東芝・島田氏 「共創で、実世界をどう変えるか。」
エネルギー、社会インフラ、電子デバイス、デジタルソリューションという幅広い事業領域で、日本のモノづくりをリードしてきた東芝。2030年に向け「世界有数のサイバー・フィジカル・システム(CPS)テクノロジー企業をめざす」というビジョンを打ち出している。
そんな東芝が、”サイバーとフィジカルの融合で、実世界に新たな価値を”というコンセプトを掲げた共創プログラム「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM」 を始動することとなった(応募締切5/31)。
そこで、執行役上席常務 最高デジタル責任者 島田太郎氏に、今回のプログラム実施に至った背景や、実現したい世界観、東芝と共創するメリットや、パートナー企業様への期待について聞いた。
■株式会社東芝 執行役上席常務 最高デジタル責任者 島田太郎氏
1990年に新明和工業に入社し、航空機開発に従事。1999年、SDRC(後にシーメンスPLMソフトウェア、現在はシーメンス)に転職。2010年、日本法人社長に就任。シーメンスによる買収後はドイツ本社駐在を経て、専務執行役員に就任。インダストリー4.0を推進した。2018年10月、東芝に入社し、コーポレートデジタル事業責任者としてデジタルトランスフォーメーション事業の指揮を執る。2019年4月からは、執行役常務としてサイバーフィジカルシステム推進部をけん引。2020年4月より、執行役上席常務、最高デジタル責任者、東芝デジタルソリューションズ株式会社取締役社長として、東芝グループならではのCPS分野における新規事業の創出を推進。
モノづくりを支えてきた東芝が見る未来
――今回「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM」の開催にあたり、その背景や、プログラムの特徴などについて伺っていきたいと思います。まずは、日本のモノづくりを支えてこられた東芝が、現在の市場の変化をどのように見ていらっしゃるのか、お話しいただけますでしょうか。
島田氏 : この10年20年は、製造業受難の時代といえます。たとえば、東芝が発明したメモリを使わなければiPhoneを作ることはできません。にもかかわらず、Appleの企業価値は東芝の100倍ほどです。なぜこのような差が付いたのかというと、彼らはエコシステムをうまく構築したからだと思います。
ソリューションを全部自分たちで作って提供するのではなく、色々な人に様々なアイデアで作らせたことが、彼らの今日の企業価値を成しているのです。FacebookやInstagramも、ソフトウェアのつくりはシンプルですが、色んな人をインクルードしていく仕掛けがありますよね。我々自身も、ソリューションを自社で作るのではなく、ユーザーに作ってもらうような仕組みを考えていくべきだと感じています。
私は最初に入社した会社で、航空機の設計に携わっていました。その中で、機体設計を手掛けたUS-2という飛行艇のレーダーは、東芝製でした。1990年代初頭、まだ日本の製造業が元気な時代、東芝も光り輝いていたのです。こうした「過去の栄光」があまりに輝かしく、それがゆえになかなか転換ができずにいるのだと思います。
ちなみに、私が2018年に東芝に入社した最大の理由は、日本にとって重要な問題となっている「電力」に関する独自技術を有している点にあります。電力のように東芝が持つ技術的な発明や研究の火を絶やしてはならない。そして、デジタルを掛け合わせて利益の出るビジネスモデルを生み出せば、再び東芝は光り輝くはずです。
――今回、オープンイノベーションプログラムを立ち上げる背景には、そうした市場の変化があるのですね。
島田氏 : 先ほどの話と重なりますが、私が東芝に入社して改めて感じたことは、「自社で何でもできる」ということです。発明と呼べるレベルの高い技術力もありますし、半導体、材料、メカ、ソフトウェア、そして販売網、すべてのエレメンツが揃っています。だからこそ、ついつい全部自前でやってしまいがちです。それは一見すると良さそうですが、スケールしないんですよね。スケールさせるには、技術を外に開放して、外で繰り返し使ってもらえるようなコンポーネントを出していくことが重要です。
東芝には、長い歴史で培ったノウハウや高度な技術力があります。その一方で、技術を社会実装する力や、顧客を集める力、プレゼンテーション力、方向性を柔軟に迅速に変えていくアジャイルな活動が、東芝には欠けています。
これから必要なのは、旧来のように顧客に言われた通りにするのではなく、様々なパートナー企業と色んなアイデアを出し合うことで、新たな価値が生み出していくことです。そこで今回、オープンイノベーションプログラムを実行することになりました。
現実世界の「モノ」が発するデータを活用し、新たな価値を創出したい
――続いて、今回のプログラムについて伺っていきます。まず、共創ビジョンについて「サイバーとフィジカルの融合」を掲げていらっしゃいますが、これはどのような考え方なのでしょうか。
島田氏 : 東芝は2030年に向けて「世界有数のサイバー・フィジカル・システム(CPS)テクノロジー企業をめざす」というビジョンを打ち出しています。GAFAMやBATがこれだけ時価総額を上げているのは、Cyber to Cyberのデータを支配しているからです。
つまりスマートフォンやパソコンから情報を集約してクラウド上に蓄積するという仕組みですが、限界を迎えつつあると思います。なぜなら、世の中にスマートフォンが普及し、これ以上データを取りようがない状況になっているからです。私はこれを、「データ1.0」と呼んでいます。
次に来る「データ2.0」ですが、これはどういうことかというと、モノから様々な情報が出てくる、Physical to Cyberの時代になります。これからの10年、データの8割ほどはPhysical to Cyberの情報になるだろうと考えています。
――サイバー空間上で情報を収集・分析・蓄積していた「データ1.0」の時代から、現実世界のモノから情報を収集してサイバー上で分析・蓄積する「データ2.0」の時代へ遷移しているということですね。
島田氏 : Cyber to Cyberで重要なのが、デイリーアクティブユーザーです。アプリをダウンロードして繰り返し使ってもらわなければ、データが収集できません。
しかし考えてみると、皆さんは日々、東芝が納めたPOSシステムが入っているお店で買い物をして、駅では東芝製の改札機を通り、ビルに入れば東芝のエレベーターに乗り、家では東芝の家電を使っていらっしゃる方もいます。
――現実世界で使われている多様なモノを手掛けている東芝のデイリーアクティブユーザーは膨大な数になりますね。
島田氏 : そうです。しかし現状、その膨大なデータを一切活用できていません。もし、こうしたモノから生まれるデータを活用できれば、これは大きな価値を生むでしょう。それこそ、今までCyber to Cyberで発展してきた企業と同様の企業価値を創ることができるのではないかと考えています。これを私は、「アフタースマホの時代」と呼んでいます。
今、スマホにユーザーインターフェイスが全部吸い込まれており、皆が何をするにもスマホやPCを使っています。これはあまりにアンナチュラルな状態ではないでしょうか。モノ自体をユーザーインターフェイスに復活させることができれば、今までとは違う世界を実現できるはずです。
――既に、Physical to Cyberの情報を活用したサービスはあるのでしょうか。
島田氏 : 東芝テックでは「スマートレシート」という電子レシートアプリを提供しています。購買データは、非常に価値の高い情報ですよね。だから世の中では、AmazonやGoogleがデータを制圧していると思われていますが、日本のEC化率というのは、7%程度。つまり93%の購買データは埋もれているんです。
そこで我々は、レシートを電子化して個人のスマホに集約する「スマートレシート」アプリを開発しました。これを、2020年度中に、10万店舗で利用できるように展開しようとしています。10万店舗というと、国内消費145兆円のうち、40兆円をカバーできるという計算になります。このデータを使って、たとえば今渋谷で何が売れているのか「渋谷ランキング」を電車のサイネージに表示するなど、色々な面白いことができるな、と考えています。
▲「スマートレシート」のシステム概要図
――私たちが生きている現実世界の「モノ」からデータを収集・分析し、その結果をまた実際の世界にフィードバックしていく。そうなれば世界は変わりますね。
島田氏 : 我々は今、これを地方創生という切り口からも実践していこうとしています。先日プレスリリースを出したのですが、東芝データが会津若松市のスマートシティー構想に参画し、「スマートレシート」の仕組みを活用したプロジェクトを進めていきます。
社会のインフラを支える、東芝のアンリミテッドなリソースにアクセスできる
――今回のプログラム参画企業は、東芝との共創によってどのようなリソースを活用できるのでしょうか。
島田氏 : 東芝は、電力、水道、高速道路、鉄道、モビリティ機器、電子デバイス、POS、家電など、幅広い領域で事業を展開しているため、色々な掛け算ができるのではないかと思います。
――ベンチャー企業単体では、なかなか入っていくことが難しい領域への足掛かりにできるという利点がありますね。
島田氏 : そうですね。特に社会インフラ系はベンチャー企業にとってはハードルが高いと思います。その面でも、東芝と組む利点はあると思います。また、少し異なる視点で言えば、東芝にはグループ全体で従業員が13万人います。そこでの内部の様々なデータを活用できることもメリットですね。
――今回のプログラムでは、「ローカル5G」「IoT」「ビッグデータ」「画像認識」の4テーマを設定していらっしゃいますが、いくつかテーマの特徴とメリットをお話しいただけますか。
島田氏 : 「画像認識」の領域では、画像認識AIチップ「Visconti™️」を使い倒すことができます。AIチップの開発は、いくつかの企業がチャレンジしていますが、技術力はもちろん資金もかなりかかります。そこでクラウド経由で画像認識処理を…となるのですがどうしても通信による遅延など速度に限界があります。こうした、クラウドを介さずリアルタイムに高速AIチップで、画像認識を実現しているのが、「ViscontiTM」の特徴です。
「IoT」ではクラウドベースのIoT基盤「ifLink®」を開放します。これは、「ボタンを押したら(IF)」「ロボットが喋る(THEN)」というように、IFとTHENをスマホで設定するだけで、だれもがカンタンにIoTをつくれるデバイス連携プラットフォームです。
今年3月、「ifLinkオープンコミュニティ」を立ち上げましたが、自動車、電機、電力、ガス、保険といった大企業からベンチャー企業まで、120社ほどに参画いただいています。このコミュニティの中で、新たなビジネス創出に取り組むことも可能です。
――最後に、今回のプログラムへの期待、そして応募企業に向けたメッセージをお願いします。
島田氏 : 私たちが思いつかないようなアイデアや、意外なマネタイズ方法を期待しています。私は、マネタイズには「顧客をずらす」ことが重要だと考えています。お客様の要望に対して正面から応えることは、東芝が以前から得意としていたところです。そのやり方では、あまり新しいことはできないでしょう。
今回期待することは、そういう「ど真ん中」というよりは、私たちには考えられないようなビジネスアイデアや顧客基盤をお持ちの方と組んでいきたいですね。
取材後記
駅・ビル・スーパーと普段の生活を支える東芝。――世の中に溢れるモノをユーザーインターフェイスに復活させることで、実世界にどれほどのインパクトが生まれるのだろう。
東芝が培ってきた比類なき技術、社会インフラを支えてきた東芝の事業領域。東芝のアンリミテッドなリソースから、新たな世界の実装を目指し、事業化につなげていきたいという方は、ぜひ応募を検討して欲しい。
▼Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM 2020 詳細はこちら (応募締切:5/31)
(編集:眞田幸剛、取材・文:佐藤瑞恵、撮影:齊木恵太)