#PEOPLE | iU学長・中村伊知哉氏が語る「リアルな共創プラットフォーム」としての大学を作った理由
2020年春、東京・墨田区に情報経営イノベーション専門職大学(以下、iU)が開学した。同大学は、2017年の学校教育法の改正に基づき、「高度な実践力」「豊かな創造力」を持った専門人材を育成するために新たに設立できることとなった”専門職大学”だ。
iUでは、世界中の産業界から200名以上の客員教員を招き、約半年間の企業インターンシップや、実際の起業にチャレンジすることを全員の必修科目とすることなど、実践的なビジネス創造に向けたカリキュラムを掲げている。さらに、キャンパスには壁を作らず、地場の工場や商店街とのビジネス連携も模索したりするなど、産・学・地域のリアルなプラットフォームとなることも目指しているという。
▲墨田区エリアに誕生する「情報経営イノベーション専門職大学」。門などもなく、地域に開かれた“場”となっている。
同大学の学長に就任したのは、中村伊知哉氏。ロックバンドのディレクターを経て郵政省に入省後、MITメディアラボ客員教授や慶應義塾大学教授を務めながら、企業の顧問や社外取締役を担うなどユニークかつイノベーティブな経歴の持ち主だ。
――iUが目指す理想と、さらにその先に見据えている教育変革のビジョンとは?中村氏に詳しくお話を伺った。
■iU(情報経営イノベーション専門職大学)学長 中村伊知哉氏
1984年郵政省入省。1998年、MITメディアラボ客員教授。2002年、スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授を歴任。2020年4月よりiU(情報経営イノベーション専門職大学)学長。
大学が、産学連携のプラットフォームとなる
――中村学長は、これまで慶應義塾大学メディアデザイン研究科で教鞭を執られていたわけですが、今回、新しく開学するiUの学長に就かれた経緯について教えてください。
中村氏 : 私はもともと郵政省にいましたが、その後渡米して、MITのメディアラボに4年、スタンフォードの日本センター研究所に4年いました。アメリカの西と東の大学を、両方を8年かけて見てきたのですが、その経験から「日本の最大の問題は、大学だ」と感じるようになったのです。
というのも、アメリカでは、Googleにしろ、Facebookにしろ、大学のコミュニティから生まれています。ところが、日本において世界に通用するプロダクトは、ウォークマンでも、ファミコンでも、初音ミクでもいいですが、「企業が作ったもの」です。大学発で世界的なプロダクトになったものって、なにもありません。
在米中にそういう問題意識を強く持つようになって、それで日本に戻ってきてからこれまでになかった新しい大学を作りたいと思って、慶應義塾にいっていろいろと挑戦しました。
たとえば私がいた大学院では、学生の半分以上を留学生にするグローバル化など、一定の成果も上げました。しかしそこから先、さらにステージを上げていこうとすると、なかなか進みません。なぜ変わらないかというと、慶應義塾はすでに成功している大学なので、新しいことにチャレンジしようというパワーが生まれにくいんですね。
――イノベーションのジレンマに近い話ですね。
中村氏 : ええ。それで、まったく新しい大学を作るには、やはりゼロから始めないとダメだなと思って、もしゼロから作るならこんな大学が理想だというようなことを、自分のブログで発信していたのです。
そうしたら、iU創設に係わったメンバーたちがそれを読んでくれて、「同じようなことを考えているのですが、一緒にやりませんか?」と。たまたま2017年に”専門職大学”という新しい制度が始まるタイミングでもあったので、それならということで、一緒にやることにしました。
――中村学長の考えていた理想の大学とは、どんなものだったのでしょうか。
中村氏 : 日本の大学の一番の問題は、産学連携ができていないところです。そこで、最初から企業と一緒になって大学を設計するということを考えました。そして教育内容も、実際にビジネスの最前線に立つ人が、実践的な知識を伝える。それも、座学だけではなくて、実際にプロジェクト形式で一緒になって動いていくことが大切です。
顔をつきあわせて、ああでもないこうでもないと議論しながら、新しいものを作り上げていく、そういうプラットフォームとなることこそ、大学という場が持つ価値だと考えています。
従来の大学で行われてきた教授から学生への一方的な講義みたいなことなら、それこそ動画で配信して家で見てもらえば済むことですよね。
――中村学長が在籍していたMITやスタンフォードはそういう感じだったのですか。
中村氏 : 私がいたMITやスタンフォードがたまたまそういう大学だったという面もあるのですが、とにかくみんななにかを作り続けていました。研究をして論文を書いてということよりも、常に新しいサービスやプロダクトを作って世に出している、非常にチャレンジングな人たちが集まっていました。
その際、全員が「絶対成功する」「世界トップを目指す」という強い意識と自信を持っていることも驚きでした。ある意味、根拠のない自信なのですが、そういうポジティブさはすごく良いことだと思っています。
また、プラットフォームという面でいうと、企業との連携は当然でしたが、さらに弁護士とか会計士みたいな専門職の人たちもどんどん大学に入ってきて、学生をサポートしてくれる。大学が、社会と一緒になってなにかを作る場所だということを強く学びました。
――日本では、大学側も企業側も、オープンに連携してイノベーションを進めるということに、まだ慣れていない面があるように思えます。
中村氏 : やはりまだ、自前でうまくやってきた過去の成功体験に引きずられている面が大きいのではないかと思います。成功している企業や大学ほどそうでしょう。しかし、社会のあらゆる面で、それでは立ち行かなくなってきています。
私は、「失敗」や「負け」を認めることが、日本ではいま一番大切なのではないかと思っています。ある意味で、平成の30年間は失敗の時代だったと、きちんと認めよう、と。平成の30年間で、インターネットやスマホ、ソーシャルメディアなど世界では完全にアメリカに負けました。
そうこうしているうちに、次はAIやビッグデータ、ロボットの時代が始まっている。大学も産業界も、ここでも負けたらもう次がない、くらいの危機感を持たなければならないと思っています。
在学中に学生全員が起業にチャレンジする
――iUはこの4月から開学となりますが、初年度はどういった規模感になっていますか。
中村氏 : 現在、27名の専任教員の他に、社会の第一線で活躍している起業家や各分野のリーダーなど200名以上の方たちに、客員教授としてご協力いただく予定です。たとえば、iモードを作った夏野剛氏や、ミクシィの創業者である笠原健治氏、その他、まだ公表できない部分もありますが、そうそうたるメンバーにご参加いただきます。
それに対して、初年度の学生定員数は200名なので、そうとう充実した教育がなされるのではないでしょうか。
また協力企業も、ベンチャーから一部上場の大手まで、200社強集まっていただいております。構想当初は「協力してくれる企業が10社くらい集まれば大学ができるかも」と話していたくらいなので、想定外の反響です。実際、企業からは「こういう大学を待っていたんだ。ぜひ協力させてほしい」という声を直接いただくこともよくあります。
――カリキュラムにはどんな特徴があるのですか。
中村氏 : 教育内容としては、「ビジネス、ICT、グローバルコミュニケーション」を3本柱としています。1~2年次には、それらの基礎を徹底的に叩き込みます。その後3年次には約五カ月間、640時間におよぶ企業インターンシップが必修です。
いま一般的に学生に対して行われている、1、2週間程度のインターンシップとは質量ともに次元の異なる体験ができるはずです。そして、その後、在学中に全員に必ず起業にチャレンジしてもらいます。全員起業にチャレンジするのですから、理想は就職率ゼロ。就職率ランキングでは最低を目指します(笑)。
――在学中に全員起業にチャレンジとは、画期的ですね。
中村氏 : 実は、私のアイデアではなくて、夏野剛さんが言いだしたことなんです。夏野さんに「今度こういう大学を作るから手伝ってよ」と持ちかけたときに「それなら、全員起業させよう。そうするなら手伝うよ」といわれまして。
もちろん、全員起業にチャレンジといっても、その会社がそのまま全部成功するとは思っていません。むしろ、私は「失敗したほうがいい」と思っています。なぜなら、よくいわれることですが、日本の社会は失敗者に対して非常に冷たいですよね。起業して、一度失敗するとなかなか立ち直れません。でもそれっておかしいでしょう。失敗の中からこそ、学べることがたくさんあるのに。
学生のうちなら失敗も許されます。私が許しますから。結果を恐れずチャレンジすることが大切なのです。だから、学生が起業して成功すればもちろん嬉しいですが、失敗してそこから多くを学び、それを活かして再チャレンジしてくれたら、こんなに嬉しいことはないですね。
▼iUではビジネスの実践に役立つカリキュラムが組まれている。
壁や門を作らない、オープンな場
――地域との連携にも力を入れていらっしゃいます。
中村氏 : 東京の墨田区は、古くからもの作りに携わってきた地場の中小企業が多い地域です。たまたまご縁があって、墨田区に開学することになったとき、この地場企業の力もぜひ大学というプラットフォームに加わっていただきたいと考えました。プラットフォームにもいろいろありますが、大学の良いところは、ただ使える回線があってピアツーピアで繋がるネットワークを提供しているのではなくて、リアルな場があって、そこにいつも人がいてハブになれるということだと思います。
かつては、場に集って、顔をあわせてコミュニケーションをするのが当たり前だったわけですが、その多くがバーチャルなネットワークにとって代わられました。それはそれで良い面もたくさんありますが、やっぱり限界もあって、一周回ってまたリアルの場でのコミュニケーションが見直されてきているんじゃないかと思います。そして、リアルで集まるなら、リアルでしかできないことを、大学という場でできればと。
キャンパスには壁や門を作らずに、近所の人が自由に出入りして、学食で食事をしたりカフェでくつろいだりしてらえるようにします。さらに、近所の人が作ったお惣菜を学食で売ってもらうとか、街の一部のバザール的な機能も持たせられたら、まさにリアルでしかできないことで、とても楽しいですね。
――最後に、将来の展望について教えてください。
中村氏 : iUは面白い変な大学にしようと思っていますが、そうはいっても1学年200人の学生数ですから、社会に与えるインパクトという意味では、当然ごくわずかなものです。
一方、日本の大学には、象牙の塔にこもって自分の研究だけに専念したいという人もいますが、そうではなくて産業界との連携などの新しいことに積極的に取り組むべきだと考えている人も、個人レベル、あるいは学部レベルなどではたくさんいるんです。ただ、学校レベルあるいは、行政との関係など国家レベルでは、なかなかそれができなというジレンマを抱えています。
いま、そういう人たちから、たくさん声をかけてもらっています。そこで、将来的には、そういうことに関心のある他の大学、専門学校、高専、高校などの連合体を作れるのではないかと思っています。
iUの開学後、ある程度軌道に乗ってきたら、私たちが事務局になって、そういう連合体を作ることを視野に入れています。いわば、大学版のオープンイノベーションを推進して、次の時代に備えようということです。みんなで知恵を出し合えば、大学の可能性は無限に広がっていくと思います。
取材後記
アメリカで、大学と起業、社会とが一体となって共に新しいものを創り出す現場に長くいらした中村学長。その経験からもたらされる新しい大学像を一言でいえば「楽しそう!」ということ。なにより、お話しなさっている中村学長自身が、そのビジョンを楽しみワクワクしている様子が伝わってくる。こんな選択肢が用意されている現在の学生が、少しうらやましくなるインタビューだった。
(編集:眞田幸剛、取材・文:椎原よしき、撮影:齊木恵太)