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大企業との連携で、「移動」の未来を創るMaaSベンチャーの成長戦略とは

大企業との連携で、「移動」の未来を創るMaaSベンチャーの成長戦略とは

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スタートアップ起業家たちの“リアル”に迫るシリーズ企画「STARTUP STORY」。――今回登場していただくのは、MaaS(※)のプラットフォームを展開し、MaaSに取り組む自治体や企業等を支援するMaaS Tech Japan代表の日高洋祐氏だ。

2018年に創業し、わずか数年で数多くの大企業とのオープンイノベーションを成功させ、昨年は北海道上士幌町にてMaaSプロジェクトを推進した。JR東日本に13年勤め上げ、同社のMaaS戦略策定にも携わった日高氏は、日本の交通の未来をどうみているのだろうか。

今回は日高氏に、日本の交通が抱える課題とMaaSの未来に加え、大企業での安定したキャリアを捨て、リスクをとってまで起業を選択した背景について伺った。

※MaaS(マース:Mobility as a Service)とは、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるもの。(国土交通省より)

海外のカンファレンスでの「MaaS」との出会い

まずは交通業界に興味をきっかけを教えてください。

日高氏 : 私が交通業界に進んだのは「人の移動」に興味を持ったからです。人は移動することで何かに出会い、学び、喜びを得て、その活動によって経済活動が維持されています。就職活動の際にそのように考え、人の移動にまつわる業界を回りました。

自動車会社やエネルギー会社などの話も聞いたのですが、最も理念に共感できたのがJR東日本です。人の移動、ひいては人の生活を支えるための仕事が、とても意義深いものに感じたのです。

MaaSに携わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

日高氏 : 直接MaaSという概念に興味を持ち始めたのは、海外の交通系カンファレンスに出席したときのことです。当時は欧州を中心に、交通データをサービスやオペレーションに連携する動きがあり、その領域でのスタートアップが盛り上がりを見せていました。

以前から移動の課題と移動の未来を創りたいと感じていた私は、MaaSという概念に大きな可能性を感じたのです。

どのような課題なのか教えてください。

日高氏 : このままでは、鉄道や公共交通を維持するのが難しくなるということです。私が入社してからも、事故や震災などで、日本の交通インフラが脅かされることがありました。

それに加え、人口が減少していくことを考えると、これまでと同じように鉄道だけ、バスだけ、タクシーだけでそれぞれが独立して人の移動を支え、事業を成立させるのは難しくなります。本来なら鉄道を守らなければいけない立場ではありますが、人の移動を守っていくには、鉄道やバス、タクシーなど業種を超えて様々な移動手段が連携する必要があると思ったのです。

鉄道業界だけでなく、交通業界全体を俯瞰していたのですね。

日高氏 : 当時は大学に通ったり、学会に参加するなどして、自動運転など鉄道以外の分野についても学んでいました。SNSなどを駆使して最新の情報もピックアップしていましたね。

なぜ働きながら大学に通おうと思ったのでしょうか。

日高氏 : 社会人になってから見える大学は、学習がアウトプットを前提としているため深い学びができました。

加えて、周りにいる人達も自主的に学ぼうとするエネルギーの高い人達ばかりです。そのような環境で学ぶことがとても有意義に感じたので、プログラムが終わった後も自分で大学に通いたいと思ったのです。

起業前に500人にプレゼン。大企業との提携を実現する力に

JR東日本でもMaaSの取り組みをしていますが、あえて起業した理由について教えてください。

日高氏 : 一つは自分でリスクを取りたいと思ったからです。日本の社会課題に立ち向かい、成功させるためにはMaaSという看板を背負い自らが一番リスクを負う環境に身を置きたいと思ったからです。

起業のために準備したことはありますか。

日高氏 : とにかく勉強して人に会いまくりました。土日等を使ってですが、ビジネスマッチングアプリや知人からの紹介で、投資家や企業家の方など500人には会ったと思います。1人1時間で、1日15人は会っていました。

起業家や投資家に会ってMaaSの話をするのですが、彼らもMaaSの専門家ではありません。ただし、経営については専門家なので「まだマーケットがないからメディアやセミナー事業がいいよ」とアドバイスをもらいました。

その話を聞いたら今度はメディアやセミナーのプロに話を聞きに行きます。本を読むのもいいですが、人から直接話を聞けば最新の情報が得られますし、今の私の状況に合ったアドバイスをもえらえました。

起業するのはとても不安だったので、『これ以上はやれない』と思うほど動いて不安を打ち消していましたね。

500人にも会ったら多くのアドバイスがもらえたでしょうね。

日高氏 : 500人と話してよかったのは、アドバイスをもらえただけではありません。500回も初対面の人にMaaSの説明をしたことで、説明する力が飛躍的に上達しました。

人によってMaaSへの予備知識が違いますし、それによって『分かりやすい説明』の定義は変わります。相手の状況に合わせて、限られた時間でMaaSの説明をするいいトレーニングになりましたね。

その経験は、起業した後も提携先の方にMaaSを説明するのに役立っています。創業直後から多くの企業や組織の皆さまと提携させてもらっていますが、その時の経験が活きていると思います。

大企業とスタートアップが共創する意味とは

創業直後からアーサー・ディ・リトル・ジャパンや日本マイクロソフトなど複数の大企業と提携していますが、提携を成功させるコツがあれば教えてください。

日高氏 : 相手が本質的に何を実現したいのか理解することです。単純に事業シナジーを求めて連携するのではなく、お互いのどの想いが一致するのかを考えなければいけません。

そのためには「MaaSをやっています」では浅くて、「MaaSを使ってこんなことを実現したい」という話をする必要があります。相手の想いにも耳を傾けた上でプロジェクトを進めていかなければ、オープンイノベーションはうまくいかないのかなと思います

日高さんは大企業出身ですが、その経験が活きていることはありますか。

日高氏 : 「礼儀」は重要視しています。私を含め社内には大企業出身のメンバーが多いので、大企業との接し方には注意を払っていますね。「スタートアップだからアバウトでいいよね」というような甘えがないように、社員の個人目標にも設定しています。

その一方で、提案の内容はスタートアップらしさを意識しています。大企業の新規事業でもできるようなことを提案しても、提携する意味がありません。大企業がなぜスタートアップと提携するのか、その意味を考えた提案をしています。

大企業がスタートアップと提携する意味とは何でしょうか。

日高氏 : 大企業の社内ではできないプロジェクトをあえて行うためだと考えています。大企業には組織を維持していくためのしっかりとした成長のアルゴリズムが働いています。だからこそ、組織を拡大できるのだと思います。

しかし、10年後のことを考えると、今の枠から外れた事業をしなければならない場面もあります。ただし、それを社内で行ってしまうとコンフリクトの原因にもなりかねません。

だからこそ、社内ではなくスタートアップと組んで、社外でイノベーションを進めていく必要があります。その必要性に気づいた大企業が、ここ何年かでCVCを組成して出資しているのだと認識しています。

MaaSTechJapanもイノベーションの種になるわけですね。

日高氏 : 特にMaaSの領域ではオープンイノベーションが欠かせません。MaaSはデジタルを活用した概念ですが、そこには交通以外の不動産や商業、小売、飲食、エネルギーといったリアルな多様な産業がひも付いているからです。私達スタートアップでできることには限界があるため、大企業を巻き込んでいかなければ本当の意味でのMaaSは実現できません。

北海道の農村の移動を支えるプロジェクト

起業後はどのように事業を展開していったのでしょうか。

日高氏 : 自分たちのプロダクトを作りたいと思いながらも、目先の収益も確保しなければいけないため、起業当初はメディア事業やコンサルティング事業を行ってきました。

本格的にプラットフォームに事業の軸足を移せたのは、起業から1年経ってからですね。それだけ時間を要した背景の一つとして、私達のビジネスモデルの一つがBtoG(ガバメント)であることがあります。

自治体には年度計画があるので、実証期間を設定し、要望を反映しながら修正するという工程が必要のため、ユーザーテストをしてマーケットフィットさせる流れがBtoCと同じスピード感で進まないためです。

遂に完成した私達のプロダクトを初めて活用したのが、北海道上士幌町でのプロジェクトです。

どのようなプロジェクトだったのか教えてください。

日高氏 : 上士幌町は東京23区と同じくらいの面積に5,000人ほどの人口が住んでいる町で、エリアの多くが牧場のため、車がなければ生活できません。その一方で高齢者比率が年々あがり現在は約35%に達しています。そのため高齢者が免許返納した後の交通手段を考える必要があるのです。


加えて広い面積に家が点在しているため、高齢者を一人ひとり送迎するとなると大きなコストがかかります。そのため、低コストで高齢者の移動を支えられるデマンド交通を考えなければいけませんでした。

どのようなソリューションを提案したのでしょうか。

日高氏 : 高齢者でも簡単にタブレットで車を呼べるオンデマンド交通を導入しました。なぜタブレットなのかというと、電話にしてしまうとオペレーターが必要になってコストがかさむからです。

スマホを触ったこともない高齢者の方に使ってもらうには、何度もUIを調整して“高齢者向きのUI”を意識して工夫しました。今ではタブレットも使いこなせるようになって、誰でも車を呼べるようになっています。


車を呼べるのに加えて、追加で弁当も注文できるようにもしました。高齢者が気軽に買い物にもいけますし、買い物に行かなくても弁当を運んでもらえるようにしたのです。

2つ目の課題についても教えてください。

日高氏 : 車を持たずに上士幌町を訪れた人でも、安心して移動できるソリューションを考えることです。

今は5,000人の上士幌町ですが、今後人口が増えていくことが想定されています。自動運転や産業用のドローンなど、先進的な取り組みをしているため、プロジェクトに関わる人が多く訪れるからです。

関係人口が増えた時に課題になるのが、滞在中の交通手段。レンタカーを1ヶ月も借りていればレンタル料金がかさみますし、移動する度にタクシーを使うのも現実的ではありません。

観光や出張で訪れた方が、便利に移動できるソリューションが求められていました。

どのように課題を解決したのでしょうか。

日高氏 : 一般のドライバーがタクシーの代わりになる制度を導入しました。タクシーよりも安いので、仕事や観光で訪れた方に気軽に利用してもらっています。

人口の少ない上士幌町ではライドシェアは来ませんし、フードデリバリーサービスのように弁当を運ぶドライバーもいません。それらを私達と自治体で提供することで、テクノロジーで生活が便利になるということを実感してもらえたと思います。

地方だけでなく都市の課題もMaaSで解決していく

今後の展開についても教えてください。

日高氏 : 上士幌町のプロジェクトで得られたものを、他の地域でも展開していきたいと思っています。例えば今は高齢者の交通手段はどこの地域でも課題になっているので、今回の経験は大きく活きると思います。

地方だけでなく、都市の課題もMaaSで解決しようとプロジェクトを進行しているところです。例えば今の時代は3密回避が大きなテーマになっているので、データで混雑状況が分かるようなサービスを展開しています。

現在は4都市でプロジェクトを展開していますが、今年は10都市に広げ、来年にはさらに多くの都市に展開していきたいですね。

現在は自治体向けにサービスを展開していますが、事業者向けのサービスはどのように考えていますか。

日高氏 : 民間の交通事業者との連携も予定しています。ただし、人口の少ない地域では「人の移動を支えること」と「交通事業者が収益を維持すること」が必ずしも一致しません。民間事業者が採算がとれなければ、自ずと自治体の力を借りる必要が入るので、自治体向けのサービスが不可欠になってしまいますね。

ただし、将来的にはこれまでMaaSではできなかった事業連携も実現していきたいと思っています。モビリティと地域の関係性に新たな付加価値をつけるなど、今までにない価値を作り出していきたいです。

いずれにしても、地域構造を改革するのにMaaSが有効であることは変わりないので、これから多くの地域でプロジェクトを進めていきたいと思います。

(取材・文:鈴木光平)

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