完全自動搬送ロボット『Rally』の誕生秘話――FUJIがオープンイノベーションで生み出した次世代ソリューション
かつては「ものづくり大国」として、グローバルにおいても確固たる地位を築いていた日本。海外諸国のものづくり企業が進化・拡大し、「ものづくり大国」としての栄光も薄れつつある。そんな日本において、ものづくりの復権を担う一つの要素となるのがオープンイノベーションと言えるだろう。
今回、その実例として紹介するのが、電子部品実装ロボットで世界的に知られる株式会社FUJIとスタートアップとのオープンイノベーション事例だ。愛知県に本社を置くFUJIは世界に名の知れた産業ロボットメーカーだが、昨今は国内外のスタートアップとのオープンイノベーションによる「ものづくり」にも積極的に取り組んでいる。その活動の中から誕生したのが、今回紹介する完全自動搬送ロボット『Rally』だ。『Rally』は、小売店舗内で使用されるカゴ台車の下に潜り込み、下から台車を牽引して自動搬送する優れた機能を持つロボットで、スタートアップの技術も随所に活用されている。
eiiconが運営支援する、新規事業創出プログラム『AICHI MATCHING』(※)も、同社とスタートアップの出会いの場として有効に活用されたという。そこで、TOMORUBA編集部は、愛知県知立市のFUJI本社にお伺いし、『Rally』の開発背景や共創プロセス、スタートアップと共創を行う際のスタンスなどについて、詳しく話を聞いた。
※『AICHI MATCHING』……愛知県の企業と全国のスタートアップとのオープンイノベーションを活用した新規事業創出プログラム。愛知県が主催し、eiiconが運営支援を手がけている。
『AICHI MATCHING』も出会いの場に―FUJIが実践するスタートアップとの出会い方
――御社がオープンイノベーションを推進する背景についてお聞かせください。
FUJI・神谷氏: 当社がオープンイノベーションを推進する理由は、より効率的に競争優位性を獲得し、事業成長を促していくためです。企業が競争優位性を獲得しようとする際、個社単独でできることには限界があります。そこで、オープンイノベーションを活用し、外部企業と連携することで、より効率的に目標を達成したいと考えています。特に、スタートアップは、圧倒的な技術力とスピード感を持っています。そうした側面に注目し、様々なスタートアップと連携を深めています。
当社のオープンイノベーション活動の中心を担っているのが、私の所属するイノベーション推進部です。この部門は2019年に発足し、現在6人で運営しています。6人というと少ないように思われるかもしれませんが、最近、イノベーション推進部で取り組んでいたテーマのいくつかが軌道に乗り、事業部に移管されました。当社では、事業部にテーマを移管する際、そのテーマに取り組んでいたメンバーも一緒に事業部へと異動します。そのため、人数が減ったところなのです。
▲株式会社FUJI イノベーション推進部 課長 神谷一光 氏
――御社では、どのような機会や手段を用いて、共創パートナー候補を探しておられるのでしょうか。
FUJI・神谷氏: 『AICHI MATCHING』をはじめ、様々なマッチングプログラムを大いに活用しています。最近、日本国内では非常に多くのマッチングプログラムやイベントなどが開催されており、こうした場に積極的に参加することで、スタートアップ企業と出会う機会の数を増やしているのです。
また、アメリカのカリフォルニアとニューヨークに拠点を置き、現地で情報収集を行い、それを日本に共有しています。有望なスタートアップが見つかれば、当社から直接コンタクトを取るようにしています。さらに、各国大使館に自国のスタートアップ企業の支援をしている組織がありますので、そうした行政機関の協力も得ていますね。
――多岐にわたる手段で共創パートナーを探しておられる御社から見て、『AICHI MATCHING』の良さはどのような点にありますか。
FUJI・神谷氏: 『AICHI MATCHING』では、eiiconの事務局の方たちと事前に打ち合わせを行うことができます。当社はもう3年間『AICHI MATCHING』に参加しており、eiiconの担当者に当社のニーズをよく理解していただいています。そのため、当社のニーズに合った企業を提案していただけるのが、『AICHI MATCHING』の良い点だと感じています。
――年間で何社程度のスタートアップと接点を持っておられるのですか。その中で、実際に共創につながりそうなスタートアップは何社程度ありますか。
FUJI・神谷氏: 昨年度(2023年度)の実績では、508社のスタートアップ企業と面談やメールでのコンタクトを取っています。そのうち、具体的な討議や検証に入った企業が19社で、実際に契約や導入に至った企業が12社です。
国内外スタートアップの技術が随所に光る―完全自動搬送ロボット『Rally』誕生秘話
――次に、御社がスタートアップの技術を導入して開発した完全自動搬送ロボット『Rally(ラリー)』についてお聞きします。すでに、国内の大手ホームセンターにも導入されているそうですが、どのような背景から開発することになったのですか。
FUJI・神谷氏: そもそもの発端は、当社のスマートロッカーをお客様である小売事業者様に導入していただいたことでした。この導入により、そのお客様の抱えておられる店舗運営上の課題を、たくさんお聞きするようになったのです。そのなかのひとつが、店舗内物流の課題でした。
店舗内物流は、人が行うには重労働で、安全面での懸念もあります。これらをロボットで代替できないかということで、この取り組みが始まりました。当社でプロトタイプ(試作品)を開発し、お客様の店舗で実証実験を行い、改良を重ねた結果、複数店舗に導入されるに至っています。
▲FUJIが国内外のスタートアップの技術を駆使して開発した『Rally』。『Rally』がカゴ台車下部に入り込み、下から台車を牽引することで無人で商品を搬送することが可能となる。実店舗内での走行ムービーもYouTubeで公開されている。(https://youtu.be/uBSby-0Ryyw?si=V0VS9qQGnJ8ULisQ )
――『Rally』の動画を拝見したのですが、どの部分にスタートアップの技術が盛り込まれているのですか。
FUJI・神谷氏: 一例を挙げると、『Rally』は遠隔操作が可能で、異なる拠点からでもロボットを操作できます。例えば、愛知県にある当社の開発スペースから、他県にあるお客様の店舗のロボットを動かすこともできるのです。これは、ロボットがカメラを搭載しており、そのカメラで周囲の状況をリアルタイムで確認できるためです。この部分に、スタートアップの技術を活用しています。
また、『Rally』は無線給電ができる仕様もあります。電気を受信する装置が内蔵されており、その充電ステーションにロボットが近づくだけで、コネクタに接続しなくても自動的に充電ができます。この部分にもスタートアップの技術が使われています。これら2つの技術は、いずれも海外のスタートアップによるものです。
『AICHI MATCHING』でお会いした国内のスタートアップとは、ロボットがカゴ台車の下に潜り込む際のカゴ台車を認識する技術を検証しました。その企業さんは、もともと3D画像処理プログラムをお持ちでした。それを応用して当社のロボットに組み込み、周辺認識に活かせないかと考え、実証実験を行いました。
――『Rally』の各所にスタートアップの先端技術が活かされているわけですね。
FUJI・神谷氏: はい。当社はロボットの会社なので、ロボットの技術は保有しています。しかし、ロボットを成立させるための様々な技術は、自社で一から開発するよりも、その分野で飛び抜けた技術を持つ方たちと連携するほうが効率的です。より良い製品に仕上がることも期待できます。このような考えから、各分野の専門家と共同で、一つのシステムを作り上げていくようにしています。
期初に課題をヒアリングする――既存事業部との連携における工夫とは?
――国内外のスタートアップと共創を進めてきて苦労した点や留意している点はありますか。
FUJI・神谷氏: スタートアップは設立して間もない企業なので、技術がまだ確立されていないことが大半です。当社の要求に満たないケースもありますが、だからと言ってすぐに断るのではなく、そのスタートアップの将来性や技術力、メンバーの人柄などを考慮し、一緒に技術を作り込んでいきましょうという姿勢で接するようにしています。
例えば今回、『Rally』に搭載した無線給電技術も、当社が望む電力量の給電にはまだ至っていませんでした。しかし、「そのレベルを実現するためにはどうすればいいか」という建設的な話し合いを重ね、「いつまでにこの目標を達成しよう」「このタイミングでもう一度実証実験をしよう」というように共創を進めてきました。当社のリクエストを完全に満たすソリューションではなくても、一緒に開発していくスタンスをとっているのです。
――なるほど。既存事業部との連携において、工夫されている点はありますか。
FUJI・神谷氏: 既存事業部は、私たちとはまた異なる目線を持っています。そのため、毎年度の期初に事業部の抱える課題をヒアリングするようにしています。事業部の課題を私たちが理解したうえで、その解決策を提供できそうなスタートアップを探します。
適切なスタートアップを探すことができれば、そのスタートアップと連携することで、どのようなメリットが得られるかを事業部に説明し、共通認識を形成します。そして、短期間かつスモールサイズで実証実験を行い、小さな結果を示しながら、共創が進んでいる実感を持ってもらうようにしているのです。
カゴ台車が自動で動く時代へ―『Rally』が切り拓く小売店舗内物流の未来
――スタートアップの技術も取り込みながら、試行錯誤と改良の末に誕生した『Rally』ですが、現時点におけるビジネスの状況はどうなのでしょうか。
FUJI・神谷氏: 『Rally』はすでにイノベーション推進部を卒業して、事業部門に移管されています。ビジネスの現状については、まさに今、事業化を進めている段階です。今年の春からお客様の複数店舗に実導入が始まり、今後さらに拡販をしていく方針です。まさに、事業として走り始めたところですね。
――どのようなビジネスモデルやプライシングを検討されているのですか。また、競合優位性はどこにあるのでしょうか。
FUJI・神谷氏: 現在、ビジネスモデルやプライシングについては具体的に詰めている最中ですが、意見交換をしながらお客様が導入しやすい形にしていきたいと考えています。競合優位性に関してですが、既存のカゴ台車を運ぶというソリューションは、他にあまり例がありません。物流倉庫や配送センター向けのソリューションは存在しますが、小売業の店舗内物流にフォーカスしたロボットは『Rally』だけでしょう。そうした点が、差別化ポイントだと捉えています。
――『Rally』が先行しているということですね。今後の展望についてもお聞かせください。
FUJI・神谷氏: 最初の出発点が、「店舗内物流の課題を解決したい」という想いだったため、まずは同様の課題感をお持ちの小売業者さんに、当社のロボットをご提案し、問題解決につなげていきたいです。また、この課題は国内だけではなく海外にも共通していると思います。ですから、地域を問わず海外へも展開していきたいと考えています。
取材後記
小売業界の課題解決を目指し開発された完全自動搬送ロボット『Rally』が、いよいよ実用化へと動き出した。既存のカゴ台車を自動で運ぶ能力を持つ『Rally』は、業界の持つ課題に挑戦している。取材を通じて浮かび上がったのは、この開発におけるスタートアップの重要な役割だ。遠隔操作、無線給電、画像認識といった核心技術に、スタートアップの技術が活かされている。同社とスタートアップの出会いの場となったマッチングイベントの意義も大きいだろう。『Rally』の今後の動向にも注目していきたい。
(編集:眞田幸剛、文:林和歌子、撮影:加藤武俊)