世界初、ドイツのスーパーマーケットが「全自動AI調理ロボ」を導入 キッチンの自動化に挑む欧米スタートアップの今
2025年10月29日、ドイツのスタートアップ「Circus(サーカス)」は、世界初の事例(サーカス調べ)として、ドイツの大手スーパーマーケット・REWE(レーヴェ)に自社の最新製品「自律型AI調理ロボット CA-1 Series 4」を導入したと発表した。
同製品は、調理から盛り付け、調理器具の洗浄までを人間の介入なしで完結。1時間あたり約120食を提供するという。
世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第70弾は、欧米の「調理ロボット」市場に着目。急激に進む技術進化や導入事例を紹介する。
サムネイル写真提供:サーカス
自律型食インフラの構築に挑むドイツの上場企業「サーカス」
2021年にドイツ・ハンブルクで創業した「サーカス」は、AIとロボティクスを駆使して「食の提供」を完全自動化することをミッションに掲げている。
創業の背景には、欧州の飲食業界が長年抱えてきた「構造的な非効率性」に対する危機感がある。特にコロナ禍以降は、「人手不足」や人件費・食材費の高騰による「低利益率」、熟練スタッフの不足による「品質の不均一」などの問題が深刻化しているという。
▲ドイツ・サーカスが提供する全自動AI調理ロボット「CA-1」(出典:サーカスのプレスリリース)
そこで、自律型食インフラの構築を目指して製品開発に着手した。同社が提供する全自動AI調理ロボット「CA-1 Series 4」、及びAI搭載のオペレーションシステム「CircusOS」は、以下5つを強みとする。
①完全自動化
冷蔵保管、調理(煮る、焼く、混ぜる)、盛り付け、そして調理器具の洗浄までを人間の介入なしで完結する。
②省スペース設計
約20平方メートル(輸送コンテナ程度)のスペースがあれば稼働可能で、既存の社員食堂や大学、商業施設の空きスペースに「マイクロキッチン」として設置できる。
③生産能力
1度の材料投入で最大500食まで提供、1時間あたり最大60食以上の調理が可能で、24時間365日稼働できる。最大95%の人件費削減を実現する。
④メニューの柔軟性
プログラムのアップデートにより、世界各国の料理に対応可能。食材の入手状況、季節、顧客の好みに合わせてAIがメニューを生成できる。リアルタイムの食材在庫から代替や使用方法を提案し、ムダを減らす。
⑤AIによる需要予測
消費データ、メニューの傾向、季節性に基づいて将来の食材のニーズを予測し、需要予測を行う。
サーカスが短期間で高性能な製品を提供できた背景には、戦略的なM&Aの実施がある。同社は、2023年8月にベルリンを拠点とする調理ロボットスタートアップ「Aitme(アイトミー)」を買収した。完全自律型の調理ロボットを開発していたアイトミーの特許技術やR&Dの成果を取り込み、競合を排除すると同時に技術開発を数年分加速させたとされる。
2024年1月には、フランクフルト証券取引所、及びXetra(クセトラ、ドイツ証券取引所が設置する株式の電子取引所)に上場。同社の創業者、兼CEOのNikolas Bullwinkel(ニコラス・ブルウィンケル)氏は、「何十年もイノベーションが欠如していた業界に画期的な変化をもたらす機会を得た。消費者がまさに求めている、手頃な価格で高品質な食事を提供していく」とプレスリリースで語っている。
世界初「スーパーマーケット」へ導入、防衛事業にも本格参入
世界展開に向けて着々と歩を進めるサーカスでは、いくつもの導入事例が生まれている。2024年6月には、北京大学食品原料共同調達センターと5,400台の「CA-1」供給に関する覚書を締結。同センターは、北京市内にある90以上の大学の学生食堂における原材料の調達を担う中国の公益プラットフォームだ。
中国はモバイルオーダーや無人店舗への受容性が高いため、重要なテストマーケットと位置付けられている。同プロジェクトはアジア市場参入に向けた第一歩となり、2024〜25年にかけて製品テストを実施予定だ。これが成功し、最終契約が締結されれば、中期的に大きな収益が期待できるという。
▲サーカスは、2025年10月に全自動AI調理ロボット「CA-1」を正式発表した(出典:サーカスのプレスリリース)
また、2025年10月29日には、ドイツ・デュッセルドルフにあるスーパーマーケット「レーヴェ」に、最新製品を導入。同社によれば、スーパーマーケット内に自律型AI 調理ロボットを直接統合した世界初の事例だという。
レーヴェの新ブランドコンセプト「Fresh & Smart」に基づき導入され、顧客は店内で食事を注文し、CA-1がオンデマンドで調理する。冷凍食品の再加熱ではなく、新鮮な食材を使った「レストラン品質」の料理を提供することで、競合スーパーとの差別化を図るようだ。
▲調理工程をライブ鑑賞できるのもCA-1の醍醐味だ(出典:サーカスのプレスリリース)
顧客はタッチスクリーン、または音声インターフェースを介してCA-1と対話しながら注文ができる。本体は大部分がガラス張りで、ロボットが食材をピックアップし、調理し、盛り付ける様子をライブ鑑賞できる。同店を含む3ヵ所をパイロット拠点として、検証を進めていくという。
さらに、新たな展開として2025年10月下旬に防衛事業の参入を発表。軍事環境における自律栄養システムの確立を目的とした軍事用自律型キッチン 「CA-M(Circus Autonomy - Military)」をはじめ、食だけに限らない防衛分野の自律型AIロボットやインフラシステムを展開していく。11月4日には、完全子会社「Circus Defence(サーカス ディフェンス)」の設立を発表した。
▲防衛事業における製品は機能性を向上させ、過酷な環境下でも運用可能にするという(出典:サーカスのプレスリリース)
続く11月6日には、ウクライナ政府の防衛プログラムBRAVE1(国防軍、国防省、デジタルイノベーション省、MITSキャピタル傘下のプラットフォーム)と枠組み協定を締結したことを発表。ウクライナにおける次世代防衛技術の統合と拡大に向けて、全自動AI調理ロボットを提供していくという。
「CA-M」は完全移動式の輸送コンテナ型で、水や電気などのインフラが不安定な環境下でも独立した運用を可能にするとしている。最新のCA-1よりも性能が高く、1時間あたり400食以上を提供できる設計を見込む。
クラフト飲料自動化に家庭用調理ロボも。欧米の「調理ロボット」の今
続いて、欧米で注目度が高く、導入実績を持つ調理ロボットのスタートアップをいくつか紹介したい。
●揚げ物調理を自動化する、米国「Miso Robotics(ミソ ロボティクス)」
▲揚げ物の自動化を実現するミソ ロボティクスの「フリッピー」(出典:ミソ ロボティクスのプレスリリース)
2016年に米国・カリフォルニア州で創業した「ミソ ロボティクス」は、揚げ物の自動化に強みを持つ。同社の製品「Flippy(フリッピー)」は、厨房を設計し直す必要がなく、既存のキッチンフードの下に設置するだけで導入できる「レトロフィット」戦略が特徴だ。
フリッピーは、ハンバーガーのパテの焼き具合をモニタリングしながらひっくり返したり、ポテトなどの揚げ物を適切な調理時間でムラなく揚げたりできる。ハンバーガー・チェーンの「White Castle(ホワイト・キャッスル)」や「CaliBurger(カリバーガー)」などに導入されている。
●多様な盛り付けをAIで実現する、米国「Chef Robotics(シェフ・ロボティクス)」
▲盛り付けに強みを持つシェフ・ロボティクスのロボット(出典:シェフ・ロボティクスのプレスリリース)
2019年に米国・カリフォルニア州で創業した「シェフ・ロボティクス」は、AIを搭載した盛り付けロボットを提供する。多くの食材を均一に分量調整して盛り付けられる技術を持ち、形状が不ぞろいな野菜やくっつきやすい食材(ピーナッツバターやクリームチーズなど)も扱うことができる。
同社は、レストランの厨房ではなく、大量調理を行う「食品工場」をターゲットにすることで、一度に大量の導入契約を獲得している。例えば、インド料理と南アジア料理を専門とする食品メーカー・Cafe Spice(カフェ スパイス)では、生産量が2〜3倍に増加し、労働生産性が平均60%向上したという。
●高品質なクラフト飲料を自動調理、米国「Botrista(ボトリスタ)」
▲2,000種類以上のクラフト飲料を自動で調理する(ボトリスタ提供)
2017年に、テスラ出身のエンジニア・Sean Hsu氏によって米国・カリフォルニア州で創業した「ボトリスタ」。クラフト飲料の自動化技術に特化し、15以上のカテゴリー、2,000種類以上のオーダーメイドのドリンクがボタン一つで20秒以内に完成するという。
2022年以降、5倍の成長を遂げており、レストランや大学、テーマパークなどに導入実績がある。売上増や効率化に貢献し、大手テーマパークではアトラクションの待ち行列が発生するポイントに同社製品を導入したところ、テーマパークの一人当たり支出を22%増加させ、待ち行列におけるゲストの満足度が向上したという。
●職場向けのスマートフードベンディングマシン、ドイツ「Foodji(フッジー)」
▲フッジーを創業した5名と同社が提供する自動調理マシン(出典:フッジーのプレスリリース)
2016年にドイツで創業した「フッジー」は、B2Bサブスクリプションのビジネスモデルで、オフィス向けの自動調理マシンを展開する。2019年から市場に投入されており、過去2年間で売上高は約4倍に増加したという。300以上のメニュー(メイン、スナック、ドリンク)に対応し、冷たいサラダから温かい食事まで提供する。
需要予測やパーソナライズにも注力し、ユーザー行動データを収集・分析し、各拠点の好みに合わせてメニューを最適化。廃棄を減らし、在庫管理を効率化している。職場における満足度向上にも寄与するとし、食事の購入にかける時間の節約や健康的な食事ができる点がメリットだとしている。
●家庭でもプロの味を実現、英国「Moley Robotics(モーリー ロボティクス)」
▲モーリー ロボティクスが提供する家庭用の調理ロボット(出典:モーリー ロボティクスの公式ホームページ)
2015年に英国で創業した「モーリー ロボティクス」は、調理スキルのない人でも高品質な食事を楽しめる家庭用調理ロボット、及びレストランやホテルなどに向けた商用の調理ロボットを提供する。
家庭用調理ロボットは、奥行き1メートル未満のコンパクトなモデルから、2本のアームを使いこなすダイナミックなモデルもラインアップ。ミシュランを獲得したシェフがレシピを手掛けており、プロの専門知識と革新性が詰め込まれている。デザインや機能性にこだわりを反映したぶん高価格となるため、富裕層をターゲットとする。
編集後記
欧米の調理ロボット市場は、ここ5年ほどで一気に技術進化や導入が進んだ印象だ。サイズの縮小化やデザインの向上から、厨房や店舗内に設置しやすくなっている。調理ロボット市場では、食にまつわるサービス、技術、食品をパッケージとして提供する「Food as a Service(FaaS)」のビジネスモデルが広がる。サブスクや従量課金で初期費用を抑え、導入ハードルを下げているのも特徴的だ。日本を含む人材不足の国や地域にとって、調理ロボットはますます欠かせない存在になりそうだ。
(取材・文:小林香織)