自動車サプライヤーが掴んだ新事業の“勝機”――支援者と実践者双方の立場から見る『愛知自動車サプライヤーBUSINESS CREATION』とは?
CASEやMaaSといった動きが活発化し、100年に一度と言われる「大変革期」にある自動車業界。愛知県では、県内産業を支える自動車産業が競争力を維持できるよう、中堅・中小自動車サプライヤーが新事業の柱を獲得するための『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』に取り組んでいる。
同プログラムの特徴は、他社との協業を前提とした新事業創出を目指す「共同事業開発コース」と、自社の強みを活かしながら、自社単独で新事業開発の深化を目指す「社内新事業開発コース」という、2つのコースを用意している点だ。プログラムは2023年度に1期目がスタートし、現在2期目が始動している。
今回TOMORUBAでは、本プログラムを実施する愛知県 産業振興課 自動車・基盤産業グループの中嶋氏と中西氏、第1期の「共同事業開発コース」に参画したオーテック・小川大佑氏、そして「社内新事業開発コース」に参画した七宝金型工業・野場純一氏にインタビューを実施した。『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』を通して、新事業創出に挑んでいる中堅・中小自動車サプライヤーの姿にぜひ注目していただきたい。
※参考記事:愛知県内自動車サプライヤーが新事業創出に挑戦!8社が踏み出した大きな一歩とは――「愛知自動車サプライヤーBUSINESS CREATION DEMODAY」レポート
愛知県内の自動車サプライヤーに、新事業や共創事業に対する機運醸成を
――昨年度スタートした『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』を含め、愛知県や産業振興課として取り組まれている自動車サプライヤー支援事業の全体像と、これまでの活動内容について教えてください。
中嶋氏 : 愛知県は、製造業の規模を示す製造品出荷額で46年連続日本一のモノづくり県です。なかでも自動車産業は基幹産業であり、様々なメーカーやサプライヤーが名を連ねています。今、自動車産業は世界的にも100年に一度の変革期にあるといわれ、電動化やCASEなどによって自動車の構成部品が大きく変わり始めている状況です。これは、県内の自動車サプライヤーにも、電動化への対応や、自動車分野以外の新領域への進出など、非常に大きな影響を与える可能性があります。こうした背景を踏まえ、私たちは特に新事業の柱の構築を支援すべく取り組んでいます。
私たち自動車・基盤産業グループは、自動車産業や製造業の振興を目的とした支援策を実施しています。たとえば電動化に向けたセミナーの実施、県の公設試験場とタッグを組んだ技術開発支援、マッチングや商談機会の創出、販路拡大に向けた展示会の出展支援など、様々なことに取り組んでいます。近年は特に新分野への進出や新事業開発促進に注力しており、『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』事業を実施しています。
多くの自動車サプライヤーは、既存の技術を磨き上げて、大手メーカー等のニーズに対応することに長けています。一方で、新事業開発経験はあまり豊富ではなく、立ち上げ時には困難に直面することも多いです。そうした状況から、外部リソースとの連携も視野に入れ『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』では、「共同事業開発コース」と、自社内で新しく事業を立ち上げる「社内新事業開発コース」を設定しました。これら2つのコースで自動車サプライヤーの新事業展開を応援しています。
▲愛知県 経済産業局 産業部 産業振興課 自動車・基盤産業グループ 主任 中嶋衿奈氏
――プログラム支援を行う中で、初めてわかった県内自動車サプライヤーの実態や、新事業創出支援の難しさについて、どのようなことを感じましたか。
中西氏 : 各企業の方々は、自動車という人の命に関わるものをつくっているという自負や、厳しい品質をクリアしてきた精緻な技術をお持ちで、お話しするたびに感銘を受けています。しかし、その素晴らしさを言語化して外部に発信していくことについては、あまり得意ではない企業も多いと感じました。
そういった実態がある中で、このプログラムを通してうまく言語化して外部に発信し、新事業の拡大につなげていったり、課題感をヒアリングして足りない部分を補えるような外部連携を支援したりしていきたいと考えています。それは、行政だからこそ信頼して話していただけることもあると思います。
▲愛知県 経済産業局 産業部 産業振興課 自動車・基盤産業グループ 主事 中西ゆり子氏
中嶋氏 : 県内の自動車サプライヤーとお話ししていると、新事業には興味があってもなかなか取り組み方がわからないとか、ハードルが高いと感じていらっしゃる方が多いと感じます。特に新事業においては、担当者のみではなく、社内の体制や資金など含め、企業全体を巻き込んでいかねばなりません。市場環境が大きく変化している中、新事業に取り組むことは、企業にとって重要であることをご理解いただくように努めていきたいですね。
――新事業創出の難しさを抱える企業が多い中で、『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』プログラムでは、どのようなコンテンツがサプライヤーさんに評価されていますか?
中嶋氏 : セミナーは3回ほど実施していますが、本プログラムの運営支援をしているeiiconさんなど新事業を手掛けてきた方々から実例を紹介いただくことで、より理解が深まったと好評です。また、ワークショップではeiiconさんのメンターとマンツーマンに近い形で自社の課題や現状を掘り下げていくことで、自社の強みを再確認できたという声をいただいています。
――今年度の参画サプライヤーに期待することや、今後愛知県として実現したい『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』の展望をお聞かせください。
中嶋氏 : 今回のプログラムの目標としては、年度末の2025年3月までに社内新事業開発コースでは「新事業の事業計画作成」、共同事業開発コースでは「個別プロジェクトの立ち上げ」という土台作りを掲げています。半年という短い期間でかなりスピード感が必要ですが、ぜひ実現できることを期待しています。また、今回のプログラムを通して、愛知県内の企業が新事業や共創事業に挑戦していることを皆さんに知っていただくことで機運を醸成し、県内の他のサプライヤーの方々にも新事業や共創事業に挑戦していただきたいと考えています。
中西氏 : 中嶋から”機運の醸成”という言葉が出てきましたが、これは成果が見えづらく、時間がかかることだと思います。そして、それができるのは行政だからこそですから、しっかり取り組んでいきたいです。
今年はSTATION Ai(※)もオープンし、県内外からスタートアップはもちろん、オープンイノベーションに取り組みたいという企業が集結してきます。愛知県は新事業にチャレンジできる場所だと認識を広げていきたいです。また、この事業も年数を重ね、参画企業も増えていきます。サプライチェーンだけではない横のつながり、切磋琢磨し合える関係性も、この事業を通してつくっていき、どんどん機運を高めていきたいですね。
※「STATION Ai」……名古屋市鶴舞にある日本最大規模のオープンイノベーション支援拠点。2024年10月に開業した。
AIスタートアップとの共創で、製造現場のデジタル化が急速に進展
【オーテック・小川氏】第1期プログラム「共同事業開発コース」に参画
――昨年、新たな取り組みである『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』に参加を決めた理由をお聞かせください。
小川氏 : 当社は自動車部品サプライヤーで、売上の大半がエンジンや排気系の部品です。つまり今後自動車が電動化していくと、本業が大きな影響を受けるということです。それを乗り越えるべく、これまでも社内の生産性向上、コスト削減、新事業への取り組みを進めていました。ただ、従来の製造業の改善や発展の枠を超える動きではありませんでした。
ここ数年で進めてきたデジタル化についても、対外的に評価をいただけるようになったのですが、基本的には外部ツールを導入して成果を上げており、自社で開発したものではありません。そこで、自社でツールを開発して、そこで上げた成果を外部に拡販していきたいと考えていました。
ただ一方で、なかなかそういった新規ビジネスのノウハウはなく、構想はありつつも実行できていませんでした。そこで愛知県からこのプログラムを紹介していただき、オープンイノベーションという手法を使えばできるのではないかと考え、参加を決めました。
▲株式会社オーテック 取締役 統括部長 小川大佑氏
――そこで第1期プログラムを通じてAIスタートアップの株式会社TENHOと出会い、共創に至ったということですが、なぜその意思決定をされたのでしょうか。
小川氏 : 理由は2つあります。1つ目は、AIという新しい分野だったことです。まだそこまでビジネス化できているライバル企業もいないため、先行して取り組むことでチャンスをつかめるのではないかと考えました。
もう1つの理由は、TENHOさんの経営陣と馬が合ったことです。まずお声がけをしたときに、TENHOさんは東京のスタートアップですが真っ先に名古屋に来てくださって、まずは食事をしながらフランクにディスカッションをすることができました。また、TENHOさんは創業メンバーが愛知県出身で、この地にしっかりと根を張っていこうという想いをお持ちです。そうしたところに安心感がありました。
――TENHOとの共創でどのようなことに取り組まれましたか。
小川氏 : Google Cloud Platform(GCP)と生成AIを活用し、製造業の紙データのデジタル化を行いました。実証実験では、PDF化したアナログデータをOCRで読み取ることで、データ入力に関する作業時間を75%削減しました。また、データ検索時間の工数削減など、業務効率化につながっています。
当初はOCRを軸に、書類を読み取りデジタル化してAIで分析するといった事業を検討していたのですが、もう少し視野を広く持って、コンサルティングや研修なども含めて色んなビジネスの可能性を、TENHOさんと探っているところです。
▲2024年3月に開催された第1期プログラムの成果発表会で、TENHOとの共創に関するピッチを行った小川氏(写真右)。
――TENHOとの共創によるメリットをどう感じていますか?
小川氏 : TENHOさんとの共創により、社員にもデジタルファーストの考えが浸透していると感じます。「将来このツールができたときのために、今からこういう準備をしておけばいいですね」と、デジタル化を意識した発言が増えました。また、TENHOさんとの取り組みを進めるにあたり、社内に体系だったAIの研修を導入しています。それを通して、全社的にもAIがかなり身近になりつつあるという実感があります
――『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』の魅力を教えてください。
小川氏 : 2つあります。1つは、自社の強みに気づけたことです。もともとデジタル化は進めていたものの、自社で開発しているプロダクトではないというコンプレックスがありました。それをメンターの方に話したところ、「そもそも製造現場がデジタル化を受け入れられる風土が素晴らしい」と言っていただけたのです。自社の弱みだと感じていたところが、逆に強みだということがわかり、自信になりました。
もう1つは、eiiconさんが単にスタートアップと引き合わせるだけはなく、色々な相談に乗っていただけたことです。たとえば、スタートアップとミーティングをしたときの印象や、次回に向けた確認事項などざっくばらんに相談できたことで、モヤモヤしていたものが晴れました。
――今後の展望についてお聞かせください。
小川氏 : まずは年内に当社で使えるβ版ソフトを開発し、年度末くらいに数社テストユーザーを募って外部向けにリリースをし始めたいです。ターゲットは「デジタル化に対する課題を抱える中小企業」を考えています。外部展示会への出展も検討しています。そして5年後には、1億円規模の売り上げを目指していきたいですね。
金型以外の新事業を見事確立させ、社内でも高い評価を獲得
【七宝金型工業・野場氏】第1期プログラム「社内新事業開発コース」に参画
――昨年度の『愛知自動車サプライヤー BUSINESS CREATION』に参加を決めた理由をお聞かせください。
野場氏 : 七宝金型工業は、社名にもある通り金型が本業で、これまで金型一筋でやってきました。そのため、新事業のノウハウが不足しています。私は前職で新製品の企画開発の経験はあるのですが、マーケティングや販売については未経験です。当社は会社規模も小さく、新事業も全行程に対応する必要があります。そこでマーケティングも含めて学びたいと考えていた時、たまたまホームページでこのプログラムを見つけ、参加することにしました。
▲七宝金型工業株式会社 研究開発課 課長 野場 純一氏
――プログラムでは、どのようなテーマを設定したのでしょうか。
野場氏 : 「金属3Dプリンターを活用した新たなものづくり」というテーマを設定しました。「3Dプリンター」というと、一般的に樹脂を想像されると思います。これは試作品も早く安くできるため、知名度が高く活用領域も広いです。しかし、「金属3Dプリンター」となると、日本ではまだあまり使われておらず、ビジネスとしての事例もありません。当社でも以前から社内で産学連携の研究を進めていたのですが、事業化には程遠い状況でした。そこで、期限を決めて取り組むことにしたのです。
――そこで生み出されたのが、簡単に100分の1ミリ台で高さ調整が可能な治具「EASYG」(イージグ)だったのですね。これは、具体的にどのように活用されるのでしょうか。
野場氏 : 金属材料は重たく、加工する際にクレーンで持ち上げる必要があります。なおかつ100分の1ミリ、1000分の1ミリといった単位で加工精度を求められるため、水平出しをする必要があります。ただ、これは非常に段取りに手間がかかり、新人だと1~2時間、ベテランでもある程度の時間がかかるものでした。
また、限られた数のクレーンを長時間占有してしまうことになるため、待ち時間のロスが発生してしまいます。さらには、精度を出すために調整板を挟む工程があるのですが、そこで手を挟まれてしまう危険を伴います。そうした課題から、簡単に精密な水平出しができる解決策がないかと考えていました。
そこで「ジャッキ」をキーワードに、どうすれば高さが精密に調整できるかを調べたところ、油圧で工具をクランプするという方法に行きつきました。その考え方をジャッキに落とし込めば、現場が楽になる製品ができるのではないかと、アイデアを出しました。それが金属3Dプリンターでしかできない構造だったのです。
▲大物ワークの水平出し作業をレンチ1本で簡単にできる精密ジャッキ「EASYG」。
――プログラムで事業化に向けて進める中で、新たに得られた気づきや、難しかった点はありますか?
野場氏 : 新事業は常にうまくいくことばかりではありません。予想と違うこと、うまくいかないこと、壁にぶつかることもたくさんあります。そういう時にいち早く問題点を見つけ、方向転換をしていくことが大事だということを学びました。
また、製品の開発はスムーズに進められたのですが、マーケティングのところでつまずきがありました。当初は中小企業にターゲットを絞りたかったのですが、実際には大手企業からしか引き合いが来ていません。そこは予想と反しており、現在の課題でもあります。
――現在の販売数はどのくらいなのでしょうか。
野場氏 : 1年間で100個の販売数を目標にしていましたが、現状で70個近く売れており、目標数達成ペースで進んでいます。
――経営層をはじめ、社内の反応はいかがですか?
野場氏 : 本業の金型に比べると、小さな事業規模ではあるものの、これまでの七宝金型にはない事例として評価されています。また、基本的に担当者は私1人ですが、「全社を挙げてやっていこう」というトップの発言もあり、制作や販売などの部分では社内の各部署に協力体制が整っています。
――EASYGの今後の展望についてお聞かせください。
野場氏 : 実際に購入いただいたお客様に、どのように活用しているのかアンケートを取っています。それを見ると、私たちが想定していなかった使い方をされている企業もありました。そういった情報やお客様の課題感から、EASYGをバージョンアップさせていきたいですね。
取材後記
「新事業や共創事業の機運を醸成したい」と、愛知県の中嶋氏が話していたが、第1期に参加した2社ともに、社内にしっかりとその機運が芽生えている。七宝金型工業では、新事業担当者の野場氏が孤軍奮闘するのではなく、社内の関係部署による協力体制が構築されている。そしてオーテックは、TENHOとの共創により着実にデジタルやAIを活用する地盤ができつつあるようだ。プログラム参加企業の事例が蓄積されていくことで、愛知県の中西氏が語ったように「愛知県は新事業に挑戦できる場」だという認識がきっと広がっていくはずだ。
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(編集:眞田幸剛、文:佐藤瑞恵)