NTT東日本のデジタル組織の”今”に迫る―技術シーズを起点にドメインを跨いだ価値提供へ。
1999年、NTTの組織再編に伴い誕生したNTT東日本(東日本電信電話株式会社)は、北海道、東北、関東・甲信越と日本の東半分のエリアをカバーする国内最大手の電気通信事業者として、地域に根差した幅広い事業を展開している。
2019年7月、同社のデジタル革新本部内に誕生した「デジタルデザイン部」は、デジタルトランスフォーメーションによってNTT東日本内部での革新を進め、新たな事業の柱を構築することで、地域社会の活性化や地方創生に資することをビジョンとする新組織だ。
そんなデジタルデザイン部は、設立からわずか1年半足らずでAIやIoT技術を活用してお客様ニーズを解決しながら、宇宙IoTやSaaS活用といった多様なシーズ発信のイノベーションを生み出しつつあるという。今回はデジタルデザイン部の取り組みや共創事例、設立から現在までの組織としての進化・変化に加え、イノベーションを生み出すための組織形成や人材育成のポイントなどについて、同部の3名にお話をうかがった。
【写真左】 東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 担当課長 下條裕之氏
2006年新卒入社。法人営業部でシステムエンジニアとして従事。2009年より研究開発センタにてスマートホーム分野の研究開発から商用サービス化までを牽引。その後、海外通信キャリアとのスマートホームに関するIoT技術の共同研究や、大手メーカーとのコラボレーションビジネス創出の経験を経て、2019年にデジタルデザイン部の立ち上げプロジェクトに参画。同年7月より現職にてAI/IoTを始めとしたデジタル技術戦略やパートナー戦略、デジタル人財育成などを担当。
【写真中央】 東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 浦壁沙綾氏
2017年新卒入社。埼玉支社での保守業務を経て、2019年7月より現職。デジタル技術戦略、広報活動、SaaSを活用したbot開発やデジタル人財育成などを担当。
【写真右】 東日本電信電話株式会社 デジタル革新本部 デジタルデザイン部 阪本奈津美氏
2020年新卒入社。デジタル人財としてデジタルデザイン部へ初期配属。宇宙IoTやSaaSに関するPoC検証・開発プロジェクトを担当。
「デジタル技術×地域活性化」新しいデジタル技術で、新たなサービス・事業化を目指す。
――2019年末にも一度インタビューさせていただきましたが、改めて新組織であるデジタルデザイン部の設立背景やミッションについて教えてください。
下條氏 : 1999年の会社発足当時、NTT東日本は固定電話サービスの提供をメイン事業としていましたが、2000年に「フレッツ・ISDN」というブロードバンドのサービスをスタートし、以降は2本の柱で事業を展開してきました。
それから約20年後、2019年に第3の事業の柱としてデジタル事業の推進を目指すべくデジタル革新本部が設立されました。また、もともとNTT東日本は地域密着の事業展開を掲げています。デジタル革新本部内で「地域活性に資するデジタル技術を担う部隊」として発足したのがデジタルデザイン部です。
デジタルデザイン部のミッションは大きく2つに分けられます。1つはニーズ観点での課題解決です。お客様が抱えているニーズ・課題をデジタル技術で解決すること。もう1つはシーズ起点での課題解決です。技術的なシーズを活用することで、お客様の課題を解決し、地域への貢献を目指すというものになります。
現在のNTT東日本のサービスは、あらゆるユーザーに使って頂いています。そういった多くのユーザーに広く便利に使って頂けるようなデジタル技術を軸にしたサービス開発を、デジタルデザイン部は創出していきたいと考えています。
約40名のデジタル技術組織に成長―技術シーズを起点に地域貢献を推進。
――2019年7月にスタートしておよそ1年半という月日が経ちましたが、デジタルデザイン部の進化・変化についてお聞かせください。
浦壁氏 : 変化ということで言えば、組織の人員構成は大きく変化しました。前回取材を受けた2019年末の時点でデジタルデザイン部の人員は27名でしたが、今年は新たにデジタル人財の新卒社員12名を受け入れており、総勢約40名の組織体制となりました。
部のメンバーの約3割が新人ということで雰囲気は大きく変わったと思います。既存のNTT文化に染まっていない多くの人材が活躍しているという意味では、部署全体に新しい風が吹いていると感じます。
下條氏 : 27名から40名に増えたので「かなり増えたな」という印象を持たれるかもしれませんが、NTT東日本の他部門と比べれば依然として小規模な組織であることは間違いありません。そうした意味では少数精鋭の体制であることもデジタルデザイン部の大きな特徴の一つであると考えています。
また、部門の進化・変化について言えば、2019年末頃はニーズ観点での支援・取り組みがメインでしたが、この1年を通じて技術シーズを活かした形での地域貢献も推進できるようになりました。
――約40名の組織のうち、新卒が12名というのはすごいですね。他の部署から経験のあるメンバーを引き入れるという選択肢もあったと思いますが、新卒12名を受け入れた背景についても教えてください。
下條氏 : もちろん人事異動による増員もありますが、当社の場合、技術分野の人材であってもネットワーク領域の担当者がほとんどです。デジタルデザイン部ではAIやIoT、データ関連の技術の取り扱いがメインとなるため、他部署からの異動者であっても新人であっても、技術的なスタートラインはほとんど変わらないことになります。今後の事業の核となるデジタル技術には、新人のデジタル人財採用を積極的に進めたことにあります。
また、デジタルデザイン部は先ほどの2つのミッションに加え、「社内におけるデジタル人財の育成」も重要なミッションの一つであると考えています。私や浦壁が中心となって、会社や部署の将来に必要なデジタル人財のCDP(Career Development Program)構築を行ってまいりました。
※NTT東日本とエクサウィザーズのタッグで実現したAI研修についての記事はコチラ
技術シーズ起点で、慶應大学やJAXAと共に宇宙IoTを推進。
――続きましてデジタルデザイン部が現在進めている取り組み・共創の事例についてお聞きしたいと思います。取り組みの形としてはニーズ観点とシーズ起点があり、現在はシーズ起点のプロジェクトも増えているというお話がありました。
下條氏 : まずニーズ観点ですが、ニーズについては私たち以外に地域のお客様のニーズの掘り起こしを担っている組織があります。農業やeスポーツといったように分野ごとに精通した者がおり、彼らが掘り起こしてきたお客様のニーズ・課題について、私たちがデジタル技術を軸に、解決のためのPoC開発やシステム開発を進める流れです。ニーズ観点の取り組みについては基本的に分野・領域別で進めています。
一方でシーズ起点の取り組みに関しては、ドメインカットではなく技術カットで、より幅広い分野・領域に対して価値を提供していく取り組みを進めています。たとえば私たちは「宇宙IoT」というプロジェクトを進めています。正確には「衛星データ活用したリモートセンシング」という言い方になりますが、地域のお客様が理解しやすいように、あえてわかりやすく「宇宙IoT」と呼んでいます。衛星は災害の防止や対策にも使える一方で、農業・林業・漁業のような一次産業の生産性向上にも活用できるなど、技術を起点にドメインを跨いだ価値提供が可能になると考えています。
――宇宙IoTの取り組み状況について詳しく教えていただけますか?
下條氏 : 宇宙IoTについては1年半ほど取り組みを進めてきましたが、ようやく実証実験のフェーズに移行しつあり、現在は2つの取り組みが進んでいます。
1つは2020年5月に発表した慶應大学のシステムデザイン・マネジメント研究科(SDM)との共同研究です。慶應大学SDMが有するシステム×デザイン思考、宇宙IoTとNTT東日本が持つデジタル技術やアセットを掛け合わせることでスマートシティや観光・災害対策分野への活用など、多様なユースケースを想定しています。
ニュースリリースより引用:https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20200511_01.html
もう1つはJAXA(宇宙航空研究開発機構)との取り組みであり、長野県内の松くい虫の被害状況を把握するために衛星データを活用すべく、次期光学衛星(ALOS-3)活用を想定した実証実験を進めています。
――JAXAとの取り組みの背景について聞かせてください。
下條氏 : ご縁があってJAXAから「次回の衛星打ち上げに際し、ユースケースを一緒に考えてほしい」という相談を受けました。JAXAは研究開発機構ですので、JAXAの持つ技術シーズをNTT東日本が持つ技術と掛け合わせることで社会実装に向けて検討が進むのではないかという話になり、一緒に取り組みを進めることになりました。
今回の実証実験では林業にスポットが当たりますが、私たちとしては林業というドメインに絞った取り組みを推進しようとは考えていません。宇宙や衛星という分野は、一般の人たちからすると「よくわからない遠くの世界の話」というイメージを持たれてしまいがちですが、私たちとしては今回の実証実験や取り組みを通じて「衛星や衛星から得られるデータを活用することで、こんなに素晴らしいことができますよ」と、多くの人たちにとってわかりやすく身近に感じて頂けるようにしていきたい想いがあります。
SaaSを活用したPoC開発を推進するチームを立ち上げニューノーマルに取り組む。
――SaaSに関する取り組みについても教えてください。
下條氏 : コロナの流行によって多くの人がオンサイトではなくリモートで働かなければならない状況になり、これまで以上に注目を集めているSaaSですが、私たちとしてはSaaSの製品やサービスをそのままお客様の環境に導入することは考えていません。お客様それぞれの環境や業務に適したbotなどやカスタマイズした上での提供を目指しています。
――すでにお客様や市場に展開されている段階なのでしょうか?
下條氏 : 現状はPoC段階です。これは先にお話しした人材育成にも関わる取り組みになりますが、2020年11月、デジタルデザイン部内にSaaSを活用したPoC開発を推進する「DXラボ」というバーチャルチームを立ち上げました。DXラボは、新しい技術のPoC開発とSaaS人材の育成を兼ねた組織であり、現在は阪本も含めた多くの新人メンバーと一緒にbotのPoC開発を進めている最中です。
これまでのNTT東日本はIT・通信業界でプロジェクトマネジメント的な役割を担ってきましたが、今後は自分たちでシステムの開発・カスタマイズもできるようなソフトウェア人材を育てていく必要があります。今回立ち上げたDXラボは、 SaaSのbotに関するPoC開発を行う組織であると同時に、そのような人材を育成することも目指しています。
NTT東日本内部でも特異なデジタルデザイン部のカルチャー
――デジタルデザイン部が「イノベーションを生み出すための組織」であるために、組織形成やカルチャー、人材育成などの面でどのような工夫をされているのでしょうか?
下條氏 : とにかくフラットな組織であることを目指しています。そのためにも階級・役職による階層構造を作らないようにしています。まずは係長に相談し、課長に承認をもらって、その次に部長、その次は本部長へ…というプロセスがありますが、デジタルデザイン部では最初から部長もメンバーと一緒にディスカッションをすることでイノベーションを生み出すための土台作りをしています。
また、多くのパートナー企業さんとのやり取りがありますが、そこでも発注・受注によって生じる上下関係を作らず、1つのチームとして協業することを徹底しています。
たとえば部内にもパートナー企業から出向している常駐メンバーが在籍していますが、私は社員にも常駐メンバーにも、まったく同じ態度で接していますし、各自の発言も等価値です。年齢や年次、所属に関係なく誰もが自由に発言・提案でき、ディスカッションを通して落とし所を見つけられる組織になっていると思います。
――先ほどDXラボの話もありましたが、そのようなチームも立ち上げやすい環境になっているのでしょうか?
下條氏 : DXラボについては、このようなチームとして進めていきたいという考えをつぶすのではなく、一緒にどうするべきか考えあう環境にはなってると思います。DXラボもそうですが、みんなで組織の名前を考えたり、ロゴを作ったりもしました。そうすることでメンバーの組織に対する愛着度が変わってきますからね。
また、DXラボで作っているbotにもいろいろなことをやってくれる私の執事という意味を込めて、「マイバトラー」という愛称を付けています。スケジュールを調整してくれるバトラーには、スケジュールバトラー、略して「スケバト」という愛称を付けて鳩のキャラクターも作りました。そのような創作活動もフラットに進めていて、DXラボのメンバーに「ちょっとキャラクター作ってみてよ」と頼んで描いてもらい、それをそのまま会議に提出しました(笑)。いままでのNTT東日本とはカルチャーが異なると思います。
▲DXラボメンバーが制作に携わった「マイバトラー」のキャラクター。
――そんな独自のカルチャーがあるデジタルデザイン部に新人で配属された阪本さんにもお話を伺いたいと思います。現在、阪本さんが担当している仕事について教えてください。
阪本氏 : 先ほど話に上がった宇宙IoTの領域を中心に、SaaS周辺の仕事も担当しています。今では就活の時に一時志望していたJAXAの方々と打ち合わせをするような仕事も任されています。まさかNTT東日本に入って、もともと興味を持っていた宇宙関連の仕事ができるとは思っていなかったので、いい意味で本当に驚きましたし、ラッキーだったと思います。
――下條さんが話されていた「フラットな組織」について、実際に部のメンバーとして働かれている阪本さんは、どのように感じていますか?
阪本氏 : 別の会社に就職した大学の友人たちの話では、デジタルデザイン部のように新人と部長クラスの方が同じ場所で打ち合わせをする組織は珍しいと聞きました。私は配属から1カ月程度でお客様の前でのプレゼンを担当させてもらいましたし、現在取り組んでいる宇宙プロジェクトでは自分の意見や提案を取り入れてもらっている実感もあるので、NTT東日本の社内だけで考えてもかなりフラットな組織なのかもしれません。
浦壁氏 : 一般的には新入社員は、最初は仕事を覚えることで精いっぱいで自分の意見を発言したり聞かれることは少ないイメージがあるかと思いますが、デジタルデザイン部では新人に対しても「○○さんの考えを聞かせて」とか、「○○さんのアイデアでやってみて」というやりとりが多くなっています。新人にとっては難しい部分もあるとは思いますが、若いうちから自由な発想で仕事ができる環境や文化が整っていると思います。
デジタル技術において、学生や他部署の社員からも憧れられる「存在感のある部署」を目指して
――デジタルデザイン部の今後の展望について教えていただければと思います。
下條氏 : お客様や地域の皆さんのニーズを掘り起こして課題を解決する取り組みを続けていくことはもちろんですが、先ほどお話ししたような「技術シーズをいかにして地域活性につなげていくか」というシーズ起点のイノベーションに注力していきたいと考えています。
現在進めている宇宙IoTやSaaSを活用したbot開発なども含め、このような取り組みの数を増やし続けていくことで技術的にも存在感のある組織を目指していきたいですね。
浦壁氏 : ニューノーマルな働き方の変化への対応は決して他人事ではありません。私はニューノーマル時代におけるSaaS活用検討に携わっていますが、NTT東日本社員の働き方を変え、そのノウハウを活かして地域の方々の働き方変えていく取り組みも進めていきたいと考えています。
たとえば「既存のオンプレミス環境からSaaSに変えるとこんなに便利ですよ」ということをデジタルデザイン部から全社に発信・展開していき、その上でサービス化までつなげていければ理想的ですね。
――そうなればNTT東日本内部でのデジタルデザイン部の存在感も高まっていきそうですね。
浦壁氏 : そうですね。デジタルデザイン部は新人が多いという話もありましたが、いつまでも若手が積極的に活躍できる部署であり続けることで、私たちのエネルギーそのものを全社に展開して、会社全体を元気にできるような部署になることができれば、私はすごく嬉しいです。
下條氏 : 40名の組織になったとはいえ、社内での知名度はまだまだなんです。浦壁が異動してくるときも、「デジタルデザイン部?なんだその部署は。聞いたことないぞ?」と周りの人たちに心配されたらしいです(笑)。デジタルや宇宙と聞くとNTT東日本の中ではキラキラした部署に聞こえるかもしれませんが、まだまだ小さな組織であることは確かです。
私としてはAIやIoTの仕事にチャレンジしたい学生が「NTT東日本のデジタルデザイン部に行きたい」と名指しで言ってもらえるような組織、別部署の社員から「デジタルデザイン部に異動したい」と憧れられるような組織にしていきたいと思っています。
取材後記
前回の取材からおよそ1年が経った今回の取材では、宇宙IoTに関する慶應大学やJAXAとの取り組みなども含め、NTT東日本 デジタルデザイン部から様々なイノベーションが開花しようとしていることが窺えた。下條氏が強調していたように、今後はニーズ観点だけではなく、シーズ起点型の取り組みが増えていくことによって、特定のドメインに留まらない裾野の広いサービスが生まれる可能性がありそうだ。
また、NTT東日本という巨大組織の内部にあって、イノベーティブな組織を構築していくための豊富な事例・ノウハウについてもお聞きすることができた。大企業の中でイノベーション組織を生み出すことに苦心されている担当者の方々は、今回のデジタルデザイン部のチームビルディングを参考にしてみてはいかがだろうか。
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤直己、撮影:加藤武俊)