心身のコンディションが美に与える影響とはー。資生堂が考える「美の可能性」
新型コロナウィルス感染拡大に伴い、私たちのライフスタイルは大きく変わり、それにより美容・健康への意識が大きく変わった人も少なくないだろう。外出する機会が減ったのと共にメイクの機会が減った一方で、自分のメンタルや体調に気を使うようになった人もいるはずだ。長年、“美しさ”を支えてきた資生堂は、その変化を見逃さない。
「見た目の美しさだけでなく、心身が美しくあるために私たちができることは何かを考えました。」
そう語るのは資生堂のオープンイノベーションを牽引する中西 裕子氏。オープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」のプロジェクトリーダーを務める彼女に加え、プロジェクトメンバーの大南 武尊氏と柳原 茜氏に、神奈川県のアクセラレータープログラム「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」への意気込みを聞いた。
※BAK NEW NORMAL PROJECT 2021…コロナ禍で顕在化した様々な課題に対し、神奈川県の企業とベンチャー企業との共創で解決を目指すプロジェクト。
実験室に留まらず、ベンチャー企業との共創へ踏み出した
ーーまずはこれまでのオープンイノベーションの取り組みについて教えてください。
中西:私たちはこれまでにも、大学や企業などと何度も共同研究という意味合いでオープンイノベーションを行ってきました。ただ、より新しい価値を生み出していくためにも、積極的にベンチャー企業とのより広い意味での共創、オープンイノベーションを始めたのが2019年のことです。
▲中西裕子氏
お客さまを含め、外部との交流がより活発になるよう、研究開発拠点「資生堂グローバルイノベーションセンター(呼称「S/PARK エスパーク」)」をみなとみらいに設立しました。「多様な知と人の融合」を実現し、これまでにない価値を生み出すために、共同研究室や商談スペースなど、外部の方も使える研究設備を完備しています。
ーー大学とベンチャー企業を比べたときに、共創する上での違いはありますか。
中西:大学との共同研究は、基本的に長い時間をかけて行うことが多いです。一方でベンチャー企業との共創は、いつまでにどのような成果を出すかというロードマップが明確で、期間も短く事業計画にもシビアです。
私たちはモノづくりを行うメーカーですので、プロダクトや成果発表までは情報を一切公開しないのが、研究開発の基本の考え方です。
ただ、ベンチャー企業との共創を進めるようになってからは、開発までのプロセスもあえてオープンにして興味をもってもらえるよう工夫をしはじめています。私たちも「どうすればより多くのコラボレーション先に活動に対して関心を持ってもらえるか」を考えるようになりました。
ーーこれまでのベンチャー企業とのオープンイノベーション実績を教えてください。
柳原:2019年にオープンイノベーションプログラム「fibona(フィボナ)」の共創を検討する企業を決定するためのピッチイベント「fibona Pitch Stage」を開催し、「株式会社デジタルアルティザン」「株式会社no new folk studio(ノーニューフォークスタジオ以下、NNF)」「株式会社ユカシカド」の3社を採択し、共同で新たな価値を生み出す研究を進めています。
▲柳原 茜氏
ベンチャー企業との共創は初めての取り組みだったので、毎日が手探り状態でした。実際に進める中で最も大切だと思ったのは、ベンチャー企業とは腹を割りお互いにオープンな付き合いをすること。“どうすれば前に進められるか”を共に考え、協力しあえる関係を築けるよう努めています。場合によりますが、例えば、社内でどのようなディスカッションが行われているか知ってもらうため、社内決裁の会議にもあえてベンチャー企業の方たちに参加していただくこともありました。
ライブコマース、オンラインカウンセリング。コロナ禍で、いち早く対策
ーーコロナ禍で、美容業界にはどのような変化が起きているのでしょうか。
中西:新型コロナウィルス感染拡大によって在宅勤務をする方が増えたのと同時に、外出する時もマスクをするようになったので、口紅などのメイクアップアイテムは影響を受けたものが多いです。一方で、家にいる時間が増えたことで、時間をかけて丁寧に自分の心身をいたわる商品やサービスの需要は増えています。
ーー資生堂として、どのように対策をしたのか教えてください。
中西:私たちがいち早く始めたのは、ライブコマースです。既に推進していた中国に続き、2020年の7月からは国内でもビューティーコンサルタント(BC)によるライブ映像を配信し、消費者がリアルタイムでBCとコミュニケーションしながら商品を購入できるようにしました。
加えて、BCによるオンラインカウンセリングも全国のデパートカウンターで展開するようになりました。新型コロナウィルス感染症の拡大を背景に、デパートに来店いただくことが難しくなったお客さま、また購入いただいた後のアフターフォローが必要なお客さまなど、さまざまなニーズに対し、店頭でもWebでも時や場所を選ばず、カウンセリングを提供しています。
また、迅速に生活者の実態を捉え、手指に優しい消毒液をはじめとした商品開発や、いま役立つ美容・生活にまつわる情報提供なども積極的に行っています。
ーー今回BAK NEW NORMAL PROJECT 2021に参加したのも、コロナへの対策の一環なのでしょうか。
中西:ライフスタイルの変化によるお客さまとの接点の変化に対し、新しい価値を届けたいと思い参加しました。
コロナ禍で人々の美容への関心度も変わり、一変した生活・暮らしがどのように美に影響するのか。また・マスク越し焼けなど、マスクをつけることでの新たな肌悩みも生まれています。ベンチャー企業と共創することで、今の時代にあったサービスを届けられればと思っています。
コロナ禍の不調を解消するための3つのテーマ
ーー今回募集するテーマについて詳細を教えてください。
中西:生活スタイルが大きく変化する中で、見た目だけではなく心身からの美を実現したいと思っています。そのために、まず心の状態・食事・運動などによって、身体はどう変化するのか。その影響を紐解いていきたいと考えています。
そこで、1つ目のテーマ「心身データの収集・解析」。私たちは、肌の研究には長年取り組んできましたが、食べ物や運動が美にどのような影響を与えるのかについてはまだ着手できていない部分が多いです。例えば、センシングに強みのある会社と組んで、心身の変化・動きが美にどのような影響があるのか解析し、さらに知見を積み重ねていきたいと思っています。
例えば「fibona(フィボナ)」で採択した「NNF」は歩き方をデータ化することができるIoTシューズを開発するベンチャー企業。「美容」とは一見関係ないように思えるかもしれませんが、歩き方と美容の関係に注目して共同で研究をすすめています。
ーー他にテーマについても聞かせてください。
中西:2つ目のテーマは「行動変容プログラム」。解析した情報・データを基に、個々人の状態にあわせて健康につながる “行動を変えていく” ことまでが求められています。アルゴリズムやAIを強みにヘルスケア領域でのサービス・プログラムを保有する企業と、メーカーの私たちが共創することで、新たな価値を作りたいと思っています。
3つ目のテーマは「健康美に繋がるプロダクト」。私たちも美容ドリンクなどの開発・販売はしていますが、その他多くのソリューションがあると考えています。健康につながるフードテックや体を動かすオンラインフィットネスなど、健康美に繋がるようなプロダクト・サービスを持っている企業と組んで、肌だけではなく総合的な美しさを提供したいと思っています。
共創のための研究開発拠点「S/PARK エスパーク」
ーーベンチャー企業に提供できるリソースについても聞かせください。
大南:最も大きなリソースはみなとみらいの研究拠点「S/PARK」です。ここには様々な研究設備が整っており、共創するベンチャー企業のみなさまにも使っていただけるものがあります。心身のデータから肌への影響を紐解いていく中でも、温度や湿度を一定に保てる実験室やユーザー試験ができる実験室などを完備しているので、様々な角度で研究を重ねていくことが可能です。
▲大南 武尊氏
また、プロジェクトのために何度も研究室とオフィスを往復しなくてもいいように、ワークスペースとして活用可能な部屋も用意しています。資生堂の社員も容易には入れないようにしているので、大事な機材やデータも安心して使ってもらえます。現在共創を進めているベンチャー企業たちにも入居してもらい、効率的に共創を進めていますね。
他にもイベントスペースとして活用可能なスタジオやランニングステーションなども完備しているので、オンラインヨガなど運動を伴う研究をしたいベンチャー企業にも活用してもらえると思います。
ーー研究するための設備としては申し分ないですね。
大南:研究施設だけでなく、私たちが展開している飲食店なども活用してもらえます。実は、私たちは化粧品事業だけではなく、資生堂パーラーなどレストラン・フード事業も展開しています。
S/PARKに構えるS/PARK Cafeでは定期的にコラボ企画をしており、新しいサービスや商品を紹介してきました。例えば株式会社LOAD&ROADのアプリと連動してお茶を自動抽出してくれる「teploティーポット」とコラボした時は、限定のティーペアリングのコースディナーを提供したこともあります。
▲S/PARK Cafe
あとは当然ながら、私たちがこれまで研究を重ねてきた美容のデータです。肌自体はもちろん、美しさに対するお客さまの感性に関わる多様なデータの蓄積があります。美しさとは答えがないものなので、私たちができるのは「美とは何か」のバリュエーションを増やすこと。様々な企業とコラボをしながら、できるだけ多くの「答え」を見つけ出し、お客さまに提供していきたいです。
ーー最後に「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」に対する意気込みを聞かせください
中西:コロナ禍により社会が大きく変化したことで、心身の不調を起こしてしまった方が少なからずいると思います。そのようなコロナ禍ならではの社会の課題解決に向けて、また、人の暮らしをより豊かにする活動に共感してくださり、一緒にアクションを起こせるベンチャー企業と出会えることを期待しています。
柳原:コロナの影響で心が疲れている人、体調を崩している人がいる中で、美容がどのように貢献ができるのか、これまで模索してきました。今回のプロジェクトが一つのきっかけとなり、新しい分野に一歩踏み出せたらと思っています。
大南:私たちだけでは新しいプロダクトを素早くローンチしたり、最適なソリューションを提供したりするには限界があると思っています。私たちがこれまで培ってきた美容の知見と、ベンチャー企業の知見・技術を組み合わせて、良いプロダクトをいち早くリリースしていきたいです。
●「BAK NEW NORMAL PROJECT 2021」のパートナー企業・資生堂の詳しい募集テーマはこちら(応募締切:7/26まで)
(取材・文:鈴木光平、撮影:加藤武俊)