タイムレコーダーからスマート農業、ヘルスケアへ。アマノのオープンイノベーション
高いものづくりの技術を武器に、タイムレコーダーをはじめとする5つの事業を展開するアマノ株式会社。5つの事業すべてでトップシェア製品を有するリーディングカンパニーである。
同社は第6、第7の事業を構築すべく、2016年からオープンイノベーションを推進。さらに今回、神奈川県主催の「BAK(ビジネス・アクセラレータ・かながわ)」にパートナ-企業として参画し、ベンチャー企業との共創により一層力を入れている。
同社において、スマート農業や観光農園に向けた取り組みを担当するイノベーション開発センターアグリ事業準備室係長の高橋正氏と、勤怠管理データを活用した新たなビジネスを担当する総合戦略企画本部 新規事業開発部長の仁杉元昭氏に、BAKに対する意気込みを聞いた。
※BAK NEW NORMAL PROJECT 2021…コロナ禍で顕在化した様々な課題を、神奈川県の企業とベンチャー企業との共創で解決を目指すプロジェクト。
新たなビジネスモデルの創造に向けて。ベンチャー企業とともにスマート農業を共創
――御社のこれまでのオープンイノベーションの取り組みについて教えてください。また、高橋さんが新規事業の開発に取り組まれることになった経緯について聞かせてください。
高橋:当社がオープンイノベーションに向けた取り組みを開始したのは2016年のこと。これまでにない新しいビジネスモデルをつくれないかと考え、新規事業企画部門の担当者を中心にベンチャー企業との協業や出資計画に関する検討をスタートさせたのがはじまりです。
▲イノベーション開発センターアグリ事業準備室係長 高橋正氏
私はもともとパーキングシステム・ゲート式駐車場の精算機など、メカ開発・設計系の仕事に従事していたのですが、2017年に新規事業企画部門に異動してきました。それ以来、約4年にわたってオープンイノベーションを通した新たな事業の創出に挑戦しています。現在はスマート農業、とりわけミニトマトの水耕栽培一本に絞って、ベンチャー企業との共創を進めています。
――御社の既存事業からすると、スマート農業というのは関連性がなく意外な感じがしますが、そこにフォーカスすることになった背景についてはいかがでしょうか。
高橋:ミニトマト市場は、消費量や市場価格の変動が少なく、栽培地選びさえ間違えなければ着実に利益を出せるのに加え、初期投資がそれなりにかかるので参入障壁が高く、ブルーオーシャンだと思ったからです。既存事業との関連もなく、私自身も農業に関する知見はほぼゼロでしたが「これなら行ける」という確信に近いものがありました。
▲AIを使ったミニトマトの水耕栽培
そこに至るまでには、情報収集に費やした1年があります。展示会やベンチャーピッチなど、さまざまなイベントに足繁く通い、上司と私の2人で2000社を超えるベンチャー企業と面談して、ネットワーク作りに励んできたのです。その結果、オープンイノベーションを形にしようと腹をくくり、挑戦を決めたのがスマート農業でした。
また、SDGsの文脈でも、スマート農業は人手不足や環境課題の解決策として注目を集める分野。私たちが得意とするモノづくりを活用することで、社会課題を解決しながらビジネスとして成り立たせたいという想いもありました。
――具体的には、どのような事業を展開されているのでしょうか。
高橋:AIを使った農業支援を手掛けるベンチャー企業「株式会社プラントライフシステムズ」さんと連携し、ミニトマトの水耕栽培システムを構築しています。培地の水分量や液体肥料の濃度を最適化する「AI灌水コントロール技術」を活用し、甘くて美味しいミニトマトを栽培することを可能にしました。AIから毎朝送られてくる栽培指示に従って灌水を行えば、新規就農者でも美味しいトマトをつくることができる仕組みです。
プラントライフシステムズさんの強みであるソフトウェア技術を最大限に引き出すべく、ビニルハウスや栽培ベッドなどのハードウェア部分の最適化を私たちが進めました。事業フェーズとしては2019年から試験農場での栽培を開始し、2021年の5月には地場のスーパーでの販売をスタート。今後は農産物を売るだけではなく、灌水装置をはじめとした農業システムの販売も計画しています。
――ベンチャー企業との協業に取り組まれてきた中で、特に苦労されたことは何でしょうか。
高橋:ベンチャー企業は圧倒的なスピード感を持っているので、そのスピード感に合わせるところはやや苦労しました。また、ベンチャー企業は当然資金力に乏しいので、事業が軌道に乗るまでの資金は大企業で支える必要があります。
スマート農業の事例を見ても、技術的なチャレンジを行おうとした途端にベンチャー企業の資金がショートしそうになるといったケースも少なくありませんでした。資金力に劣るベンチャー企業をいかにして支えていくか。これは、共創を進めていく上で避けることのできない課題だと思っています。
BAKで追求する4つのプロジェクト
――今回「BAK」を通して募集するテーマ、どのようなベンチャー企業を求めているのかについてお聞かせください。
高橋:今回は4つのテーマで共創のプロジェクトを進めていきたいと思っています。
自宅にいながら農場内にいるような感覚を得られるサービス
高橋:体験型の「観光農園」の実現は、スマート農業に取り組み始めた当初から視野に入れていました。しかし、コロナ禍の影響もあって、お客さまに実際に農場に足を運んでいただき、収穫体験を楽しんでいただくのは難しいのが現状です。そこで私たちは、自宅からでも楽しむことができる次世代の観光農園の創造に挑戦していきます。
イメージとしては、カメラを搭載した車両が農場内を自由自在に動き回り、お客さまのスマートフォンやテレビ、パソコンなどで自宅から閲覧できるようにする。さらに、お客さまが「食べたい」と思ったトマトを収穫ロボットがもぎ取り、ご自宅までお届けするサービスです。スピーディな事業展開を実現するため、農場内を走行する車両の制御技術、農場やミニトマトを鮮明に撮影する映像技術などを持つベンチャー企業と協業できればと考えています。
学ぶことのできる観光農園の実現
高橋:農場の様子をリアルタイムで配信するだけでなく、オンラインでコミュニケーションを取りながら学びを得られる新しい「食育」の仕組みも作り上げたいと思っています。映像を見ながら気になった部分にカーソルを合わせると情報やコメントが表示され、食べ物のありがたみや農業の素晴らしさ、フードロスなどの社会的課題について学べる。
そのためにリアルタイム動画編集をはじめとする映像系の技術、独自の販売網を保有しているベンチャー企業と共創したいと考えています。
勤怠情報の分析による健康状態のチェック
高橋:勤怠情報や業務内容を分析し、社員の健康状態を診断する技術や基準を確立するとともに、心身のストレスを軽減するソリューションを実現していきたいと思っています。具体的には日々の始業時刻・終業時刻に関するデータの分析によって病気の予兆をつかむ仕組みや、表情などの生体データを活用して、心身のストレスを抱えた社員を早期に発見する仕組みです。
私たちの原点は国産第一号のタイムレコーダーの開発。それから長きに渡り日本の働き方を支えてきました。コロナ禍によるテレワークの普及など、日本企業の働き方が大きく変化する中で、私たちの強みをいかに活かすか。そこで勤怠情報を分析して、健康状態をチェックできないか考えました。
パートナー候補としては、AIアルゴリズムを開発・提供しているベンチャー企業などを想定しています。
“はたらく”に関わる様々な情報を統合する技術やプラットフォームの構築
高橋:コロナ禍によりテレワークが普及したこともあり、オフィスのみならず、自宅、コワーキングスペースなど、働く場所の選択肢は大きく広がっています。また、フリーランスとして副業に携わるビジネスパーソンの増加をみればわかるように、働き方、雇用形態も多様化する一方。
こうした変化の中で、オフィスで働くことを前提とした勤怠管理システムから一歩進み、さまざまな場所で記録した勤怠管理データや仕事ログなど、多様な情報を統合するためのプラットフォームを作りたいと思っています。具体的な組み先は分かりませんが、ブロックチェーンベンチャー企業などが相性がいいのではないでしょうか。
仁杉:このプラットフォームに蓄積される勤怠管理データを活用すれば、ビジネスパーソンの“勤勉性”を自動的に算出する「AIスコア」の仕組みを作れると思っています。データの二次利用に当たりますので、お客さまの同意が不可欠だと思いますが、転職先の企業に自分が信頼できることを客観的に証明するためのツールになるでしょう。将来的にはAIスコア・レンディングに活用する可能性もあるはずです。
このプロジェクトはまだまだ構想段階に過ぎませんが、この分野に関連するベンチャー企業の皆さんから、さまざまなご提案をいただければと思っています。
▲総合戦略企画本部 新規事業開発部長 仁杉元昭氏
地域のプレーヤーを巻き込み、チャレンジをカタチにしていく
――BAKへの参加を決められた理由について聞かせてください。また、BAKでやりたいこと、意気込みについてもお願いします。
高橋:神奈川県やベンチャー企業との連携により、観光農園の展開や新たな販路の開拓など、これまでチャレンジできなかった課題に取り組みたいということで参加を決めました。当社だけでイノベーションを完結させるのではなく、地域のさまざまなプレーヤーを巻き込みながら、面白い取り組みに挑戦していければと思っています。
仁杉:とりわけ派生的なビジネスに関しては、当社単独で取り組むのではスピードや勢いが足りません。オープンイノベーションを推進し、外部との連携を強化しながら、ビジネスアイデアを次々と社会実証・実装に結びつけていきたいですね。
――御社からベンチャー企業に対して提供できるリソースについては、どのようなものがあるでしょうか。また、今後の目標についてもお聞かせください。
高橋:当社は機械メーカーとして工場を保有しているほか、イノベーション開発センターにはAIやロボティクス、環境ソリューションなど各分野の技術者が在籍しています。したがって、モノづくりに関しては、部品の製造・加工をはじめ、あらゆる部分でサポートできると思います。
また、スマート農業に関しては、当社の相模原農場をフィールドとしてご活用いただき、トライアル・アンド・エラーを積み重ねていくことができます。農業の課題をダイレクトに把握し、実証実験をスムーズに進められるのは大きな魅力だと感じていただけるのではないでしょうか。
仁杉:当社の勤怠管理サービスは全国約4万社、1500万人を超えるユーザーにご利用いただいています。この厚い顧客基盤は、日本でも有数のものだと自負しています。長年にわたって蓄積してきたデータや、ユーザーの皆さまの”生の声”をベンチャー企業の皆さまにご活用いただけるでしょう。それにより、メンタルヘルスやテレワークなどの分野で、新たな価値が創造できることを楽しみにしています。
●「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」のパートナー企業・アマノの詳しい募集テーマはこちら(応募締切:7/26まで)
(編集・取材:鈴木光平、文:椎原よしき、撮影、加藤武俊)