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新規事業、既存事業を創る人が直面する悶絶体験 ―4つのジレンマとの戦い<前編>―

新規事業、既存事業を創る人が直面する悶絶体験 ―4つのジレンマとの戦い<前編>―

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新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。

以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。今回の連載第7回と次回・第8回は、創るプロセスの中で直面する11の問題を「4つのジレンマ」として解説してもらいます。 

【★本連載における「新規事業」の定義について】

本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。

新規事業を任せるとは、「新規事業を進めていくプロセスを伴奏しながら支援し、結果に対する責任を共有する」ということです。ここで強調しておきたいポイントは、「伴奏」「支援」「結果責任の共有」の3点です。これらの要件が全て揃って、はじめて「任せる」と言えますが、現実はそう簡単ではありません。本稿では、経営層の視点から、担当者に「新規事業を任せる」ということの意味について、見ていくことにしましょう。

対峙する相手は、「既存事業部門」「経営層・上司」「部下」、そして「自己」

創る人が“死の谷”(※図1)でどんな問題と出くわし、どのような葛藤を抱え、誰と戦うことになるのかを明らかにするために、創る人15名を対象にインタビュー調査を行いました。

※図1:新規事業担当者が遭遇する“死の谷”


その結果、「事業を創る」という経験を通して創る人が直面する苦境には、共通して4つのジレンマがあることが明らかとなりました。そして、これらのジレンマは立場の異なる社内の他者との関係性によって引き起こされる問題だということがわかりました。具体的には、「既存事業部門ジレンマ」「経営層・上司ジレンマ」「部下ジレンマ」です。さらに、それら以上に手強く、また思いもしなかったジレンマを経験することになります。それが、自分自身との葛藤つまり「自己ジレンマ」なのです。

これら4つのジレンマを通して、創る人は11の問題に直面し、葛藤の経験から学びを得ることになります。ここでは、新規事業を創るプロセスの中で直面する11の問題を4つのジレンマとして整理し、説明していきます(※図2)。

※図2:新規事業の各フェーズで直面する悶絶経験


「既存事業部門」ジレンマ

既存事業部門との間で生じるジレンマには、主に次の2つの問題が見られます。1つ目は、創る人が既存事業部門の組織力学を理解できずに必要な支援を得られない①既存事業部門とのミスコミュニケーション。そして、2つ目は、既存事業部門から新規事業に対して懐疑的・否定的な意見を受ける②既存事業部門からの批判。コミュニケーション上のこうした問題に創る人は悩まされることになります。

①既存事業部門とのミスコミュニケーション

企業内で新たに事業を創る際、既存事業の存在を一切無視して考えることはできません。既存事業部門の理解を得ることができなければ既存事業が培ってきた資源を調達することもできないので、大抵の新規事業は前に進めず立ち往生してしまいます。そのため、既存事業部門の意思決定プロセスやキーマンを掌握することは、新規事業を担う創る人にとってもひとごとではありません。しかし、それができず、既存事業部門との間のミスコミュニケーションが生じてしまうことが少なくないのです。

順調に進みそうな事案でも、ある一人の意見で突然全てがゼロになってしまうことも起こりかねません。事前に話を通すべき相手は誰なのか。自分の説得ではなかなか動いてくれない相手の場合、誰ならその人を動かせるのか。そうした組織力学を把握し、社内政治を駆使することが重要になります。オフィシャルな組織図や役職に基づく上司・部下といった上下関係の裏で「実はこの部署で一番影響力を持っているのは部長よりも古くから在籍しているお局社員のAさん」といった、組織内でしかわからない問題が潜んでいたりするものです。 

実際の企業における組織力学はかなり複雑です。公式の組織図とは異なる組織構造や力関係があり、社内政治をわからないままでは資源調達はできません。キーマンとの入念なコミュニケーションがとれていなければ、事業を立ち上げる前段階で潰されてしまう可能性が高いのです。

②既存事業部門からの批判

これまで見てきた既存事業部門とのミスコミュニケーションは、組織力学を理解できていないことから生じる問題でした。それに対し、既存事業部門からの批判は、企業内で事業を創るという構造ゆえに起こるジレンマです。同じ組織に属していても、新規事業部門は何をしているのかよくわからない。そのため、創る人は、既存事業部門から「どうせ、そんな事業は無理に決まっている」という否定的な言葉や、「俺だったらこうするけど」といった“あり型迷惑ノイズ”を浴びることになります。

新規事業への任命が経営層からのものであるほど、既存事業部門の社員や中間管理職にとってその異動はひとごとで、時にはネガティブな印象を与えます。インタビュー調査では、異動が決まった際に当時の上司から「ふざけるな。君に期待していたから好きなようにやらせてきたのに裏切るつもりか!」と叱責され、異動後もその関係性が尾を引いたという対象者もいました。このような敵愾心は決して珍しいものではありません。既存事業部門の人からすれば、「自分たちが汗水垂らして稼いできたお金を、なんだかよくわからない新規事業に使われてしまう」「新規事業部門は会社の金食い虫」という感覚が生じやすいようです。 

第1次小泉内閣で財務大臣に就任した「塩爺」こと塩川正十郎氏が、当時、国の特別会計が既得権益の温床になっていることを「母屋でおかゆをすすっている時に、離れですき焼きを食べている」と揶揄して話題になりましたが、既存事業部門の思いもまさしくその言葉のとおりです。

「減量経営」という名のもとで徹底的に無駄を排除し、生産性と効率性を追い求めてきた既存事業部門から見れば、新規事業部門は自分たちの儲けた利益を食い潰して楽しく“すき焼き”を食べているかのように見えるものです。こうした“スキヤキ・シンキング”は既存事業にとって新規事業がよく見えないという構造上の問題によって生じています。 

また、既存事業部門でともに働いてきた、いわば“同じ釜の飯を食った”古巣の仲間であっても胸の内を明かすには注意が必要です。「なかなか苦戦していて……」と心情を吐露すると、瞬く間に「やっぱりあの新規事業はうまくいっていないらしい」と新規事業の不調だけが会社全体に喧伝されてしまうこともあります。そうなっては社内ではうかつに愚痴もこぼすこともできず、創る人は孤独な状況に立たされるのです。

「経営層・上司」ジレンマ

本来、創る人にとって頼るべき相手であるはずの経営層や上司が、時として創る人を悩ませる存在にもなります。そのジレンマとしては、特に③経営陣の反対、④上司による場当たり的なマネジメント、⑤上司による必勝前提マネジメントという3つの問題が見られます。

③経営陣の反対

経営陣は、新規事業を創ることを決めて創る人の任命権限を持つ立場ですが、必ずしも「同じ山を登ろうとする同志」であるとは限りません。どのような新規事業であれば勝算が見込めるのか、実のところ経営陣にもよくわからないのです。そのため、革新的な事業に成長し、新たな収益源として会社の未来を支えてほしいという思いはありながらも、一方で足元の収益を安定して出し続けなければならないという経営者の立場から、つい新規事業のリスクや損失を過大視してしまう傾向に陥ってしまうのです。

そうした立場から、新規事業に対する態度が一変したり厳しくなったりしがちです。創る人からすれば、「一体、経営陣は何がやりたいのか」と疑いの目を向けたくなりますが、経営陣の置かれている立場を理解し、「経営陣は答えを持っていない」と割り切って向き合うことも重要です。 

また、経営層からの反対は心情的な抵抗から生じることもあります。かつて新規事業だったものを既存事業として今の状態にまで築き上げた最大の功労者が現役の経営役員層にいることも少なくありません。そうした経営陣からは特に反感を受けやすいものです。そのため、創る人は経営陣から「君らにはわからないかもしれないけど、こんなモデルじゃうまくいかないよ」「それでは甘い」など、新規事業の可能性への容赦ない指摘を受けることも経験します。

④上司による場当たり的なマネジメント

経営陣からも反発を受けるとなると、頼みの綱は直属の上司になるわけですが、ここにもまた、意思決定の軸や人事評価の基準が不明瞭なために、上司から一貫性を欠いたマネジメントを受けてしまうジレンマがあります。本来であれば、上司側の意思決定の判断軸や創る人への評価基準は、全て新規事業の特性に合わせて設定されるべきものです。ところが、新規事業の進捗を何によって評価すればよいのか、明確な基準を持ち合わせていない上司の場合、応援しているような態度を示しつつも、経営層や既存事業部門のキーマンによる一言に流されて態度を一変する“ノープラン風見鶏”上司に豹変する恐れがあり、創る人は矛盾をはらんだマネジメントに困惑してしまいます。

上司の側もジレンマを抱えています。上司である以上、答えを持ち合わせていなくても部下からの相談にはなんらかの答えを提示しなければならない。明確な判断軸がないまま、そんな誤った上司像で部下と向き合おうという考えが、場当たり的なマネジメントを生み出し、創る人を困らせます。

▼思いがけない社内の敵


⑤上司による必勝前提マネジメント

新規事業を経験したことのない上司によく見られる傾向として、新規事業の特性を無視して管理型マネジメントを行ってしまうというものがあります。つまり、新規事業の立ち上げ時に既存事業部門と同様の“必勝前提”で高い目標を設定し、進捗管理をしてしまうと、どんなに優れた人材であろうとも新規事業ではすぐに結果が出ないため、創る人はそのプレッシャーに疲弊してしまいます。 

この問題は、④上司による場当たり的なマネジメントと同様、判断基準が新規事業にそぐわないことから生じます。既存事業のように、成果を出すためのオペレーションが確立した環境では、目標設定を細かく行って進捗管理を徹底する管理型マネジメントの効果は発揮します。

しかし、ひとつの成果にたどり着くまでにある程度の時間を要する新規事業では、そうしたマネジメント手法は減点方式にしかなり得ないため、創る人のモチベーションを削ぐ元凶になりかねません。ここにも上司側のジレンマが垣間見られます。上司自身も「必勝前提ではない」と頭ではわかっていても、実際に「儲けを気にせず、自由にやっていいよ」とはなかなか言いにくい立場です。

また、事業が今うまくいっているのか、状況を可視化できないと不安に駆られるため、わかりやすい指標を設定して使い慣れたKPIマネジメントをベースに新規事業をモニタリングすることで、上司自身が安心したいという心理も働いています。

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今回は、4つのジレンマのうち、「既存事業部門ジレンマ」「経営層・上司ジレンマ」の2つを見てきました。次回、連載の第8回目は、残る2つのジレンマ(「部下ジレンマ」・「自己ジレンマ」)について解説していきます。ご期待ください。


<田中聡氏プロフィール>


▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏

1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど

Web:satoshitanaka.com

Twitter:satoshi_0630


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