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知的障害の可能性を「テーマパーク化」するー常識を逆手にとるへラルボニーの挑戦

知的障害の可能性を「テーマパーク化」するー常識を逆手にとるへラルボニーの挑戦

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スタートアップ起業家たちの“リアル”に迫るシリーズ企画「STARTUP STORY」。――今回登場していただくのは、知的障害のあるアーティストが描くアート作品をプロダクトに落とし込む株式会社ヘラルボニー。双子のCEO・松田崇弥(たかや)氏とCOO・松田文登(ふみと)氏だ。

知的障害のある4歳年上の兄を持つ二人は、小さい頃から兄の存在について「かわいそう」と言われる社会に違和感を感じていた。その違和感を埋めるため、知的障害のある人達の特性を活かしたアート商品を社会に発信している。これまで様々な大企業とコラボレーションを実現している注目のスタートアップだ。

社会性はもちろんのこと、ビジネスとしても結果を残している同社。今回はお二人に「福祉」と「ビジネス」をどのように両立してきたのか話を伺った。


障害のある人が描くアートに感じたビジネスチャンス

ーーまずはお二人の起業するまでのキャリアについて教えて下さい。

松田崇弥(以下、崇弥):私は「おくりびと」などの脚本家として知られる小山 薫堂さん率いるオレンジ・アンド・パートナーズで働いていました。

薫堂さんが大学で教鞭をとっていたので、ゼミに入ってそのまま就職したのです。そこで学んだことを活かして、今はヘラルボニーのクリエイティブを担っています。

松田文登(以下、文登):私は新卒でゼネコンに入社し、営業をしていました。ヘラルボニーの主力事業である「全日本仮囲いアートミュージアム」は、当時の経験から発想を得ています。当時から、ビルやマンションを建てる時に使われる白い「仮囲い」を見て、「使わないのはもったいないなぁ」と思っていました。

ちなみに工事現場には「工事成績評定」という通知表のようなもがあり、成績がよければ、次の入札で有利になるなどのメリットが受けられます。

私達の仮囲いのプロジェクトは、この成績を上げる効果もあるため、アートにはあまり縁のない現場の所長でも、興味を持ってもらえるんです。建設業界で働いていたからこその提案だと思っています。


▲「全日本仮囲いアートミュージアム」は、建設・住宅を守る「仮囲い」を期間限定の「ミュージアム」と捉え直す地域活性型のアート・プロジェクト。


ーー活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

崇弥:私が新卒2年目の時、母親が岩手の「るんびにい美術館」に連れて行ってくれたことが始まりでした。そこは知的障害のある方たちが書いたアートを展示していて、それを見た瞬間に「これはビジネスとしても価値のあるものだ」と思ったのです。

いつかは福祉の領域で起業したいと思っていた私は、副業でそれらの作品を預かってプロダクトにすることにしました。

文登:私も相談されてアート作品を見たのですが、これならビジネスとしても評価されると思えるような作品ばかりでした。貿易会社に務めている私の大学時代の友人と、アウトドアブランドでデザイナーをしている崇弥の友人との4人で、2年ほど副業で活動していました。

ーー副業でされていた活動を法人化したきっかけですが、まずは崇弥さんが勤めていた会社を辞められてへラルボニーを起業されたと伺いました。

文登:会社を辞める時も相談されたのですが、あまりに突然だったので、私はすぐには会社は辞められません。結果的に5ヶ月ほど遅れて、ジョインすることになりました。

ーー福祉の領域だと非営利団体で始める方も多いと思いますが、あえて株式会社にした意図はあったのですか。

崇弥:非営利にするか株式会社にするかは本当に迷いました。ただし、社会福祉法人で活動することも素晴らしいと思うのですが、どうしても国の補助金を頼りに活動しなければなりません。

それよりも、しっかり自分たちで稼いでいきたいと思いましたし、何より自分がワクワクしたので株式会社にすることを決めたのです。

文登:もともと私達は社会的な違和感を埋めるために活動していて、その中には「福祉ビジネスは儲かってはいけない」という違和感も含まれていました。株式会社で起業して利益を出すことで、「福祉もビジネスになる」というメッセージにもなればと思ったのです。

荒削りのピッチが生んだターニングポイント

ーー法人化した直後はどのような仕事をしていたのですか。

崇弥:当時は物販のブランドを立ち上げたのですが、脆弱なブランドだったのでそれだけでは食べていけませんでした。そのため福祉とは関係のないクリエイティブの仕事をもらって食いつないでいましたね。

今でこそエクイティで資金調達もしていますが、当時はそういった知識もなかったため、貯金を切り崩したり日本政策金融公庫から資金調達したりしていました。

ーー苦労されたんですね。

崇弥:当時はビジネスの知識が全然なくて、在庫を背負うリスクも考えずに物販を選んでいましたからね。企業に営業に行っても、みんな「素晴らしい活動ですね」とは言ってくれるものの、誰も買ってはくれないんです。

まだ世の中にない試みだったので、どう価値を測ればいいのか分からなかったのだと思います。


現在では、ササビーリーグが展開する「MAISON SPECIAL」など、大手アパレルブランドとのコラボレーション商品なども展開している。


ーー事業が成長したきっかけは何だったのでしょうか。

崇弥:起業して半年ほど経ったころに、パナソニックの仕事をさせてもらったことですね。当時、「Panasonic Laboratory Tokyo」という施設をオープンするタイミングで、壁紙やクッションを私達に依頼してくれたのです。

パナソニックの仕事をしたということで箔が付き、それからは営業しても買ってくれる企業が増えました。

ーーパナソニックの仕事を請け負えるなんてすごいですね。

崇弥:当時はパナソニックが運営する「100BANCH」で仕事をしていたのですが、そこのイベントでピッチをしたことがきっかけです。私のピッチをラボラトリーの代表の方が聞いていて、私たちの商品を使いたいと言ってくれました。

今でこそピッチを繰り返して洗練してきたと思いますが、当時はまだ荒削りで、とにかく兄への想いを滔々と語るだけのピッチだったんですけどね。

何よりSDGsのためというより「単純にデザインが好きだったから」と選んでもらったのは嬉しかったです。

「納期の遅れ」もエンタメに。徹底した「福祉ファースト」

ーー今では自社ブランドを運営する他、仮囲いのプロジェクトや吉本とコラボしたブランド「DARE?」を展開するなど、多角的に活動されていますね。どのような観点からビジネスアイディアの着想を得ているのでしょうか。

崇弥:前職での経験、特に薫堂さんから大きな影響を受けていると思うのですが、「逆バリ」で発想をするようにしています。例えば「障害者が作ったもの=安い」という固定観念があるなら、高額なプロダクトを作ろうとか。

今は「障害者が働くソーシャルホテル」のプロジェクトを進行しています。そこで働くホテルマンたちは挨拶ができません。普通なら「挨拶もできないなんて」と思うかもしれませんが、それすらエンタメとして提供したいと思っています。

一般的に欠落だと思われているものに、どうしたら価値を見いだせるか模索するのがクセになっていますね。

文登:崇弥はアイディアが思い浮かぶとすぐに僕に電話してくれるので、僕はそのアイディアが本当に事業として成り立つか精査しています。実際に世に出ているのは、全体の3割くらいですかね。

どんなに面白いアイディアでも、継続的に収益が出なければ続けていけないので。

ーー二人三脚で事業を進めているんですね。双子で経営していよかったと思うことはありますか。

崇弥:僕は何かを決断する時に必ず文登に相談しています。るんびにい美術館に行った時も、会社を辞めようと思った時もすぐに文登に電話して相談しました。忖度なく相談できる相手がいるというのは心強いですね。

文登:喧嘩をすることも多いですが、どんなに喧嘩をしても1時間後には普通に話せるのは双子ならではだと想います。普通なら会社を辞めるような激しい喧嘩をした後でも、何事もなかったかのように話せます。

ーー経営メンバー同士で意見がぶつかることはよくあると思うのですが、参考になることがあれば教えて下さい。

文登:私達は崇弥が東京、僕が岩手に住んでいるので喧嘩するときも基本は電話越しです。喧嘩がピークに達したら、電話を切って冷静になるまで待ちますね。1時間もして落ち着いてから電話すれば、何事もなかったように話せます。

今はリモートワークで働いている人も多いと思うので、メンバーと喧嘩した時は試してみてください。

ーー福祉業界は「儲けちゃいけない」という意見が強いイメージがあるのですが、事業を進めていく上での軋轢などはありませんでしたか。

文登:ありがたいことに、全国の福祉施設の方からは暖かく受け入れてもらっていますね。私達のビジョンに共感してくれる方も大勢いて「そういう活動が必要だと思っていた」と言ってもらっています。

競合がいなくて、無駄な競争をする必要がないことも、福祉業界と良好な関係を築けている理由の一つかもしれません。

崇弥:私達は全国20以上の福祉施設とライセンス契約を結んでいてるのですが、良好な関係を続けるためにも、障害のある人たちに無理強いしないことだけは決めています。

もし納期が迫っていても彼らを急かすことはせず、僕らがクライアントに謝る覚悟で仕事をしていますし、実際にこれまで何度も頭を下げてきました。

私達は障害のある人たちのおかげで仕事ができているので「福祉業界ファースト」を貫いています。そのため、クライアントから依頼を受けてオリジナル作品を作る時は、予めバッファも長くとっていますし「納期を守れないこともある」と伝えています。

むしろ、「納期が遅れること」もエンタメとして提供したいと思っています。


ーーアート作品でビジネスをするのは再現性がなく難しいように感じるのですが、勝ち筋があれば教えて下さい。

崇弥:私達は原画を売ることもありますが、ほとんどは二次利用によるビジネスを展開しています。そのため、作品を選定するときも服やバックの「柄」になりやすそうなアートを選んでいます。

実は障害のある人のアートはこのビジネスに向いていて、彼らの作品は「繰り返しの表現」が特徴です。なので、服やバックの柄にも使いやすいんですね。

どういったアートがプロダクトに落とし込みやすいか見定めるのが、私達の勝ち筋です。


障害のある人の可能性のるつぼ「ヘラルボニー・タウン」

ーーこれからの活動について教えて下さい。

文登:11月16日から30日にかけて、東京駅の構内で期間限定の「アップサイクルアート・ミュージアム(下記詳細)」を開催します。ターポリンという素材にプリントされたアートが展示され、展示が終わった後にはトートバックへとアップサイクルされる仕組みです。

気に入ったアートがあれば、その場でQRコードを読み込んで注文してもらえれば、数週間後に自宅にバックが届くのでぜひ足を運んでみてください。

これまでも様々な展示会を開いてきましたが、これまでは作品をただ貼って剥がして終わりでした。しかし、バックにアップサイクルすることで、そこで生まれた収益が福祉施設に還元されます。今後も同じ活動を様々な場所で展開していきたいですね。

崇弥:もう少し中長期のお話をすると、3年後くらいに岩手に「ヘラルボニータウン」の設立を計画しています。先程話していたホテルを中心とした、テーマパークのような施設を作りたいんです。

今は「絵が描ける障害のある人」の個性は活かせていますが、みんなが絵を描けるわけではありませんし、僕らの兄も絵は描けません。

料理ができる、一芸がある、何でもいいので障害のある人たちの個性を活かせる場にできればと思っています。既に地元の銀行とも話を進めていて、実現に向けて動き出しています。

ーー最後に、そのような活動の先に思い描いているビジョンについても教えてもらいますか。

文登:例えば「マリメッコ」というブランドを聞いた時に、多くの方がデザインを想起できると思います。同じようにヘラルボニーと聞いて、デザインが想起されるようなブランドにしたいですね。

どうしても今は「障害者」という言葉が出ると「重い話題だな」という空気が漂ってしまいます。ヘラルボニーと知名度が上がることで「障害=欠落」ではなく、「障害=個性」だという文化を作っていきたいです。

崇弥:障害のある方はできないことがたくさんあります。しかし、だからといって社会に出れないわけじゃないですし、できることもたくさんあるんです。

ヘラルボニータウンのような場ができることで、障害のある人の「できること」にフォーカスが当たるような社会にしていければと思っています。

最終的には、「好きなことだけやっていたら、お金が稼げて生活できる」という新しい考え方を作っていける会社になりたいですね。


取材後記

障害者の「できない」に寛容で、ましてやエンタメとして楽しみ、「できる」を最大限活かしていく社会。それはきっと障害者だけではなく、健常者にとっても生きやすい未来だ。障害者が「何もできないわけではない」というのと同様に、健常者も「何でもできるわけではない」からだ。それぞれの「できない」に寛容になり、「できる」にフォーカスされる社会なら、きっと誰もが幸せになれるだろう。

松田兄弟の話を聞くまでは、障害者をどこか遠くの世界に感じていたのかもしれない。しかし、当然ながら彼らも同じ人間で同じ社会で生きている。彼らが生きやすい社会は、きっと誰もが生きやすい社会だ。そんな社会を作り出すヘラルボニーが、これからどんな取り組みをするのか楽しみであると同時に、自分にできることはないか考えてみたいと思った。

【アップサイクルアートミュージアム 開催概要】

期間:2020年11月16日(月)~11月30日(月)

場所:東京駅八重洲グランルーフ地下1階

内容:駅構内に、知的障害のあるアーティストが描いた7種類のアート作品を掲出。期間終了後、生地を洗浄し、トートバックを製造します。バッグはHERALBONY Online storeで販売を行います。(販売価格:27,500円(税込)(送料別)、2021年3月以降順次発送予定)

HERALBONY Online store: https://www.heralbony.com/

(編集:眞田幸剛、取材・文:鈴木光平)

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  • 石川康晴

    石川康晴

    • イシカワホールディングス株式会社
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コロナ禍をはじめとする、社会の変容が激しい昨今。よりスタートアップの重要性は高まっている。そんなスタートアップ起業家たちの“リアル”を追い、これからの未来を紐解きます。