【Jリーグ・湘南ベルマーレ】withコロナ時代のサッカー観戦アップデートを目指し、BAKに参画。
新型コロナウイルスの影響で大きな打撃を受けるスポーツ業界。とりわけサッカーは試合を実施できるようになったとはいえ、観客数を制限するなど厳しい運営を強いられている。
神奈川県西部・湘南地域をホームタウンとする「湘南ベルマーレ」もまた窮地に立たされているものの、ベンチャー企業とのオープンイノベーションに活路を見出そうとしている。これまでも他社との共創により新しい価値を創造してきた同社は、ベンチャー企業との新しい取り組み期待を寄せる。
共創テーマは、「withコロナ時代におけるサッカー観戦のアップデート」。今回は同社の取締役 マーケティング室長である荻野氏に、神奈川県のアクセラレータープログラム「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」への意気込みを聞いた。
※BAK NEW NORMAL PROJECT 2021…コロナ禍で顕在化した様々な課題を、神奈川県の企業とベンチャー企業との共創で解決を目指すプロジェクト。
▲株式会社湘南ベルマーレ 取締役 マーケティング室長 荻野駿氏
1984年群馬県高崎市生まれ。2018年ライザップグループへ中途入社。マーケティング部PRユニットのユニット長として、広報・PRを担当。特に会社の新領域であるスポーツ・ヘルスケア分野に注力。2019年3月より、グループ会社である株式会社湘南ベルマーレへ出向し、デジタル、CRM領域を中心に、「集客」「顧客体験」「顧客育成」の改革を推進。
コロナでスタジアム関連の利益は9割減。サポーターとのエンゲージメントでもダメージを受けた
ーーBAKへの参画に際して、「withコロナ時代におけるサッカー観戦のアップデート」という共創テーマを打ち出されていますが、コロナ禍で湘南ベルマーレの運営にどのような影響が出ているのか教えていただけますか?
スタジアムに収容制限が設けられたため、シンプルに収益・利益が落ちています。2020年入場料収益は2019年比で約6割減、スタジアム関連の利益だけで考えると9割以上も減ってしまいました。
ーーやはり深刻ですね。
サッカークラブの事業は、スポンサー収益とスタジアム収益の2本柱です。大変有難いことに、スポンサーの皆さまの変わらぬご支援もあり、前者に関してはそこまで落ち込んでいませんが、スタジアムに関しては行政や、Jリーグが感染状況の綿密な分析をもとに入場者数の上げ下げをコントロールしているので当然従っています。
ベルマーレのスタジアムの収容人数は約1万5000人とJ1クラブの中でも少ない方ですが、2019年には1試合平均で1万2000人の観客が入っていました。今では入場者数が5000人に制限されており、1試合平均約4500人程度まで入場者数が減っています。
▲コロナ前の満席の様子
また、スタジアムビジネスの場合、お客様の数が5000人でも1万人でも支出はそれほど変わらないという特徴があるため、入ってくるお金は減っているのに出ていくお金はそれほど変わりません。そこが一番苦しいところですね。
ーー直接的な収益の落ち込み以外の部分でも影響があったのでしょうか。
ベルマーレのクラブとしてのブランド・エクイティの一つは「選手とサポーターの距離の近さ・一体感」であると考えています。ビッグクラブでは、サポーターが選手と会話をしたりサインをもらったり、一緒に写真を撮る際には時間制限や厳戒な警備体制を敷いています。
一方でベルマーレの場合は、サポーターと選手の距離が比較的近く、フレンドリーにコミュニケーションがとれる環境がありました。私たちとしても、「選手とサポーターの距離が近いクラブ」を大切にしていたものの、ファンサービス活動の制限によりサポーターとのエンゲージメントに関しても大きなダメージを受けています。
ーーこれまでに行ってきたコロナ対策やコロナ禍での集客努力などについて教えていただけますか?
上限5000人といえども、スタジアムに来場されるお客様全員が「これなら安心だ。コロナに感染しないだろう」と感じていただけるような様々な取り組みを行っています。Jリーグが作っているプロトコルの遵守に加え、スタジアムの各所でクラスターを発生させないための対策を徹底。また、それらの取り組みの一つひとつをSNSや動画を使って積極的に発信しています。
▲観客数を減らし、ソーシャルディスタンスを保っている
スタジアムから足が遠のいてしまったお客様に関しては、再び試合を観に来ていただけるような働きかけも行っています。
ーーそのような状況の中、BAKに参画してオープンイノベーションで課題を解決されようとした背景・理由について教えてください。
ベルマーレには「新しいことに挑戦する」というアイデンティティがあります。クラブ運営・企業経営におけるチャレンジ精神を大切にしており、これまでにも他のクラブがチャレンジしたことのないような業界初となる様々な企画や施策を展開してきました。そのような意味でも、今回のBAKは私たちのアイデンティティとベクトルが合っている企画であり、参加に躊躇することはありませんでした。
また、私たちがどれだけ新しいことに積極的であったとしても、クラブ内部から出てくるアイデアだけでは限界があります。ベンチャー企業の方々が持っている斬新なアイデアやテクノロジーを取り入れることで現状の課題を解決することができれば素晴らしいことですし、私たち自身のビジネスの幅も広がります。そのような効果を期待してBAKに参画しました。
移動・観戦・スタジアム外サービスに関する共創アイデアのイメージ
ーーベンチャー企業との共創アイデアとして3つのイメージをご提示いただいています。それぞれのイメージに関して、どのようなベンチャー企業と、どのような課題を解決したいとお考えでしょうか? まずは「駅からスタジアムまで歩きたくなる仕掛け」についてお聞かせください。
日本の多くのサッカースタジアムは駅から離れた場所にありますが、ベルマーレのスタジアムもJR平塚駅から徒歩で25分ほど。当然、駅からスタジアムまでのシャトルバスも運行していますが、その本数は様々な制約上限られています。
入場者数5000人上限の現状では、バス内もそこまで混み合いませんが、ワクチン接種が進んで15000人収容が可能になれば話は違います。多くの人がワクチン接種を終えていたとしても、混み合うバスに乗るにはしばらく不安が付きまとうはずです。「こんなに密になるなら、まだベルマーレの試合はやめておこう」と思われるお客様がいてもおかしくありません
ーー確かにそうかもしれませんね。
そのような状況を緩和するためにも、「駅からスタジアムまで歩こう」というお客様を増やしたいと考えています。「バスに乗って密になるのが嫌だから」というネガティブな理由ではなく、ポジティブな理由でスタジアムまで歩いてもらうのが理想です。
たとえば、スタジアムまでの道にチェックポイントを設け、QRコードを読み込むとポイントが貯まるようなアプリがあってもいいかもしれません。徒歩25分なら歩けない距離ではありませんし、コロナ禍での運動不足解消にもつながると思います。お客様に「25分の徒歩」を前向きに選んでいただけるようなアイデアやコンテンツに期待しています。
ーー2つ目の共創イメージ「密になりにくい、観戦ルールを守れる安心・安全なスタジアム観戦」についてはいかがですか?
制限下での観戦に慣れてきたお客様が増えてきたこともあり、現在の5000人上限の環境では密が発生しにくい状況になってきています。しかし、こちらもシャトルバスと同様、15000人収容が可能になれば密が生まれるのは間違いありません。
ワクチンを打っても、密な場所は不安感が残ります。そのようなお客様の不安を取り除くためのアイデア・解決策を求めています。たとえば一定時間人と人が近づいた状態が続くと、スマホがブルっと震えてアラートを出すアプリなど。
「密にならないでください」と言っても密になってしまうのが人間です。そのような状況を仕組みで解決できるようなテクノロジー、アイデアがあると嬉しいですね。
ーー5000人収容が上限とされている現在でも、密になりやすい状況はあるのでしょうか?
試合の直前・直後やハーフタイムですね。試合の直前・直後はどうしてもスタジアムゲートに人が集まりやすくなります。また、野球などと違って攻守の時間が決まっていないサッカーの場合、お客様にとってもハーフタイムしか休む時間がありません。
▲売店で密にならないよう対策している
そのため、ハーフタイムになると売店やトイレに人が集まってしまうのです。そのような状況を避けるためにも、ハーフタイムではなく試合中に売店やトイレに行くとポイントがもらえるような仕掛けがあると面白いかもしれません。
ただ、サッカーの場合はロースコアのゲームが多いので、プレイ時間中にトイレに行ったことで、その日の唯一の得点を見逃してしまう可能性もあります。そのような「サッカーならでは」の課題もあるのですが、難しいだけに解決しがいのある課題であると言えるかもしれません。
ーーワクチン接種が始まってコロナ禍の出口が見えてくると、ルールを守らないお客様も出てきたりするのでしょうか?
そうですね。実は他のクラブでも大声で叫んでしまうようなルールを守れない人たちの存在が問題になっていますし、ベルマーレでもそのような人たちへのクレームが増えています。1%のルールを守れないお客様がいることで、99%のルールを守ってくれているお客様に不快な思いをさせてしまうのは絶対に避けたいと考えてします。
ベルマーレでもスタッフの人員を増やしてスタジアム内を巡回しているのですが、すべてのルール違反者を見つけ出すには限界があります。このような問題に対処するためにも、大声の発生場所などを感知して、管理者側に通知が来るようなシステムやアプリがあると非常に助かります。
ーー「密になりにくい、観戦ルールを守れる安心・安全なスタジアム観戦」に関しては、スタジアムへの入退場、ハーフタイム、試合中の観戦席など、様々なシチュエーションでの課題がありますが、たとえばそのうちの一つのシチュエーションに絞った共創でも歓迎されるのでしょうか?
もちろんOKです。スタジアムに関しては様々な場所やシチュエーション毎の課題があるので、それらすべてを一度に解決することは難しいと思っています。試合開始直前・直後のゲートでの課題、ハーフタイム中の課題、観戦中の観客席での課題など、それぞれのシーンに絞ったアイデアも大歓迎です。
ーーそれでは3つ目の共創イメージ、「スタジアム外でも楽しめる新たなサービス・収益モデルの構築」についてもお願いします。
こちらに関しては2つの目的があります。1つ目の目的はコロナによって減ってしまった収益の補填であり、2つ目の目的はサポーターとのエンゲージメントの維持・強化です。
スタジアム外のサービスについては、昨年中からSNSライブやZoomを活用したファンとのオンラインコミュニケーション、スマホで参加できるリモート応援などに取り組んでいます。しかし、そのような既にあるアイデアではなく、一部の層だけにしか響かないものでもよいので、ブッ飛んだ斬新なアイデアを期待しています。
ーーすでにオンラインコミュニケーションやリモート応援なども導入されているということですが、それだけでは物足りないということでしょうか?
私見ですが、現状のIT・オンライン施策だけではリアルの価値に勝てないと考えています。コロナ禍であえて良かった点を挙げるとすれば、IT化が進んだことと、それと同時にリアルの価値が相対的に上がったことだと思います。
スタジアム観戦では視覚や聴覚から得られる情報だけではなく、温度や湿度、独特の匂い、一喜一憂を分かち合う仲間の存在など、五感のすべてを使った臨場感のある体験が得られます。また、コアなサポーターになればなるほど、試合前のウォーミングアップから観たいと思うようになるし、試合後に選手がグラウンドを一周する際に声を掛けたいと思うようになります。
▲円陣直後の選手たち
現在はコロナ禍なので声は出せませんが、拍手で選手を労ったり、逆に叱咤激励を表現したりすることもできます。コアなファンほど、リアルなスタジアム観戦の良さを知っているんです。
ーーそのような「リアルの価値」を知り尽くしているコアなサポーターに向けたアイデアを求めているイメージでしょうか。
そうですね。ライト層のサポーターにとってスタジアムに行くことは「非日常」ですが、ミドルからコアなサポーターにとってはスタジアム観戦が「日常」です。大変有難いことに、ミドル層やコア層のサポーターたちは、自分たちは客ではなく、クラブの当事者であり、仲間であり、チームメイトの一員であるという意識を持ってくれています。
だからこそ、彼らは単なるオンラインのコミュニケーションに物足りなさを感じているのではないでしょうか。リアルの温かみや一体感がより感じられたり、五感をフル活用できたり、そこでしか得られない体験ができるなど、スタジアムで観戦することが日常になっているコアなサポーターの方々でも楽しめる、選手を応援できるようなスタジアム以外のオンライン・オフラインでの接点・仕掛けに関するアイデアがあればベストです。
場所やデータの提供に加え、決裁のスピードの速さもアピールしたい
ーー湘南ベルマーレとして共創するベンチャー企業に提供できるリソースなどはありますか?
提供できるリソースについては大きく3つあると考えています。1つ目はリアルな場所。ビジネスのプラットフォームとなるスタジアム、クラブハウス、練習場ですね。さらに当社は小学生向けのサッカースクール事業も行っており、ホームタウンエリアに約15箇所のスクール会場があります。スクールに所属する小学生、その保護者を対象とするアンケートや実証実験を行うこともできる可能性があります。
▲スタジアム
2つ目はデータ。チケットの購入履歴、来場者履歴、ファンクラブ会員の属性データなど、個人情報を除いたマスの定量的なデータと定性的なアンケート結果を提供できます。このようなデータを参照・分析することで、「ベルマーレにはどんなファンがいて、どんな行動をとっていて、どんな感情を抱いているのか」について正確に知っていただいた上でサービス設計ができるはずです。
3つ目はクラブのプロパティ。クラブの選手、ユニフォーム、マスコットキャラクターなどがあるので、これらを使って一緒にサービスを作っていくこともできると思います。また、登録者数30万人弱のSNSやオウンドメディアなども活用いただけます。
ーー様々なリソースが活用できそうですが、ハード面以外で湘南ベルマーレと共創するメリットなどがあれば教えていただけますか?
圧倒的にレスポンスが早いことでしょうか。ベルマーレの代表である水谷は、J1クラブの中でも屈指の現場に「近い」社長だと思います。気軽に話せるし、簡単に捕まえられます(笑)。
そして何より決断が早いです。当然、水谷の下にいる私もスピーディーに動けますし、BAKについてもほとんどのことを任せてもらっているので小回りが効きます。質問や提案の返答が早いことはもちろん、決裁に関しても早ければ即日できます。
ーーオープンイノベーションで大企業側の窓口に立つのは、企画部門やマーケティング部門の担当者であることが多いのですが、荻野さんは役員ですよね。役員自らコミットしてくれるという点も、ベンチャー企業にとっての大きなメリットになりそうです。
何しろ私たちはも圧倒的に中小企業ですからね(笑)。少数精鋭でスタッフはみな忙しいのと、社会的インパクトを考えてわたしが適任だと思いました。スタジアム収益周りのtoCマーケティングについては、わたしが俯瞰して推進していますし、水谷と各実行ユニットとも日々連携していますので、おそらくベンチャー企業の皆さんと同じようなスピード感で物事を進められると思います。
ーー最後になりますが、今回のBAKのプロジェクトにかける意気込みをお聞かせください。
まずはBAKのパートナー企業のうちの一社として、当社を採択いただいたことに感謝したいと思います。他のパートナー企業様は歴史のある大きな会社ばかりであり、当社の事業規模は他社さんの100分の1から1000分の1程度でしょう。それでもプロサッカークラブが持つ社会的な影響力を考慮して選んでいただけたと思っているので、その責任を果たすべく一生懸命取り組んでいくつもりです。
また、ベルマーレという1クラブだけの取り組みと考えると小規模ですが、Jリーグには56のクラブがあり、日本全国に展開しています。さらに言えば日本のプロスポーツはサッカーだけではありません。野球チームもあれば、バスケットのチームもあります。今回いただいた素晴らしい機会を活かし、私たちがサクセスケースを生み出すことでサッカー界やスポーツ界全体、さらには子供たちへの教育、地域貢献など、社会全体に還元できるような取り組みにつなげていきたいと考えています。
取材後記
「新しいことに挑戦するのがベルマーレのアイディンティティ」と荻野氏が語ったように、プロサッカークラブとして様々な先進的な活動にチャレンジし続けているのが湘南ベルマーレだ。たとえば昨年5月に開催された神奈川県下の医療従事者支援を目的としたeスポーツチャリティイベント「One KANAGAWA Sports All-Star Cup 2020」。湘南ベルマーレは、KPMGコンサルティングやディー・エヌ・エーとともに大会発起人の一社として名を連ねていた。
また、役員である荻野氏自らが「圧倒的に中小企業」と説明したように、BAKに参画しているパートナー企業の中では規模こそ小さいが、ベンチャー企業としては共創の歩調を合わせやすいはずだ。その上、大企業に勝るとも劣らない知名度と発信力を持っているのだから非常に魅力的な共創相手であると言えるだろう。今回、同社から提示された3つの共創アイデアイメージに関して、親和性のあるテクノロジーやアイデアを持っているベンチャー企業にとっては、共にイノベーションを起こす大きなチャンスとなりそうだ。
●「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」のパートナー企業・湘南ベルマーレの詳しい募集テーマはこちら(応募締切:7/26まで)
(取材・編集:鈴木光平、文:佐藤直己)