【田中聡氏 連載企画「事業を創る人」の大研究】 第11回 事業を創る人を”支える人” ―支える上司の実態とは?―
新規事業やイノベーションの成否を分けるポイントや、新規事業担当者の成長・学習のメカニズムなどを、膨大なデータをもとに紐解き、「人と組織」という観点にフォーカスした書籍”「事業を創る人」の大研究”(クロスメディアパブリッシング)。――同書を、立教大学経営学部 教授の中原淳氏とともに共同執筆したのが、人材系シンクタンク・パーソル総合研究所出身で現・立教大学経営学部 助教・田中聡氏です。
以前、eiicon labでは田中氏にインタビューを行い、研究テーマに基づいたお話を伺いました。このインタビュー(前編・後編)が大きな反響を得たことをきっかけに田中氏による「事業を創る人」に着目した連載企画をスタートしました。連載第11回は、「事業を創る人を“支える人” ―支える上司の実態とは?―」について解説してもらいました。
【★本連載における「新規事業」の定義について】
本連載では、事業を創る活動(新規事業創造)を「既存事業を通じて蓄積された資産、市場、能力を活用しつつ、既存事業とは一線を画した新規ビジネスを創出する活動」と定義します。つまり、事業を創るとは、単に新しいものを生み出すことではなく、既存事業で得た資産・市場・能力を活用して、経済成果を生み出す活動です。
新規事業を任せるとは、「新規事業を進めていくプロセスを伴奏しながら支援し、結果に対する責任を共有する」ということです。ここで強調しておきたいポイントは、「伴奏」「支援」「結果責任の共有」の3点です。これらの要件が全て揃って、はじめて「任せる」と言えますが、現実はそう簡単ではありません。本稿では、経営層の視点から、担当者に「新規事業を任せる」ということの意味について、見ていくことにしましょう。
■専任上司と掛け持ち上司。成果を出すのはどっち?
前回(連載第10回)では、「事業を創る人を“支える人”」とテーマに、特に経営層の関わり方について解説しました。今回は、創る人を支えている上司の実態を見ていきます。経営幹部となると専任で新規事業だけを見ているわけではないと考えられます。そこで、他部門との掛け持ちで新規事業を見ている上司の割合を調査したのが【図1】です。
それぞれの役職ごとに、専任と兼任の割合を見ると、「取締役・執行役員クラス」「事業部長クラス」「部長クラ ス」のどの層においても、兼任、つまり掛け持ち上司のほうが若干多いことがわかります。
【図1】 直属上司の新規事業部門に対する関わり
それでは、専任上司と掛け持ち上司、実際に成果を上げているのはどちらでしょうか。高業績部門の責任者を役職別に示したのが【図2】です。
【図2】 直属上司の関わりと新規事業の業績の関連
高業績を出している新規事業部門の責任者が「部長クラス」である場合、専任が約20 %、掛け持ちが約14%で専任のほうが多いことがわかります。部門の責任者が「事業部長クラス」である場合、専任と兼任どちらも約18%と差が見られません。
一方、「取締役・執行役員クラス」になると、専任が約10%、掛け持ちが約20%となっており、高業績部門の責任者には既存事業との掛け持ち役員の割合が多くなっています。この結果から、若手の上司であるほど新規事業に対して専任であるほうが、役員クラスは他部門と掛け持ちをしている上司のほうが業績は高いと言えそうです。
部門の責任者が部長クラスの新規事業は、まだ予算規模が相対的に小さく、全社の経営に与える影響はそれほど大きくないと考えられます。そうした新規事業では、上司が“ノープラン風見鶏上司”と化さないためにも既存事業でのキャリアを断ち、主体者として新規事業にコミットする姿勢が求められるということです。
また、経営層が責任者である新規事業は予算規模も大きく、全社の経営に与える影響も小さくないことが想定されます。そうした事業では、新規事業部門としての独立性を維持しつつも既存事業から孤立しないよう、経営層が主体となって既存事業との交流機会を意図的に持つことが重要だと考えられます。最近では、新規事業担当役員制度を設ける企業が増えてきました。そうした取り組みは、新規事業に関する執行・決裁権限の集中を促し、経営スピードを高めるメリットがある一方、“新規事業部門の孤立化”を生んでしまう恐れがあるため、運用には注意が必要です。
多産多死型スタンスが業績に対してネガティブな影響を与えるデータ【図3】から、経営層が一つひとつの新規事業にコミットすべきだと、前回お伝えしました。経営層が兼任であるほうが望ましいとするこの結果は一見するとそれに矛盾するようにも思えますが、経営層が兼任として既存事業への影響力も持つ立場のまま、新規事業へのコミットを示すからこそ、効果があると考えられます。
【図3】 経営層の新規事業に対する考え方と業績の関連
■社外の創る人と積極的に関わる機会を
最後に社外との関係性について見ていきましょう。社外との関係性を持つことによって得られる効果は次の6つに整理されます【図4】。 1から順を追って、その効果について説明していきましょう。
【図4】 社外との関係性を持つことによって得られる6つの効果
①知の探索による外部資源の獲得
事業を創るには、2つの異なる組織的な活動を同時に行うことが必要です。ひとつは、自分たちの組織がすでに持っている知識を発掘する「知の活用(Exploitation)」と呼ばれるものです。もうひとつは、自分たちの組織にはない新しい知識を探究する「知の探索(Exploration)」と呼ばれるものです。平たく言えば、持ち合わせの知識を深堀することと、新しい知識を探索すること、この2つの異なる組織的な活動を高い次元でバランスよく 行うことが求められるのです。このことは経営学では、「両利きの経営(Ambidexterity)」という概念で紹介されています。
実際に、新規事業を通じて成果を上げている企業ほど、両利きの経営を実践しているという研究結果が発表されています。しかし、両利きの経営を実践することは容易ではありません。既存事業で成功している企業は、過去の成功体験に引っ張られて知の活用に偏りがちで、外部の知識を積極的に取り入れる知の探索をおろそかにしがちです。こうした「コンピテンシー・トラップ」から脱するには外部との関係性を持つことが有効です。外部との関係性を持つことは、外部から情報や顧客、商品などの資源を獲得することにもつながります。
②事業アイデアに対する客観的評価の獲得
社内では、組織の構造上のさまざまなしがらみや関係者による先入観などが邪魔をし、新規事業に対する市場からの評価や今後の成長可能性について客観的な評価が得られにくいという欠点もあります。視野を狭めないためにも、外部の専門家や事業の直接の顧客から意見をヒアリングし、事業の改善に生かすことは重要です。
③著名効果(社内政治効果)の活用
知の探索や客観的評価を経て生み出された事業アイデアに対し、社内の承認を取りつけ、実現させていく段階では、外部、特に著名な会社や人物による権威づけが効果的です。このことを経営学では「著名効果」と 言います。新規事業のように成功確率を見通すことが非常に難しい分野では、すでに知名度のある企業の支援や社会的地位の確立した専門家の支持が、会社の意思決定プロセスを円滑に進める上で有効に働きます。実際に、大企業における新規事業創出の事例を調査した研究では、この著名効果を活用して推進することの有効性が明らかになっています。
④置かれた境遇の相対化
新規事業の予算規模にもよりますが、事業の立ち上げは数名程度の少人数で行われることが多く、1人で担うケースも少なくありません。社内で新規事業を経験した人を見つけることも難しい環境の中で、自分が今置かれている境遇を客観的に把握できないまま、「なぜ、自分だけがこんな辛い思いをしているのだろう」と悲観的になりがちです。社外の新規事業担当者たちと境遇を共有し合うことは「自分だけじゃなく、どこの会社でもある問題なんだ」と客観視できるようになり、安心できます。創る人の精神的負担の度合いは事業の成功を左右する重要な問題のため、この効用は大きな意味を持ちます。
⑤自己の市場価値の認識(自己効力感の増大)
創る人は、社内から否定され、なかなか成果も出ない状況の中で、次第に自己に対する信頼感や有能感といった「自己効力感」が低下していきます。しかし、外の世界に目を転じると、事業を創る経験を持つ人材の希少性に気づきます。社外の人からは「すごく貴重な経験をしているね」と評価されることも少なくありません。
事業を創る経験の希少価値や経験から得た学びの大きさに気づくことで、失いかけていた自信を取り戻す効果が期待できます。中には「社内で浮かばれない立場なのであれば、うちでやってみない?」と他社から誘いを受けて、転職に踏み切る担当者も珍しくありません。
⑥自組織に対するエンゲージメント促進
社外との交流は、創る人個人だけでなく、所属する会社や組織を相対化するよい機会にもなります。例えば、社内にいると「いきなり新規事業を押しつけておいて、誰も協力しようとしないし、経営層が考えていることがわからない」など欠点ばかりに目が行くものです。経営層は手厚くサポートすべき、既存事業も全面協力すべきだ、エース級の部下も集めてほしい......など、つい理想的な環境を追い求めてしまいがちです。
しかし、社外との交流を深めていくうちに、そのような理想郷など存在しないことに気づきます。社外の状況と比較して「うちの会社にも案外いいところがあるんだな」と肯定的な見方に転じる場合も少なくありません。
以上、6つの効用を見ていきましたが、このように、新規事業が社外と関係することには多くのメリットがあります。ただし、社外との交流活動ばかりに注力しているとそれ自体が目的化してしまい、新規事業で成果を出すという本来の目的を見失ってしまいがちになります。
特に最初の3つ(①知の探索による外部資源の獲得、②事業アイデアに対する客観的評価の獲得、③著名効果(社内政治効果)の活用)は、社外で獲得した知識・資源・ネットワークを社内に還流しないことには効果がありません。いかに社内で活用できるかという観点を常に念頭に置いた上で、外部との関係を築くことが大切です。
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連載の第12回目は、「創る人と事業を育てる組織」について解説していきます。ご期待ください。
<田中聡氏プロフィール>
▲立教大学 経営学部 助教 田中聡氏
1983年、山口県生まれ。大学卒業後、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門を経て、2010年に株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社主任研究員を経て、2018年より現職。東京大学大学院 学際情報学府 博士課程。専門は、人的資源開発論・経営学習論。主な研究テーマは、新規事業担当者の人材マネジメント、次世代経営人材の育成とキャリア、ミドル・シニアの人材マネジメントなど
Twitter:satoshi_0630
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「千三つ」と呼ばれるほど、新規事業を当てるのは難しいと言われています。
これまで、新規事業は成功を収めた企業や経営者による「戦略論」によって語られてきました。
しかし、戦略が良くてもコケるのが現実。では一体、何が真の問題なのか…?
本書では、その答えを探るべく、暗中模索の新規事業を統計データと質的データを用いて解剖し、新規事業をめぐる現場と組織を科学的に分析しました。
その結果見えてきたのは、新規事業部に配属された人々の孤独な茨の道。
「新規事業を成功させるのは斬新なアイデアではなく巻き込み力」
「新規事業の敵は『社内』にあり」
「出島モデル、ゼロイチ信奉の罠」
など、定説を覆すような、”人”をとりまく現実が明らかとなりました。
本書は、新規事業の担当者、現場マネジャー、経営幹部を成功に導く最先端の「見取り図」です。