誰にも害を与えないコスメを。フィンランド発・大学生起業家によるゼロ・ウェイストブランド
気候変動対策をはじめ、サスティナブルな意識が世界的に高いといわれる北欧。2017年にフィンランドで生まれた化粧品ブランド「HAVU cosmetics(ハブ コスメティクス、以下:HAVU)」は、いかにも“北欧らしい”ブランドだ。
「環境へのやさしさ」と「倫理性」を掲げ、天然成分のみを使った口紅とリップクリームを販売している。パッケージには石油由来のプラスチックを使用せず、100%生分解性の成分を使用。製品の開発にあたり動物実験は行わず、児童労働のない事業者と取り引きする。
現在、フィンランドのみならず、ヨーロッパや日本にも販路を広げる。ーー世界のスタートアップが取り組むイノベーションの"タネ"を紹介する連載企画【Global Innovation Seeds】第16弾では、同ブランドの創業者でありCEO、兼大学院生のLumi Maunuvaara(ルミ・マウヌバーラ)さんに、起業の背景とビジネス戦略を聞いた。
「環境」と「肌」にやさしいゼロ・ウェイストコスメ
HAVUの主力商品である口紅は、ホホバオイル、アーモンドオイル、アボカドオイルなど天然のオイルとナチュラルワックスのみで作られている。追加の香料や保存料は含まれず、着色料は、自然化粧品によく使われる酸化鉄、酸化チタン、ウルトラマリンなどで、必要な成分のみを使用。オイルはコスモスオーガニック認定の承認済み、シアバターは土壌協会認定を受けている。
外部容器には、天然の木であるアルダーとアスペンを加工せずに使用し、フィンランドとエストニアから仕入れている。内部容器は生分解性材料のPLA(ポリラクチド)から作られ、使用後はバイオ廃棄物として処分できる。つまり、生ごみ同様に捨てられるわけだ。外箱は紙としてリサイクル可能だ。
リップクリームの容器もまた、100%生分解性材料で作られている。これは、フィンランドで生分解性の容器やストローを販売するSLAPACK社から仕入れているそうだ。
2021年夏には、より多くの廃棄物削減を目指し、口紅のリフィルを発売開始した。口紅のリフィルの発売自体も新しいアイディアだが、内側の容器が一切付属せず、「ワックスペーパーに包まれた口紅そのもの」だけを販売するのは、よりめずらしい。
▲口紅のリフィルの入れ替え方法
このリフィルは標準サイズのため、例えば自宅にある古くなった口紅のケースに入れ替えることもできるそうだ。ケースをリユースすることで、利用者のコスト削減にもなる。
このような「環境」と「肌」への配慮だけでなく、HAVUは「透明性」と「倫理性」に配慮した運営にも取り組んでいる。認定された原材料を使い、フィンランドのエスポー市にある研究室で口紅を作る以外にも、動物実験をしないこと、児童労働を行わない生産者と取り引きしていることがHPで言及されている。これは、「誰にも害を与えずに喜びをもたらす化粧品をつくりたい」というルミさんの思いがあるためだ。
【化学×アート】大学内のコラボプログラムにより創業へ
HAVUのコンセプトとプロトタイプが生まれたのは、ルミさんが通うアールト大学の「CHEMARTS(ケミアーツ)」の研究プロジェクトがキッカケだった。ケミアーツとは、アールト大学内の化学工学部と芸術・デザイン・建築学部がコラボレーションして、セルロースやその他のバイオマテリアルの活用を研究し、新しいコンセプトを生み出すのが目的だ。
大学時代に化学工学を専攻していたルミさんは、このプロジェクトに参加した際に、ゼロ・ウェイストのナチュラルコスメのプロトタイプを開発し、注目を集めたという。
「化粧品化学は、化学のなかでもクリエイティブな分野であり、色やデザインで遊ぶなど創造性を持たせられる点に惹かれました。プロトタイプを発表すると、プレス関係者や後の共同創業者から『製品として完成させることができないか』という要望があり、製品として発売することにしました」(ルミさん)
▲共同創業者のルミ・マウヌバーラさん(写真左)とタトゥ・フォンテルさん
2022年の今でこそ、「ナチュラルコスメ」「ゼロ・ウェイスト」というワードをよく聞くようになったが、ルミさんがHAVUのアイディアを製品化した2017年当時は、まだ、それらのビジョンを持つ化粧品ブランドは多くなかったという。
「当時、デパートのコスメ売り場では、ナチュラルコスメは際立った存在感がなく、目立たない場所に陳列されていました。パッケージの廃棄物の課題も取り沙汰されておらず、HAVUのコンセプトは化粧品業界への問題提起になるだろうと考えました」(ルミさん)
共同創業者のTatu Fontell(タトゥ・フォンテル)氏は、創業当時、ルミさんの同級生だった人物だ。タトゥさんは資金調達をはじめとした経営サイドを担当し、ルミさんは新製品の開発など事業サイドを担当している。
現在、6名いるHAVUのメンバーは、全員がアールト大学の同級生とのこと。ルミさんとタトゥさんは現在、アールト大学院に在籍しており、共に繊維工学を専攻している。ふたりのように学業と仕事を両立しているメンバーは他にもいるが、基本的に平日は仕事だけに集中しているという。
ユニークな体験「口紅ラボワークショップ」の開催も
HAVUの購入者層は25歳〜40歳ぐらいまでの女性で、看板商品ともいえる口紅がやはり人気とのこと。こだわりの天然成分や生分解性材料を使用していることもあり、口紅は38ユーロ(約4,900円)とややハイプライス。そのため、ルミさんと同世代の20代ではなく、環境や製造工程、原材料に配慮された製品を好む30代女性に、もっとも選ばれているという。
顧客満足度は非常に高く、以前に実施したユーザーアンケートでは、98%が「製品を友人に勧めたい」と回答したそうだ。「製法とゼロ・ウェイストのコンセプトが支持されていると思う」とルミさんは話した。
▲SNSやHPには男性モデルを使用した写真も。「誰でも歓迎する」というブランドの姿勢を表している(HAVU cosmeticsの公式Instagramより)
PRやマーケティングは、ほぼ100%ソーシャルメディア上で行われ、フィンランド国内だけでなく、ドイツ、オランダ、アメリカ、イギリス、台湾など、広くオンラインで販売されている。日本でも、ECストアの「STRIPE DEPARTMENT(ストライプデパートメント)」で販売されているものの、同ストアは2022年2月末で閉店が決まっている。
フィンランド国内では、化粧品店など数十の店舗でも販売されており、根気強く担当者にコンタクトを取ったことに加え、「ナチュラルコスメ」と「ゼロ・ウェイスト」のユニークなコンセプトが受け入れられたために小売店での販売に成功したそうだ。
2021年12月からは、新たな試みとして、ヘルシンキのギャラリーにて「オリジナルの口紅を作れるワークショップ」の開催もスタートした。参加人数が限られていることもあるが、このワークショップは人気を集め、現在HP上に掲載されている5月までの日程は、すべて完売している。
▲口紅ラボワークショップの様子
「口紅がどんな原材料から、どのように作られているかを知りながら、自分好みに仕上げられるのはユニークな体験であり、とても好評を得ています。一方で、パンデミックの影響により、やむなく開催を延期しなければならない事態にも陥っています。これは私たちにとってチャレンジではありますが、あらゆる困難に対処できるよう、この経験を糧にできたらと考えています」(ルミさん)
当面の目標は、コスメシリーズの完成
現在、大学院2年目のルミさんは、学業において残すところは卒論のみで、夏前には修士号を取得できる予定だという。その後は、HAVUの経営に専念し、事業拡大を目指すそうだ。現時点の課題をたずねると、人々の行動変化がもたらす化粧品業界への影響をあげた。
「コロナ禍において、コスメ業界やメイクアップ関連の業界は、全体的に苦戦しています。誰もがマスクを付けて外出し、自宅で仕事をすることによって、メイクアップをしなくなる人が増えていますよね。私たちの業界にとっては良いシナリオではなく、今年こそ状況が好転することを願って、新製品の開発に取り組んでいます」(ルミさん)
HAVUでは、中長期の目標として、同じコンセプトのコスメシリーズを完成させることを掲げている。現在、開発中の製品は、具体的には伝えられないが、複数の色展開のあるアイテムとのこと。年内に発売できるよう開発を進めているそうだ。
今日では、「ナチュラルコスメブランド」が数多く誕生し、環境に配慮されたパッケージを採用するブランドも着々と増えている。大手ブランドも、ゼロ・ウェイストをコンセプトにしたシリーズを立ち上げるなどの動きを見せており、例えばシャネルでは、バイオベースのキャップを使用した香水『LES EAUX DE CHANEL』を2021年に発表している。
こういった流れもあり、HAVUがコスメ業界で生き残るのは簡単ではないかもしれないが、同社が貫く「天然成分」「ゼロ・ウェイスト」のコンセプトに共感する人は、ますます増えるのではないだろうか。
写真提供、取材協力:HAVU cosmetics
取材協力:Enter Espoo
編集後記
筆者がフィンランドで暮らし始めてから、「プラスチックフリー」の製品に出会うことが圧倒的に増えた。カフェのストローやテイクアウトのパッケージは多くが紙であり、「木材由来のプラスチック」とアピールされた製品も多く見かけた。気候変動に注力した政治政策も目立つ。加えて、自然と調和することを非常に好む国民性も見られる。このような国、このような時代に生まれ育ったルミさんにとって、「ゼロ・ウェイスト」と「天然成分」のコンセプトは、ごく自然の発想なのかもしれないと感じた。
(取材・文:小林香織)