神奈川県「BAKニューノーマル・プロジェクト」の手応えは?今期の実績と来期への意気込みを担当者に聞く
神奈川県が主催するスタートアップ支援の取り組み「BAK(ビジネスアクセラレータかながわ)」。2021年度は「ニューノーマル・プロジェクト」と称し、コロナ禍で課題を抱える大手企業とベンチャー企業をマッチングする取り組みを開始した。下図のように、採択された8つプロジェクトは実証実験に挑むなどして、社会実装に向けて進捗している。
――そこで今回は、取り組みを推進してきた神奈川県 産業労働局 産業部 産業振興課の上野氏をはじめ、各プロジェクトに伴走してきた三浦氏、畑氏に今年度の取り組みについて振り返ってもらった。それぞれ印象に残っているプロジェクトや、2022年度への意気込みについて語った内容をお届けする。
(※集合写真撮影時のみマスクを外しています)
大企業とベンチャーのオープンイノベーションを促進する「BAK」
――まずはBAKの概要について聞かせてください。
上野氏 : 神奈川ではベンチャー企業の成長フェーズに合わせて、様々な支援活動しており、BAKはその一つです。起業準備の支援や立ち上げを支援するプログラムもあり、BAKは成長フェーズでの大企業のマッチングを目的としたプログラムとなります。
神奈川県内には多くの大企業が集積しており、それらの企業との事業連携を生み出すために2019年11月から取り組みをはじめました。マッチングを希望する企業が気軽に参加できる協議会には、この2年間で300社を超える企業が登録しています。
――具体的にはどのような支援をしているのでしょうか?
上野氏 : 例えば、それぞれの企業にヒアリングしながら、希望に沿った企業を紹介しています。やりたいテーマを持っていながらも、自社だけでは実現できずにいる企業は少なくありません。
私たちは企業のニーズを聞きながら、足りない技術やアイディアを持っている企業を協議会の中からピックアップして紹介しています。さらに、プロジェクトの実現に必要であれば市町村や県庁の各部署、大学などをマッチングすることもあります。
――他のアクセラレータープログラムとの違いや特徴があれば教えてください。
上野氏 : 通年で取り組みをしているので、いつでもプロジェクトを始められることです。アクセラレータープログラムの多くは募集期日などが決まっていますが、それではタイミングを逃すと支援できなかったり、プロジェクトが始まるのを待たなければなりません。BAKならプロジェクトを始めたいと思った時に、いつでも支援できるのです。
また、県のアセットを使えるのも大きな特徴でしょう。行政課題や社会課題に対する取り組みに新しくチャレンジする場面では、神奈川県も一緒にプレスリリースを出したり、県の広報媒体で紹介することもできます。
例えば180mlサイズのデザイン缶で日本酒を販売する茅ヶ崎市を拠点とする農業ベンチャー・Agnaviさんを紹介したときは、県庁内でも話題となり、実際に買って飲んでいた方もいました。他のアクセラレータープログラムにはない独自の情報発信ができると、参加企業からも喜んでもらっています。
――今回の「ニューノーマル・プロジェクト」の他にも、様々なイベントを開催していると聞いています。どのようなイベントを開催しているのか教えて下さい。
上野氏 : 例えば「リバースピッチイベント」を開催しました。大企業のオープンイノベーション担当者が自社が取り組みたいテーマを発表して共創相手を探すイベントで、計4回実施しました。
他には「SDGs」などテーマを持ったピッチや、地域性を持ったピッチイベントも開催しました。私たちの取り組みはどうしても横浜中心になりがちなので、箱根に施設を持つ藤田観光さんや小田原に本社があるHameeさんとの連携企画で小田原でもイベントを開催しました。初めての試みで、登壇するベンチャー企業が集まるか不安でしたが、8社ものベンチャー企業が集まって、そこから実際に共創も生まれています。今後は小田原以外でも地域のイベント増やしていきたいですね。
▲神奈川県 産業労働局 産業部 産業振興課 新産業振興グループ 上野氏
印象に残ったプロジェクトとは?
――今回の「ニューノーマル・プロジェクト」で、それぞれ印象に残っているプロジェクトはありますか?
三浦氏 : 先ほど上野が紹介したAgnaviさんの製品を、クックパッドさんが展開する生鮮食品ECプラットフォーム「クックパッドマート」で販売するプロジェクトが印象に残っています。私は育成期のベンチャー企業を支援するプログラム「KSAP」も担当しているのですが、Agnaviさんは今年度のKSAP採択企業です。同じ年度中にKSAPとBAKの両方で支援できた初の事例でもあり、感慨深いプロジェクトでした。
また、県としても県内企業の海外進出を支援する一環で、シンガポール駐在の県職員とも連携しながらAgnaviさんの海外展開、現地での販売を支援しています。県庁の他の部門も連携しながら支援できたのも印象に残っていますね。
▲神奈川県 産業労働局 産業部 産業振興課 新産業振興グループ 三浦氏
畑氏 : 私は幼い頃にサッカーをしていたので、湘南ベルマーレさんと音声配置アプリを開発しているGATARIさんとのプロジェクトが印象に残っています。コロナの影響でスポーツ観戦にも様々な制約がありますが、それはスタジアムに向かう移動中も例外ではありません。
GATARIさんが提供するMixed Reality プラットフォーム「Auris」を活用しながら、試合への気持ちを高めながら歩いてスタジアムに誘導する取り組みは非常に感動しました。神奈川県は多くのスポーツチームがあるため、他のチームでも同じような取り組みが広がることを期待しています。
上野氏 : 質問の意図とは少し違うかもしれませんが、藤田観光さんの姿勢がとても印象に残っています。今回のニューノーマル・プロジェクトではNewOrdinaryさんとの共創を実現した藤田観光ですが、実は採択されなかった企業とも後から連携して取り組みを始めているのです。
ニューノーマル・プロジェクトで事業を立ち上げるのも重要ですが、私たちが目指すのはいつでも共創を生み出せる仕組み。藤田観光さんは箱根の街を盛り上げるために、様々な企業と共創を始めており、私たちのモデルケースともいえる動きをしてくれました。
「より多くの企業を巻き込んでいきたい」来季に向けた意気込み
――2021年度の取り組みの総括と来年に向けての改善点があれば聞かせてください。
上野氏 : 2019年から取り組みを続けてきたBAKは、着実に実績を積み上げてきたものの、知名度の低さが課題でした。しかし、今期はゼロからのスタートで実証実験まで進むような事例を8プロジェクトも生み出せたのは大きな成果だと思います。
一方で、実証実験まで進んだにもかかわらず、実際に事業化できるかは企業によってもまちまちです。それは企業の問題というよりも、私たちの仕組みの作り方に課題があったと思っています。特に、スケジュールの問題でスタートアップを採択してから、プロジェクトの開始を急かす必要がありました。来期は、スケジュールを見直し、時間的に余裕を持ったサポートをしていく予定です。
また、支援金も充実させたいと思いますし、大企業からだけでなくベンチャー企業からもテーマを発信できる取り組みも考えています。
――取り組みを始めてから、みなさん自身の変化も感じていますか?
三浦氏 : 視野が広がったと思います。これまで行政の仕事として様々な社会課題に直面してきましたが、BAKに関わったことでこれまで知らなかった課題にも気づくことができました。
例えば、今回の日産さんのプロジェクトでは、運転が苦手な人にもドライブを楽しんでもらう取り組みを始めています。私はペーパードライバーで運転には興味がなかったのですが、プロジェクトの内容を聞いて、これも一つの社会課題だと気づきました。様々な企業の取り組みを見たことで、県庁の仕事だけでは気づけない課題が見えるようになったと思います。
畑氏 : 大企業の様々な顔が見れたことはいい経験になったと思います。例えばアマノさんが農業の事業(※)をされているとは全く知りませんでしたし、他にも「この会社がこんなことも手掛けているのか」と思うようなケースも少なくありません。
他の会社と組んで新しい取り組みを始める。そこに大きな可能性を感じましたし、それを実現するために自分ができることは何か考えるようになったのはポジティブな変化だと思います。
※参考記事:タイムレコーダーからスマート農業、ヘルスケアへ。アマノのオープンイノベーション
▲神奈川県 産業労働局 産業部 産業振興課 新産業振興グループ 畑氏
上野氏 : 民間企業の強みを活かすことで、行政だけでは解決できない課題にも取り組める。改めてそう気づけたのは大きな変化です。世の中には行政だけでは解決が難しい問題もあれば、民間企業だけでは解決が難しい問題もあります。だからこそ、行政と民間が組んでそれぞれの強みを融合させていくことが重要ですし、そのためにこの取り組みをより強化していかなければならないと感じました。
――最後に来期の取り組みに向けての意気込みを聞かせてください。
三浦氏 : 昨年で3期目の取り組みとなり、徐々にプレーヤーも増え、多種多様な企業が参画してくれるようになりました。しかし、県としてはまだまだ巻き込みが足りないと課題を感じています。4期目となる来期では、より多くの企業を巻き込めるよう頑張りたいと思います。
畑氏 : 取り組みを続けてきて、既にベンチャー企業との共創を実現してきた企業もいる一方で、やっと共創の体制を整えたばかりの企業もいらっしゃいます。そのような企業もしっかりサポートしながら、大企業の動きを加速させられれば、ベンチャー企業にとってもプラスの影響があるでしょう。より多くの企業がオープンイノベーションの価値を感じてもらえるよう、引き続き頑張りたいですね。
上野氏 : BAKの最大の特徴は行政が主催していること。そのため、民間だけではできないサポートも実現できます。プログラムに参加した企業には、行政をうまく使ってもらいたいですし、気軽に参加してもらえるような仕組みを作っていきたいですね。
また、より多くの企業に気軽にプロジェクトに関わってもらうために、まだ体制が整っていない企業にもイベントに参加してほしいと思っています。例えば交流会イベントで、ベンチャー企業とはどういうものなのか、共創に成功している大企業とはどういうものなのか、そんな話を気軽に聞けるような環境も作っていきたいですね。
取材後記
今回、8件もの共創を生み出した「ニューノーマル・プロジェクト」。まだまだ事業化までの道のりは遠いが、大きな成果だったと言えるのではないか。今後、それぞれのプロジェクトがどのように発展していくのか楽しみだ。また、藤田観光のようにニューノーマル・プロジェクトに留まらず、次なる共創を生み出そうとしている会社もいる。通年で活動しているBAKならではの実績と言えるだろう。
なお、2022年度もBAKによる取り組みは実施される。2021年度と同様、コロナ禍によって生じた社会課題解決を目指す企業を現在募集中だ。プロジェクトが開始すれば最大900万円の支援金が提供される。応募は3月22日まで。詳しくは以下Webページを参照いただきたい。
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/sr4/bak/2022/partner.html
(取材・文:鈴木光平)