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株式会社ぐるりが台東区との連携で挑む新たな周遊観光促進とは。大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の舞台・台東区を歴史音声ガイドと共に巡る<Be Smart Tokyo実装事例#1>
東京都は、独創性・機動力にあふれるスタートアップ等への支援を通じて、都内全域をフィールドにスマートサービスを実装する「Be Smart Tokyo」プロジェクトを推進している。その一つとして、株式会社ぐるりは、東京都台東区と連携して、2025年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(以下、『べらぼう』)の主人公・蔦屋重三郎ゆかりの地を巡る歴史音声ガイドを2月にリリースした。
この歴史音声ガイドを制作したのは、「歴史を身近に触れるきっかけを提供する」をミッションに、歴史コンテンツに特化した音声ガイド「GURURI」を提供する株式会社ぐるり。横浜国立大学発のベンチャー企業で、自身の歴史好きが創業の原体験となった中野氏が運営をリードしている。
TOMORUBAは、べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館が開設された台東区民会館にて、台東区大河ドラマ活用推進担当課長の川口氏、東京観光財団の浅井氏、株式会社ぐるり代表の中野氏にインタビューを実施。「GURURI」が採用された背景や、歴史音声ガイドがシティプロモーションにもたらす可能性を3者から聞いた。
観光客の一極集中が課題、「ストーリー仕立て」で分散と周遊促進を目指す
――まず、台東区の川口さんにお聞きします。浅草寺や上野動物園など人気観光スポットを多く持つ台東区ですが、観光面ではどのような課題があるのでしょうか。
台東区・川口氏 : 台東区を訪れる観光客数はコロナ禍で激減しましたが、収束後にはインバウンドを含む観光客数が大幅に増加しています。それは歓迎すべきことですが、上野や浅草、谷中といった中心的なエリアに観光客が集中し、他の魅力的なエリアに集客できていないことが課題です。オーバーツーリズムを防ぐためにも、観光客の分散が必要だと考えています。
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▲台東区 文化産業観光部 大河ドラマ活用推進担当課長 川口卓志 氏
――浅草寺を有する台東区は、外国人観光客の多いエリアという印象があります。実際、台東区には年間どのくらいの観光客が訪れているのでしょうか。
台東区・川口氏 : 昨年の統計では、観光客全体でおよそ3,800万人(※)、そのうち外国人観光客は、440万人あまりで1割程度でした。実際の数字では、日本人観光客が圧倒的に多いのですが、台東区の中心的な観光地に多くの外国人が集中して来訪していることが目立っているからではないかと考えています。
――2025年1月より、江戸時代の台東区を主な舞台にした大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」が放送開始されました。台東区としてはどのような準備をされてきたのですか。
台東区・川口氏 : 実は、本格的に準備を開始したのは、2024年春頃からです。通常、自治体は大河ドラマのロケ地誘致段階から協議会を立ち上げ、何年もかけて準備を進めます。しかし、私たちの場合は誘致活動を行っていなかったため、大河ドラマ「べらぼう」放送決定後に協議会(※)を発足させました。
その後、「べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館」や江戸文化に関連する商品を販売する「たいとう江戸もの市」、特設公式サイトなどを急いで準備しました。追加で補正予算を組むなど、必要な準備を急ピッチで進めてきたというのが実際のところです。
※台東区大河ドラマ「べらぼう」活用推進協議会:台東区のほか商業・観光団体、鉄道各社等を含む17団体が参加。
――台東区が大河ドラマの主要な舞台になったことで、どのような期待感をお持ちですか。
台東区・川口氏 : 人気観光地から周辺エリアへと周遊を促すためには、時代背景や当時の文化などをストーリー立てて伝え、「他のエリアにも行ってみたい」と思ってもらえる仕掛け作りが重要だと考えています。今回の大河ドラマで言えば、浅草の中心部から浅草の北側に位置する吉原(台東区千束)への周遊を促進することで、観光客を分散させていけるのではないかと期待しています。
――浅井さんにもお聞きしたいのですが、浅井さんは昨年まで東京都庁の戦略広報部におられ、今年から東京観光財団に異動されたと伺っています。「べらぼう」とは、どのような関わり方をされてきたのでしょうか。
東京観光財団・浅井氏 : NHKさんから「今度の大河ドラマは江戸時代の東京が舞台になるかもしれない」というお話は、早い段階から聞いていました。東京都も、江戸の文化や史跡の魅力・価値を引き出し、広く発信していくことに力を入れているので、その話を聞いた際には、とても良い話だと感じました。「一緒に広報活動ができたらいいですね」というお話をしたのも覚えています。
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▲公益財団法人 東京観光財団 観光事業部 プロモーション担当部長 浅井奈穂子 氏
――台東区にぐるりさんのサービスを紹介されたのも浅井さんだと伺いましたが、ぐるりさんとの出会いについて教えていただけますか。
東京観光財団・浅井氏 : 現在、東京観光財団の観光事業部でプロモーションを担当しているのですが、特にインバウンドに関しては、デジタル技術を活かして情報発信していくことが重要だと考えており、デジタルファーストのアプローチを模索していました。そんな時に、企業とスタートアップをつなげる「Morning Pitch」というイベントで、ぐるりさんのピッチを拝見したのです。
浅草寺や雷門のような有名な観光スポットは分かりやすいですが、隠れた穴場スポットは魅力が伝わりづらいことが多いです。外国人に人気の理由は、例えば浅草寺が日本の伝統と文化を象徴する場所で、外国人観光客にとって日本の歴史や文化に触れる貴重な体験ができるからですね。
観光スポットにストーリーが加われば多くの人に楽しんでもらえるのではないかと考え、ぐるりさんのサービスに興味を持ちました。デジタルやMaaS(Mobility as a Service)などを活用して観光地を周遊させることは、どの自治体にとっても課題で、様々な取り組みを行っていますが、単に周遊させるだけでなく、ストーリー性を加えて場所の魅力を伝えられる点が、非常に優れていると思います。
――ぐるりさんを台東区さんに紹介したのは、いつ頃だったのでしょうか。
東京観光財団・浅井氏 : その後、台東区で大河ドラマを活用したプロモーションを計画していると聞き、昨年の秋頃に、台東区にぐるりさんを紹介しました。すると、紹介したその日に導入を決めていただき、ドラマ館の開設日と同日に間に合わせることができたのです。迅速な意思決定には驚きましたね。
――ぐるりさんは自治体との連携プロジェクトを多く手がけておられますが、台東区の意思決定の速さについては、どのように感じられましたか。
ぐるり・中野氏 : 台東区さんのスピード感には正直驚きました。自治体は、多くの関係者との合意形成などもあり、意思決定に時間がかかるということが、多いと感じています。
しかし、今回は迅速に導入を決めていただき、さらには「Be Smart Tokyo」の一環で取り組んだことから、制作費用も持ち出しにならずに済みました。ビジネスという観点でもご支援いただけたと感じています。
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▲株式会社ぐるり 代表取締役 中野賢伸 氏
――協議会などもある中で、迅速に意思決定できた理由は?
台東区・川口氏 : スピード感が求められる事業だったため、枠組みを決めたうえで相乗効果が期待でき、訪問客にとって有益なものであれば、どんどん決めていくというスタンスで進めていました。そうしないと、物事が進まなくなるからです。課題を解決できるものであれば、即座に導入を決められるよう準備していたことが、迅速な意思決定につながったのだと思います。
大河ドラマ×シティプロモーションにおける「歴史音声ガイド」というアプローチの有効性
――大河ドラマに絡めたシティプロモーションとして様々な手法がある中で、「歴史音声ガイド」というアプローチを選んだ理由や、このサービスの可能性についてお聞かせください。
台東区・川口氏 : 史跡などを紹介する際、ストーリーが重要だと考えています。単に「ここにこういうものがあります」と情報提供するだけでは観光客の心に響きません。ストーリー立てたものを提供したほうがいいだろうと考え、歴史音声ガイドに興味を持ちました。また、様々なバリアフリーの手段がありますが、“音で聞ける”という方法は多くの方に配慮できるものだと考えたことも、歴史音声ガイドに惹かれた理由の1つです。
――浅井さんはいかがですか。
東京観光財団・浅井氏 : これまでインバウンドの方々は、浅草寺やスカイツリーといった定番スポットを観光されることが多かったのですが、最近は少し状況が変わってきています。より日本人の日常に触れたいという気持ちから「スライス・オブ・ライフ」や、よりニッチなスポットに興味を持つ傾向が高まっています。
例えば、八王子城跡(関東地方屈指の山城、「日本100名城」に選定)、史跡ではないですが高円寺(フォーク・ロックの聖地)や中野ブロードウェイ(サブカルの発信地)なども人気を集めています。したがって、今までよりも細かなところまで情報発信していくことが効果的だと思っています。
そうした中、ぐるりさんの歴史音声ガイドは情報提供が簡単で、アプリをダウンロードする必要もなく、その場にあるQRコードをスキャンするだけでアクセスできます。インバウンドの方たちのニーズを満たせる良いツールになると思うのです。今回の「見返り柳(※)」などもそうですが、説明を加えることで全く違った印象を与えられます。東京や江戸の魅力がより深く伝わり「何度も足を運びたい」と思う場所になっていけばと思っています。
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※「見返り柳」:遊郭帰りの客が名残を惜しみつつ、この柳の付近で振り返ったことから、この名前がついている。(画像出典:台東区公式観光情報サイト)
――中野さんは、どのような想いで歴史音声ガイド「GURURI」を開発されたのですか。
ぐるり・中野氏 : まず「歴史」に着目した理由ですが、もともと私は歴史好きで、例えば司馬遼太郎の小説を読んでその舞台に足を運ぶといった、史跡巡りが大好きなんです。ただ、こうした趣味を持つ人は年齢層が高く、大学の同級生には同じ趣味を持つ人がほとんどいませんでした。そこで、20代や30代、さらには小中学生などにも、史跡巡りのおもしろさを知ってもられたらと考え、歴史をテーマにしました。
「音声ガイド」という方法を選んだ背景ですが、寺社仏閣や史跡などに行くと説明板がよく設置されています。しかし、立ち止まってじっくり読む人は少なく、通り過ぎてしまう方が大半です。歩きながら耳で情報をインプットできた方が便利なのではないかと考え、この方法にしました。
――確かに、説明板を最後まで読むことはあまりありませんね。この「歴史音声ガイド」を地域に導入することで、どのような効果があるとお考えですか。
ぐるり・中野氏 : 効果は大きく2つあると考えています。1つは、横浜や鎌倉、台東区のようにすでに集客力を持つエリアでは周遊を促せること。もう1つは、「GURURI」はプラットフォームなので、有名な観光地だけではなくマイナーな場所も登録しています。そうしたマイナーな地域に対しては、コンテンツを一緒に作ることで、誘客やPRにつなげられる効果があると考えています。
――「GURURI」のユーザーからは、どのような声が寄せられていますか。
ぐるり・中野氏 : 例えば、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をテーマにした音声ガイドでは、ドラマを見て聖地巡礼をする方が多く、「実際に現地で使いました」という声をいただきました。また、現地に行かなくても聞けるため、事前の下調べや移動中に聞いておられる方もおり、現地での利用に限らずさまざまなシーンで活用されていると感じます。
歴史音声ガイド『江戸文化の仕掛人〜蔦屋重三郎ゆかりの地〜』の見どころと今後の展望
――今回は「Be Smart Tokyo」プロジェクトの一環として、大河ドラマ『べらぼう』のゆかりの地を紹介する歴史音声ガイド『江戸文化の仕掛人〜蔦屋重三郎ゆかりの地〜』を制作されましたが、工夫した点があれば教えてください。
ぐるり・中野氏 : 現在、「蔦重ゆかりの地 台東区」公式サイトで、「蔦屋重三郎ゆかりの地」として取り上げられている17スポットを掲載しています。大河ドラマのストーリーに沿って、各スポットを作り込んでいます。舞台である吉原には、見返り柳や石碑のようにわずかな痕跡しか残っていませんが、それでもドラマのストーリーと重ねることで、そこを訪れた際に実感が湧くよう工夫しました。
また、聞きやすさにもこだわりました。1コンテンツは300文字程度を目安とし、長すぎると聞きづらくなるので、なるべく分けて制作しています。自動音声ではなく、ナレーターの方に読んでいただいていて、人の声で届けるようにしています。それ以外では、台東区さんとの連携で、キービジュアルにはマスコットキャラクター「つたいやん」を使わせていただき、親しみやすいデザインにしました。
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▲歴史音声ガイド「GURURI」の画面。地域の歴史を伝える史跡などのコンテンツに特化して地図上に集約。さらに、音声ガイドを無料で聞くことができる。
――台東区では、どのように協力をされているのですか。
台東区・川口氏 : このサービスのことを広く知ってもらう必要があるので、大河ドラマ館を起点に運行している「蔦重ゆかりの地 循環バス」の座席ポケットに、音声ガイドのQRコードがついたチラシを設置しました。ゆかりの地には、お墓や石碑くらいしか残っているものがありませんので、音声で案内を聞きながら街を巡る方法が伝わりやすいと考えています。
――今後、この歴史音声ガイドをどのように進化させていきたいですか。
ぐるり・中野氏 : 現段階では、大河ドラマ館の開設に合わせてベースが完成した状態ですので、今後はコンテンツを拡充し、モデルコースなども表示させていきたいと思っています。また、ナレーターさんの声ではなく、現地のボランティアガイドさんの声で紹介をする取り組みも検討していきたいです。
――今回、東京都の「Be Smart Tokyo」プロジェクトの支援も受けながら社会実装されました。どのような魅力がありましたか。
ぐるり・中野氏 : 年度に縛られずに進められた点が非常に良かったと感じています。実際、私たちがこのコンテンツ制作の議論を始めたのが2024年11月頃で、2025年2月にはリリースすることができました。年度に制約されない柔軟さとスピード感に非常に助けられたと感じます。
――最後に浅井さんと川口さんにお伺いしますが、今後どのように東京都や台東区の観光を発展させていきたいとお考えですか。
東京観光財団・浅井氏 : 東京都のインバウンドが成長期に入ったのは、台東区のような自治体や事業者の皆さんの努力のおかげだと思います。東京都や東京観光財団は、観光客の声に耳を傾けながら、皆さんの支援になるような取り組みを行っていきたいと考えています。
例えば、東京の観光公式サイト「GO TOKYO」(9言語10種類)に、新たにエンターテイメント等のチケット情報の専用ページを昨年スタートしました。インバウンドの方々に観光施設や公演等のチケットをスムーズに購入していただくために、歌舞伎鑑賞や相撲観戦、工芸品づくり等の伝統文化の体験、当日から1週間先までに開催される公演など、多彩なコンテンツを掲載しています。2026年春には、江戸東京博物館がリニューアルオープンします。この大河ドラマ館や台東区の取り組みをお手本に学ばせていただき、一緒にレガシーとして残していきたいと思います。
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東京の観光公式サイト「GO TOKYO」におけるインバウンド向けチケット情報の専用ページ
台東区・川口氏 : 冒頭でもお話ししたように、観光客の分散化には引き続き力を入れていきたいと考えていますし、台東区の歴史・文化の魅力を発信していきたいと考えています。今回の大河ドラマを通じて多くの新しい発見があり、「台東区にはこんな背景歴史・文化があったんだ」と気づくことができました。大河ドラマが終了しても、浅井さんがおっしゃったように、今回の取り組みのレガシーを残せるようにしたいです。オーバーツーリズムにならないよう配慮しつつ、地域の方々に喜んでもらえるよう、文化的価値を生み出す形で新しいスポットをPRしていければと思います。
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※べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館に併設のたいとう江戸もの市エントランスにて
取材後記
観光客の分散と周遊促進という課題に対し、新たなツールとして歴史音声ガイドが導入された。効果の実証はこれからだが、史跡等がほぼ現存していない歴史的なスポットでは、こうした音声ガイドを通じてストーリーを重ねることで、風景に深みを与えることができるのではないだろうか。視覚だけでは伝わりにくい土地の歴史と文化が、聴覚からも感じ取れるようになり、観光の魅力を引き出す新たな手段として非常に有効だと感じた。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:齊木恵太)