
「通わせたいのに通えない」共働き子育て世帯の悩みを解消――エデューレエルシーエー×habが共創する新たな子ども送迎モデル<Be Smart Tokyo実装事例#3>
東京都は、独創性・機動力にあふれるスタートアップ等への支援を通じて、都内全域をフィールドにスマートサービスを実装する「Be Smart Tokyo」プロジェクトを推進している。このプロジェクトの支援を受け、子ども向け英語スクールを運営する株式会社エデューレエルシーエーと、送迎事業を通じて子育て環境の改善や体験格差の是正に取り組むhab株式会社は、2025年2月から実証実験を開始した。
この実証実験では、エデューレエルシーエーが運営する英語スクール「TGGスクール by LCA」と小学校・自宅間の送迎において、既存のスクールバスに加えてhabの送迎ソリューションを導入。利便性向上、車両運営コストの抑制や、スタッフの業務負荷軽減を目指した。この取り組みによって、一定の成果が得られたことから、本格導入が決定。現在はさらなる改善に向け、新たな機能の開発も進められている。
TOMORUBAでは、「Be Smart Tokyo supported by eiicon」の実装事例の第3弾として、エデューレエルシーエーの田口氏とhabの豊田氏にインタビューを実施。今回の共創の舞台でもある東京都江東区青海にある体験型英語学習施設「TOKYO GLOBAL GATEWAY(TGG)」において、両者がタッグを組んだ背景や実証実験での手応え、今後の展望について聞いた。
子ども向け送迎サービスを通じて、保護者の負担を軽減し、体験格差の少ない社会へ
――まず、hab株式会社 代表の豊田さんに創業背景に関してお聞きします。どのような課題や想いから、子ども向けの送迎サービスを始めようと思われたのでしょうか。
hab・豊田氏: スイミングや学童、学習塾など、お子さんを対象とした施設では、現在、人手不足という大きな課題を抱えています。こうした施設では、保護者の負担軽減を目的に送迎サービスの導入が進んでいますが、自社でドライバーを雇うとなると手間やコストがかかり、その負担に対応できない事業者が増えているのが現状です。
一方で、共働きの子育て世帯の増加により送迎が難しくなったことで、通いたい習い事を諦めざるをえない家庭も増えています。私たちが解決したいのはまさにこの社会課題です。当社の送迎サービスを導入する施設を増やすことで、送迎の負担を軽減して通いやすさを向上させたいと考えています。そうすることで、昨今よく耳にする子どもたちの体験格差の是正にもつなげられると考えています。

▲hab株式会社 代表取締役兼CEO 豊田洋平 氏
――実際、どの程度の共働き子育て世帯が「習い事の送迎」に課題感を持っているのですか。
hab・豊田氏: 横浜を対象に調査したところ、共働きの保護者のうち約半数が、子どもの習い事のために自分の働き方を変えたり、逆に自分の仕事のために子どもに習い事を諦めさせたりした経験があると答えています。現在、地域によっては共働き子育て世帯は全体の7~8割にも達しており、「習い事の送迎」は多くの保護者が抱える悩みだと捉えています。
――そうした悩みを解決する御社の送迎サービスですが、概要について教えてください。
hab・豊田氏: 子どもの送迎の導入や運用が難しいと感じている事業者さんに向けて、送迎に関するあらゆるソリューションを提供しています。まだ至らない部分も多いですが、「すべて任せられる仕組み」を目指して体制を整えているところです。
送迎の手配は本当に大変です。保護者とのやり取り、運行会社や自社スタッフとの調整など、日々さまざまな業務が発生します。前日までに予定が固まっていればまだしも、お子さんの急な体調不良や学校行事などで、当日朝の段階でも予定は頻繁に変わります。こうした煩雑な送迎業務を、事業者さんに代わって丸ごと引き受ける。それが、私たちのサービスの強みにしたい点です。
――具体的に、どのような仕組みで運営されているのか、サービスの特徴を教えてください。
hab・豊田氏: まず、施設側で車両を用意する必要がありません。私たちが地域のタクシー会社やバス会社と提携し、施設と運行会社をマッチングする仕組みになっています。自社で車両を保有する場合、利用が増えた際などに車両が足りなくなることもあると聞きます。その点、当社は複数の運行会社と連携しているため、車両不足に陥ることはなく、供給力を担保できます。
また、保護者の方に安心していただけるよう、送迎中の車両の位置情報をリアルタイムで確認できるシステムも導入しています。ドライバーがアプリで乗降を管理し、その情報が保護者に通知されます。お子さんが今どこにいるのかが分かるため、不安の軽減にもつながっています。
「通いたくても通えない」―TGGスクール by LCAが直面した子どもたちの送迎問題
――続いて、エデューレエルシーエー(以下、エデューレ LCA)の田口さんにお伺いします。まずは、御社の事業概要について教えてください。
エデューレ LCA・田口氏: 当社は英語教育事業を展開しており、神奈川県相模原市において英語イマージョン教育(※)を実践する国際小学校・プリスクールを運営しています。2026年4月には北軽井沢でも同様のプリスクールと小学校を開校予定です。
英語スクール事業では、東京都江東区・立川市のTGGスクール by LCAのほか、相模原市でもWeekendスクールやシーズンスクールを開講。さらに、教材開発や、学校・塾への英語カリキュラム提供、英語教育に関する業務委託なども幅広く手がけています。
※言語を「学ぶ対象」としてだけでなく、「学ぶための道具」として活用する教育方法

▲株式会社エデューレ エルシーエー 社長室 次長/社長室 TGG スクール BLUE OCEAN課 課長 田口紀子 氏
――本日の取材場所でもある「TOKYO GLOBAL GATEWAY(以下、TGG)」についてもお聞かせください。御社も運営に携わっているとのことですが、この施設の目的や概要は?
エデューレ LCA・田口氏: TGGは、児童・生徒が英語を使用する楽しさや必要性を体感し、英語学習の意欲向上のきっかけ作りとなるよう、東京都が2018年9月に開設した、体験型英語学習施設です。この施設は、東京都教育委員会の監督のもと、5社の民間企業で構成される株式会社TOKYO GLOBAL GATEWAYが運営しています。構成企業は、学研ホールディングス、市進ホールディングス、英語教育協議会、博報堂と当社です。
この施設の使用方法は3パターンあります。1つ目が、小・中・高・大学など学校団体による課外授業での利用。2つ目が、週末のイベントなど単発での利用。そして3つ目が、通学型のスクールとしての利用です。当社はこの3つ目にあたる通学型スクール「TGGスクール by LCA」を担当しており、体験を軸としたカリキュラムの作成から運営までを一貫して担っています。

▲新しいタイプの体験型英語学習施設である「TOKYO GLOBAL GATEWAY」。同施設は、お台場エリア(江東区青海)に立地している。(画像出典:「TOKYO GLOBAL GATEWAY」HP)
――「TGGスクール by LCA」では、どのようなカリキュラムがあるのですか。また、どのような方がご利用になられていますか。
エデューレ LCA・田口氏: 平日の放課後には、小学生向けの「アフタースクール」を開講しています。週末には、言語活動を中心とした「Language Arts Course」や、幼児向けの「プリスクール」も開講しています。
英語を学ぶだけでなく、ミュージカルスクールやロボット・プログラミング、PBL(課題解決型学習)など、英語を使ってさまざまな分野に取り組むプログラムもご用意しています。
また、春休みや夏休みといった長期休暇中には、スプリングスクールやサマーキャンプなどの特別プログラムも実施しており、年間を通じて子どもたちの学びが続けられる環境を整えています。ご利用者層は、近隣にお住まいの幼児から小学生が中心で、中学受験を見据えて通われるご家庭も多いです。中には、英語での中学受験を目指す方もいらっしゃいますね。
――2025年2月に、habさんの送迎サービスを試験導入されました。導入前にはどのような課題があったのですか。
エデューレ LCA・田口氏: 開校当初は生徒数も少なく、基本的には保護者による送迎が中心でした。「小学校まで迎えに行ってほしい」という要望があると、当社のスタッフが小学校まで行き、バスや電車で付き添う対応を取っていました。ただ、やはり限界があり、3年目からはスクールバスを導入したのです。安全面を重視して、バス会社に委託する形を取りました。導入したのは定員約30人の中型バスで、導入により特に豊洲方面からたくさんの生徒が通ってくれるようになりました。
――スクールバス送迎サービスの導入効果は大きかったということですね。
エデューレ LCA・田口氏: そうですね、しかし中型バスは車体が大きいため、停車できる場所が限られます。学校からは「横断歩道の死角になるので少し離れて止めてほしい」と言われたり、送り先のマンションでも車寄せには入れず路肩に停める必要があったりと課題が多くありました。
それに、TGGの認知が広がるにつれて港区や世田谷区など遠方からの見学も増えましたが、特に共働きのご家庭では保護者の送迎が難しく、「施設やレッスン(カリキュラム)は素晴らしいけれど、距離がネックで通えない」「土曜日だけにしよう」と断念されることも少なくありませんでした。
加えて、近隣だけでも10校以上回っており、できるだけ下校時間に合わせられるよう調整をしていますが、時間が重なると対応が難しいこともあります。さらに、1人のために中型バスを運行するのは効率やコスト面で問題があり、逆に人数が増えると送迎範囲が広がり、最後のお子さんの帰宅が遅くなります。小型のバンやタクシーの追加導入も検討しましたが、観光需要の高まりで断られることも多く、そんな時に偶然テレビで見かけたのが、habさんでした。「これだ!」と感じてすぐに問い合わせをしました。
「エデューレエルシーエー × hab」で創る新しい子ども送迎モデル
――habさんの送迎サービスに対して、どのような効果を期待されていたのでしょうか。試験導入を経て感じた成果や変化についてもお聞かせください。
エデューレ LCA・田口氏: 柔軟な送迎体制が実現できるのではと期待していました。例えば、従来はバス1台で対応していたルートを、habさんのタクシー2台で対応することで、お子さんの乗車時間が短くでき、負担を軽減できます。また、GPSによる位置情報の共有や乗降時の通知サービスがあり、保護者の安心感にもつながると感じました。実際に試験導入してみて、そうした効果を実感しています。さらに、料金が1時間単位での支払いになっているため、費用面でも大幅な削減につながり、これも大きな改善点でした。
――habさん側から見た、導入の手応えもお聞きしたいです。
hab・豊田氏: 運行の柔軟性やスタッフの負荷軽減と、保護者の安心感や利便性。この2つの軸で考えたとき、当社が特に気にしていたのは後者でした。「hab」という聞きなれないベンチャーが入ることで、保護者の満足度が下がるのではないかという不安があったのです。そこで利用者アンケートを実施したところ、8割以上の方が「満足している」と回答してくださり、予想を上回る結果となりました。これは大きな成果だと感じています。
それに、これまで中型バスを走らせるほど利用者がいないエリアにも、当社のサービスであれば対応できます。実際に生徒さんを増やすこともでき、商圏拡大につなげられる可能性も見えてきました。

▲試験走行の様子
――送迎を始めてみたことで把握できた、新たな課題はありましたか。
hab・豊田氏: 試験運行では、当日までに予定が確定している送迎に対応しており、それは既存のシステムで可能でした。ただ、今直面しているのは「当日になってからの予定変更の多さ」です。特に小学3年生以下のお子さんは体調を崩しやすく、当日にキャンセルになることも少なくありません。そうなると、朝に急いでルートを組み直す必要があり、実際に配車の担当者が2時間ほどかけて対応するケースもあります。担当者の負担を減らすためにも、どこまでシステムで自動化できるかが今後の鍵です。
――上記の対策として、子どもの送迎業務を丸ごと引き受けるBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業の確立に向けて動き出されているそうですね。
hab・豊田氏: はい。まずは、保護者からの情報をどう受け取り、どう整理するかというインプット情報の部分に関して取り組みを進めていますが、キャンセルや予定変更など日々変化する情報をいかに自動で整理し、システムに反映させるかが課題です。保護者の「うっかり変更を忘れていた」といったミスを防ぐため、前日のリマインド機能や先月の予定をもとに今月を予測するAI予測機能の開発などを検討しています。こうした機能開発によって「現地に迎えに行ったら今日は休みだった」といった事態を限りなくゼロに近づけるとともに、保護者の入力負担もできるだけ減らしたいと考えています。この部分がしっかり固まれば、その先のルートの自動生成は、それほど難しくはありません。
また、英語教育事業を展開されているエデューレ LCAさんにとってもそうですが、子どもたちの乗降時間の管理や、バスのルート作成、移動手段の選択などは、本業とは関わりのない領域です。本業とは直接関係のない業務を当社で丸ごと引き受けることで、本業に集中できる環境づくりに貢献できたらと考えています。
エデューレ LCA・田口氏: 当社に入社してくる日本人スタッフの多くは、「英語を使いたい」という思いを志望動機に挙げています。送迎の調整ももちろん大切な業務ですが、できるだけ本人の希望に沿って、英語や異文化に触れられる仕事に就いてもらえたらと考えています。そうした意味でも、送迎業務を一括してお任せできるのは、とても助かります。
hab・豊田氏: 他にも、車両に広告を出すプロジェクトを進めています。子育て世帯向けに広告を出したい企業から広告費をいただき、その一部を運行経費に充てる仕組みです。こうした活動を、より多くの方たちに知っていただくことで、子どもたちの送迎問題を解決していきたいです。

「子育て世代に優しい街 東京」の実現に向けた両社の展望
――最後に、東京都における子育てや教育という観点で、両社の描く展望についてお聞かせください。
エデューレ LCA・田口氏: 従来のように教材中心の学習だけでは、実践的な英語力を身につけることは困難です。学校での学びを活かすためにも、英語を実際に使う体験の場が必要だと考えています。この課題に取り組みたいとの考えから、このTGGでの英語教育が始まりました。その中で、部活動に例えるなら、学校の授業が“練習”で、ここは“試合”の場です。“試合”に勝つことを目指すことで、毎日の“練習”方法は、実践を想定して大きく変わってくると考えています。
また、TGGでの外国人との交流も世界への視野を広げていくきっかけになります。英語に限らず他分野にも興味が拡大していくでしょう。こうした良い教育を、より多くの子どもたちに受けていただきたい。今の小学生たちが未来を担う世代だからこそ、必要な学びをしっかり届けたい。そのためにも、habさんの送迎サービスを活用し、実際に来て体験してもらえる子どもたちの数をさらに増やしていきたいと思います。
hab・豊田氏: 子どもの送迎がなくなるだけで、保護者の1日あたりの可処分時間が大幅に増えるというデータが、横浜市立大学との研究で算出されています。横浜市もこの“時間貧困”問題を大きなテーマに掲げています。一方で、「送迎は親がやって当たり前」「そこにお金をかけるの?」という空気は、まだ根強く残っています。ですが私たちは、この送迎の課題を解決することが、社会全体や企業にとってもプラスとなり、より良い循環を生み出すと考えています。だからこそ、法人の皆さまと一緒にこの課題に取り組んでいきたいです。
その先に目指しているのが、子どもたちの体験機会をもっと増やしていくことです。送迎体制が整えば、TGGさんのような素晴らしい施設に通える子どもも増えていきます。今後は、私たち自身が体験コンテンツを企画・提供する動きも進めていきます。私たちは送迎にとどまらず、こうした子どもたちのための社会インフラそのものをつくる事業を進めていきたいと思っています。

取材後記
事業者のニーズとスタートアップのソリューションが合致し、行政が導入を後押しする。そんな三者の連携が機能した好例だった。事業者は負担軽減やコスト削減を実現し、スタートアップは導入先を得ることができた。さらに、東京都で暮らす子育て世帯の困りごとも小さくなっている。三者それぞれにとって価値のある“WIN-WIN-WIN”が形になったと言えるだろう。共働き子育て世帯の増加という変化に迅速に対応していくには、一社だけでは難しい。だからこそ、こうした共創の場の意義は今後さらに高まっていくと感じた。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)