新技術で進化した“次世代型地熱発電”ロードマップとは?既存の制約や課題を打破して世界有数の地熱大国となるか
パリ協定で定められた「世界の気温上昇を産業革命前に比べ1.5度までに抑える」を達成するための指標として、先進国では「2050年までにCO2排出量をゼロにする」ことが目標になっています。これがいわゆるカーボンニュートラルですが、日本でも段階的な目標として2030年までにCO2排出量を46%削減することを目指しています。TOMORUBAの連載「カーボンニュートラル達成への道」では、各業界がどのように脱炭素に向けた取り組みをしているのか追いかけていきます。
今回のテーマは2025年10月に経済産業省の官民協議会によって公開された「次世代型地熱発電のロードマップ」です。地熱発電が注目されてきた背景を振り返りながら、次世代型地熱発電がどのようなものか、ロードマップの全体像などを解説していきます。
大きな課題を打破したことで再び注目が集まった地熱発電
日本は2050年カーボンニュートラル実現を掲げ、再生可能エネルギー比率の拡大を国の最重要方針の一つに位置づけています。第7次エネルギー基本計画では、太陽光や風力と並び、安定した出力を持つ「地熱発電」を中核電源の一つと明記しました。地熱は天候に左右されにくく、年間を通じて稼働率が高い「ベースロード電源」として期待されています。
参照記事:最新の「エネルギー基本計画」では原子力の活用が方針転換。AI、DX、GXの普及も課題に?新計画の内容を解説 - TOMORUBA (トモルバ) - 事業を活性化するメディア
しかし、従来の地熱開発には大きな壁がありました。火山帯に偏在する地熱資源の多くが国立・国定公園の区域と重なり、環境規制による開発制限が厳しいこと、さらに掘削コストや試掘リスクの高さが課題とされてきました。こうした背景のもと、経済産業省は2025年10月31日に開催した「次世代型地熱推進官民協議会」で、これらの制約を打破する新しいロードマップを公表しました。
この「次世代型地熱発電ロードマップ」は、2050年までに地熱発電容量を7.7ギガワット(原子力発電所7基分相当)まで拡大することを目標としています 。特徴的なのは、熱水や天然の貯留層に依存せず発電できる革新的な技術を取り入れている点です。これにより、火山地帯以外の地域や都市近郊でも開発が可能となり、エネルギーの地産地消を促進する「地域型電源」としての可能性が広がります。
参照ページ:次世代型地熱推進官民協議会|経済産業省
地熱発電ロードマップの柱となる3つの新技術
今回のロードマップで軸となるのが、以下の3技術です。いずれも従来型の地熱発電に比べて開発エリアを大幅に拡張し、出力・効率の向上を実現することを目指しています。
超臨界地熱
マグマ上部の400〜600℃の高温高圧流体(超臨界熱水)を利用する方式で、従来の地熱井より3倍以上の深度(3〜6km)に達します。坑井1本あたり1.5〜5万kWという大出力が期待されており、発電コストの大幅な低減につながる可能性があります 。
一方で、高温・高圧環境下での掘削や耐腐食素材の開発、シリカ析出の制御など、技術的課題は多く、実用化には長期的な検証が必要です。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は現在、湯沢南部・葛根田・八幡平・九重の4地域で実証調査を進めています。
クローズドループ(Closed-loop)
人工的に構築したループ内で水を循環させ、地熱層の熱で蒸気化して発電する仕組みです。地熱水や亀裂を必要としないため、従来のように温泉や自然公園に依存する必要がなく、平地や都市近郊でも開発可能です 。
ドイツではEavor社が世界初の商用クローズドループ発電所を建設中で、中部電力や鹿島建設も出資しています。国内でも掘削コスト削減と熱伝導効率向上を両立させる技術開発が進められています。
EGS(Enhanced Geothermal System)
人工的に岩盤へ亀裂を作り、循環水を注入して蒸気を取り出す方式です。アメリカではFervo Energy社がこの技術を商用レベルまで高め、Googleとの間でデータセンター向け電力供給契約を締結しています。微小地震の抑制技術(ISMP)や流体回収率向上など、社会受容性にも配慮した運用が進んでいます 。
ロードマップの全体像:2050年に7.7GWを目指す
経産省が策定したロードマップでは、2035〜2050年の15年間で約7.7GWの導入を目標としています。これは、次世代型地熱の技術革新により採算性が高い上位10%のポテンシャルエリアを開発した場合の想定値です 。
段階的な導入スケジュールは以下の通りです。
・フェーズ1(〜2030年):掘削・熱回収技術の実証、国内先行導入の準備段階
・フェーズ2(2030年代前半〜2040年):早期稼働地域を中心に34地域・約1.4GWの開発
・フェーズ3(2040〜2050年):全国84地域に展開し、合計7.7GWを達成
また、経産省は「7.7GWを上限ではなく通過点」とし、さらなる導入拡大を見据えています 。IEA(国際エネルギー機関)は日本のEGS技術ポテンシャルを最大2〜3TWe(テラワット級)と評価しており、技術革新次第では世界有数の地熱大国に成長する可能性もあります。
参照ページ:第3回次世代型地熱推進官民協議会の議事 を踏まえた第4回資料における対応について|経済産業省
官民の連携体制と制度整備
次世代型地熱推進官民協議会には、大学、地熱事業者、掘削事業者、金融機関、JOGMEC、NEDOなど、約100の企業・団体が参加しています 。協議会は2025年10月に「中間とりまとめ」を公表し、技術開発・法制度・地域調整の3領域で官民連携を強化する方針を明示しました。
今後の重点課題は次の3点です。
1.制度面の整備:温泉法や自然公園法との関係整理、掘削許認可の迅速化など。環境省や林野庁との連携が必要とされています。
2.ファイナンス支援と保証制度:技術リスクの高い初期段階における投資環境を整備するため、政府保証やグリーンファイナンスの活用を検討。
3.地域との合意形成:地元温泉事業者や自治体との協調が不可欠であり、早期の情報公開と説明責任が求められています。
また、各技術ごとにワーキンググループを設置し、継続的な協議を行う体制も整備されます 。単なる技術開発だけでなく、社会的受容性や制度基盤を同時に整える「総合ロードマップ」として進められています。
世界で進む次世代地熱の潮流
次世代型地熱開発は、日本だけでなく世界でも注目を集めています。
・米国では、エネルギー省(DOE)が「Geothermal Shot」構想を掲げ、EGSの発電コストを2035年までに現在の10分の1にあたる6.5円/kWhへ削減する目標を設定しています。Fervo Energy社は掘削時間を70%短縮し、既に実証段階に入っています。
・アイスランド・ニュージーランドでは、超臨界掘削の技術開発が進み、IDDP(アイスランド深部掘削プロジェクト)では5km級掘削での熱流体採取に成功しました。
・ドイツでは、Eavor社が商用クローズドループ発電を建設中で、電力と熱供給を組み合わせた「ハイブリッド型再エネモデル」として注目を集めています。
日本もこれら海外事例を参照しながら、掘削技術や資材調達の国産化、海外企業との共同開発を推進する計画です 。
編集後記
地熱エネルギーは、日本が持つ豊富な地下資源を活かした「国産再エネ」です。今回のロードマップは、単なるエネルギー計画ではなく、地熱を軸とした新しい産業政策の青写真でもあります。
安定電源としての地熱の価値は、変動電源が増えるほどに高まります。今後、超臨界・クローズドループ・EGSという三本柱の技術が社会実装されれば、日本は“静かなる再エネ大国”として新たなステージに立つことになるでしょう。2050年、地中の熱が日本の未来を支える日が、現実のものになりつつあります。
(TOMORUBA編集部 久野太一)
■連載一覧
第1回:地球の持続可能性を占うカーボンニュートラル達成への道。各国の目標や関連分野などの基礎知識
第2回:カーボンニュートラルに「全力チャレンジ」する自動車業界のマイルストーンとイノベーションの種
第3回:もう改善余地がない?カーボンニュートラル達成のために産業部門に課された高いハードルとは
第4回:カーボンニュートラル実現のために、家庭や業務はどう変わる?キーワードは省エネ・エネルギー転換・データ駆動型社会
第5回:圧倒的なCO2排出量かつ電力構成比トップの火力発電。カーボンニュートラルに向けた戦略とは
第6回:カーボンニュートラルに向けた原子力をめぐる政策と、日本独自の事情を加味した落とし所とは
第7回:カーボンニュートラルに欠かせない再生可能エネルギー。国内で主軸になる二つの発電方法
第8回:必ずCO2を排出してしまうコンクリート・セメントを代替する「カーボンネガティブコンクリート」とは?
第9回:ポテンシャルの高い洋上風力発電がヨーロッパで主流でも日本で出遅れている理由は?
第10回:成長スピードが課題。太陽光・風力発電の効果を最大化する「蓄電池」の現状とは
第11回:ロシアのエネルギー資源と経済制裁はカーボンニュートラルにどのような影響を与えるか?
第12回:水素燃料電池車(FCV)は“失敗”ではなく急成長中!水素バス・水素電車はどのように社会実装が進んでいる?
第13回:国内CO2排出量の14%を占める鉄鋼業。カーボンニュートラル実現に向けた課題と期待の新技術「COURSE50」とは
第14回:プラスチックのリサイクルで出遅れる日本。知られていない国内基準と国際基準の違いとは
第15回:カーボンニュートラルを実現したらガス業界はどうなる?ガス業界が描く3つのシナリオとは
第16回:実は世界3位の地熱発電資源を保有する日本!優秀なベースロード電源としてのポテンシャルとは
第17回:牛の“げっぷ”が畜産で最大の課題。CO2の28倍の温室効果を持つメタン削減の道筋は?
第18回:回収したCO2を資源にする「メタネーション」が火力発電やガス業界に与える影響は?
第19回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?米・独・英の特徴的な政策とは【各国の政策:前編】
第20回:カーボンニュートラル達成に向け、なぜ「政策」が重要なのか?仏・中・ポーランドの特徴的な政策とは【各国の政策:後編】
第21回:海水をCO2回収タンクにする「海のカーボンニュートラル」の新技術とは?
第22回:ビル・ゲイツ氏が提唱する「グリーンプレミアム」とは?カーボンニュートラルを理解するための重要な指標
第23回:内閣府が初公表し注目される、環境対策を考慮した「グリーンGDP」はGDPに代わる指標となるか?
第24回:カーボンニュートラルの「知財」はなぜ重要か?日本が知財競争力1位となった4分野とは
第25回:再エネ資源の宝庫であるアフリカ。カーボンニュートラルの現状とポテンシャルは?
第26回:「ゼロ・エミッション火力プラント」の巨大なインパクト。圧倒的なCO2排出を占める火力発電をどうやって“ゼロ”にするのか?
第27回:消費者の行動変容を促す「カーボンフットプリント」は、なぜカーボンニュートラル達成のために重要なのか
第28回:脱炭素ドミノを目指す「地域脱炭素ロードマップ」と「脱炭素先行地域」の戦略とは?
第29回:次世代原発の『小型原子炉』はなぜ低コストで非常時の安全性が高いのか?
第30回:『SAF』なら燃焼しても実質CO2排出ゼロ?廃食油をリサイクルして製造する次世代型航空燃料とは
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第32回:80年代から途上国に輸出される『福岡方式』とは?温暖化防止にもつながる再現性の高いゴミ問題の解決策
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第36回:間もなく普及が完了する次世代電力計『スマートメーター』が脱炭素に与える影響と、新たなビジネスチャンスとは
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第38回:「GX基本方針」で示されたふたつの目標とは。「GX推進法」「GX推進戦略」との違いなど解説
第39回:「電力貯蔵技術」がなぜ脱化石燃料と再エネ活用の促進になるのか?脱炭素達成にはマストの重要な技術を解説
第40回:『脱炭素アプリ』でどうやって企業や自治体のカーボンニュートラルを実現するのか?仕組みと事例を解説
第41回:「米国インフレ抑制法(IRA)」がなぜカーボンニュートラルに貢献するのか?バイデン政権が3910億ドル投じる肝入りの政策を解説
第42回:GI基金も支援する水素サプライチェーン・プラットフォーム。化石燃料の代替として期待がかかる水素技術の未来とは
第43回:国土交通白書が掲げる「カーボンニュートラル貢献」と「生産性向上」の両輪を回す新技術とその事例とは
第44回:政府が本腰で取り組む「水素・アンモニア」の燃料としてのポテンシャルと、社会実装までの展望とは
第45回:『GX脱炭素電源法』が批判される理由とは?GX基本方針との関連や、60年超の原発稼働が可能になった背景など解説
第46回:2030年には全ての新築を『ZEB(ゼブ)』『ZEH(ゼッチ)』に。建物の消費エネルギーをネットゼロにする省エネと創エネのアプローチとは?
第47回:『バイオマスエネルギー』でゴミを再エネに変える!ジェット燃料や土壌改善にも活用できる未来の資源とは