【PARCO×NTT東日本】ファッション・エンタメとデジタル技術の融合が描き出す、次世代のトレンドの姿とは?
コロナ禍により、社会における消費のあり方は大きく変化した。ECやオンライン決済、デリバリーサービスなどのEコマースの需要が急速に高まり、いわゆる「巣ごもり消費」は増大した。社会全体で消費行動がデジタルシフトしたと言っても過言ではない。
そうしたなかで、社会のトレンドを牽引するファッションやエンタメの領域には、どのような変化が訪れているのだろうか――。これまでもファッションやエンタメは、テクノロジーの進化と共にその姿を変化させてきた。社会全体でテクノロジーの活用が加速する今、ファッションやエンタメの領域でも新たな流れが生まれつつあるに違いない。
そこで、TOMORUBAでは、ファッション・エンタメとデジタル技術の最前線を知るキーパーソンによる対談企画を実施。東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)のデジタル事業を担うデジタルデザイン部から下條裕之氏と浦壁沙綾氏、株式会社パルコ(以下、PARCO)からコラボレーションビジネス企画部部長 兼 パルコ都市文化研究所所長の佐藤貞行氏をお招きし、今日におけるファッション・エンタメとデジタル技術の接点について語り合ってもらった。
対談では、都市、地方、店舗、EC、フィジカル、メタバースなど、実に多様なトピックが話題にのぼり、議論が交わされた。ファッション・エンタメの現在、そして未来の姿をありありと描き出す対談となった。
■東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 担当課長 下條裕之氏
2006年入社。法人営業部などを経験後、2009年より研究開発センタにてスマートホーム分野の研究開発から商用サービス化までを牽引。ドイツにおける共同研究などを経験後、2019年にデジタルデザイン部の立ち上げプロジェクトに参画。現在はAI/IoTを始めとしたデジタル技術戦略や人材育成、マイバトラーなどのプロダクトマネージャーとして従事。同時にソフトウェア開発を行うバーチャル組織であるDXラボの所長として、開発内製化を推進中。
■東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 浦壁沙綾氏
2017年新卒入社。埼玉支社での保守業務を経て、2019年7月より現職。
デジタルデザイン部全体の事業戦略、広報活動を行いながら、マイバトラーを始めとしたソフトウェア開発を行うバーチャル組織であるDXラボの企画・戦略担当として、開発内製化を推進中。
■株式会社パルコ コラボレーションビジネス企画部 部長 兼 パルコ都市文化研究所 所長 佐藤貞行氏
1999年にパルコ入社。事業戦略室、広報/IR、社長室、新規事業部門などを経て、2020年、都市文化研究所の新設に伴い所長に就任。コラボレーションビジネス企画部部長と兼任となる。東京都「女性ベンチャー成長促進事業」、トーマツベンチャーサポート「ASAC」、日本土地建物「SENQ」など、数々のアクセラレータープログラムのメンターも務め、ベンチャー・スタートアップのインキュベーションにも精力的に取り組んでいる。
世の中に「新たな選択肢」を提示し続けてきたPARCOのスタイル
――本日の対談では、新規事業の視点でファッション・エンタメとデジタル技術の接点を探っていきたいと思います。まず、対談の前提として、PARCO・佐藤さんに昨今のファッション・エンタメのトレンドについてお聞きしたいと思います。
PARCO・佐藤氏 : 昨今のファッション・エンタメのトレンドを語るうえで重要なポイントは「二極化」だと思います。
80年代や90年代には、まず巨大なマス・トレンドがあって、そこに牽引される形でフォロワー層が形成されていきました。例えば、PARCOでいえば、渋谷PARCOでいち早く取り入れたブランドの人気が沸騰し、その熱が地方都市に広がる形で、全国的なトレンドが出来上がっていきました。
しかし、00年代・10年代に入ると、トレンドのパーソナライズ化が進みます。巨大なマス・トレンドではなく、個々人の趣味趣向にあった小さなトレンドが乱立する状態が潮流になっていきます。D2Cなどはこの流れだと思います。
この潮流は続いていますが、最近では、趣味趣向にこだわったりコストをかけたりする層と、シンプルなライフスタイルを好む層の二極化が進んでいると感じています。
NTT東日本・下條氏 : 二極化が進むなかで、PARCOさんはどちらの層をターゲットにしていくのでしょうか。ファッションやエンタメにこだわりがある層と、こだわりが薄い層とでは?
PARCO・佐藤氏 : それでいえば、前者です。PARCOにはカウンターカルチャー的な精神というか、世の中に新たな選択肢を提示していく文化がありますので、どちらかといえば、趣味趣向にこだわりのある方のほうがターゲットにはなりやすいかと思います。
NTT東日本・下條氏 : いち消費者としての印象なのですが、PARCOさんには、他の商業施設よりも尖ったイメージがあります。まだ世の中には注目されていない、エッジの効いたブランドやスペースをいち早く取り入れている印象があるんですね。そうした志向もやはり意図的なものなのでしょうか。
PARCO・佐藤氏 : 意図的だと思います。というのも、PARCOのスピリットの一つが「インキュベーション」だからです。PARCOは、キラリと光る才能を持ったアーリーステージの事業者さんをいち早く探索して、イコールパートナーとして、共に営みを大きくしていくといった取り組みを50年以上続けてきました。それが結果として、先進的で尖ったイメージにつながっているのではないでしょうか。
デジタル技術では代替困難な「情緒的な消費」が次世代のカギ
NTT東日本・下條氏 : コロナ禍の影響はどうでしょうか。私の印象では、コロナ禍以前には、すでに店舗での消費の多くがECに流れていて、コロナ禍でその勢いがさらに加速したと感じています。店舗事業を主軸とするPARCOさんとしては、そうした消費スタイルの変化をどのように捉えていますか?
PARCO・佐藤氏 : それについては二つの考え方があると思います。例えば、ある商品の機能に着目して購買行動を起こす「認知的な消費」に関しては、ECとの親和性が高いです。私も、コロナ禍以後、その傾向はより強まったと感じています。
他方で、消費スタイルには、ある商品のイメージやストーリーなどに着目して購買行動を起こす「情緒的な消費」もあります。この情緒的な消費に関しては、ECで購買を促すのが非常に困難です。
ある商品をたまたま目にして、なんとなく「いいな」と感じて買ってしまったという経験を、多くの方はされたことがあると思いますが、そうした体験をデジタルで再現するのは、今のところ難しいと感じています。そのため、コロナ禍以降の店舗は、情緒的な消費を担う役割にシフトしていくのではないかと考えています。
NTT東日本・下條氏 : 今日、撮影をした「P」のネオンサインなんかも、まさに店舗でしか体験できないものですよね(※1)。そのほかにも、渋谷PARCOは全館でデジタルサイネージを導入していて、情緒的な消費を刺激する顧客体験に満ちていると感じました。
一方で、IoTやデータ活用という観点ではいかがでしょうか。PARCOさんはデジタルサイネージを積極的に導入されているので、IoTによる顧客データの収集や活用といった施策にも可能性があると思うのですが。
※1)現在の渋谷PARCO 8階には、2016年に建て替えとなった旧渋谷PARCOの「P」のネオンサインが展示されている。
PARCO・佐藤氏 : デジタルサイネージには、顧客体験を創出するフロントの機能と、そこから得られたデータを活用する裏側の機能の二つがあると思いますが、PARCOとしては前者に注力する傾向にあります。優先順位として、まずはお客さまとのタッチポイントを重視する文化が社内にあるのだと思います。
ただ、新規事業の視点で、私としてはRaaS(Retail as a Service)の技術など、リアル店舗だからこそ得られるデータの活用にも非常に興味があります。以前手がけたRaaS型店舗では、接客ロボットを走らせて、お客さまのデータを収集するという施策にも取り組んだことがあります。IoTによるデータ収集や活用は、今後の重要な課題だと認識しています。
――そのほかに佐藤さんが可能性を感じたり、興味を持っていたりするデジタル施策はありますか。
PARCO・佐藤氏 : 最近だと、メタバース(仮想空間)の技術に関心があります。ロボットのアームなどを使って、メタバースの世界であたかもその現場にいるかのような体験ができたり、手触りを感じたりできるような顧客体験を創出できるとユニークだなと。
NTT東日本・浦壁氏 : そうしたメタバースの技術を使って、どのような施策を行いたいのでしょうか。
PARCO・佐藤氏 : 二つのステップが考えられると思います。まずは、仮想空間内でコミュニケーションが完結するケースです。その場合、仮想空間上にPARCOがコンテンツを提供し、イベントや異業種の方々とコラボレーションを行うなど、今までにはなかった形での新規事業が可能になります。
そして、次のステップが、仮想空間とフィジカルな空間が融合した施策です。これについては具体的なイメージは固まっていないのですが、実際の店舗や会場に行くほうが仮想空間のなかでの楽しみが大きくなるような施策が理想です。
PARCOは、店舗が主力事業ですので、「フィジカルの良さをデジタルで補完する」といった発想に落ち着きがちです。しかし、メタバースのような非常に先進的な技術を活用する場合は「デジタルの良さをフィジカルで補完する」といった、従来とは逆の発想を持つべきではないかと考えています。
もし、NTT東日本とPARCOが共創するとしたら…?
NTT東日本・下條氏 : 実は、NTT東日本も小売領域のソリューションを開発しています。無人店舗ソリューションなんですが(※2)、ご存じでしょうか。現在、弊社の本社ビルにも設置されていて、地方への導入も徐々に増え始めています。
NTT東日本は、以前から地域密着型のビジネスを謳っていて、現在は地域課題解決に向けた取り組みを加速させています。そうしたなかで無人店舗ソリューションの開発に至ったのですが、PARCOさんは地方店舗におけるデジタル戦略をどのようにお考えですか。
※2)実証実験店舗「スマートストア」。入店から商品選択、決済までをスマートフォンのアプリで完結できるソリューション。(下画像はプレスリリースより抜粋)
PARCO・佐藤氏 : PARCOでは、エリアごとの個性を生かす方針を採っているので、地方店舗でも画一的な施策ではなく、その地域の課題やニーズに則した施策を行っています。インキュベーションのほかにも「街への貢献」をスピリットとして掲げているので、デジタル技術を用いて、その地域の課題を解決するNTT東日本さんのソリューションはとても面白いと思います。
特に、さきほどお話しした、認知的な消費と情緒的な消費の分類でいえば、地方や郊外の店舗は足元商圏型のため、認知的な消費の傾向も強いです。そういった意味では、地方店舗のほうが、デジタル技術を活用できる領域が広いと言えるかもしれません。
――NTT東日本のお二人にお伺いしますが、もしNTT東日本さんがPARCOさんとデジタル技術で連携するとしたら、どのような連携が可能だと思われますか。
NTT東日本・下條氏 : お話をお伺いしていて、渋谷PARCOのような都市型店舗と、地方店舗の2パターンで連携が可能だと感じました。
都市型店舗のパターンでいえば、NTTグループは数多くの最先端技術を研究していますので、そうした技術をPARCOさんのデジタルサイネージなどに組み合わせることで、先進的な顧客体験を生み出せるのではないでしょうか。
また、地方店舗については、今後、地方で人口減少や労働力不足が進行していくことなどを鑑みても、無人店舗ソリューションのような技術が求められているように感じます。
NTT東日本・浦壁氏 : お話をお伺いしいていて、特に印象的だったのは、顧客体験などの定性的な価値を非常に重視されていることでした。NTT東日本は「THE 定量」といった社風で、施策を実施する際にも、とにかくデータの積み上げを重視します。今日は両社の文化の違いに驚いてばかりでした。
ですので、もしPARCOさんに技術的な支援を行う場合は、企画やアイデアなどのアプトプットをPARCOさんが担当し、それに対してNTT東日本が技術を提案するといった関係が適しているのかなと感じました。
PARCO・佐藤氏 : ありがとうございます。最後の部分で非常に面白いと思ったのですが、店舗事業におけるイノベーションだけではなく、新規事業領域でもテクノロジーによるイノベーションが必要です。たとえば、商業施設では「一等はハワイ旅行!」のような抽選企画をよく実施していますが、アフターコロナでは、ハワイ旅行よりも月旅行を疑似体験できるコンテンツの方が価値を持つかもしれません。そしてそのようなコンテンツ開発が新規事業に繋がるかもしれません。しかし、そのコンテンツをPARCO単体で開発するのは難しいので、高度な技術力を有したパートナーの存在は非常に心強いですね。
取材後記
対談中、NTT東日本・浦壁氏は、PARCOとNTT東日本の企業風土を比較して「180°違う感じがします」と話した。たしかに地域のインフラを支え続けてきたNTT東日本と、都市文化を長年に渡って牽引し続けてきたPARCOには、共通点が少ないように思える。
しかし、対談が進むにつれて、両者が協力し合える領域や方向性を見出していく様には目を見張った。イノベーションの種が、まさに芽吹き始める瞬間を目撃したと言っていいだろう。――イノベーションの第一歩は「対話」にある。そう確信させられる取材となった。
(編集:眞田幸剛、取材・文:島袋龍太、撮影:齊木恵太)