【OI SUMMIT 2026】何を捨て、どこで勝負するのか――メルカリ小泉氏・Boost Capital小澤氏が語る新規事業の意思決定
株式会社eiiconが主催する、オープンイノベーションの最前線を発信するイベント「OI SUMMIT 2026」。さまざまなテーマのセッションを通じて、日本の産業やイノベーションの現在地と、これから進むべき方向について議論が交わされた。
「新規事業の光陰 今だから語れる新規事業の裏側――急成長の裏で、何を捨て、何を選んだのか」と題したセッションには、株式会社メルカリ取締役 President(会長) 兼 株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長の小泉文明氏と、Boost Capital株式会社 代表取締役の小澤隆生氏が登壇。株式会社eiicon 代表取締役の中村亜由子がモデレーターを務めた。
小泉氏はメルカリの創業期から経営に携わり、同社の成長を牽引してきた。一方、小澤氏はヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)で経営を担い、PayPayをはじめとする新規事業や事業成長に携わってきた経歴を持つ。
数々の事業に向き合ってきた二人は、成長の過程で何を選び、何を捨ててきたのか。メルカリやヤフー、PayPayなどでの経験をもとに、新規事業における「選択と集中」、市場の見極め方、挑戦を生み出す組織のあり方を紹介する。
【登壇者】(左→右)
・小澤 隆生 氏(Boost Capital株式会社 代表取締役)
・小泉 文明 氏(株式会社メルカリ取締役 President(会長) 兼 株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長)
・中村 亜由子 氏(株式会社eiicon 代表取締役)
急成長のために「何を捨てるか」――新規事業に必要な選択と集中
セッションの冒頭で議論されたのは、非連続な成長を実現するために「何を捨てるのか」というテーマだ。
小泉氏が振り返ったのは、メルカリの立ち上げ期における意思決定だ。当時、フリマアプリの市場には複数のサービスが存在しており、限られた開発リソースのなかで、いかに早く市場へ参入するかが重要だった。そのためメルカリでは、サービス開始時に一部の機能をあえて実装せず、必要最低限の機能からスタートしたという。
背景にあったのは、toCのプラットフォームでは、利用者を早期に獲得し、市場で確固たるポジションを築くことが重要になるという考え方だ。すべての機能が揃うまで待つのではなく、優先順位を明確にし、スピードを重視した。
一方で小泉氏は、こうした戦い方があらゆる新規事業に当てはまるわけではないとも指摘した。何を捨て、何を残すのかはビジネスモデルによって異なる。たとえば企業間の信用が重要になるtoB事業では、同じようにスピードを最優先することが必ずしも最適とは限らない。市場やビジネスモデルの特性を理解し、何を優先するのかを決めることが重要になる。
続いて小澤氏は、既存事業の成長という観点から「選択と集中」の重要性を語った。事業が同じペースで成長し続けるとは限らない。成長が鈍化する兆候が見えたとき、既存事業を再び成長させるのか、新市場へ進出するのか、新たな付加価値を加えるのか、あるいは新規事業を立ち上げるのか。企業には次の成長に向けた選択が求められる。
しかし、人材や資金などのリソースには限りがある。小澤氏がヤフー時代に選択したのは、eコマース、決済、金融という領域だった。成長領域を網羅的に追うのではなく、自社のポジショニングやケイパビリティを踏まえ、取り組む領域を絞り込んだという。
とりわけ大企業の新規事業では、既存部門が持つ人材や顧客基盤などのアセットを、必ずしも自由に活用できるとは限らない。だからこそ、限られたリソースをどこへ投じるのかを明確にする必要がある。
新規事業では「何を始めるか」に目が向きやすい。しかし二人の経験から浮かび上がったのは、その裏側にある「何をやらないか」という意思決定の重要性だ。自社の環境やビジネスモデルを見極め、勝負する領域へリソースを集中する。新規事業の成長は、そうした取捨選択から始まる。
「勝てる市場」はどう見つけるのか――市場と自社アセットから勝ち筋を描く
何をやらないかを決めた先で、次に問われるのが「どこで勝負するのか」だ。
小澤氏は、目標とする事業規模に対して、十分な市場が存在しているのかを見極めることが重要だと指摘した。大きな成長を目指しても、市場そのものが限られていれば、事業を目標規模まで成長させることは難しい。構想段階から、目指す規模と市場の可能性を照らし合わせる必要があるという。
もう一つの判断軸が、「なぜ自社がその市場で勝てるのか」という視点だ。顧客基盤やテクノロジーなど、自社が持つアセットを生かし、どのような優位性をつくれるのか。小澤氏は、こうした「構え」をつくることが勝ち筋につながるとの考えを示した。
ヤフー時代には、次の成長領域を模索するなかで、eコマース、決済、金融へと事業を広げていった。背景には、ヤフーが持つ検索サービスや顧客基盤などのアセットを、新たな事業へどう接続するかという発想があった。検索からeコマース、さらに決済や金融へとつなげるなど、個々の新規事業を独立して考えるのではなく、既存事業とのつながりを踏まえて全体の構想を描いていたという。
その構想を実現する手段も一つではない。自社で事業を育てる方法もあれば、外部の企業やサービスを取り込む方法もある。小澤氏は、M&Aも描いた戦略を実現するための手段として位置付けていたと振り返った。
一方、小泉氏も、メルカリの成長過程でeコマースと金融の親和性に早くから着目していたと語った。既存事業との相互効果が高く、今後の成長に重要な事業と、将来の可能性を探るために柔軟に挑戦する事業とでは、投資の考え方を分ける必要があるという。
既存事業との結びつきが強く、将来の競争力に関わる領域には人材や資金を投じ、粘り強く取り組む。一方、すべての新規事業に同じ規模の投資はできない。事業の位置付けに応じて投資の強度を変えることも経営には求められる。
目指す事業規模に見合う市場なのかを見極め、自社のアセットや既存事業とのつながりから「なぜ自分たちがそこで勝てるのか」を考える。そのうえで必要なリソースを投じることが、市場選定と勝ち筋を描くうえで重要になる。
失敗から学び、挑戦を続ける――新規事業を生み出す組織の条件
市場を見極め、勝負する領域を決めても、すべての新規事業が成功するわけではない。セッション終盤では、失敗を組織としてどう捉え、次の成長につなげるのかについて議論が交わされた。
小澤氏は、挑戦の多い企業や人にとって、失敗は例外的な出来事ではないという考えを示した。多くの挑戦を重ねるなかでは、すべてが成功するわけではなく、そのなかから一部の成功が生まれる。新規事業に取り組むのであれば、そうした前提を組織として持つことも重要になる。
小泉氏も、メルカリでは新規事業を終了する際、その経験を単なる失敗として終わらせないことを重視していると語った。事業をクローズした後には、その経緯や学びを組織内で共有する。経験を積み重ねることで、「自社は何を得意とし、何を不得意としているのか」という理解を深め、次の挑戦につなげているという。
重要なのは、失敗を無条件に肯定することではなく、そこから何を学び、次の意思決定にどう生かすかだ。同時に、新規事業への挑戦を続けるには、既存事業の延長線上だけで物事を考えないことも求められる。小泉氏は、成長する企業に途中から加わった人材が、すでにある成長曲線のなかで役割を考えるだけでなく、その成長曲線をさらに引き上げる意識を持つことの重要性を語った。
小澤氏が強調したのは、新規事業を単独のプロジェクトとして考えるのではなく、「会社全体を将来どのような姿にしたいのか」という視点から構想することだった。
ヤフー時代にも、将来の会社の姿を描き、その実現に必要な事業を考えるという順番を重視していたという。新たな事業への投資について社内外の理解を得るうえでも、なぜその事業が会社の将来に必要なのかという全体像を示すことが重要になる。
この考え方は、新規事業を担う人材にも当てはまる。小澤氏は、自分の担当事業だけを見るのではなく、会社全体をどう変えていくのかという視点を持つことの重要性を指摘した。会社の未来像を描き、小さくても実績をつくる。それが周囲からの信頼につながり、次の挑戦に必要なリソースや協力を得ることにもつながっていく。
何を捨て、どこで勝負し、会社をどのような姿へ変えていくのか。二人の経験からは、新規事業が単なる「新しい事業づくり」にとどまらず、企業の未来そのものを考える経営のテーマであることが浮かび上がった。
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▼本セッションの模様は以下より動画でもご覧いただくことができます。
取材後記
今回の議論で印象的だったのは、新規事業の成長が、何か新しいことを始めるだけでは生まれないという点だ。限られたリソースのなかで何を捨て、どこで勝負するのかを決め、自社が持つアセットを見極めて必要な領域へ人材や資金を集中させる。メルカリやヤフー、PayPayなどをめぐる二人の経験からは、その一つひとつの意思決定の重要性が浮かび上がった。
さらに、新規事業を会社全体の未来と結びつけて捉える視点も欠かせない。挑戦から学び、「会社を将来どのような姿にしたいのか」から次の事業を考えることが、非連続な成長への一歩になるのではないだろうか。
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(文:TOMORUBA編集部、撮影:加藤武俊)