人材育成DX、AIによる検査機能強化、ジュエリー検品の自動化、バリアフリーデバイス――山梨県内企業とスタートアップが一堂に会し、熱を帯びたディスカッションを実施!
ジュエリー、ワイン、織物といった地場産業に加え、高度なものづくり産業が発達している山梨県。近年はイノベーションの創出やスタートアップ支援にも積極的だ。そんな山梨県がeiiconとタッグを組んで取り組む共創プログラム『STARTUP YAMANASHI OPEN INNOVATION PROGRAM 2024』(以下、本プログラム)が、2023年に続いて2度目の開催となった。
県内企業4社(甲府ビルサービス/光・彩/ファスフォードテクノロジ/シチズン電子)がホスト企業となり、解決したい課題やビジョンを掲げて全国から共創パートナーを募集(※関連記事)。山梨県の協力も得ながら、パートナー企業とともに共創事業を創り上げるプログラムだ。
開催期間は2024年5月〜2025年3月で、11月15日には共創事業の骨子を練り上げるワークショップが開催された。山梨県立図書館で行われた同イベントには、ホスト企業と採択されたパートナー企業4社(キャリアサバイバル/フツパー/システム計画研究所/GATARI)に加え、メンターと県庁職員などが集まり、山梨の未来に思いを馳せながら議論に花を咲かせた。
――そこで本記事では、ワークショップ終盤でお披露目された、共創ビジネスプランの内容をレポートする。
【ホスト企業4社の募集テーマと採択企業】
●甲府ビルサービス株式会社 『ビルメンテナンス業におけるDX化の推進と革新的な実務の実現』
(採択企業:株式会社キャリアサバイバル)
●ファスフォードテクノロジ株式会社 『半導体部品製造装置における欠陥製品の検出の実現』
(採択企業:株式会社システム計画研究所/ISP)
●株式会社光・彩 『ジュエリー業界初!検品における自動化・AI化の実現と品質管理のデジタル化!』
(採択企業:株式会社フツパー)
●シチズン電子株式会社 『触覚・視覚提示技術を活用した新たなプロダクト・サービス開発による多様性社会の実現』
(採択企業:株式会社GATARI)
【甲府ビルサービス×キャリアサバイバル】技術者不足を解消する「人材育成のDX」に挑む!
1965年に創業し、半世紀以上にわたりビルメンテナンス業界を支えてきた甲府ビルサービス。ビルにおける清掃、設備管理、保安警備、及び省エネ・環境関連をメイン業務としており、オフィスビルからマンション、小売店、病院、ホテル、工場など幅広い領域の建物を扱う。
超高齢化社会により技術者不足に直面している同社では、『ビルメンテナンス業におけるDX化の推進と革新的な実務の実現』を募集テーマに掲げて共創パートナーを募集。HR・DX領域で強みを持つキャリアサバイバルを採択し、事業共創に挑むこととなった。
●発表タイトル:AIが技術者のノウハウを可視化し、教育と人材育成を革新
▲株式会社キャリアサバイバル 取締役(事業開発担当)/共同創業者 粂内基希 氏
両社の共創では、まず「技術者不足により当たり前の日常が維持できなくなる」という社会課題を定義。“当たり前の日常”とは、建物内の温度管理や通電などインフラが維持できていることを指し、これは技術者がいてこそ可能となるのだ。
ビルメンテナンス業界で技術職に従事する人々は「新人」から始まり、スキルを積み上げていくことで「技術者」になり、やがて「熟練者」へと成長する。その構造は三角形になっており、新人が最も多く、技術者は希少な存在となる。人口減少により技術職の全体数が減るなかで品質を維持するには、技術者以上の割合を増やし、かつ新人が担当しても品質を保てるようにする必要があるという。
両社の議論では、熟練者の技術承継を実現するための2つの仮説を設定。1つめは、熟練者が遠隔で現場スタッフを教育できるシステムの構築、2つめはビルメンテナンスにおけるスキルの可視化だ。具体的な施策策定にはさらなる議論が必要だが、最先端テクノロジーの活用を視野に入れている。
▲甲府ビルサービス株式会社 代表取締役社長 坂本哲啓 氏
一例としてあがったのは、近年、人材教育への導入が進むスマートグラスの活用だ。現場にいなくとも遠隔で指示を出せるような体制ができれば、熟練者が年齢を重ねて体力的に現場に出ることが難しくなっても、スキルの継承が容易になると構想している。
2つの仮説はどちらも重要なポイントであり、どちらか一方では技術継承は難しいという。「共創プログラムならではの多角的な視点を取り入れながら業界に貢献できソリューションを構築し、山梨から世界進出へつなげていきたい」と、登壇したキャリアサバイバルの粂内氏は締めくくった。
【ファスフォードテクノロジ×システム計画研究所】半導体部品製造装置をAIでアップデート、業界を活性化!
半導体製造の「ダイボンディング」工程(半導体チップを基板に固定する工程)を行うダイボンダ装置事業で世界トップクラスのシェアを誇るファスフォードテクノロジ。同業界で約60年の実績を持ち、日本のものづくり産業を支える1社だ。
すでに世界で通用する技術を確立し、新たな付加価値を創出するフェーズに差し掛かった同社では、『半導体部品製造装置における欠陥製品の検出の実現』をテーマに設定。現在の検査性能を大幅に向上させ、その後の検査工程をカットしようという試みだ。そこで、AIや画像処理の強みを持つシステム計画研究所(以下、ISP)をパートナーに採択。両社が見据える未来のものづくりの姿とは。
●発表タイトル:1枚の画像から学習できる独自 AI技術を用いたダイボンダ装置の検査機能性能向上
▲ファスフォードテクノロジ株式会社 ボンダシステムセンタ・先端技術開発PJ 技師 大森僚 氏
現在のダイボンダ装置は、使用する部材のチップに不良があってもエラーとしてはじかれず、最後まで生産してしまう。つまり、良品として使用できない製品ができあがってしまうわけだ。不良品は、その後の検査工程ではじかれることになる。
これに対して、「ダイボンダ装置に検査機能を拡充してほしい」という顧客からの要望があがっている。これが実現すれば、検査工程で使用している検査装置を置く必要がなくなり、空いたスペースに新たな生産装置を導入できる。顧客へのメリット付与だけでなく、業界全体の生産能力を向上することにつながるのだ。
ファスフォードテクノロジでは、すでに装置内にカメラを設置して画像解析によってエラー判定が行える独自機能を開発したが、検査に特化した技術を持ち合わせていないため精度が足りていないという。その課題に対して、1枚の画像のみで機械学習が可能なISPの独自技術が優位性を発揮すると考えた。
▲株式会社システム計画研究所 事業本部 IVA戦略事業ユニット 事業マネージャ 井上忠治 氏
大量の不良のデータを集めなくとも1枚の画像から効率的に機械学習を行い、検査機能を確立できれば、ファスフォードテクノロジのメリットになるのはもちろん、ISPにとっても業界知識が得られる貴重な機会となる。登壇したISPの井上氏は、「このコラボレーションで生まれたソリューションを業界全体に波及させたい」と期待をにじませた。
【光・彩×フツパー】「ジュエリーの検品と品質管理」をAIで自動化し、属人化の解消へ!
ジュエリー生産量日本一を誇る山梨県に本社を置く光・彩は、ジュエリー・ジュエリーパーツ製品のジュエリーの総合製造メーカーでありジュエリーパーツ製品は国内約50%のシェアを誇り、ジュエリー製品は国内で高い支持を得ている。職人の持つ技術に最先端の機械加工を掛け合わせて、高品質と多品種少量生産を同時にかなえている。
そんな同社が掲げたテーマは、『ジュエリー業界初!検品における自動化・AI化の実現と品質管理のデジタル化!』だ。高品質が要求されるジュエリー製品は、全数を検査員が目視で検品を行っている。過去に検品の自動化にチャレンジしたが実現ができていない状況である。そこで製造業向けAIサービスを展開するフツパーを共創パートナーに迎え、業界初の効率化・省人化に取り組むこととなった。
●発表タイトル:AIによるジュエリーの検品自動化と品質管理
▲株式会社光・彩 ジュエリー事業部 ジュエリー製造部 原型開発課 課長 遠藤太一 氏
ジュエリー製品の検品・品質管理と言うとシンプルに聞こえるが、実際の作業はルーペを使用して製品の細部を目視でチェックをする緻密な作業となる。また、色合いや形状は複雑である為検品基準の確立が難しい。その結果、製品毎に目視による対応が必須である為、効率化が進んでいないのだ。
そうした課題を背景に両社では、ジュエリー業界全体を活性化させ、DXの推進・省人化を成し遂げ、自社だけでなく業界全体の利益向上をビジョンに設定。AIによる検品の自動化が実現すれば検査員の業務負荷を削減し、より付加価値の高い仕事に従事することが可能になる。また、プラットフォームを他社にも展開することで、DXの導入が難しいジュエリー業界の活性化につながるとの考えだ。
両社がまとめたアイデアは、まず光・彩内でフツパーが強みとするAIによる外観検査技術を用いて検品の基準値を定める。その後、各サプライチェーンにも検査項目を導入することにより、関係者間で検品基準が統一され、光・彩での検品作業の削減につなげるというものだ。2025年3月までにハードの選定や費用対効果を算出し、現実的に検品可能かサンプルを用いて検証するという。
▲株式会社フツパー ビジネス開発本部 東日本営業部 大竹明良 氏
ステークホルダーの合意形成において、重要なポイントが「AIの活用」だ。お客様のオリジナリティを生かす必要があり、各人のスキルによって基準が異なるジュエリー製品の検品において合意形成は容易ではない。テクノロジーでその壁を超えるのが両社の最大のチャレンジとなる。
【シチズン電子×GATARI】触覚・視覚提示技術を活用し、誰一人取り残されない多様性を実現!
シチズン時計の子会社であるシチズン電子は、LEDや小型のスイッチなどを製造するメーカーとして豊富な実績を持つ。シチズングループの掲げる「市民に愛され市民に貢献する」という企業理念のもと、市民に愛され親しまれるものづくりを通じて世界の人々の暮らしに広く貢献することを目指している。
そんな同社では、『触覚・視覚提示技術を活用した新たなプロダクト・サービス開発による多様性社会の実現』をテーマに掲げ、「誰一人取り残されない社会」の実現を共に実現するパートナーを募集。採択したのは、テクノロジーを駆使して今までにないエンタメ体験を提供するGATARIだ。両社が目指す多様性を実現する未来とは。
●発表タイトル:触覚・視覚提示技術と音声 XRの活用によるバリアフリーデバイスの共創
▲シチズン電子株式会社 事業創生部 大熊哲 氏
誰もが同じように楽しめる社会の実現を目指すシチズン電子では、以前から人の五感に訴える技術を追求している。その一つに疑似触覚を作る技術があり、実際にボタンを押さずとも、同様の感触を得られるという。
両社は「未来へとつなげる」をキーワードに、シチズン電子の疑似触覚の技術とGATARIのエンタメ体験を融合させ、視覚障害がある人も晴眼者と同じような体験ができるサービスの開発を考案。まず空間をスキャニングして、そこに音声センサーを配置する。さらに触覚技術を組み合わせることで、視覚障害があっても楽しめる今までにないイマーシブ体験を提供したい考えだ。
ペルソナは視覚障がい者だが、従来のように年齢や性別などで区切るのではなく、シーンで区切るという。多くの視覚障がい者は、年齢や性別に関係なく慣れ親しんだ場所にしか出かけることができず、外出範囲が狭い傾向があるためだ。そうした傾向に対して、行き先の選択肢を増やし、外出範囲を広げることができれば社会的な意義を生み出せる。さらに、晴眼者にとっても価値のあるエンタメ体験を目指すとしている。
▲株式会社GATARI Senior Producer 武田正史 氏
マネタイズの手法としては、視覚障がい者本人への請求ではなく、施設や自治体と協力関係を構築する考えだ。2025年3月までのアクションとして、具体的な技術や事業の検証を共に行い、構想の実現につなげたいと締めくくった。
【総評】「オープンイノベーションを通じて、山梨から日本を盛り上げたい」
4組のプレゼンテーション終了後、2人のメンター(eiicon 下薗氏・村田氏)が総評を行った。
下薗徹氏(eiicon インキュベーションクオリティ室 Quality of Open Innovation officer)は、「ビジョンを自問自答しながら、山梨の未来を真剣に議論する場になったと思う」と、まずワークショップの意義を振り返った。さらに、「こうした取り組みを通じて山梨や日本の未来を語る場面が増えていけば、それが組織変革を促す入口になる。ここから事業づくりの難しさに直面すると思うが、チャレンジングな取り組み自体をリスペクトすることが大切だ」とアドバイスした。
村田宗一郎氏(eiicon 常務執行役員)も、「ここに集っていること自体を誇りに思ってほしい」と挑戦を称え、「新規事業の創出にあたり、壁にぶつかるのは当たり前。オープンイノベーションという手段を通じて、山梨から日本を盛り上げていこう。我々も伴走者として山梨の未来を一緒に作っていきたい」と参加者に呼びかけた。
最後に、本プログラムの主催者である山梨県庁の吉田健二氏(山梨県 産業政策部 スタートアップ・経営支援課 スタートアップ支援担当)が登壇し、総評と閉会の挨拶を行った。
吉田氏は、「本事業を通して県民一人ひとりが豊かさを実現する山梨を作りたい」と事業の目的を再確認したうえで、「山梨県としても精一杯の支援を行い、成果が出るように伴走をお約束する」と参加者を鼓舞。高い熱量を保ったまま、ワークショップは幕を閉じた。
編集後記
今年度は日本を支えるものづくり産業の企業の参加が多く、技術が成熟しつつあるAIをかけ合わせるアイデアが目立った。どれも従来の当たり前を変革する挑戦だが、中でもDX化が遅れているジュエリー業界の検品と品質管理の自動化が実現すれば、業界へのインパクトが大きいかもしれない。これから4つの共創チームは、ニーズ検証や実証実験を進め、2025年3月に開催されるDEMODAY(成果発表会)でその結果を発表する予定だ。ワークショップ開催からの約4カ月でどんな成果が生まれるのか。その行方にも注目したい。
(編集:眞田幸剛、文:小林香織、撮影:齊木恵太)