デジタル化がテーマの『令和5年版国土交通白書』を読み解く。日本の競争力を挽回する6つ施策とは
国土交通省は、2023年6月末に『令和5年版国土交通白書』を公表しました。本白書は、国土交通省の施策全般に関する年次報告であり、今年度は「デジタル化で変わる暮らしと社会」をテーマとしています。
白書では、デジタル化が国土交通分野に与える影響について、「第1章 国土交通省のデジタル化施策の方向性」と「第2章 豊かな暮らしと社会の実現に向けて」の2章立てで構成されており、全般に渡ってデジタル化を軸に特集が展開されています。
本記事では白書の概要を解説し、ビジネスパーソンにとって特に注目すべき箇所をピックアップして深堀りしていきます。
『令和5年版国土交通白書』の構成
白書の冒頭では、今回「デジタル化」をテーマとした背景についていくつかの課題や理由を述べています。
・近年、デジタル化が急激に進展しており、国際社会、企業活動、ライフスタイルのありようを変化させていること
・人口減少による地域の足の衰退や担い手不足、気候変動に伴う災害の激甚化・頻発化、脱炭素化等が大きな課題となっていること
・デジタル化の特性を踏まえて効果的に取り込むことにより、直面する課題を解決し、豊かな暮らしと社会を実現することが重要であること
・防災、交通・まちづくり、物流・インフラ、そして行政手続のデジタル化など、「国土交通分野のデジタル化」は持続可能な社会を作る上で必要不可欠であること
こうした背景を踏まえて、今年度の白書は「デジタル化で代わる暮らしと社会」をテーマとして現状を俯瞰し、デジタル化がもたらす豊かな暮らしと社会の展望について考察することを目的として作成されています。
白書は「第1章 国土交通省のデジタル化施策の方向性」と「第2章 豊かな暮らしと社会の実現に向けて」の2章立てで構成されています。
第1章では、国土交通分野のデジタル化の動向の現状を俯瞰し、直面している課題やデジタル化に期待される役割を整理し、『デジタル田園都市国家構想』と国土交通分野における取組みをまとめています。
第2章では、第1章で整理した課題を解決するためのデジタル化施策の方向性をまとめ、新しい社会の姿を展望しています。
国土交通省が直面する課題とデジタル化に期待すること
第1章では、国土交通省分野が抱える課題を5つの観点から整理しています。その上で、やみくもにデジタル化を推進するのではなく、デジタルの特性を踏まえながら課題解決に取り組む必要性があると強調します。
こうした課題を解決に資するデジタル化の役割については、具体的に以下の5つとしています。
1.暮らしを支える生活サービス提供機能の維持・向上
2.競争力の確保に向けた新たな付加価値・イノベーションの創出
3.担い手不足の解消に資する生産性向上・働き方改革の促進
4.災害の激甚化・頻発化に対応する防災・減災対策の高度化
5.脱炭素社会の実現に向けたエネルギー利用の効率化
この中で、ビジネスの観点から注目すべきポイントをいくつかピックアップします。
人口減少や地域の足を補うAI活用や、都市部のエリアマネジメント
一つめのデジタル化の役割「暮らしを支える生活サービス提供機能の維持・向上」について、目下の課題は3つあります。
1.人口減少の加速と生活サービス提供機能の低下・喪失
2.地域の足の衰退と買い物弱者の懸念
3.都市における防災力の低下
人口減少の加速は深刻で、人口が小さい市区町村ほど人口減少率が高くなる傾向が明らかになっています。また地域の足が衰退していることは地方在住者はすでに実感しているはずです。これらを解決するためには、AIを活用したオンデマンド交通が有効だと示しています。柔軟な対応ができる配車サービスなどが該当するでしょう。
また、都市の課題として災害に対する脆弱性が挙げられています。デジタル技術を活用することで混雑緩和や防災面でのエリアマネジメントの高度化に取り組む必要があると指摘しています。
AI、IoT、ロボットで競争力を確保しイノベーションを創出する
二つめのデジタル化の役割は「競争力の確保に向けた新たな付加価値・イノベーションの創出」です。国内の経済の成長が鈍化していることを課題と捉えており、国土交通分野でのAI、IoT、ロボットの開発・実装を加速することで競争力を確保してイノベーションの創出につなげたい狙いがあります。
例として挙げられているのは3Dプリンタを活用したグランピング施設の建築です。白書内のコラムでは、『太陽の森ディマシオ美術館』の来館者数を増加させるため、美術館の敷地内に3Dプリンタで建築したグランピング施設をオープンさせている事例が紹介されています。
労働生産性が低く担い手不足の深刻な建築業、運送・郵便業をデジタル化で改善
三つめのデジタル化の役割は「担い手不足の解消に資する生産性向上・働き方改革の促進」です。国内の業種別労働生産性の推移を見ると、建築業や郵送・郵便業の数値が平均よりも低い水準であることがわかります。
さらにこれらの産業は就業者の高齢化が進んでおり、人手不足が目下の課題となっています。アナログな環境をDXすることがデジタル化の役割であり、生産するために必要な労働力を削減する必要があります。具体的には物流倉庫のピッキングやパレタイズを機械化・自動化することや、建設作業のロボットによる代替を推進することでこうした課題を解決できる期待が集まっています。
より高度な防災対策と、災害時の情報提供
四つめのデジタル化の役割は「災害の激甚化・頻発化に対応する防災・減災対策の高度化」です。近年の災害の激甚化・頻発化は日本全国どこでも起きうる状態であり、ハード・ソフトが一体となった防災・減災対策が重要だとしています。また、自然災害発生時の情報提供もより高度にアップデートすることが期待されます。
デジタルを用いた解決策の具体例として、リスクコミュニケーションの促進に「デジタルツイン」を活用する案が挙げられています。デジタルツインでサイバー空間を作り洪水予測をすることで、高度な災害時のシミュレーションを実施することができる最新技術です。
参照記事:現実と同等の仮想空間を構築する『デジタルツイン』はなぜ製造業に効果的?東京都のデジタルツイン計画とは?
カーボンニュートラルへの貢献に向けたエネルギー利用の効率化
五つめのデジタル化の役割は「脱炭素社会の実現に向けたエネルギー利用の効率化」です。日本では2050年カーボンニュートラル達成に向けたマイルストーンとして2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)を目指しているため、消費エネルギーの削減が課題となっています。
デジタル化に期待されるのは前述のデジタルツイン活用によるサプライチェーン流通業における消費電力やCO2排出削減などです。実際、国土交通省は3D都市モデルのオープンデータ化プロジェクト『PLATEAU』を活用したデジタルツインを作り出し、気象データと組み合わせることで被災状況の予測や避難ルートの算出などをする避難行動支援の実証実験を推進しています。
参照ページ:第1章 国土交通分野のデジタル化
参照ページ:第2節 デジタル実装の現在地と今後への期待
日本のデジタル競争力は先進7か国中6位。巻き返しを図る『デジタル田園都市国家構想』
第1部の第2章では世界水準のデジタル社会を実現するにあたって、現在地を示す指標として「世界デジタル競争力ランキングと一人当たりGDPの関係」を引き合いに出しています。
上図からは、一人当たりGDPとデジタル競争力ランキングには相関があることがわかっています。日本のデジタル競争力ランキングは先進7か国中6位と出遅れており、デジタル化を推進することが巻き返しのきっかけになる可能性を示しています。
具体的な戦略として政府は「デジタル田園都市国家構想」を打ち立てており、東京圏への一極集中の是正を図り、地方在住でも都会に匹敵する情報やサービスを利用できるようにすることでボトムアップを目指します。
この構想は大まかにふたつのアプローチで構成されており、ひとつは行政手続きのオンライン利用率の改善、もうひとつはAI、IoT、ロボット、ドローンといったIT技術への投資となっています。
この二軸でデジタル化を推進し、新しい暮らしと社会の姿を2050年までに実現するとしています。
参照ページ:第1節 国土交通省のデジタル化施策の方向性
参照ページ:第2節 新しい暮らしと社会の姿
国土交通省のデジタル化を推進する6つの施策
第1章では国土交通省の抱える課題と解決策を洗い出しましたが、第2章ではそれらを以下の6つの施策に落とし込んでいます。
1.【防災分野のデジタル化施策】平時・発災前・発災後のあらゆるフェーズでデジタル化に取り組み、地域の災害リスクに応じた対応やきめ細かな防災・減災対策、防災情報の提供・避難支援など、防災分野で国民一人ひとりの状況に応じた人に優しいデジタル化を一層推進する。
2.【まちづくり分野のデジタル化施策】従来のまちづくりの仕組みそのものを変革し、スマートシティや3D都市モデルの構築による新たな価値創出や課題解決を実現する。
3.【交通分野のデジタル化施策】交通サービスの維持・確保のため、MaaSや自動運転などを社会実装することで、地域公共交通ネットワークの「リ・デザイン」(再構築)を推進する。
4.【物流分野のデジタル化施策】物流の担い手不足解決、生産性の向上を目指し、物流施設における機械化・自動化やドローン物流の実用化、物流・商流データ基盤の構築や物流標準化を推進する。
5.【インフラ分野のデジタル化施策】従来の常識にとらわれず柔軟に対応し、関係者との連携・協調によりインフラ分野のデジタル化を推進する。
これらの施策を実行していくことで、誰もがデジタル化の恩恵を享受でき、なおかつ防災、交通など国民生活に密着した分野のデジタル化を中心に個人のニーズに応じた最適なサービスが提供されるよう取り組んでいくとしています。
編集後記
国土交通省白書でありながら、幅広い分野にわたってデジタル化を力強く推進していくことが示されていることが印象的でした。実際、「経済成長」や「カーボンニュートラル」といったキーワードも頻出しており、国土交通省が担う責任が多様化していることが伺えました。物流やMaaSといった、重たい社会課題を抱えている省庁だけに、今後の進捗にも注視したいところです。
(TOMORUBA編集部 久野太一)