熟練者の勘やコツを再現する!AI×一次産業の共創事例
多くのビジネスパーソンが注目するAIビジネスですが、AIには多用に細分化された用途があります。ですから「どの領域のAI活用がアツいか?」に注目するのが正しいビジネス洞察眼と言えるでしょう。TOMORUBAの連載「Break Down AI」では、期待される【AI×○○】の実態に迫り、どのような共創が行われているかに迫ります。
今回は、AIの導入が急速に進んでいる一次産業にフォーカスをあてます。一次産業は機械やロボットが導入されて久しいものの、いまだ多くの業務は人間が担っています。単純作業は機械に任せていいでしょうが、熟練の知識や技術が必要とされる領域の効率をアップするにはAIの力が有効です。実際にAIを活用して推進されている共創の事例を紹介していきます。
スマート農業を中心に市場規模は着実に成長中。2030年には1300億円超に
一次産業のAI活用が進んでいる分野は農業、水産、畜産とあります。市場規模の推移を見てみると、富士経済が2019年7月に発表した調査では、2019年の市場規模は農業・水産・畜産あわせて870億円の見込みで、そのうち農業は742億円を占めています。これが2030年には1331億円に成長する見込みで、いわゆる「スマート農業」を中心に着実に成長している事がわかります。
出典:注目を集める“スマート農業”関連の市場を調査 | プレスリリース | 富士経済グループ
AI×一次産業の共創事例
ここからはAIを活用した一次産業の共創事例を見ていきます。
【浅野水産×FACTORIUM】「漁師の勘と経験」をAIで再現するプロジェクト
宮崎県で近海かつお一本釣り漁船「第五清龍丸」を操業する、浅野水産とデータサイエンス・ベンチャービルダーであるFACTORIUM(ファクトリアム)は「漁師の勘と経験」をAI化するプロジェクトを推進しています。
共創のきっかけは浅野水産のの漁労長(航海計画や魚探・操業の責任者)の引退が迫っている事でした。漁労長の技術力に年間の漁獲量と漁獲高は依存し、経営を大きく左右するため、喫緊の課題と捉えて解決策を模索していたところ、AUBAでFACTORIUMと出会いプロジェクトが発足したとのことです。
実際に意思決定を行う際は、衛星から得られる気象配置図、水温分布、潮流や海面高といったデータや船に積んでいる計器類から得られるデータ、他船の位置情報などを並べ総合的に判断しますが、その意思決定プロセスをAIで再現することを目指しています。
FACTORIUMでは、紙の操業日誌や水揚げ量の情報(紙やPDF)をクラウドソーシングにより、データベース化し分析した上でサービス設計を進めており、2021年中にMVPとしてリリースする計画とのことです。
関連記事:漁師の勘と経験をAI化するーー浅野水産×FACTORIUMの共創プロジェクトに迫る
【ヒューマノーム研究所×小橋工業】AI・IoT技術を用いた農業機械開発へ
ヒューマノーム研究所と小橋工業は2020年1月、AI・IoT技術を用いた高度な農業機械の開発に向け、共同研究契約を締結しました。
この共同研究では、「作業機」と「耕うん爪」の双方について開発・生産を行う日本唯一のメーカーである小橋工業と、医療から農業まで幅広い分野のデータ統合解析とAI開発を専門とするヒューマノーム研究所の技術力・知見を掛け合わせることで、AI・IoT技術を活用したスマート農業システムを実現し、持続可能な新たな農業を創造することを目指します。
このプロジェクトによって、高齢化する国内の農業従事者数の問題を解決し、持続可能な農業を実現することで、生産性向上・作業効率化の推進を図るとのこと。
関連記事:ヒューマノーム研究所×小橋工業|AI・IoT技術を用いた農業機械開発へ
【Hmcomm×三菱ケミカル×宮崎大学】共同で異音検知技術による「豚の音声検知システム」の開発
産総研発の音声特化型AIベンチャーHmcomm、および三菱ケミカル、および宮崎大学は2019年9月、豚の音声を収集し健康状態や母豚の発情兆候、哺乳回数を検知するシステムの開発を目指して、共同研究を開始しました。
近年、畜産業において、家畜の罹患・殺処分や出荷の遅れによる損失は増加の一途を辿っており、畜産物の安定供給に大きな影響を及ぼしています。中でも豚は、呼吸器系の病気を患うと増体が遅れ出荷が遅れるので、それを避けるために疾病を早期に検知することが課題となっている現状です。
熟練者は、豚の罹患の兆候を咳やくしゃみ音から聞き分けることができます。また、従来母豚の発情兆候を判別する際や哺乳回数を測定する際には、作業員が様子を注意深く観察することで実施してきたといいます。こういった熟練者の“経験と勘”を、音声の収集とAIによる解析により平準化することが今回の取り組みの目的です。
この音声検知システムを構築することにより、少人数での効率的な畜産業務の実施につなげていく狙いがあります。また、畜産業界においても深刻化する少子高齢化による労働人口不足問題を、テクノロジーの活用によって解決することを目指していくとのことです。
関連記事:Hmcomm×三菱ケミカル×宮崎大学|共同で異音検知技術による「豚の音声検知システム」の開発を目指す
【ヤマハ×DMP】製品の自動化に向けて業務資本提携
ヤマハ発動機は2019年5月、同社製品の自動化・自律化に向けた知能化技術(AI)開発力の強化を主な目的として、AIコンピューティング分野に強みを持つディジタルメディアプロフェッショナル(DMP)との業務資本提携に関する契約を締結し、DMPが発行する第三者割当による新株式引き受けを決定しました。これにより、同社はDMPの筆頭株主となっています。
今回の業務資本提携によって、DMPとの業務資本提携によりDMPの開発体制の強化を支援し、DMPのディープラーニング、画像処理・画像認識技術を同社製品や技術と組み合せることで、低速度自動・自律運転システムや農業領域でのロボット活用、各種モビリティの先進安全技術など新たな価値創造を進めていきます。業務提携の具体的な内容は以下の通りです。
●AI 技術応用によるアルゴリズム開発から製品搭載に至る最終製品化プロセスにおける協業
●低速度領域における自動・自律運転システムの開発
●ロボティクス技術を活用した農業領域等における省力化・自動化システムの開発
●モビリティ製品全般に向けての先進安全運転支援システムの開発
●同社からの取締役の派遣
【INDETAIL×宇野牧場】ドローンとAIによる「放牧」の課題解決
INDETAILと宇野牧場は2020年8月、酪農における乳牛の放牧をドローンとAIで行う「スマート酪農」の実証実験を行うことを発表し、共同研究契約を締結しました。
酪農には大きく分けて「放牧」と「舎飼い」という2つの様式があり、放牧は牛が病気になりにくい、生乳の品質が高い、省コストである等の利点があります。しかし広大な土地を持つ北海道でも放牧を取り入れているのは半数ほど、全国的にみれば2割以下という課題があります。
実証実験では、この課題に対してドローンとAIを活用して①最良な草地を自動選定し、②放牧エリアのゲート自動制御することを目指します。期待される効果は人件費削減や放牧地の効率利用、牛の健康、スタッフの安全、ビッグデータの活用などがあるとのこと。
2020年7月よりドローンによる空撮などで現地調査を行っており、2020年9月下旬~10月上旬ごろよりスマート酪農の実証実験を開始する予定です。
関連記事:INDETAIL×宇野牧場 | 良好な牧草地をドローンとAIが選定し、牛の移動ルートを自動形成する実証実験を秋にも実施
【編集後記】熟練の勘やコツを解き明かす
AI活用で解決できる課題として「人手不足」はよく挙げられます。しかし、一次産業の分野ではさらに一歩踏み込んで「熟練の勘やコツ」をAIで再現するケースが増えています。
熟練者のスキルは、本人が言語化したり体系だって説明するのが難しい領域ですが、業務をデータ化できればAIで再現できる可能性があります。一次産業の担い手は徐々に減ってきているものの、日本では多くの熟練者が現役で活躍しています。熟練者の「引退」によって発生する機会損失を最小限に抑えるためにも、業務のデータ化およびAIの普及が急務と言えるでしょう。