1. Tomorubaトップ
  2. ニュース
  3. なぜ日建設計は共創プラットフォームを立ち上げたのか?――『PYNT』誕生から丸2年が経過。取り組みの”現在地”を聞く
なぜ日建設計は共創プラットフォームを立ち上げたのか?――『PYNT』誕生から丸2年が経過。取り組みの”現在地”を聞く

なぜ日建設計は共創プラットフォームを立ち上げたのか?――『PYNT』誕生から丸2年が経過。取り組みの”現在地”を聞く

  • 14429
1人がチェック!

1900年に設立された住友本店臨時建築部を起源に持ち、以来、120年以上に渡って、建築や都市デザインを通じて社会に価値を提供してきた日建設計。東京タワー、東京ドーム、東京スカイツリー(R)など国内外の多様なプロジェクトの設計を手がけてきた同社は、「社会環境デザインの先端を拓く専門家集団」を掲げ、組織や業界の枠組みを超えた共創活動による価値提供に取り組んでいる。

そのキードライバーとなっているのが、2023年4月に設立された共創プラットフォーム「PYNT」(ピント)だ。日建設計東京ビル3階に設置されているPYNTは、日建設計のメンバーとさまざまな専門性や課題意識を有するゲストたちが繋がり、新たなアイデアや仕組みを生み出す「共創の場」。交流や打ち合わせの場としてだけでなく、各種イベントや展示なども開催され、共創プロジェクトや実証実験に繋がる出会いが数々生まれている。

「社会環境デザイン」を志向する日建設計が、なぜPYNTを設置したのか。そして、設置から2年が経過し、どのような成果が生まれているのだろうか。TOMORUBA取材チームはPYNTを訪問し、取り組みの当事者たちに話を聞いた。

本記事の前半ではPYNT設立の背景や狙いについて、後半ではPYNTという場を活用しながら進捗している2つのプロジェクトについて各担当者にインタビューした内容をお届けする。

2年間で14,000人以上が来訪。PYNTで共創が生まれる理由

――はじめにPYNTの設立までの経緯をお聞かせください。

吉備氏 : PYNTは2023年4月に日建設計東京ビルの3階にオープンしました。「まちの未来に新しい選択肢をつくる共創プラットフォーム」を掲げ、従業員の打ち合わせやリラックスのスペースとしてのほか、社外のさまざまな人々との交流から社会課題を起点とした共創を促すスペースとして活用しています。また、有識者を招いたイベントやプロジェクトの展示なども開催しており、タテ、ヨコ、ナナメと、多様な繋がりの創出を目指しています。

PYNT設立の契機は、2021年からの中期経営計画です。そのなかで日建設計は「社会環境デザインプラットフォームへ向けた進化」を打ち出し、建築や都市デザインの枠組みを超えて、しなやかに境界を超え分断をつなぎ、社会や環境、暮らし、コミュニティに視野を広げ、社会に貢献することをビジョンとして掲げました。

そのなかで、私が所属するイノベーションデザインセンターが発足されるなど、「社会環境デザイン」を志向する取り組みが複数展開されています。そして、ちょうどその時期に、日建設計東京ビルのリニューアルが計画されていたことから、共創の拠点となるスペースを設置することになりました。

その末に完成したのがPYNTです。PYNTはエントランスフロアとオフィスフロアのちょうど中間である3階に位置しています。そのことに象徴される通り、PYNTは「社会」と「会社」の結節点であり、日建設計をより外に開いて、社外の専門性や課題意識を持つ人々と繋がるためのハブの役割を担います。

▲PYNTの面積は約1,000㎡。個人が選んだ書籍を紹介する小さな図書館や、カフェスペースなどもあり、社内外の交流の場として機能している。2024年度グッドデザイン賞を受賞。

――PYNTを設置した背景や狙いについてお聞かせください。

吉備氏 : 一つの大きな背景としては、社会の複雑性の高まりがあると思います。個人や単独の組織では短期的に解決できない「厄介な問題(wicked problems)」が、あらゆる現場で散見されるようになっています。私たちが手がけている建築の領域においても、単に建物を設計するだけでなく、デジタル、環境、地域、防災といった多様な要素が絡み合い、複合的な課題に同時に向き合う必要があります。そうしたプロジェクトを推進するには、多様なステークホルダーとの連携が不可欠です。

日建設計はこれまでも、都市計画や建築設計において、膨大な社内外の関係者の協力を得ながら、前例のない計画をいくつも実現してきました。しかし、これからのより複雑で横断的な課題に対しては、これまで関わりの深かった領域とは異なる分野や専門性の人々とつながっていくことが求められています。

そうした課題意識のもと、中期経営計画では「社会環境デザイン」という、建築や都市にとどまらず社会そのものを視野に入れた広いコンセプトが掲げられました。その中で、社内外の多様なプレイヤーとつながり、共に構想・実践していくためのハブとして、PYNTが構想されたのです。

▲株式会社日建設計 イノベーションデザインセンター アソシエイト 吉備友理恵氏

中川氏 : 私は前職でも建築・土木業界で勤務していたのですが、分野を横断した取り組みや社内外の連携がますます重要になってきていると感じます。

建物やまちは多くの人々の共有財であるため、自社単独や業界内で構想したり整備したりするのではなく、共創による建築や都市デザインを確立する意味でも、PYNTは重要な役割を担っていると思います。

▲株式会社日建設計総合研究所 研究員 中川晃太氏

――PYNTの立ち上げから2年が経過しました。現在までの手応えはいかがでしょうか。

吉備氏 : PYNTでは共創のステップを6段階(※下図)に分けて定義しているのですが、1段階目の「出会う」に関しては、2025年3月時点で14,000人以上がPYNTを訪れ、新たな繋がりが生まれています。PYNTの特徴はその先のテーマを持って議論の場を設けること(CROSS)、そのテーマをともに探究すること(FOCUS)、そこから小さなアクションにつなぐこと(TRY)、という3段階が、実証の前段階に設定されていることです。実際に、社会での実装段階の検討に入っているもの(INSTALL)もすでに2件生まれるなどの成果も生まれました。

私や中川はこうした共創のプロセスをサポートする役割なのですが、個人的には共創が生まれるまでの体制やプロセスが整備されたことが、ここ2年間での特に大きな手応えです。まったく新たな取り組みをゼロから形にして、日建設計の組織に定着させることができたのは、一定の成果ではないかと思っています。

※画像出典:PYNT BOOK vol.1

中川氏 : 私もその点は強く感じています。今では社外の方がPYNTを訪れるのが日常の風景になりました。当然のように社内外の人々が繋がり、共創の種が毎日のように生まれていることに手応えを感じます。さらに、直近ではマッチングやワークショップなどの知見も蓄積しているので、今後は共創をさらに後押しする支援活動に力を入れていきたいと思っています。

――PYNTの今後の展望やビジョンをお聞かせください。

吉備氏 : 今、中川が話したように、ここ2年間ほどで共創を支援するノウハウやデータをかなり蓄積できました。そのため、今後はPYNTのようなプラットフォームを創るための知見を外部に提供していきたいと考えています。共創プロジェクトのマッチングを支援するサービスは珍しくありませんが、中長期目線で、戦略・組織・場を含む「共創の仕組み」をつくる支援ができるのは稀有かもしれません。

近年、共創プロジェクトに取り組む企業は増えていますが、プロジェクトに至るまでの課題の整理やリソースの調達に苦労しているケースが多いように思います。PYNTで蓄積した知見を提供すれば、そうしたプロジェクトに至る前段階も含めて支援することができます。

また、より先を見据えた目標としては、まちを「長期的な投資対象」として捉える価値観やその具体的なスキームを確立したいです。まちは今や社会課題解決の舞台であり、そこには移動やインフラ、教育、子育て、医療福祉など、多岐に渡る課題が眠っています。それらを解消することが価値を生み、事業になり、長期的な利益に繋がるという全体のスキームを、PYNTの活動を通じて実現し、「社会環境デザイン」の先端を拓いていきたいと考えています。

【プロジェクトインタビュー①】 PYNTの後押しで社内プロジェクトが官民を越えた次世代モビリティ構想に

――ここからはPYNTを通して生み出されたプロジェクトについて伺います。まず、渡邉さんが手がけるプロジェクトについてご紹介をお願いします。

渡邉氏 : 私が携わっているのは、Advanced-Air-Mobility(AAM)と呼ばれる空飛ぶクルマや、ドローンを活用した都市や建築デザインを提案するプロジェクトです。新たなモビリティをフォローし、いかに私たちの生活に身近なものとして社会実装にしていくかという全体像を構想しています。

現在は国土交通省と経済産業省によるAAMに関する官民協議会で、離着陸場の法整備に関するワーキンググループにも参画しています。建築、都市デザイン的な観点だけではなく、ルール、暮らし、ビジネスなど、多角的な観点でAAMの社会実装を検討しているのも、このプロジェクトの特徴です。

▲株式会社日建設計 設計監理部門 グローバルデザイングループ兼 都市・社会基盤部門 スカイスケープデザインラボ課 渡邉修一氏

――プロジェクトとPYNTの関わりについてお聞かせください。

渡邉氏 : PYNTにはとても助けられたと思っています。もともと、このプロジェクトは、日建設計の社内で未来の社会像や技術動向を洞察する有志のチームが発案しました。しかし、当時はその成果をWebサイトで発表する程度の活動で、具体的なプロジェクトに展開するまでには至っていませんでした。

私は空からのデザインに以前から関心が高かったため、ドローンメーカーに未来の都市構想のイメージを持ち込んで意見交換をするなどしていましたが、その際にも相手先のコーポレートサイトに連絡してアポを取り付けるなど、手探り状態で活動していました。

そうした活動がPYNTの支援により急加速したのです。私たちがAMMの官民協議会のワーキンググループに参画できたのは、PYNTの吉備が経済産業省「次世代空モビリティ政策室」を紹介してくれたのがきっかけですし、そのほかにもさまざまな機関や組織とPYNTを通じて接点を持っています。

また、PYNTの「場」としての機能にも非常に助けられました。近年、ドローンや空飛ぶクルマに関する取り組みは少なくありませんが、取り組みの方向性や熱量が揃う人と出会う機会は貴重です。そうした「温度感」は、Web上の情報だけでは判断が難しいため、実際に対面して、私たちの構想や成果物などを提示しながら意見を交わすことが必要です。

その点、PYNTは社外の方を気軽に招くことができますし、私たちのプロジェクトに関する展示も行っているため、初回の打ち合わせから踏み込んだ議論を交わせます。これは共創先を検討したり、プロジェクトを加速したりするうえで非常に有用だと思っています。

さらにPYNTはイベントスペースとしても活用できるため、プロジェクトのPRや認知拡大にも貢献してくれました。2024年にはAMMの関係者や関心の高い層を招いて「ソラカタの集い」というイベントを開催しています。イベントには200名以上が詰めかけ、プロジェクトのPRとともに新たなマッチングの機会にもなりました。

――プロジェクトの現状と今後の展望をお聞かせください。

渡邉氏 : 現状、官民を問わずさまざまな組織と連携が進んでおり、具体的な都市や建築計画のご依頼といった成果も得られつつあります。例えば、2024年には東京都都市整備局から空飛ぶクルマの離着陸場整備に向けた検討調査の委託を受けました。2027年を目処に空飛ぶクルマの離着陸場の整備基準が定められる見込みのため、それに向けてこれまでの構想をより実現に近付けていきたいと考えています。

また、個人的には、単に今実装可能な構想を実現するだけではなく、より長期的なビジョンも示したいです。「10年後、20年後にはこんな未来が実現します!」というビジョンを併せて提示して、それをきっかけにさらに多くの方々をプロジェクトに巻き込み、壮大な未来を共に創っていきたいと思っています。

【プロジェクトインタビュー②】 地元事業者とのマッチングが地域の課題解決プロジェクトを急加速させた

――羽鳥さんが手がけているプロジェクトの概要をお聞かせください。

羽鳥氏 : 私は地域共創事業の「Community Driveプロジェクト」に参画しています。Community Driveプロジェクトは、地域の移動課題解決を図るための人材育成やツール開発を目指すプロジェクトです。現在、富山県黒部市において、地元の福祉事業者である一般社団法人SMARTふくしラボ、社会課題解決などを支援するビジュアルシンクタンクの株式会社図解総研と共同でプロジェクトを推進しています。

昨今、地域における移動課題は深刻です。地域の高齢化に伴い、自ら車を運転できる人の数は減少している一方、公共交通機関のドライバーも人手不足が続いています。加えて、水道や道路、電柱などのインフラの老朽化も進んでおり、地域における移動や交通に関する課題は、暮らし全体に影響を及ぼしつつあります。プロパンガスのボンベを運搬するドライバーが減少すれば多くの人々の生活に支障が及ぶでしょうし、災害などでインフラが損壊した場合には、通常よりも復旧に多くの時間を要してしまいます。

日建設計は90年代からTOD(Transit Oriented Development・公共交通指向型開発)という考え方で、都市部を中心に交通と都市デザインをかけ合わせた都市開発を手がけてきました。しかし、今やまちと交通の関係において最も大きな課題を抱えているのは、山間部や農村部などの地域です。こうしたなかで、次世代における新たなTODの形を模索することなどを目的に、社内の有志とCommunity Driveプロジェクトの前身となる取り組みを開始しました。

▲株式会社日建設計 執行役員 設計グループ代表 羽鳥達也氏

――プロジェクトの推進にあたって、PYNTからどのような支援を受けたのでしょうか。

羽鳥氏 : 特に大きかったのは、実践できそうなプロジェクトのフィールドやそのキーマンと接点を持てたことです。私たちのチームは、先ほどお話しした課題意識やそれに基づく仮説立案と、その大まかな机上の検証には、PYNTの立ち上げ以前から取り組んでいてチーム内で共有されていました。しかし、それを実証できるフィールドに出会えず、プロジェクトがなかなか具体化しない状況が続きました。

そうしたころに、PYNTを通じて現在プロジェクトを共に構成しているSMARTふくしラボに出会うことになります。もともと、SMARTふくしラボは、黒部市での訪問介護の移動や送迎に課題を感じており、その課題を解決できないかとPYNTの会員になっていました。

この両者の課題とニーズを把握していたPYNTの吉備が、私たちを引き合わせてくれた形です。結果として、私たちは黒部市でCommunity Driveプロジェクトを実施することになり、さらに黒部市の生活環境や社会課題に精通している地元の事業者の方たちの仲間になることもできました。

▲住民・企業・行政一体で開催した対話のワークショップの様子(2024年11月/黒部市) ※画像出典:ニュースリリース 

――プロジェクトの現状と今後の展望をお聞かせいただけますか。

羽鳥氏 : 今年度からCommunity Driveプロジェクトを本格化していく予定です。こうしたプロジェクトはライドシェアや自動運転などのIT技術の導入で解決できると思われがちかもしれません。

しかし、実際には、技術を導入しても利用されなかったり、様々な実証実験も資金の助成が終了すると継続されなくなるといった取り組みが多いのが現状です。それは、課題の深刻さが認識されていないことや、自分事として考えられておらず、解決する主体になれるという発想がまだないという、人やコミュニティの問題のほうが大きいためです。極端にいえば、ITツールを何一つ使わなくても、地域の人々が助け合える仕組みと人間関係を築けば、移動課題のかなりの部分を解決できると見込んでいます。

そのため、今後はワークショップを通じて地域の移動やその他の課題の解決に取り組んでいる人を見つけ、それに続く人たちをサポートしていくことや、異なる課の自治体職員同士や、自治体職員と市民、事業者同士など、これまで対話をする機会があまりなかった属性の方たちの間に対話の機会を設けることで、お互いの困りごとやアイデアを共有できる関係構築を促したり、運営に要する費用を捻出できる持続可能な仕組みづくりにも注力する予定です。

――その先は、どのようなビジョンを描いていますか。

羽鳥氏 : 黒部市での実践をもとに地域の移動課題を解決する方法論を確立したいと考えています。実際に、プロジェクトで実施したとあるリサーチ手法の特許出願が予定されるなど、取り組みは進んでいます。

これが実現すれば、日本全国の地域における移動課題の解決に大きな貢献ができるはずですし、その先には地域の人々の移動やモノの移動、水やガスといった資源やエネルギーの動きを理解した上で、人口が減り、余剰ストックが増えていく時代の、より的確な新しい都市、建築計画の手法が見出せるのではないかと考えています。

さらに言えば、それが今後の日建設計を支えていくビジネスの礎にもなる可能性を秘めているとも思っています。そのためにも、まずは黒部市でのプロジェクトを必ず成功に導きたいと思っています。

取材後記

本記事の取材は平日夕方のPYNTで行われた。約1,000平米のフロアには、その日も多くの人々が集い、交流や歓談、打ち合わせ、議論など、さまざまな会話が飛び交っていた。さらに、フロア内のカフェや展示、会員・社員のおすすめ書籍を陳列する本棚などが空間ににぎわいを添え、さらなる熱を生み出しているように思えた。この場所から日々共創の種が生まれているのもうなずける。PYNTでは社外からのゲストも参加できるイベントが頻繁に開催されている。PYNTの取り組みに関心がある方は、ぜひ一度フロアを訪れて、イノベーションの震源地の熱気を体感してみてはいかがだろうか。

(編集:眞田幸剛、文:島袋龍太、撮影:齊木恵太)

新規事業創出・オープンイノベーションを実践するならAUBA(アウバ)

AUBA

eiicon companyの保有する日本最大級のオープンイノベーションプラットフォーム「AUBA(アウバ)」では、オープンイノベーション支援のプロフェッショナルが最適なプランをご提案します。

チェックする場合はログインしてください

コメント1件

  • 眞田幸剛

    眞田幸剛

    • eiicon company
    0いいね
    チェックしました