地域発オープンイノベーションの有用性を三重県が証明!「フェムテック飲料開発」ほか三重から誕生した5つの共創プロジェクトに迫る
古いものを作り替え、永遠に若々しくある「常若(とこわか)」の精神を持つ三重県。次々とイノベーションが生まれる地域を目指し、これまで様々な産業における新規事業の創出や、これをリードする人材の育成・交流を支援してきた。
その三重県がこの1年で取り組んできたのが、「TOKOWAKA-MIEオープンイノベーション推進事業」だ。地元を代表する企業4社(IXホールディングス ※旧マスヤグループ本社、三重化学工業、南出、二軒茶屋餅角屋本店)がホスト企業として参画し、全国に向けて共創パートナー企業を募集した。そして40以上の応募企業から選抜された企業が昨年10月の「TOKOWAKA-MIE BUSINESS BUILD」に参画。そこで提案プランのブラッシュアップと審査が行われ、5社が採択された。
採択されたパートナー企業は、ホスト企業と共に約3カ月のインキュベーション期間で、社会実装に向けた事業検証を実施。そして去る2月10日(金)に、シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢にてDEMO DAYを開催し、ここまでの成果を発表に加え、ホスト企業とメンターによるトークセッションが行われた。本記事では、その模様をレポートする。
三重県として初となるオープンイノベーション推進事業の成果を発表
まずは、三重県デジタル社会推進局長 三宅恒之氏が開会の挨拶を行った。三宅氏は、「昨年10月のTOKOWAKA-MIE BUSINESS BUILDでは、熱いディスカッションから非常に良いプロジェクトが生まれた。その後、この3カ月でどのようにブラッシュアップされたのか、今日これからのプレゼンを楽しみにしている」と期待を込めて語った。
そして、「三重県は今後も事業創出支援を積極的に進めていく。今回の共創ピッチを聞き、感心を持っていただけたなら、ぜひ一緒に取り組んでいただきたい」と、オーディエンスに呼び掛けた。
続いて、プログラムのこれまでの歩みと、メンター3名、常盤木龍治氏(パラレルキャリアエバンジェリスト)、岡洋氏(Spiral Innovation Partners 代表パートナー)、中村亜由子氏(eiicon company 代表/founder)の紹介も行われ、共創ピッチへの期待がさらに高まっていった。
▲メンターの3名。左から、常盤木龍治氏、岡洋氏、中村亜由子氏。
オーディエンス賞を獲得したのは、「フェムテック飲料開発」に取り組む伊勢角屋麦酒×The LADY.!5チームのピッチをレポート
ここからは、採択企業5社とホスト企業4社による共創ピッチについてお届けする。
●有限会社二軒茶屋餅角屋本店×株式会社DELICE The LADY.
「ホップの新価値をウェルナス&フェムテックへ。女性の健康に資する新カテゴリー飲料開発」
※オーディエンス賞受賞
デモデイの来場者・オンライン参加者からの投票で選ばれる「オーディエンス賞」を受賞したのは、フェムテック飲料開発を目指す、有限会社二軒茶屋餅角屋本店×株式会社DELICEのプロジェクトだ。
味噌・醤油製造のノウハウをもとに、1997年にスタートしたクラフトビール『伊勢角屋麦酒』を展開する有限会社二軒茶屋餅角屋本店。「ホップの未知なる可能性を秘めた新たな清涼飲料の市場を創造する」をテーマとして、フェムテックブランド「The LADY.」を展開する株式会社DELICEをパートナー企業として採択し、共創に臨んでいる。
両社が取り組むのは、ビールの原料であるアロマホップの「フェムテック飲料」開発だ。ヨーロッパでは、「ホップ畑で働く女性の肌や髪は美しい」という伝説が昔からあったという。それが近年の研究により、ホップに女性ホルモンのような働きをし、ストレス軽減、肥満抑制、認知症抑制などに作用する健康成分が含まれることが分かってきたそうだ。この科学的根拠をもとに、両社はドリンクという手に取りやすい商材を創りだそうとしている。
両社に共通するのは、「真摯なモノづくり」の姿勢だ。今回ターゲットとするのは、女性ホルモン変化が顕著な年齢やライフステージで、身体的・精神的な不調に悩まされる女性たち。特に日々心身共に疲労を抱えている30~40代の女性に向けて、アロマホップのドリンクを提供することで、美しい眠りを実現するというコンセプトを立てた。「女性の健康に寄り添った商品を責任持って世に送り出す」という両社共通の誠実な想いが、共創にドライブをかける。
昨年末、日本全国の20代~40代の女性に向けて、600名程度の定量調査を実施。そこでこのコンセプトを提示したところ、魅力度・重要度ともに確証を得られたという。特に、女性特有の悩みに関心がある層には、2倍以上のコンセプト魅力度・重要度が獲得できた。
フェムテック飲料というポジショニングでの商品開発に確信を得た後に、アロマホップ飲料2種の開発を決めた。ひとつは、CBDというリラックス効果を得られる成分を含み、ストレス軽減が期待できる商品。そしてもう1つは美容にフォーカスした商品だ。ブランド名は『美眠花』とした。
今後は発売に向けた臨床試験、そしてクラウドファンディングを実施し、2023年秋の発売を予定しているという。
●IXホールディングス株式会社×株式会社フューチャースタンダード
「AIやロボットを用いた低コストスマート工場システム」
ロングセラー『おにぎりせんべい』など、米菓の製造販売を手がけるマスヤを中核とする、IXホールディングス。同社と共創しているのは、映像解析AIプラットフォーム「SCORER」を提供する、株式会社フューチャースタンダードだ。「SCORER」の基礎技術と、マスヤの現場改善の知見を掛け合わせ、「ハンドメイドスマート工場システム『マスヤメソッド』で製造業を救う」プロジェクトに取り組んでいる。
日本各地の食品工場では、単調で過酷な労働環境や生産効率の低下、不確実な内容・外部環境など、厳しい状況が続いている。そこで、後付けで安価に工場のDX化を実現できる「マスヤメソッド」を開発。活気ある職場や生産性向上、データの見える化ができるよう、ソリューション提供を行う体制を構築する。
今回は、『おにぎりせんべい』の生産性向上を検証対象として、食品加工で重要な「温度コントロール」を中心としたデータ取得自動化について、4つのPoCを実施。その結果、食品製造装置等に装備されているデジタル・アナログのメーターの数値をカメラで自動的に読み込み、BIツールで見える化・データベースに蓄積する方法は、実現性が高いことが分かった。また、サーモカメラを用いての食品の物質温度の自動測定とデータ化については、引き続き検証が必要だが、実現性は高いという。
今後は、この結果を踏まえてシステムの外販に向けた取り組みを始めるという。そして、日本の食品製造業から世界へと拡販を目指していく。
●三重化学工業株式会社×インターリンクス株式会社
「すべての生き物に快適な生活環境を提供する、新しい付加価値商品開発」
「保冷剤製造で培った独自技術の応用で日常生活を支える新製品を開発」をテーマに設定し、パートナー企業を募集した三重化学工業。独自の技術で保冷剤などを生み出してきた同社は、天然原料をもとにした消臭抗菌技術に強みを持つ、株式会社インターリンクスと共創プロジェクトに挑んだ。
両社が開発に取り組むのは、ペットの消臭抗菌冷感マットだ。これまでのペット用冷感マットにも消臭加工はされていたが、それは表面だけのものだったという。それを、この製品では保冷剤のジェル自体に消臭効果を持たせ、「ひんやり」と「消臭」、そしてダニなど害虫の忌避効果で、ペットと飼い主双方の快適を実現する。
実証実験では、消臭効果、そして保存性や頑丈さの検証を行った。すると、ペットの悪臭の原因である尿便臭への大きな消臭効果が確認できたという。また、ペットを飼育している人へのアンケートにより、サイズや強度に対するニーズを確認できた。
次のステップは、サンプル品の制作と、夏の環境下での適合調査となる。そこでもまた、モニターによるアンケート調査を実施し、製品の改善に取り組んでいく。さらには、冷やす×消臭抗菌という価値をペット業界のみならず、防災、医療介護、アウトドアといった様々な領域にも拡大していく見込みだという。
●南出株式会社×スパイスキューブ株式会社
「オフィス空間等の都市屋内緑化市場に“農業”という付加価値を」
創業98年の造園緑化資材メーカーである南出は、「テクノロジー活用でサステナブルな都市緑化の仕組み創出」をテーマとして共創企業を募集し、採択した2社とプロジェクトを進めている。
まずは、水と電気だけで植物を栽培する植物工場の事業化支援や、室内農業装置開発を行う、都市型水耕栽培ベンチャー、スパイスキューブとの共創成果を発表した。今、様々なオフィスビルで屋内緑化を担っている南出。そこにスパイスキューブが開発する室内農業装置を導入し、オフィスビルで働く人々が屋内農業を楽しみながら、健康社会やコミュニケーションスポットにつなげていくという取り組みだ。
インキュベーション期間では、実際に多数の顧客にヒアリングを実施し、オフィス空間の緑化におけるニーズや困りごとを探っていった。その結果、設計会社からは「ぜひ設計に織り込んで空間提案したい」という声が上がった。メインのターゲットとして考えていたオフィスユーザーは、労働環境や福利厚生、コミュニケーションの改善のために興味はあるものの、「初期投資や管理の懸念」が強く、そこをクリアする必要があった。
その中で、南出が懇意にしている観葉植物レンタル会社との会話から、突破口が見えてきた。第三者も巻き込んだシナジー効果で、導入初期費用なし・メンテナンスもレンタル会社が行う月額制のプランを検討。これにより、オフィスユーザーが抱える導入ハードルが下がり、活動の自由度も上がるため、積極的に提案を行っていくという。
●南出株式会社×株式会社環境エネルギー総合研究所
「カーボンニュートラル市場を牽引する新たな商品開発」
続いて、エネルギー関連調査・分析などを専門とするシンクタンク、環境エネルギー総合研究所との共創プラン「カーボンニュートラルを支援する新商品」プロジェクトの進捗を発表した。
電気代の高騰が生活を圧迫する昨今、「暮らしやすさを損なわない節電」は世の中から切望されている。環境エネルギー総合研究所によると、「室外機の天板温度が2度下がると、発電効率が10~20%アップする」というデータがある。しかし、通常は冷却等されておらず、従来の日陰をつくるなどの方法では効果効能ほかに課題があった。
そこで着目したのが、南出の独自商材である園芸用保水マットだ。このマットを活用して室外機の温度を下げることで、安価で効果的な節電を実現することができるという。加えて、劣化しにくく、ほぼ天然素材でできているため、資源循環などの環境に負荷をかけることもない。さらに、費用対効果も2~3年で回収できる見込みだ。国内の家庭用室外機1.7億台をターゲットとすると、数兆円規模の市場ポテンシャルがある。
約3か月間の検証期間中に試作品を開発し、環境エネルギー総合研究所で試験を行ったところ、一定の効果が確認できたため、まずは沖縄県内の上場企業で、導入を前提とした実証実験を開始する予定だという。他にも、保水マットの上で植物を育てられるものなど、商品のバリエーション等を増やしていく予定だ。
共創への挑戦で大きな一歩を踏み出したホスト4社は、この1年をどう振り返るのか
共創ピッチが終わった後は、ホスト企業4社とメンターが登壇するトークセッションが開催された。「『共創』という挑戦で見えた既存ビジネスのさらなる可能性」、「新規事業開発に『共創』という選択肢を取り入れた意味」という2つのテーマに分かれ、共創プロジェクトに取り組んでの苦労や得られたもの、三重県というステージの魅力などについて語り合った。
●THEME01「「共創」という挑戦で見えた既存ビジネスのさらなる可能性」
<登壇者>
■写真左/IXホールディングス株式会社 執行役員 グループCIO 兼CPRO 神山大輔氏
■写真中/三重化学工業株式会社 専務取締役 山川輝氏
■写真右/Spiral Innovation Partners 代表パートナー 岡洋氏(メンター)
まず、「安定した既存事業という収益の柱がある中で、なぜ新しいことに取り組むのか」という質問に対して、三重化学工業の山川氏は「社会情勢の急速な変化による危機感」を挙げた。加えて、これまでの会社の歩みからも、外部連携による新商品開発などのメリットは以前より強く感じていたそうだ。
続いて、「オープンイノベーション事業に取り組むにあたっての課題」を問われると、IXホールディングスの神山氏は「人員確保が非常に大変だった」と振り返った。新しいことを行うには、各部門からエース級の人材を招集する必要がある。そこに苦労したが、マスヤの製造責任者である常務が自らチームを引っ張り、それに呼応して現場の優秀なメンバーがついてきたのだという。
岡氏は、「オープンイノベーションの魅力は、『健全な他力本願』ができること」だと強調。そして、「テーマについても、社内で健全な棚卸しをして、課題や自社のアセットをつまびらかにすることができる。そして、その課題に提案してくれる人がいる。オープンイノベーションによって、課題がまさに解決に向かうことが、今回実証できたのではないか」と述べた。
最後に、三重県でオープンイノベーションに取り組むことの可能性について3者がそれぞれの立場から語り、テーマ1を終えた。
●THEME02「新規事業開発に「共創」という選択肢を取り入れた意味」
<登壇者>
■写真左/有限会社二軒茶屋餅角屋本店 代表取締役社長 鈴木成宗氏
■写真中/南出株式会社 代表取締役 南出紘人氏
■写真右/パラレルキャリアエバンジェリスト 常盤木龍治氏(メンター)
続いてのテーマでは、「オープンイノベーションに取り組んだ感想」について、南出氏は「新商品開発にはずっと取り組んできたが、ジャンルをある程度定めた上で、クライアントに徹底的にヒアリングしながら作っていた。それはそれで面白いのだが、今回のオープンイノベーションでは、自分がこれまで考えていなかった方向からアイデアが出てきた。それによって、自社だけでは到達できない商品開発につながった」と語った。
鈴木氏も「『フェムテック』は自分とは縁がなかった領域とつながりができたことが、非常に大きい」と話し、さらに「外部の方にメンタリングに入っていただくことに、当初は正直不安を感じたが、結果的にこれほど手厚くサポートをいただくことができて、非常に感謝している」と述べた。
常盤木氏は「既存事業の延長線上では、大きな収益の改善は見込めない。しかし、オープンイノベーションは、極端にいうと自分たちだけでは出会えない20年先の事業の柱を創りにいくことに向いている。プロジェクトを進めると決めたのなら、他の何かを切り捨てるような優先順位付けが重要」だと話した。
そして、新規事業立ち上げの苦労と希望、さらには三重県という土地でオープンイノベーションに取り組む魅力について語り合い、トークセッションは幕を閉じた。
※なお、トークセッションの模様は以下YouTubeにて公開中。オープンイノベーションを推進していくためのTIPSなどが詳細に語られている。 https://youtube.com/live/rF2LQ6wfgZQ?feature=shares
「常若」の精神を体現するオープンイノベーションプログラム
トークセッション終了後は、オーディエンス賞が発表された。二軒茶屋餅角屋本店の鈴木氏は驚きを隠せない様子で、「他のプロジェクトの発表を聞いて、市場規模の大きさなどに圧倒されていたので、正直なところ受賞に驚いている。これはDELICEの杉浦さんのおかげ。これからさらに本腰を入れて、リリースに向けて精一杯取り組みたい」と、感謝と決意の言葉を述べた。
DELICEの杉浦氏は「鈴木さんは非常に多忙で海外も飛び回っているが、その中でも一歩一歩プロジェクトを前に進めてきた。今回この賞をいただいたことで、絶対にやり遂げないといけないと決意がさらに強くなった」と、想いを込めて語った。
続いて、今回のDEMO DAYを踏まえ、メンターとしてこのプロジェクトを支えてきた岡洋氏(Spiral Innovation Partners 代表パートナー)、常盤木龍治氏(パラレルキャリアエバンジェリスト)、中村亜由子氏(eiicon company 代表/founder)が総評を述べた。
常盤木氏は「三重で最初にイノベーションに関わり始めた時、今日のような日が来るとは思わなかった。変わることができることを、三重県は証明し始めている。これからが楽しみ」と激励した。
岡氏は「オープンイノベーションは、2社間だけの取り組みではない。強力なパートナーをどんどん呼び寄せ、さらにサステナブルな取り組みにして欲しい」と話した。
そして中村は「オープンイノベーションで事業が芽吹くまでには半年から2年、そこから事業の柱となるには7年から10年かかる。今日発表されたプロジェクトがこの先も続けていけば、かなり大きなインパクトを与える柱にできるため、そこに向けて我々も伴走したい」と述べた。
最後に、本プログラムの主催である三重県庁 デジタル社会推進局 デジタル事業推進課 課長補佐兼班長の、三野剛氏が、閉会の挨拶を行った。
三野氏は「今日ここに集った方々は、今回のオープンイノベーション事業のキーワードである『常若(とこわか)』という言葉にマッチしている。三重県として初めて取り組んだ事業だが、非常に意義の大きなものとなった。今後も引き続き成果が見込めそうな、ワクワクする事業が進んでいる。来年度以降も、オープンイノベーションプロジェクトを続けていきたい」と締めくくった。
取材後記
伊勢神宮や熊野古道などの歴史ある観光地、海・山・川の自然と食資源が豊富で、「美し国(うましくに)」と称されてきた三重県。「常若」の精神が根付くこの土地から生まれた4社のホスト企業と、5社のパートナー企業との共創プロジェクトは、いずれも世の中のニーズにマッチするものであり、非常に魅力的で今後が楽しみなものばかりだった。2023年中に我々が手にできそうな商品もある。日本全国、そして世界へ、「常若」の精神を乗せた事業は、どこまで広がるだろうか。
(編集・取材:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)