確実に支持を得ている。

▲MUSINSAを創業した若手起業家のManho Cho氏。創業当時、彼はスニーカーを愛する高校生だった(出典:MUSINSAのプレスリリース)
MUSINSAの2025年第2四半期の売上高は、約3,777億ウォン(約400億円)、営業利益は413億ウォン(約44億円)、純利益は408億ウォン(約43億円)で過去最高に。純利益は前年同期比で462.8%増となった。
創業当初、MUSINSAはスニーカーの写真やレビューを共有するスニーカー愛好家向けのオンラインコミュニティから事業を開始した。その後、ファッションコミュニティ、ECサイトとシフトし、2021年に女性向けECサイトの「29CM」と「Styleshare」を買収。2022年からグローバルストアを展開している。
事業の規模が拡大しても、「コミュニティ主導」のアプローチは変わらず生き続けている。同社ではユーザー生成コンテンツ(UGC)を活用し、スタイル共有やレビューを促進。ファッション愛好家が集まる「文化のハブ」として、ブランドと消費者のつながりを強化してきた。

▲MUSINSAには大量の「写真付きレビュー」が投稿され、ファッションSNSのような側面がある(MUSINSAのECサイトより)
MUSINSAのレビューは韓国からしか行えないが(2025年9月時点)、それでもサイト上にはレビューが多く集まり、中には6000を超えるアイテムも。特筆すべきは「写真付きレビュー」の多さだ。同社は、レビュー投稿を奨励するインセンティブ施策を導入し、着用写真や詳細な内容、1カ月経過後の長期使用感の投稿、ランキング上位者などに積極的に特別報酬を提供。集めたポイントは購入時の割引として活用できるほか、会員ランクの向上にも寄与する。
新進気鋭ブランドの育成を支援し、国内外で人気を獲得
加えて、ニッチな国内外のブランドとのパートナーシップ、育成にも注力している。MUSINSAでは、「パートナーブランドの成功は自社の成功である」という理念のもと、中小企業のブランドに対して、無利子の融資やマーケティングなどを提供。支援策は年々充実しており、2025年度は約7,300万ドル(約108億円)の出資を見込んでいるという。

▲MUSINSA内で急成長している韓国発ブランド「OHESHIO(オヘシオ)」(出典:MUSINSAのプレスリリース)
実際にパートナー企業の業績は好調で、2024年にはプラットフォーム上の8,500ブランドのうち、PBを除く1,931ブランドの年間GMV(流通取引総額)が、73,000ドル(約1,080万)以上となり、前年比18%増となった。
2015年に誕生した自社オリジナルブランド「MUSINSA STANDARD」も、ラインアップを拡充して主力ブランドの一つに成長。韓国人の有名俳優をアンバサダーに据えるなど大々的にプロモーションを展開している。

▲渋谷にオープンした韓国ブランド「MATIN KIM」は、行列ができるほどの反響に(出典:MUSINSA JAPANのプレスリリース)
国外での成長も目覚ましい。日本での展開は精力的で、2021年以降、何度もポップアップストアを重ねている。この10月には過去最大級のポップアップストアを渋谷で開催予定だ。さらに、MUSINSAが日本市場における独占販売契約を締結した韓国ブランド「MATIN KIM(マーティンキム)」は、2025年4月に旗艦店を渋谷にオープン。開業時は行列ができるなど、好調なスタートを切っている。

▲韓国で展開するオフラインストア「MUSINSA EMPTY」は、オフラインの売上高の半分以上を外国人顧客が占めた(出典:MUSINSAのプレスリリース)
また、韓国内外のデザイナーブランドのコレクションを提供する韓国内のセレクトショップ「MUSINSA EMPTY(エンプティ)」では、2025年上半期のオフライン売上高の半分以上を外国人顧客が占めたという。売上高は前年比61%増となり、グローバルでも支持を集めている現状がうかがえる。
MUSINSAは、2025年後半からオンライン・オフラインともにグローバル展開を加速させるとプレスリリースで発表。現在の13地域から、中国を含む地域に拡大する予定だ。
編集後記
K-カルチャーによって築かれた土台を有効活用して、海外市場を攻めるK-ビューティー、K-ファッション。多くの日本人女性にとって、すでにK-ビューティーはあたり前の選択肢となり日常に溶け込んでいる。K-ファッションもいずれ、同様のポジションを獲得するかもしれない。トレンドの兆しを捉える感度の高さや打ち手の早さ、テクノロジーと文化の融合など、K-ビューティー、K-ファッションから学べる点は多くありそうだ。
(取材・文:小林香織)